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パンダとサーカス
しおりを挟む人影がまばらな平日の動物園。
非日常的な鳴き声がソチコチで木霊する中、目の前でニシローランドゴリラがどでかいのをブリっとひりだす様子をじっくりと観察する。
尻の穴を丸出しで闊歩する彼ら彼女らを眺めているとつくづく自分は人間でよかったと安心して穏やかな気持ちになる。
野蛮で低能なケダモノどもがと下等生物を見下ろす超越者の心持に浸って、全能感をたっぷりと堪能することができる。
だから匂いとかも臭ければ臭いほどいい。
「彼らは生きている」っていう実感が湧くのと同時に、「困ったやつら」という軽蔑と愛着の混じった狂おしい感覚に身をゆだねることができるから。
ああ、動物め!
羞恥という高等な感性を持てずに、生まれたままの姿でありのままにしか過ごすことができないケダモノめ!
なんて君たちは臭いんだ!
グロテスクで丸出しなんだ!
なんて非文明的……いや、反文明的な存在なんだ!
などと、心の中で嘯きつつ尻の穴を見ている。
皺膨れの梅干しが内側に引っ込んだみたいな閉じた穴を飽きもせず延々眺め続けている。
そうこうしているうち、このゴリラの檻の向こう、少し歩いたところにパンダの宮殿があるのをふと思い出してまい、嫌な気分になった。
例えでも比喩でもなく、まさに王侯貴族の住まうところとしか言いようがない豪華で巨大な建造物。
あれが笹の葉を延々と食べるくらいしか能がない、その辺の犬猫と知性も生態も大して差があるとは思えないような存在に宛がわれてるのを思い返す度にげんなりとした気持ちに包まれてしまう。
あんな畜生ごときのために霊長たる我々人間が自分たちの住まい以上の環境をせっせと多大な労力と資材を使って、なんらの代償もなく提供しつづけている現実。
いいところ愛玩的満足を得られる程度のために、奴隷もかくやといった感じで精一杯全力全霊の至れり尽くせりを行っている。
だからパンダがキライだ。
所詮アイツらも尻の穴丸出しのケダモノ風情でしかないものなのに。
その他の動物との明らかな待遇の差も気に入らないし、人間以上に気を使われてるところも不快で仕方がない。
「動物差別」という概念があればまさにそれだと思うし、「愛くるしい」というだけで誠心誠意尽くしてしまう人の奴隷根性のようなものを目の当たりにしているようで堪らない。
聞けばアイツらは繁殖することすら自分自身でままならず、人間様が必死で心を砕いて「致していただいている」らしいから笑ってしまう。
どうかお願いだから中出しセックスをして、子供を作って育ててくださいとこれまたありとあらゆる便宜が図られて飼育員だの学者だのが挙国一致体制よろしく頑張っているらしい。
学識あるインテリが大勢顔を突き合わせてパンダのセックスを吟味し、出した結論の一つが「パンダポルノ」つまりはパンダ用AVの作成だなんて、傍から見てる限りは喜劇以外の何物でもないと思う。
パンダ様がどうか興奮してその気になってくださるように、(パンダ的に)最高にエロいAVを作ろう! 鑑賞していただこう!
