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痴漢されていた女子高生のガキ
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マンションの部屋を出て会社に赴き、仕事をしてまた帰る。
毎日同じことの繰り返し。
それが俺の人生だった。
世間的に言えばそれなりに大きい会社に勤めるそれなりのキャリアの中堅サラリーマン。
仕事の出来も普通、評価も普通、恋愛も人並みにこなして遊びもそれなりにする。
幸せは特に感じていないが、不幸でもない。
ただ判を押したように同じ日々を送っているだけ。
もっともまともに考えれば完全に同じ毎日であるはずがない。
少しずつディテールは違っているんだ。
ただあまりにも無視できるような差異しかないから、同じように見えているだけ。
定常状態からの飛躍がほとんどない、許容できる乱れしか発生しないからそう認識しているだけだ。
そんな日々だったからこそ、大きく乖離した事態の発生は強く鮮やかに心に刻み込まれる。
ある春の日、部屋を出て会社に行くためにのった電車の中で異常は起こった。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車、身動きすることもままならない、不快な熱気と圧力の只中。
生活の為にこの苦行を受け入れている幾多の同志達が吐き出され吸い込まれてくるたびに、その流れに逆らって埋もれもがきしがみつく。
大きな粘性を持った流体運動が繰り返されるたびに親愛なる俺の隣人達は顔を変えていき。
肺の空気が全て抜けきっちまうかと思うほど身体を思いっきり密着させることでご丁寧な無言の引越しの挨拶をしてくださる。
そいつもその内の一人だった。
何度目かの隣人の入れ替わりの後。
正面から向かい合わせに俺の胸へと飛び込んできた女子高生。
珍しくもないありふれたセーラー服にスクールバック。
身に纏うもの全てがピカピカでおろしたてであり、見た目の幼さとつりあっている。
目にかからないように前髪を分けて他は肩でそろえただけのヘアスタイル、大きめのメガネ。
二重の瞳も小ぶりな鼻筋も造形は整っているが特に目を引くものは無い。
地味なガキ。
だから苦しそうに申し訳なさそうにおどおどした態度と視線を向けてくるそいつがどれだけ密着してきても何の感情もわかない。
明らかに対象範囲外、女としてみることなどありえない。
このひと時の接触が終われば完全に記憶からも消え去り全くの他人になるだけの存在。
それだけのはずだった。
そいつが痴漢にあってさえいなければ。
もぞもぞと妙な動きを伝えてきたから、天井に向けていた視線を落とすと、明らかにさっきまでと違う蒼ざめた表情で震えてやがる。
そして俺の視線に気がついたとたん、何かを言おうと口が歪み、また閉じた。
そのまま涙ぐんで俯くそいつの頭越しに向こうにいる横向きのおっさんと、その腕の先がガキの尻へと伸びているのが視界に入っちまった。
突発的にただ怒鳴りつけた。
あとは勝手に事態は推移していった。
小一時間後、駅のホームには周囲の人間の助けでおっさんを鉄道員に引渡し事情聴取を終えたガキと俺の姿があった。
地味な顔を安堵と感謝、そして未だ残る恐怖と羞恥に火照らせたそいつは只管ぺこぺこと俺に頭を下げていた。
別に正義感があったとか、こいつに情があったとか一切無い。
ただ反射的にやっちまっただけで、正直会社に遅れるほど時間を取られたことを後悔すらしていた。
だから内心は相当冷めていた俺は、それから途中まで一緒に電車に乗ったあと先に降りたそのガキのことなんてどうでもよかったんだ。
窓の向こうから動き出す俺に向かって相変わらず頭をさげているのを見ても、セーラー服の背中側の襟がばさばさひっくり返るのがなんとなく面白いと思っていただけだった。
