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 それから僕とパンツの日々が始まりました。
 基本的にはほぼ毎日、四六時中早瀬さんのパンツを履き続けました。

 もちろん学校に行っているときもそうです。
 制服の下に彼女のパンツを纏ったまま、初めて家を出たときの気持ちは一生忘れません。
 素知らぬ顔で校門に向かって歩き、やがて教室に入って彼女の姿を視界に収めた瞬間。

 何かものすごい、宇宙的スケールの事が起こってるような、そんな強烈な高揚と酩酊感に襲われました。
 ピンクの小さなパンツを履いている僕と、その持ち主である早瀬さんとが同じ空間に同時に存在するというありえない奇跡の現場に他ならなかったのです。

 ちょっと気だるそうに授業の用意をしながら友達と何かをつぶやき合っている彼女はいつもと全く変わったところはありません。
 相変わらずの整った目鼻立ちで完璧な美少女っぷりで、朝方に見せる醒めた視線や少しニヒルな微笑みも普段通りです。

 そしてそれを見ているこちらもきっと、傍目にはいつも通りのどんくさくて頭の悪いクラスのキモ男でしかないはずでした。
 教室にいるけどほとんど気にしたことが無い、ヤンキーに目をつけられてパシリにされてるらしいけど別にどうでもいいと思われているだけの存在。
 一切の価値を認めてもらえない、いてもいなくてもいい人間。
 そんないつも通りの僕。

 物理的には数メートルの距離でしかないのに、本質的には何万光年もかけ離れた場所にいるとしか思えない僕と彼女。
 今この瞬間、二人の間にどのような関係性も結びつきも見出せる人間なんて一人もいるはずがありませんでした。

 ただ僕の頭の中でだけ、世界はまるで生まれ変わってしまったように違っていました。
 彼女当人はもちろん他の誰にも知られることなく、早瀬さんと僕は今、こんな風に完璧に一体化して繋がっている。
 かつてあの子が履いていたパンツで下半身を包まれながら、その持ち主と同じ空間にいてじっと見つめている。

 つい先日までは想像だにしていなかった非日常的な状況に、人知れず酔いしれることしかできなくなりました。
 彼女の姿を目に映しながら、誰にも見えないズボンの中で肌と接する柔らかな薄布の感触に全身の神経を集中させます。
 同時に忘れようもない複雑で香(かぐわ)しい匂いの記憶を取り出して何度も反芻します。

 彼女の姿と、パンツの感触と、記憶の中の匂いがぐるぐると回転を始め混濁し、一つになっていきました。
 未来永劫、指一本触れることができないだろう絶対的隔絶を確信しているからこそ至ってしまう、究極の偶像化の果て。
 齎(もたら)される一体感と心地よさは、肉体的なそれとはまったく違う、純粋に精神的なものでしかありません。
 だからこそ単純な生理反応とは比べ物にならない、混じりけなしの恍惚だけがありました。

 もはやその時の僕にとって、性的快感など不純なものにすぎませんでした。
 卑しく汚れた凡俗の未熟な愉しみでしかありませんでした。
 魂が根本からどろどろに溶かされて、彼女と同じ鋳型に入れられて混ざりあい、別のものに再構築されていくようなこの感覚。
 それに比べたらあっくんを初め、世の中の男女が行っているだろうセックスなんて、なんとつまらない、不完全で無感動で下劣なものでしょうか。

 例え早瀬さんがどれだけその堕落的行為を覚え、耽溺するまでになっていたとしても。
 こうして一切の不純さが無い神聖で清らかな結合を実現しているのだから、何も問題はありません。

 淫猥な肉欲におぼれてセックスをする彼女ですら、何度でも浄化していくらでも聖性を取り戻せる。
 いやらしいことも恥ずかしいこともする現実的な女性であると同時に、穢れ無き永遠の乙女で理想の存在のまま。

 頭の中で僕と早瀬さんはどこまでも不可分的に侵し合って結びつき、同じものへと回帰していきました。
 境界線が限界まで希薄化し、朧になり、二つは一つに。


 ああ、なんて気持ちいいんだろう。


 僕はその麻薬的な快感にすっかり囚われて虜になってしまい、その後は一日中ずぅっとぼんやりうっとりとして過ごしていたと思います。
 正直なところ、ほとんど記憶がありません。


 一番最初に彼女のパンツを履いて学校に行った時の僕のありさまはそんな風でした。
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