たぶん当事者もそれ以外の多くの人にとっても、とても真面目で意義のある話なのかもしれないけれど、少なくとも自分には質の悪い冗談にしか聞こえない。
有名SF作家の芸術的に嫌味な風刺が効いた短編小説にありそうな、ディストピアめいた悪夢的印象を抱いてしまう。
そもそもパンダの繁殖を心配する余裕が今現在の自分たちにあるんだろうか。
近頃はニュースを見るたび聞くたびに少子化云々、子育て支援予算を追加増額云々やっていたと思うのだけど。
もはや我々の繁殖力の低下は危機的状況らしく、早晩国家としての体制を保つことすら難しくなるらしい。
人が少なくなっていく一方、恋人関係や結婚に対する意欲は年々右肩下がりという絶望的な状況。
異性と付き合いたい、一緒になりたいと思わない人が増えてるんじゃもうどうしようもない。
それでいて政府とか自治体から打ち出される対策はほとんど全て「金のばらまき」以外には見えないといった具合。
子供の育成とか結婚に掛かる金銭の問題さえ解決すればみんな子供をつくるようになるなんて本当に思ってるんだろうか。
恋人を作りたい、異性と性行為したいって根本的欲求がお金で解決するなんて。
今現在所帯を持って子供を作ってる家庭は、金銭的余裕がある世帯ばっかりだとは思えない。
統計的には高所得な人間ほど、恋愛・結婚意欲が少なくなる傾向だったはず。
人間の、日本人の繁殖欲がお金で解決するとは、とても想像できないのだけれども。
そもそも「子供を育む」という崇高な意識が金銭でどうこうできるという発想自体、冒涜的で侮辱的なもののような気がしないでもない。
子孫繁栄という生物の大義ともいえるものをそんな俗物的発想で解決しようなんて、あまりにも酷い、非人道的かつ非文明的な考えなんじゃないか。
知らず知らず、我々は自分たち自身をこれ以上ないほど貶めて卑しめて、尊厳を放棄し続けてるといった状況に陥ってしまってるような気がどんどんしてくる。
まあ確かにアンケートだの、ネット上の意見だのを目にするとそういってる人が多いようだけど。
でもたぶん、彼ら彼女らはとりあえず金があればうれしいからそう言ってるだけだろうとも感じてしまう。
ないよりはあった方がいい、それがお金なんだから。
例え子供云々と関係なくても「金さえあれば!」って声が上がるのは至って当然のことなのかもしれない。
でもほとんど確信めいた直感で想像すれば、実際にそう言ってる人達が若年世代で結婚していない当事者だと仮定したら、もし彼ら彼女らがお金をもらっても恋人も作らないし結婚もしないし、ひいては子供も作らないと断言できる。
まず間違いなく他の豊かで文化的な生活のなにがしかのために浪費するはず。
あるいはすでに所帯を持ってる人たちでも、それが直接的な原因で子供をつくる意欲に繋がることはない。
浮いた分の使い道にあれこれ頭を悩ませるだけのこと。
「子供を産み育てる」ということが金ごときでどうこうできるわけがないという確信がある。
あったら困らないから金はほしいけど、それが理由で生むわけではない、我々はそんな卑しい存在ではないという願いと祈りのようなものがどこかにある。
少なくとも自分が軽蔑して馬鹿にしている愛すべき下等生物達は全て、そんな低俗なものではない。
彼らよりも自分たち人間が低能で破廉恥な愚物だと思いたいわけがない。
繁殖欲自体の低下という大前提が問題なのだから、もはや本質は金銭どうこうとは次元が違うところにあるんだと思う。
そういう意味では、悪夢的冗談的なパンダのAVの方が明らかに実効性があるんだろうから、もう笑う気にもなれない。
確か、生命の危険が相対的に少ない種ほど繁殖力は低くなる傾向があったはず。
熊やシャチなど食物連鎖の頂点に近いほど子供の絶対数は少なくなって、さらには自分の子供以外を殺すことすら時にはする。
生物界の合理的帰結として「間引き」が当然のように発生して運用されている。
我々人間も動物園のパンダも安全で快適な環境に適応しただけなのかもしれない。
あまりにも外的要因で命を落とす確率が減って、必要以上に増えないよう本能が囁いているだけなのかもしれない。
考えたくないけれど、子殺し事件が多くなったような気がするのも単なる適応の結果の可能性があるんだろうか。
とても陰鬱で悲惨で無明なことだけど、再婚相手だとか恋人の連れ子を嬲って殺す欲求というのは個人的人格の問題というより、遥か巨大で神秘的なものからの啓示に過ぎないのだったりしたら……。
ゴリラの檻の前で、こんな救いの無い暗い想いにさせられたのもすべてパンダのせいだと思うことにした。
もしかしたら同族嫌悪に過ぎないのかもしれなかったけれど、果実臭の強いウンコの前で自分を包んだ憤慨と拒絶は本物だった。
あんなケダモノと同じわけがない。
文明人としての矜持だった。
了
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