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砂漠、草原、ミドリガメ。気持ち良すぎる性行為。
しおりを挟む自分を跨る腰の動きに魅せられてじいっと見入っている。
流れるように滑らかなグラインド、手をこちらの下腹について一心不乱に息遣いだけを発しながら延々と。
素晴らしいほどに卑猥で扇情的。
言語道断に性的でいやらしくて不謹慎。
あれほど初めは恐る恐る探るように、遠慮がちに慄きながらやっていたのとは雲泥の差である。
無理矢理住処を奪われた小動物のように怯えて縮こまっていたあの姿との落差を想うたびに、何か圧倒されるような心持になってしまう。
人間の、女の性本能の開花。
生物としての確かな存在感。
たぶんそんなものを突きつけられて途方に暮れさせられてるのかもしれない。
いち個体が内包しているエネルギーの巨大さを目の当たりにさせられて喚起されるもの。
もちろん入念に手入れして配慮を怠っていないんだろう、茶色いごまなんて欠片も見えない綺麗なお臍が遠ざかっては近づいてくる臨場感。
頂点付近で少し減衰する歪んだサインカーブ。
そんな前後運動に視線を外せないまま眺めつつ、何故か頭の中にはまったく関係なさそうなことがいつしかつらつら思い浮かんでくる。
今現在進行形で体感して受容している刺激やら感覚とは、全く無縁そうなものが何故かゆらゆらと揺蕩うように立ち昇ってくる。
ミドリガメ。
正式名称ミシシッピアカミミガメとかいうらしいアイツら。
いつも通りかかるあたり一面の田んぼ、その中心を流れる幅広の川。
大きな湖だったところを干拓したらしい、かつての水底をそのまま残したような一筋の流れ。
そこに大量のアイツらがいるのである。
岸辺で甲羅干しなりしてくつろいでいるらしく、通りかかるとバシャバシャと慌てて水に飛び込んでいくその数の凄まじいこと。
様子を窺うようにニョッキと水面から生える長い首と頭のあまりの量に、思わず感じてしまう本能的なおぞましさ。
聞けば外来種とやらで駆除対象だったりするらしい。
でも完全に繁殖して定着しているのは明らかで、これをどうこうするのは一見した素人考えでは到底無理不可能としか思えない。
昔は二ホンイシガメの生息地だったらしいけど、そんなの一度も見た記憶がない。
目にするのは頭の両辺、目の後ろにわかりやすいトレードマークの赤色があるアイツらだけである。
現状、完全に乗っ取られているのは間違いない。
外来種問題と言われる事象が最もわかりやすく致命的に進行し端的に表出している典型的な現場としか思えない。
しかし生態系を守るためなら根気よく捕まえて殺すなり保護して隔離するなりするしかないらしいけど。
今のところここの行政がどうこうする様子もなく、ミドリガメはわが天下とばかりに繁栄を極めているらしい。
せいぜいがところアオサギやらがときどき啄んでいる以外では外敵らしいものを見たこともないし。
そもそもコイツラ自身、来たくて来たわけでもない、ある日突然本来の住処から露店なりに並べられて無縁である異邦異郷の地に放り投げられたってだけなのだ。
自分以外の存在の都合で無理矢理移住させられた先で生存競争を勝ち抜いて居場所を勝ち取った結果といえばそうなんだろう。
でもだからと言ってコイツラの存在が許されるわけじゃないのである。
本来この地この場所にいる存在じゃないから、駆除されて絶滅されるのが理想で、あるべき正しい考えとなってしまうのである。
何故ならカメだから。
言葉をしゃべれない、高い知性を持たない畜生だから。
仮にこれが人間だったら全く話は違っていたかもしれない。
誰かの都合で移住させられたとか、強制的に入植させられた、あるいは非常の理由があって住む場所を奪われて大量に他の土地に流れてきたなーんて話は我々人間世界でこそ当たり前でよくある話のようである。
ただ彼ら彼女らはカメじゃないから、一応いく先々で配慮されて保護されようとして、逆に追い出そうとしたり迫害しようとする反対派との軋轢が生まれて不幸が無限に湧き続けている。
単純に「じゃあ本来生きてる場所の存在じゃないから駆除しましょう、殺すか隔離しましょう」というのは良くない、ありえない考えということにはなってしまう。
ただ、こうしてどこがどう違うのかというのを改めて考えるによくわからなくなくなってくる。
カメってだけで排除するのが正しく善いことで、人間ならそうじゃないってのもおかしな話のような気がしないでもない。
確固とした考えや思想があるわけじゃないから酷く薄ぼんやりとした胡乱な違和感程度のものなのだけれども。
外来種問題と人間の移民やら民族紛争やら難民問題やらは本質的に何がどれだけ違うのか。
誰か明確に答えられるヤツなんているんだろうか。
たぶんカメじゃないからとしか言いようがないんじゃないだろうか。
それでいてそんな人たちのことを「外来種」呼ばわりしたら社会的に致命的な発言になっちゃうのは明らかなんだろうし。
中東の砂漠と、ユーラシアステップと、住む場所や生存権を巡って命がけで闘っている存在たちとミドリガメが自分の中で重なって混然一体と融合していった。
腰の上で延々と続いていたエゴイスティックな動きもクライマックスに向けて激しさを増していく。
なにより切実に命の危険を常とする存在は、強く生存本能を刺激され繁殖行為も激しくなるに違いない。
そして全く真逆で相反する自分の状況、安心と優越と後ろめたさが齎したもの。
強く固く抑制されていたものが爆発的に開放された瞬間、いつにない強烈な感覚に包まれた。
了
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