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26話
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「チェスを介して色々手に入れたよ。お金や地位だって、それこそドイツ国内で僕を知らないチェスプレイヤーは皆無だったんじゃないかな」
そこまでの腕が老人にあったのであれば、回想といえば楽しいことのような気もするが、どこか闇を孕んでいるような語り方である。終始笑みであるが、それがまた怖さを引き立てる。
「あっそ。帰っていい?」
年を取ると説教しやすくなる病気でもあるのだろうか、とシシーはミュンヘンのオッサンを思い出した。あの人もこんな感じだった気がする。興味ない。昔はどうだったとか、そういうのは言わないように生きていこうと反面教師にする。
「色んな大会で優勝して、トロフィーもたくさん、一生暮らせるだけのスポンサー料も稼ぎ終わって、ふと忘れ物をしていることに気づいたんだ」
「……」
「僕はまだ、最強を『作り出したことがない』ことに」
「?」
一瞬、話半分で聞いていたシシーは、よく理解をできずにいる。最強を『作り出す』?
「どういうこと?」
数センチであるが、身を乗り出す。
「少し興味が出てきた? 僕を信頼する必要なんてない。お互いに利用し合うんだ。キミは強くなる。僕は、僕のチェスのスタイルを継承できる人を育てたい。僕のチェスの集大成に、教え子を頂点に立たせたいんだ」
老人は、常々考えていた。このまま緩やかに死を待つだけでいいのかと。飲み代程度を稼ぐチェスで、磨いてきた腕を錆びさせていいのかと。なんでもいい、もう一度チェスで燃えるような経験が欲しい。
そう考えて幾星霜が過ぎ、それも脳の片隅で消えかけてしまったところに、怪物のような、悪魔のような少女を発掘してしまった。この子を野放しにするのは危険すぎる。変えてしまった自分の責任であると同時に、その才能を埋もれさせてはいけない、彼女であればもう一度自分の血液を沸かせてくれる、そんな閃きが生まれた。
「キミも今回の件で気づいたかもしれないが、強くなるためには負けることが絶対に必要だ。負けを分析し、次に活かす。それを際限なく繰り返して、それでやっと勝ちを掴める。今のままだとすぐに死んで終わりだよ」
核心を突かれ、シシーは黙りこくる。先週の負けた二戦は、何度となく頭の中で繰り返し、夢に出るまで味わい尽くした。もちろん、同じ流れの対局など、そうそうないだろう。しかしそれでも、これまでの経験から分析して次に繋げることの重要さは理解していた。
「……一理ある。でも無理な理由はそれだけじゃない。現実的な問題だ」
「なにかな?」
腕を組み、呆れたような口調でシシーは言葉を継ぐ。
「ここ、デュッセルドルフに来るまでベルリンから五時間かかる。悪いが、毎週毎週来るようなことはできない。一応、学生なんでね。提案は悪いが却下だ。他を当たってくれ」
ベルリンはドイツの北東部に存在する首都。デュッセルドルフは西部に位置する正反対の場所だ。往復で一〇時間。そうそう習い事で通える距離じゃない。電車賃だって相当なものだ。
しかし、老人はニコニコと笑みを崩さない。そんなことか、とでも言いたげに口角を上げた。
「つまり、距離と時間が問題ってことだね?」
「そうだ」
シシーは目を瞑り、イスに背を預けて脱力する。これ以上話しても無駄だ、と匙を投げた。が。
「なら大丈夫。僕が住んでるのベルリンだし」
「はぁ?」
シシーの脳が一瞬、クラッシュする。このじいさん、ベルリンに住んでるの?
「……じゃあなんでこんなとこにいんだよ……!わざわざ二週連続でこんな遠くまで来たのに……!」
わなわなと震えながら、老人を睨みつける。奥歯をギリギリと噛み、舌打ちをする。色々と噛み合わない歯車に苛立ちが最高潮まで達した。
そこまでの腕が老人にあったのであれば、回想といえば楽しいことのような気もするが、どこか闇を孕んでいるような語り方である。終始笑みであるが、それがまた怖さを引き立てる。
「あっそ。帰っていい?」
年を取ると説教しやすくなる病気でもあるのだろうか、とシシーはミュンヘンのオッサンを思い出した。あの人もこんな感じだった気がする。興味ない。昔はどうだったとか、そういうのは言わないように生きていこうと反面教師にする。
「色んな大会で優勝して、トロフィーもたくさん、一生暮らせるだけのスポンサー料も稼ぎ終わって、ふと忘れ物をしていることに気づいたんだ」
「……」
「僕はまだ、最強を『作り出したことがない』ことに」
「?」
一瞬、話半分で聞いていたシシーは、よく理解をできずにいる。最強を『作り出す』?
「どういうこと?」
数センチであるが、身を乗り出す。
「少し興味が出てきた? 僕を信頼する必要なんてない。お互いに利用し合うんだ。キミは強くなる。僕は、僕のチェスのスタイルを継承できる人を育てたい。僕のチェスの集大成に、教え子を頂点に立たせたいんだ」
老人は、常々考えていた。このまま緩やかに死を待つだけでいいのかと。飲み代程度を稼ぐチェスで、磨いてきた腕を錆びさせていいのかと。なんでもいい、もう一度チェスで燃えるような経験が欲しい。
そう考えて幾星霜が過ぎ、それも脳の片隅で消えかけてしまったところに、怪物のような、悪魔のような少女を発掘してしまった。この子を野放しにするのは危険すぎる。変えてしまった自分の責任であると同時に、その才能を埋もれさせてはいけない、彼女であればもう一度自分の血液を沸かせてくれる、そんな閃きが生まれた。
「キミも今回の件で気づいたかもしれないが、強くなるためには負けることが絶対に必要だ。負けを分析し、次に活かす。それを際限なく繰り返して、それでやっと勝ちを掴める。今のままだとすぐに死んで終わりだよ」
核心を突かれ、シシーは黙りこくる。先週の負けた二戦は、何度となく頭の中で繰り返し、夢に出るまで味わい尽くした。もちろん、同じ流れの対局など、そうそうないだろう。しかしそれでも、これまでの経験から分析して次に繋げることの重要さは理解していた。
「……一理ある。でも無理な理由はそれだけじゃない。現実的な問題だ」
「なにかな?」
腕を組み、呆れたような口調でシシーは言葉を継ぐ。
「ここ、デュッセルドルフに来るまでベルリンから五時間かかる。悪いが、毎週毎週来るようなことはできない。一応、学生なんでね。提案は悪いが却下だ。他を当たってくれ」
ベルリンはドイツの北東部に存在する首都。デュッセルドルフは西部に位置する正反対の場所だ。往復で一〇時間。そうそう習い事で通える距離じゃない。電車賃だって相当なものだ。
しかし、老人はニコニコと笑みを崩さない。そんなことか、とでも言いたげに口角を上げた。
「つまり、距離と時間が問題ってことだね?」
「そうだ」
シシーは目を瞑り、イスに背を預けて脱力する。これ以上話しても無駄だ、と匙を投げた。が。
「なら大丈夫。僕が住んでるのベルリンだし」
「はぁ?」
シシーの脳が一瞬、クラッシュする。このじいさん、ベルリンに住んでるの?
「……じゃあなんでこんなとこにいんだよ……!わざわざ二週連続でこんな遠くまで来たのに……!」
わなわなと震えながら、老人を睨みつける。奥歯をギリギリと噛み、舌打ちをする。色々と噛み合わない歯車に苛立ちが最高潮まで達した。
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