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リフレクション
しおりを挟むわたしは別に特別な感情を抱いていたわけじゃない。
少し年下、可も無く不可も無い人材というだけの認識。
見た目も性格も特に感じるものなんて無い。
好きにも嫌いにもなりようがないほど印象が薄い。
唯の同僚。
その時も単に手が届かない場所にあった資料を取るのにちょうどいいと思っただけ。
だからたまたま通りかかったあいつに「それとって」って、頼んだのもやましいところも打算もない純粋で気軽な依頼事にも満たない小さなやりとりだったはずなのに。
二つの要因が重なったからなんだと思う。
一つはマイカップを洗っていたあいつがYシャツを腕まくりしていたこと。
一つは頭上の目的物の前に突っ立ったままのわたしの肩を掴んで頭越しに手を伸ばしたこと。
もしそのいずれかが成立していなかったら何も起こらなかったはずなんだ。
日常のヒトコマが泡沫のように浮かんで消えただけなんだ。
でもそうはならなかった。
つかまれた肩に感じる無骨な手のひら。
後頭部に触れた胸板。
袖をまくった腕が頬を掠めて伸びていったその時。
自分の中の「女」が突然反応をした。
高い体温と重さ。
生々しく野卑な匂い。
己とは違う太く密度の高い骨格、肉の厚み。
確かなオスの存在感が接触した場所から荒々しく流れ込んできて。
それは理性では制御できない原始からの楔。
自動的に起動するように仕込まれた古い由来を持つ強制処理。
肉体の奥底にある器官が自らを締めつけて脈動しながら潤いを始める。
狂おしくやるせない火のような感情を無から生み出す。
瞬時に起こった体内の励起現象は外部に一切を漏らすことなく。
僅かな生成物をその結果として齎した。
じわりと湧き出る感覚。
分泌物が繊維に染み出していく感触。
ごく少量ながら厳然と物理世界に為された出力。
確かな物証の存在に事実だと認めざるを得ない。
資料を受け取りながら礼を言う。
傍目には何も感じさせず、何も起こってはいない。
泡沫のような日常が浮かんで消えた。
……違う。
湿っている布地の煩わしさに苛立ち。
わたしの中の日常はすでに消え去っていた。
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