Giftbiene【ギフトビーネ】

文字の大きさ
上 下
33 / 209
d5

33話

しおりを挟む
「負けたら?」

 そんな気は微塵もないが、シシーは聞くだけ聞いてみる。

「その時はその時。なるようになるさ、死ぬわけじゃない」

「勝ったらオレになんのメリットが? 金だけか?」

 三〇〇〇ユーロの七割、二一〇〇ユーロ。充分立派に大金であるが、金なんかで納得しないことは、この老人はわかっているだろう。強い相手と勝負できるのはありがたいが、なんとなくスッキリしない。

「こっち側の追加報酬は決めてない。キミが好きにしたらいい」

 つまり、マスターの発言から、この中身不明の封筒と同格のものを要求していいと。そういうこと。なら気になることは。

「金以外のものを要求していいのか? 中身はなんだ?」

 矢継ぎ早にシシーが問い詰めるが、マスターは一言。

「秘密」

「じゃ、相応かどうかわかんねーじゃねーか」

 右肘をテーブルについて、ずいっとシシーが前に出る。不満が顔から見てとれる。

 気にせずコーヒーをひと口飲み、淡々とマスターは教えを説く。

「大きくふっかけてから、ちょっとだけ妥協すると、相手もまぁいっか、ってなる。まぁ、詐欺みたいなもんだね」

「詐欺ねぇ」

 詐欺くらいで今更あーだこーだ言うような世界ではないとシシーもわかっている。なにせ高額レートの違法賭博をやっている人間達の集まりだ。警察になんぞ駆け込めるわけない。

「ま、勝てばいいわけだ。勝ってから考える」

 チェスに余計な思考は、判断を鈍らせる。相手が強いならなおさら。スイッチの切り替えを意識して、対局が終わるまで、盤面に集中する。相手の降参を聞いて、酒を飲む。そこまでがチェス。

「そういうこと。難しく考えない。負けたら負けた時に考える」

 シシーの背中を後押しするマスターだが、当の本人は一〇〇パーセントのやる気が出てこないのを感じた。理由はひとつ。

「だが、これじゃ負けた時にオレにリスクがなさすぎる。負けたらそうだな、死ぬまで酒代は持ってやる」

 それくらい背負わないと、フェアじゃない。命を賭けているわけではないから、これは許される範囲内だろうと、自分自身に言い聞かせる。

 「ほっ」と、多少驚きつつも、マスターは確認を取る。

「いいの? たぶん強いよ、相手。ビーネちゃんの実力じゃ到底敵わないプレイヤーなんてゴロゴロいる、って思った方がいい」

 低く、自分の力量を把握しなさい、と弟子に悟らせようとする。負け続きなのだから、多少はメンタルに影響があってもいいものだが、真剣勝負となると一気にボルテージが上がるようだ。さっきまでの弱気は吹き飛ぶ。

 が、シシーは逆に問いかける。

「ならなんでオレにやらせる? あんたの封筒、渡すことになってもいいのか?」

 結局、なにが入っているのかわからない。価値のあるものだとすれば、なにかの権利書か、委任状のようなものか、その類の悪いことができる紙だろう。なんにせよ、青春時代のラブレターだとか、そんな激甘なものではないことは確か。

 首を捻りながら、弱気な声でマスターは答える。

「うーん、それがねぇ、よくないんだよ。とても困っちゃうね。できれば負けないでもらいたいな」

 と、わざとらしく懇願してくる。妙に演技がかっており、どちらでもよさそうだ。

 それを一瞬でシシーも見抜く。心の中で嘆息した。

(どうせ負けても自分で取り返すつもりなんだろ)

 これ以上話すこともない。切り上げて、早々に店を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...