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 その日もいつも通り、俺達は放課後二人でボカスカゲーをやるために待ち合わせをする。
 今日はミホミの家でやる番だった。

 玄関の呼び鈴を鳴らすと、ミホミのお母さんが出てこない。
 変わりにミホミ本人が出てきて、「今日はおかーさん、夜までいないんだ」って言いながら部屋へと俺を入れる。

 そのこと自体は特に珍しいことじゃなかった。
 あんまり外出する方じゃないと思うけど、それでもミホミのお母さんが出かけて二人で留守番することなんてよくあることだった。

 そしてそのまま部屋に入って付けっぱなしのテレビの表示ボタンを弄ってゲーム本体の電源を入れて。
 コントローラを握り締めてそれぞれの定位置に落ち着いたら、互いのプライドをかけた熱い戦いが始まる。

 そこまでは全く何時もと同じ。
 変わること無い俺達の時間が今日も始まったんだけど。

 たった一つ。
 傍目には絶対にわからない、ほんの一つだけ普段と違うところがあった。

 それはミホミとか部屋の様子とかその時の時間とか。
 そんな外的なものじゃなくて。

 それを認識している俺自身の中にあった。
 さらに言うと俺の頭の中、あるいは心の中の問題だった。

 つまり。

 その時、俺は何故かメチャメチャ、イライラムカムカしていたんだ。

………

 そのイラつきとムカつきの原因が学校で見たヤマダとミホミのツーショットであることは間違いなかったけど、なんでこうも腹立ちが収まらないのかはよくわからなかった。

 それまではヤマダのことを見かけたりしても、一時的に不愉快になるだけで その時が過ぎればすぐに頭から無くなるのが普通だった。

 でも今日は違った。
 あれからずっとあの光景が頭から離れなくて、イガイガした棘にズキズキと突き刺されるような痛みと不快感が続いている。

 もちろん、そんな内心の様子はこれっぽっちも外に出してはいない。
 少なくとも俺は出してないつもりではいる。

 もしかしたら、長年付き合ってるミホミには薄々機嫌が悪いことが伝わっているんかも知れないけど。

 こうしてゲームをやり合ってる感じを見るに、単純に気付いてないか。
 もし気付いてるんなら、気にするほどじゃなさそうだから普段と同じ態度でいいやと割り切ってるかのどちらかなんだろう。

 だから一通りボカスカゲーのプレイが続いて、ミホミの一敗が決まるまで全く何時もと変わらなかった。

 目覚ましをセットして、足首を掴んで電気あんまを始めるのも。
 笑い声と悲鳴が混ざったような叫びをミホミが上げて、2分くらいで一旦音を上げたのも。

 そこまでは何の変哲も無い、普段どおりの時間が流れていたんだ。

………

「あ、あ、あ、あ……。ふひー、く、くすぐったい……」

 俺に足を股間に突っ込まれたまま、ミホミが息をつく。
 腕を頭の方に投げ出して半笑いで脱力してる様子は、ちょっと余裕があるようにも見える。

 相当やってるから、もう結構慣れてきてたのかもしれない。

 こう、強い刺激とか我慢できない感じは相変わらずなんだけど、なんとなく漏らすようなくすぐったさは少なくなって、ちょっと感じ方が変わってきたような。

 俺がそうだから、ミホミも同じように耐性ができてきたのかも。

 案の定、すぐに普通にしゃべり始めた様子を見ても、その予想は当たってたかもしれない。

「……そういえばさー」

「うん?」

「今日、休み時間にヤマダ君とあたしが話してたときに目があったじゃん?」

「……」

 ずきっと。
 それまで小さくチリチリジワジワと続いていたものが一瞬大きくなる。

「なんか見るからに不機嫌だったよねー。もうわかりやすすぎて可笑しくなっちゃった」

「あー。……俺嫌いって言ったじゃん」

「うん。でも相当だよね。あんな風になるなんて」

「……」

「もうちょっと隠してもいいんじゃない?」

「……なんで俺が?」

「だってあんな露骨にしてたらさ、なんか具体的な理由があるみたいじゃん」

「理由なんかねーよ。ただキライ。それだけだって」

「うーん。でもさ……。ウププ」

 なんだか我慢できないって感じでニヤニヤ笑い出すミホミ。
 なんだよ。
 ナニが可笑しいんだよ。

「まるであれじゃさ……。アハ!」

 イラッ!

 楽しそうでうれしそう。
 ミホミの何時もと変わらないはずの悪戯で上機嫌な感じが妙に癇に障る。

「だからなんだよっ」

 内心の苛立ちが出ないように低く抑えたつもりの声。
 逆に俺の心情を表してしまっていたかもしれない。

 そんな俺のことなんてまるで気にすることなく。
 ミホミは相変わらずの感じで心底愉快そうに言い放った。


「あれじゃ、ヤキモチ焼いてるみたいじゃん」


 その瞬間。
 俺の中で正体不明の薄ぼんやりとした棘棘だったものが一気に形を整えてはっきりと線と面を表した。
 アニメの変形ロボが車とか飛行機からスムーズに形を変えて組み替えられて、別のものへとなっていくように、それまでの意味不明さ、理解できないもやもやはすっかり晴れて綺麗になった。
 爽快感すらあった。

 そしてそれまでただのイライラムカムカだけだったのが、一気に別のモノがすごい勢いで加わってくる。


「は、はぁーーーーっ!? お、俺がぁ!?」


 それはドキドキ、アセアセ。
 これまで曖昧にしかわかっていなかったものを、今正に自分でもやっとわかってしまった。

 それもその当人にピンポイントで言い当てられて。

 だからこそ、俺はもう全力でごまかして惚けることにした。
 後で思うと、それはまったくの無駄な努力で見苦しい悪あがきにも程があった。

 でもやらずにいられなかったんだ。

 だって恥ずかしすぎて。
 照れくさすぎて。

「ババババババ、バッカじゃねぇの!」

「…………」

 そこまでやっと言い放った俺をミホミが呆れたような顔でじーっと見つめてくる。

 かぁーーーーっと俺は自分の顔が真っ赤に茹で上がっていくのがわかった。
 

 なんだよ、その「ふーん」って顔は!
 「ああそう、まぁわかってますけどね」って視線は!

 ミホミのくせに!!


 そして次に放たれたミホミの一言で俺は完全に爆発した。
 限界まで溜め込まれた巨大な感情の激流をコイツの一言が最後の一押しで全部解き放っちまった。

 ただでさえ、初めて「好き」って気持ちに気がついたばかりで、本人にバレてて焦りまくってて。
 そんなこれ以上無いほどの混乱の只中に陥ってるこの俺に向かい、ミホミのヤツはよりによって。


「アタシのこと、そんなに好きなんだ……」


 フッて鼻で笑う感じで、そうのたまいやがった。
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