Giftbiene【ギフトビーネ】

文字の大きさ
上 下
129 / 209
Nc3

129話

しおりを挟む
 だが、まだ勝負はついていない。ほんの数ユーロぶんの安いプライド。シシーはイスに座り直し、はたからは体調不良にすら見えないほどに、佇まいを正す。

「最後まで、付き合ってもらうぞ……オレが死ぬかどうかは……まだわからないんでな」

 チェスでの勝ちはほぼ確定している。それまで命が繋がれば、本質を理解したこのゲーム自体の勝ちにも。

 手番は自分。もうチェスの負けは見えている、いや、最初から勝てると思っていなかったし、勝つ必要もなかった。ジルフィアは◆ルークを握る。

「……大丈夫……あなたは生き残る」

 ◆ルークc6。ポーンをテイク。

 この瞬間、ほぼ、ではなく、シシーの勝ちが確定した。

「……その◆ルークc6は致命的だ。◇ルークd8。これでわかるだろう? チェスは目の前のニンジンを狙う競技ではない。奥に潜むリンゴを狙う競技だ。ま、オレの持論だがね」

 優しく手解きする。もう必要ないのかもしれないが、この先の対局に活かせるように。

 だが、それでも最後までジルフィアは反抗する。

「……それでも、私は、ニンジンを狙って相手の駒を減らすほうがいいと思う」

 ゆえにこの負けに悔いはない。付け焼き刃の知識での対局であったが、それなりに楽しめた。もっと早くからチェスを知っておけばよかった、と今では思う。
 
「なぜ?」

 自分とは違う論理。シシーも興味を持つ。

 足を組み、無理をしながらも相手と対等になるように。ジルフィアもしっかりと座り直した。

「私はリンゴアレルギーなんでね。ニンジンのほうが好きだ」

 これが持論。誰にも侵せない自分だけの領域。サッカーにも堅守速攻型や、パスでボールを支配するポゼッション型が存在するように、強さの方向性は色々あっていいはず。

「……!」

 曲げないジルフィアの信念を汲み取ったシシーの目は、大きく見開いている。そして。

「……くっく……く……」

 と、屈託なく笑う。まさか柔軟に返されると思ってもみなかったので、思考が停止してしまった。

「ふふ……はは……!」

 つられてジルフィアも厳かに朗笑した。こみ上げてくるものを我慢せず、体全体で表現する。

「なら、どんな手がよかった? 個人的には、◇f4のビショップも干渉してこれないし、悪い手じゃないと思うんだけど」

 前のめりに盤を覗き込む。もしかしたら近づけばいい手が、なんて調子のいいことは言わないが、食べてしまいたいくらいにのめり込んできた。なにがある? どんな手が?

 命を賭けた相手。そんなことはどうでもよくなったシシーは、ただ純粋に、今はゲームを楽しみたい。勝ち負けではなく、この競技を隅々まで。

「だが、それだと◇d5のルークがd8まで移動し、チェックがかかるだろ? 当然◆g8のキングはf7に逃げるが、◇f3のナイトがe5にいけば、◆g8のキングと◆c6のルークの両方にフォークがかかる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...