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彼女の幸せ
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「あなたを愛することは出来ない」
幼い瞳に怯えの色が浮かんでいた。もともと保護するだけのつもりで迎えた形だけの妻だ。「そうか」と答える声が低く響いて、改めて自分が子供の相手に向かないことを認識した。
それに……、彼女から父親を奪ったのは俺だ。憎しみを向けられるのも当然だろう。
まだ幼い彼女には何の罪もない。それでも、王がいなくなっただけでは、国全体で燃え盛った憎悪は鎮まらなかった。姫を衆人環境で磔にする、なんて案も出る中で、より趣味の悪い提案を思いついた。
自らの父を殺した男。年齢も離れて恋愛対象にもならない男。その憎い男のそばで一生を過ごさせるというものだ。今回の戦争は実入りがなく、褒賞にも困っているだろう。
そうして提案はのまれ、俺たちは婚姻を結んだ。
当然、婚姻は形ばかりのものだ。かの姫のことは使用人に丸投げした。俺が物心つく前から屋敷にいる者も多く、信頼できる。
敵国の姫としてではなく、俺の妻――は無理でも娘として扱うように頼んだ。親の仇の俺よりもよっぽどうまくやってくれるだろう。
うちの使用人たちは本来、放り出された子供に冷たく接することなんてできないのだから。
少しずつ荒れていた姫の気持ちが落ち着いていき、使用人たちが嬉しそうに彼女のことを話すようになったころ。もう彼女の報告は非常のときを除いて一切しなくてよいと申し付けた。
同僚によると、思春期に口を出しすぎる親は嫌がられるそうだ。ましてや、俺は親の仇で親代わり。何色のドレスを買ったとか、花は何が好きだとか、そんなことまで報告される彼女がかわいそうだ。
そうして、年月は過ぎていった。
「旦那様。いえ、坊ちゃまは朴念仁すぎます」
彼女につけた老メイド長が苦言を呈してくる。婚姻から十年近くがたったころだった。
「朴念仁……? はて」
「奥様は、もうすっかりご成長なさいました。それなのに――」
「見合いの場を設けていなかった!! なるほど。これは確かにまずいな」
年頃の娘を持つ親はよい婚姻相手を探すのに躍起になっている。それなのに、俺は再講和だけで頭がいっぱいで見合いをさせようだなんて思いつきもしなかった。
「よし、では。彼女からどんな相手がよいのか聞き出してきてほしい」
「……そういうところが朴念仁なのですよ。坊ちゃま」
「その呼び方はやめてくれ」
いろいろと人をやって確認しても彼女の好みはわからなかった。
先に離婚をきりだすべきだが、再講和がまだ先である以上、彼女に帰る場所はない。居場所がなくなるからと無理やり相手を決めさせるのは本意じゃない。
それに、政治的にも彼女はまだ危うい立場にいる。
あくまで自然に、惹かれる相手を――ちゃんと見合った相手を見つけてはくれないだろうか。
そう思って、まずは部下の中から若くて品行方正で相手のいないやつを数名見つくろった。部下たちには事情をきちんと説明して、『俺の娘』との見合いだと思って挑むように頼んだ。
俺なんかよりずっと口の回るやつらだしきっとうまくやってくれる――はずが、俺の話ばかりして終わったらしい。
男っぽい武官が好みじゃなかったのかと、次は学者の中から若くて有望な相手を見つくった。英雄なんていう二つ名は好みじゃないが、見合いの場を設けるには役に立つらしい。
十年前の戦争の話だけはしないように釘を刺していたのに、全部話してしまったことは誤算だった。
わざわざ戦争の話を聞きたいだなんて、彼女の望みは国に帰ることなのかもしれない。今すぐには難しくとも、数年後ならば可能性はある。
再講和の旗印として動いてきた俺ならば、隣国の貴族との見合いも設けられる。父を奪ってしまった彼女への精一杯の義親《おや》心だ。
なのに、招いた誰かとうまくいったという報告はない。かわりに、使用人頭を通して、彼女から初めての言伝が届いた。
直接会うための時間をとってほしい、という簡単なもので、見合いへの苦言か要望かもしれない。
ひさしぶりに会う彼女は、背も伸びて女性らしく成長していた。祖国の問題さえ片付けば、すぐにでも幸せになれるだろう。
「気に入った相手はいなかったようだが、これから婚姻相手を選びなおしても遅くはない。できうる限り、あなたの望みを叶えよう」
「いいえ。私は……」
ほころぶようにゆるむ表情。親愛のこもった瞳。彼女はこんなにも綺麗になったのか。
「あなたの顔が見たかったの」
幼い瞳に怯えの色が浮かんでいた。もともと保護するだけのつもりで迎えた形だけの妻だ。「そうか」と答える声が低く響いて、改めて自分が子供の相手に向かないことを認識した。
それに……、彼女から父親を奪ったのは俺だ。憎しみを向けられるのも当然だろう。
まだ幼い彼女には何の罪もない。それでも、王がいなくなっただけでは、国全体で燃え盛った憎悪は鎮まらなかった。姫を衆人環境で磔にする、なんて案も出る中で、より趣味の悪い提案を思いついた。
自らの父を殺した男。年齢も離れて恋愛対象にもならない男。その憎い男のそばで一生を過ごさせるというものだ。今回の戦争は実入りがなく、褒賞にも困っているだろう。
そうして提案はのまれ、俺たちは婚姻を結んだ。
当然、婚姻は形ばかりのものだ。かの姫のことは使用人に丸投げした。俺が物心つく前から屋敷にいる者も多く、信頼できる。
敵国の姫としてではなく、俺の妻――は無理でも娘として扱うように頼んだ。親の仇の俺よりもよっぽどうまくやってくれるだろう。
うちの使用人たちは本来、放り出された子供に冷たく接することなんてできないのだから。
少しずつ荒れていた姫の気持ちが落ち着いていき、使用人たちが嬉しそうに彼女のことを話すようになったころ。もう彼女の報告は非常のときを除いて一切しなくてよいと申し付けた。
同僚によると、思春期に口を出しすぎる親は嫌がられるそうだ。ましてや、俺は親の仇で親代わり。何色のドレスを買ったとか、花は何が好きだとか、そんなことまで報告される彼女がかわいそうだ。
そうして、年月は過ぎていった。
「旦那様。いえ、坊ちゃまは朴念仁すぎます」
彼女につけた老メイド長が苦言を呈してくる。婚姻から十年近くがたったころだった。
「朴念仁……? はて」
「奥様は、もうすっかりご成長なさいました。それなのに――」
「見合いの場を設けていなかった!! なるほど。これは確かにまずいな」
年頃の娘を持つ親はよい婚姻相手を探すのに躍起になっている。それなのに、俺は再講和だけで頭がいっぱいで見合いをさせようだなんて思いつきもしなかった。
「よし、では。彼女からどんな相手がよいのか聞き出してきてほしい」
「……そういうところが朴念仁なのですよ。坊ちゃま」
「その呼び方はやめてくれ」
いろいろと人をやって確認しても彼女の好みはわからなかった。
先に離婚をきりだすべきだが、再講和がまだ先である以上、彼女に帰る場所はない。居場所がなくなるからと無理やり相手を決めさせるのは本意じゃない。
それに、政治的にも彼女はまだ危うい立場にいる。
あくまで自然に、惹かれる相手を――ちゃんと見合った相手を見つけてはくれないだろうか。
そう思って、まずは部下の中から若くて品行方正で相手のいないやつを数名見つくろった。部下たちには事情をきちんと説明して、『俺の娘』との見合いだと思って挑むように頼んだ。
俺なんかよりずっと口の回るやつらだしきっとうまくやってくれる――はずが、俺の話ばかりして終わったらしい。
男っぽい武官が好みじゃなかったのかと、次は学者の中から若くて有望な相手を見つくった。英雄なんていう二つ名は好みじゃないが、見合いの場を設けるには役に立つらしい。
十年前の戦争の話だけはしないように釘を刺していたのに、全部話してしまったことは誤算だった。
わざわざ戦争の話を聞きたいだなんて、彼女の望みは国に帰ることなのかもしれない。今すぐには難しくとも、数年後ならば可能性はある。
再講和の旗印として動いてきた俺ならば、隣国の貴族との見合いも設けられる。父を奪ってしまった彼女への精一杯の義親《おや》心だ。
なのに、招いた誰かとうまくいったという報告はない。かわりに、使用人頭を通して、彼女から初めての言伝が届いた。
直接会うための時間をとってほしい、という簡単なもので、見合いへの苦言か要望かもしれない。
ひさしぶりに会う彼女は、背も伸びて女性らしく成長していた。祖国の問題さえ片付けば、すぐにでも幸せになれるだろう。
「気に入った相手はいなかったようだが、これから婚姻相手を選びなおしても遅くはない。できうる限り、あなたの望みを叶えよう」
「いいえ。私は……」
ほころぶようにゆるむ表情。親愛のこもった瞳。彼女はこんなにも綺麗になったのか。
「あなたの顔が見たかったの」
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感想ありがとうございます!
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ラストの言葉に、これからの二人への予感や期待のようなものを感じてもらえたらいいな、と思って書きました。
心地よいというお言葉も自信になります。
素敵な感想をありがとうございました。