70 / 209
Qxd5
70話
しおりを挟む
「非公式だよ。でもプロと言っても、基本的には大会での賞金よりも、コマーシャルや企業案件での動画配信とか、そっちで稼ぐ人も多い。だから、顔と名前を売れるならなんでもいい。実力があっても、それだけじゃ食べていけないってこと」
プロのチェスプレーヤーの現状を、マスターは語りながら、砂糖とミルク多めの甘いコーヒーを口にする。自分の時代と相当変わってきた。様々なチェスの広がり方を嬉しいと思う反面、純粋に勝ちや強くなることを目的にするプレーヤーが減ってきたことは、なんだか寂しくなる。
「ま、それでも強い人は強いけどね。コンピューターの発達とか、ネット対戦とか。柔軟に進化はしてるよね」
そのおかげで、未だに戦術が拡大するチェスという競技。終わりがない。
ひと通り参加者を確認し、シシーは携帯をしまった。
「チェスを始める前は、こんな大会知らなかったけどな。まぁ、世界大会すら知らなかったが」
そして、世界チャンピオンと世界最強がまた別だということ。ややこしいが、強さを表す『レート』というものと、世界大会というものがそれぞれ存在する限り、なかなかひとりに絞り込めない。稀に統一王者が生まれるが。
「サッカーのワールドカップとは違うからね。その競技をやってないと知らないのもしょうがない」
テレビで放送するわけでもない大会だから、とマスターは諦めのムードを醸し出す。スポーツのように、点が入った、どっちが有利などがわかりやすいものでもないし、動きもあまりない。プレー人口五億人もいるので、これ以上高望みもできない。スーパープレーに興奮するのは、一部の層だけだというのもわかっている。
もう一度、思い出したようにシシーは携帯を開き、確認する。対戦相手のオッズだ。目安にしかならないが、少しは気になる。
「で、俺の相手のティック・タック・トゥってのは……六〇二倍。大差ないな。どうでもいいが」
相手も無名ということ。おそらく賭けているのは、何万、何十万人という中でひとりいるかいないか。微妙に自分のほうがいいのはなんなんだ、と疑問を持つ。
「最近はネットでの対戦とかも増えたからね。知られていない強い人とかも全然いるだろうね。それでも、対面して強いかは別だけど」
と、見解を述べるマスターだが、チェスに限らず、カードゲームやボードゲームが、ネットと対面で全く違うものだというのは、実のところかなりある。自室でコーヒーを飲みながら寛いで、という状況と、相手の重圧を感じながら向かい合って、という状況が同じなわけがない。思考力や判断力が著しく変わる時もある。
シシーは一度イスに寄りかかり、天井を見る。天井も白い。そして目を瞑る。
「……まぁいい。どんなものを賭けてくるか。デカければデカいほど、面白い。さっさとプロやらグランドマスターと当たりたいね」
おそらく大金が動く。足りないぶんは、俺はなにを賭ければいい? 肢体でいいならくれてやる。もうどうせ何人にも貫かれた身だ。どうせなら大きな花火を。真っ赤な花を。
「強気だね。勝てそう?」
そうマスターに言われ、シシーは目を開けた。
「さぁな。確実に勝てる勝負なんてない。条件次第じゃどんな相手でも負ける。あんたが俺に負けたみたいに」
油断はしない。最後に指すチェスの棋譜が、生ぬるいものであったら死んでも死にきれない。
プロのチェスプレーヤーの現状を、マスターは語りながら、砂糖とミルク多めの甘いコーヒーを口にする。自分の時代と相当変わってきた。様々なチェスの広がり方を嬉しいと思う反面、純粋に勝ちや強くなることを目的にするプレーヤーが減ってきたことは、なんだか寂しくなる。
「ま、それでも強い人は強いけどね。コンピューターの発達とか、ネット対戦とか。柔軟に進化はしてるよね」
そのおかげで、未だに戦術が拡大するチェスという競技。終わりがない。
ひと通り参加者を確認し、シシーは携帯をしまった。
「チェスを始める前は、こんな大会知らなかったけどな。まぁ、世界大会すら知らなかったが」
そして、世界チャンピオンと世界最強がまた別だということ。ややこしいが、強さを表す『レート』というものと、世界大会というものがそれぞれ存在する限り、なかなかひとりに絞り込めない。稀に統一王者が生まれるが。
「サッカーのワールドカップとは違うからね。その競技をやってないと知らないのもしょうがない」
テレビで放送するわけでもない大会だから、とマスターは諦めのムードを醸し出す。スポーツのように、点が入った、どっちが有利などがわかりやすいものでもないし、動きもあまりない。プレー人口五億人もいるので、これ以上高望みもできない。スーパープレーに興奮するのは、一部の層だけだというのもわかっている。
もう一度、思い出したようにシシーは携帯を開き、確認する。対戦相手のオッズだ。目安にしかならないが、少しは気になる。
「で、俺の相手のティック・タック・トゥってのは……六〇二倍。大差ないな。どうでもいいが」
相手も無名ということ。おそらく賭けているのは、何万、何十万人という中でひとりいるかいないか。微妙に自分のほうがいいのはなんなんだ、と疑問を持つ。
「最近はネットでの対戦とかも増えたからね。知られていない強い人とかも全然いるだろうね。それでも、対面して強いかは別だけど」
と、見解を述べるマスターだが、チェスに限らず、カードゲームやボードゲームが、ネットと対面で全く違うものだというのは、実のところかなりある。自室でコーヒーを飲みながら寛いで、という状況と、相手の重圧を感じながら向かい合って、という状況が同じなわけがない。思考力や判断力が著しく変わる時もある。
シシーは一度イスに寄りかかり、天井を見る。天井も白い。そして目を瞑る。
「……まぁいい。どんなものを賭けてくるか。デカければデカいほど、面白い。さっさとプロやらグランドマスターと当たりたいね」
おそらく大金が動く。足りないぶんは、俺はなにを賭ければいい? 肢体でいいならくれてやる。もうどうせ何人にも貫かれた身だ。どうせなら大きな花火を。真っ赤な花を。
「強気だね。勝てそう?」
そうマスターに言われ、シシーは目を開けた。
「さぁな。確実に勝てる勝負なんてない。条件次第じゃどんな相手でも負ける。あんたが俺に負けたみたいに」
油断はしない。最後に指すチェスの棋譜が、生ぬるいものであったら死んでも死にきれない。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる