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五章

新しい家族

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「マルシェラちゃん、セロリはぬいてっていつもいってるのにぃ……」
「シスター、エルフでしょ。野菜大好きなんじゃないの」

 とある昼過ぎ。
 わたしはシスターの文句に、そっけない返事を返していた。

 子どもたちとシスターと食卓を囲み、いつものようにみんなで昼食を取る。
 今日の献立は、パンと豆のスープと野菜炒めだ。

 さすがに七人分ともなると食費もばかにならない。
 一応お金の半分は国庫から出ているらしいし、生活に余裕がないわけではない。
 だが、それは贅沢をしていいということにはならないのだ。
 好き嫌いは御法度である。

 シスターは、むぅ、と子どもみたいに頬を膨らませた。
 
「エルフだからって野菜が全部大好きなんてのは偏見よぉ……。お肉好きな人だってレバーは苦手な人とかいるじゃない?」
「そうだね。まあどうでもいいけど。いいから残さず全部食べてよね。他の子たちの手前、好き嫌いなんて許さないんだから」
「むぅ~………」

 フグみたいに膨らんだ彼女の顔をちらりと横目で流し、わたしは黙々と自分の食事に手をつける。

 わたしの本名は、マルシェラ・ヒルデガルドという。

 孤児のくせに大層な名前だと思われることも多いが、実際わたしの家は元々貴族の家系だった。

 領地は大陸の南の端。
 魔族との戦争の最前線だったうちの領土は、敵の侵攻により荒れ果てた荒野と化してしまった。
 戦争が終わった後も没落を続け、今では残ったものは名前だけ。
 金も権力も失った、かつて貴族だっただけの残り滓。
 片田舎でひっそり終焉を待つだけの、もはや終わった一族である。

「ちゃんと栄養考えてるんだから。わたしはニナ姉ほど甘くないからね」
「うぅ……、マルシェラちゃんだって、ここに来たばかりのときは何でも言うこと聞いてくれたのに……」
「いつの話をしてるのよ、まったく」

 シスターの愚痴を聞きながら、わたしはパンをもぐもぐと咀嚼する。

 ここに流れ着いた理由は、じつに酷いものだった。

 貧乏でプライドばかり高かったわたしの父親。
 母は、早々にわたしと父を置いて家を出て行った。
 最終的に、父親は食う金にも困り──、あろうことか、娘のわたしを奴隷商に売却しようとしたのだ。

 それを拒否したわたしは家を飛び出し、行く当てもなく一人になり──。
 いろいろあって、今ではこうしてこの孤児院に厄介になっているというわけだ。

 シスターや他の子供たちはわたしの家族。
 ここはわたしの大事なもう一つの故郷だ。

「はぁ……」

 わたしは小さくため息をつく。

 そして現在──。
 その家族の長であるシスター、ナタリー・グレイスは、ちまちまと皿からセロリを選り分けている。
 子どもたちの目の前で堂々と好き嫌いする様は、見ていて本当にみっともないからやめて欲しい。
 もっと大黒柱として、手本になるような言動を心がけて欲しいものである。

 わたしはぐるりと食卓を見回す。
 そしてシスターを凝視している子どもたちに視線を向けた。

「いい?みんなはこんな大人になっちゃダメだからね」

 わたしの言葉に、食卓を囲んでいる子どもたちが、「はーい!」と元気に返事する。
 うん、やっぱりみんな賢くて素直な良い子たちだ。

 さて、この中で一番聞き分けのない大人はどうするか。

 ちらりとシスターを見つめると、彼女は唇を尖らせる。
 そして、「わかったわよぅ……」と、渋々とセロリを口に運ぶのだった。



*************************
 


「──ああ、そういえば、うちの孤児院に新しく家族が増えるのよ」

「え?」

 食後の果物に手をつけた頃。
 シスターは思い出したようにそう告げた。
 いきなりのことに、わたしは思わず目を丸くして聞き返す。

 家族──。
 つまり、この孤児院に新しくメンバーが加わるということか。
 シスターはもぐもぐとリンゴを頬張りながら言葉を続ける。

「北の方の街の孤児院にいた子らしいんだけどね。ちょっと向こうの方になじめなかったらしくて。うちで引き取ることになったの」
「へえ。いつ来るの?」

 シスターの喉が、ごくんとリンゴのかけらを飲み込んだ。
 彼女は満足そうに微笑んだあと、「えーと……」と顎に人差し指を当てる。


「──たぶん、今日」

「今日っ!?」


 ばたん、と椅子から跳ね起きる。
 他の子たちの視線が驚いたようにわたしに集まるが、気にしている場合ではない。

「どうするのよ!何も準備とかしてないんだけど!」

 部屋とか着替えとか、諸々の用意をしておいてあげないと。
 来た当日から何の準備もされていないなんて。
 そんなのあまりに可哀想だ。

 だが、焦るわたしと対照的に、シスターはずずっとお茶を飲んで息をつく。

「まあ、大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃないでしょ!せめて今日寝る部屋の準備くらいは──」

 わたしの言葉に、シスターは少し首を傾げる。
 

「大丈夫だって。ニナちゃんのお部屋ならそのまま使えるし」


 シスターは何でもないことのように、そう言った。
 わたしもその返答を聞き、机から身を乗り出した体を引っ込める。

「──ああ、そっか。ニナ姉の部屋か……」

 たしかに、彼女の部屋ならまだ生活感はそのままだ。
 部屋の主が去った後も、わたしが毎日軽く掃除をしていた。
 異なる住人が来たとしても、そのまま部屋として使うことができるだろう。

 けれど。

 ……なぜだろう。
 なんだか、少し寂しい気持ちになった。

 たぶん、それはつまり──。
 元の部屋の主は、もう二度とその部屋には戻ってこないということに他ならない。
 そもそも、わたしはなぜ彼女の部屋の掃除を続けていたのだろう。
 心のどこかで──、いつかニナ姉が帰ってくることを期待でもしていたのだろうか。
 だとしたら、わたしは本当に愚かだ。

 彼女はもう、この孤児院の一員ではなくなったのだから。


「そうだね。ニナ姉の部屋を使えばいいか。ごめん、シスター。わたし無駄に焦っちゃって」
「べつに謝らなくても……」

 しゅんと肩を落とすわたしに、シスターは驚いたように言葉を返す。

 ニナ姉の新たな門出は祝福されるべきだ。
 だから、わたしのこの未練たらたらな心も、彼女の旅立ちの日にすっぱり切って捨てるべきだったのだ。
 それが自分のためでもあり、ニナ姉のためでもある。

 わたしはこの孤児院の年長者ではあるが、やはりまだ子どもなのだろう。
 だからもう少しだけ──、もう少しだけ、わたしは大人にならなければいけないのだ。


「マルシェラちゃん?……どうかしたの?」
「……なんでもない。その子が来るまでに、わたしいろいろ準備しておくから」

 胸の内のもやもやを振り払うように、わたしは無理に笑顔を作る。

 そうだ。
 負の感情を表に出すような顔をしていてはいけない。
 わたしがこの孤児院に来たとき、ニナ姉は心からの笑顔で迎えてくれた。
 不安でいっぱいだったわたしは、その笑顔に随分心が楽になった。
 それを、今でもちゃんと覚えている。

 今度はわたしが──、新しく家族になるその子の不安を、安心に変えてあげる番だ。

 
 わたしは小さく拳を握って気合いを入れると、諸々の準備をしに食堂を後にするのだった。
 
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