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彼女は処女じゃなかった

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 大学に入って初めてできた彼女のことである。

 
 なんとなく流れで入ったサークルにいた数人の同期の一人、色黒でスレンダーな体に整った顔立ちのショートカット。
 明らかに周囲から一つ抜きんでた見た目に惹かれて、とりあえず声をかけてみたらすぐに意気投合。

 とある時期のこの国の大学生という、考えてみたらこれ以上ないほど特殊で奇異な時間と存在。
 他のメンツと一緒に無責任と怠惰だけで成り立つステキすぎるほど不毛な時間をわちゃわちゃじゃれ合いながら過ごしつつ、当然のように意識し合って距離を詰めていき、さほどのイベントも盛り上がりもなくだらだらと。
 気が付いたら心も身体も通じ合わせる間柄。

 その過程で、お互い初めての相手じゃないことも確認しあってはいた。

 特に後ろめたいこともなく、隠すことでもないので、ざっくばらんに大っぴらにあけすけに。
 それ以外の、趣味とか友達とか、高校以前の学校生活を含んだ彼女の青春全般の雑多な情報と同時並行になにげなく。

 だから彼女の処女性にことさらこだわってるとか、恋愛遍歴が気になってしょうがないとか、そんな意識も執着も葛藤も何もなかったはずだったのだけれども。


 彼女は高校のときに水泳部だった。
 付き合っている彼氏がいた。
 部活の集合写真、艶々に輝く競泳水着に身を包んで微笑む彼女の横にいる、色白なのにいやに逞しい身体のガキ。

 コイツとさんざんヤリまくってたと。
 このくっそエロいハイレグの水着を着たままだったり、誘ってるとしか思えないミニスカの制服姿とかでさんざんいろんな体位で腹の奥まで突っこまれまくってたんだと。
 暴力的なまでにごつく盛り上がった体中の筋肉を使われて、まだ未完成だったはずの柔らかくしなやかな美しい肉体をものすごい力と勢いで万遍なく貪られるようにセックスしまくったと。


 そう、彼女の部屋でアルバムを開いて懐かしそうに思い出を語る声を聴きながら確信した時の興奮。


 めちゃめちゃにしたくなった。
 はっきり犯してやりたいと、狂おしいほどに願ってしまった。


 そしてそのまま思い出の競泳水着を出させて着せたときに自分の中に生まれた衝動のすさまじさ。


 自分が勝手に思い込んで妄想した、あの高校生のクソガキがやったであろう強さと勢いで思いっきり彼女を蹂躙しはじめた。
 こんなに激しくやって大丈夫かなとか、痛みを感じないかなど、相手を僅かでも思いやったり気を遣う余裕なんて消し飛んでいた。

 ただ純粋に自分のためだけの欲求に従って、およそ女という存在が持ちうる性的魅力の極み、エロさだけを抽出して蒸留して純化させたみたいな深淵でおぞましいほどの密度の概念に魅入られるように囚われて、魂を奪われ続けた。

 幸いというか、結果的にというか、彼女は性欲が強い方だった。
 偏見かもしれないけれど、自分が持つ僅かな知識とサンプルを鑑みる限り、スポーツをやってる人間は性別に関わらずそういう傾向があるような気がしないでもない。
 健全な肉体には健全な精神ならぬ、健全な生殖欲が沸くのはまあ動物的な理屈でいえばそう間違ってはない気がするし。
 彼女の身体も現役当時から比べたら確実に衰えてはいたんだろうけど、素人目線では未だ惚れ惚れするほど引き締まった、鍛え抜かれたアスリートそのものにしか見えなかったから。
 あとは積み重ねてきた相応の性経験の賜物でもあったと思う。

 つまりは、明らかに暴力的で配慮の無い、若さに任せた勢いだけの行為でも悦びのほうが勝っていたようだった。

 そう、最中の反応と声の響き、多分に媚びを含んだ片言の言葉の内容で理解したら、さらにその事実で燃え上がる。
 “やっぱりな”という妄執的な怒りと軽蔑を原動力にひたすら動き、責め苛み続ける。
 それまで明確な形にならずに済んでいた、彼女の性遍歴のイメージ、そのヴィジョンが今、はっきりと降臨し顕現されてしまった。
 相手の顔と競泳水着という二つの要素によって補完され、とうとう完成し屹立してしまった。

 無視することなどできない、圧倒的な存在感だった。
 なかったことになどできようもない、強烈なインパクトだった。

 そしてそれらすべての質量がそのまま自分の性的欲求、興奮、快感へと損失なく変換されていった。
 およそ夢のような理想的な効率で、生殖のエネルギーが無限に湧き続けて互いの粘膜を物理的に満たしていった。

 
 夜に始まった行為はたびたび休憩をはさみながらも明け方まで続いた。
 3回を過ぎてから数えるのをやめて数時間、さすがに気力も体力も限界を迎えた末にようやく自分の動きも止まってくれた。


 目の前には最後の態勢のまま崩れ落ちた格好の彼女の姿。
 半脱ぎにされた競泳水着を腰から下に着たまま、「う……」とか「ん……」とか呻きながらどろどろのお尻を震わせている。


 ひどく疲れて、喉がカラカラに乾いていることに気が付いた。
 冷えたコーラが死ぬほど飲みたくてたまらなくなった。
 だからそのままコンビニに行くことに決める。
 返事がくるのをさほど期待しないで彼女に声を掛けたら、意外にもしっかりとした声で、海外製の炭酸水の商品名を口にする。
 頭と腕を向こうに投げ出したまま、こちらを見るようなそぶりは微塵もなく、体言止めで目的だけを明確に伝えてきた。

 魅惑的な曲線に万遍なく包まれた下半身に向かって、了解の意を伝える。

 局部を適当にティッシュで拭っただけ、汗みどろのままシャワーも浴びずに安物のTシャツとジーパンを着て部屋を出た。
 アパートの階段をカンカン音を立てながら降りていくと、酷く足腰がふらついて下腹の中が空洞になったような疲労感を嫌というほど自覚させられた。

 そのままだらだらと続く長い下り坂をコンビニに向かってゆらゆら歩いていく。
 正体不明の鳥が「ほーほー」と何処かで鳴くのを聞きながら、湿気を含んでほどほどに冷えた大気の中。
 ちょうど正面、マンションの切れ間から差し込む朝日がまぶしくて思わず目を細める。


 あれだけ黄色い太陽を見たのは後にも先にもあの時だけだった。





 了
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