そうして会社に着いた後は、遅刻したことの説明と業務手続をするだけで。
また同じ日常へと狂った軌道は簡単に修正されていった。
………
その後も同じ電車でそいつを見かけることはあった。
最初はわざわざ俺の方に近づいてきて挨拶までしてくる始末。
だけど俺はそのたびに素っ気無い態度で、もう気にするな、大変だから挨拶するためにわざわざ近寄ってこなくてもいいと相手を思いやっているようでその実めんどくささを緩和するための理由だけで距離を置こうとした。
それでもしばらくは顔を合わせるたびに頭を下げてきたが。
やがて目礼だけになり。
視線が合うことすらなくなっていくと。
もうやっと、他の雑多な人間と同じ他人に戻れたのをお互い受け入れていた。
そうしてまた繰り返す毎日。
たとえ同じ電車内でそいつが居合わせてちらりと視線を向けることがあったとしても、それだけのこと。
何度か夏服と冬服を繰り返し。
いつしかセーラー服のスカートが短くなったり、髪型が流行の洒落たものになり始めたり。
大人びた小物がちらちら見えるようになったり、地味だったのを見栄えがするように気を使い始めたり。
時々、彼氏らしいヤツと一緒に乗るようになったりしているのを確認しても別にどうとも思わなかった。
ただ、ガキってヤツは本当にすぐ変わっていきやがると、俺の変わり映えの無い毎日に比べたスピード感に圧倒されるような気持ちにその時は襲われたというだけだった。
そして今日。
適度に着崩した夏のセーラー服姿のあいつが距離を置いた先で電車の壁に押し付けられているのを見つけた。
硬い壁と人の波に挟まれ潰されて小奇麗な顔を不機嫌そうにしている。
俺はガンガンに効かした冷房でさえも跳ね返す蒸し暑さと人いきれでダメになってしまいそうになりながら。
久々に見かけた意外性と今感じている不快さを共有しているという親近感が合わさってなんとなく見るとも無く見ていた。
相変わらず短めのスカートで、すっかり大人びた雰囲気を纏っている。
オトコができたら一気に変わったんだろうか。
それでも俺にとってはやっぱりただのガキ。
どれだけ細い首筋とか胸の膨らみを示すセーラー服とか、スカートから覗く程よい肉付きの足がオンナの色気を出してきていても。
ついこないだまで地味なツラで痴漢に泣きそうになっていた、弱弱しくて守られるだけの存在が必死で背伸びしているだけの印象だったんだ。
それが変わったのは、そいつが痴漢に遭っているのに気がついた瞬間だった。
重なる人の壁でよほど気をつけないとわからない。
しかし電車が揺れた一瞬、確かに背後のスーツ姿の男があいつの尻に手を当てているのがわかった。
息を飲む。
声を挙げるか、いや距離が遠い。
その逡巡が身の内を駆け巡ったあと、確認したあいつの顔に浮かび上がっていたもの。
つい先ほどただ単に蒸し暑さと圧迫に対する不快さだと思っていたその表情。
それは俺が知るガキの貌(かお)ではなかった。
手入れされた眉を顰めながら、少し細めた瞳を冷ややかに流し目にし。
桃色の唇は結んで片端だけを僅かに持ち上げている。
かすかに残る幼さと整った顔立ちは硬質な静けさと。
感情のままに浮かべた歪みによって一つの表現を完成させていた。
それは冷笑だった。
唾棄すべき低劣で醜悪な恥ずべき存在を賤(いや)しめて見下す遥か高みからの視線。
嘲笑。
軽蔑。
高慢。
明らかに許されざる行い、自分を汚す卑怯者への怒りと苛立ちに満ちながら。
それでいてさほども心を揺さぶられてはいない、些事かのように客観的な視点で俯瞰している。
煩わしいが相手にするほどのことでもない。
騒いで時間が取られることすら惜しい。
己の価値と魅力を自覚しきった傲慢なほどの強さ。
弱弱しさなどこれっぽっちも無い、気高さと余裕、驕りと優越、憐憫と残酷。
しなやかで揺ぎ無い、柔軟で靱性(じんせい)に富んだ生命(いのち)そのものの輝き。
俺はかつてただのガキだと思っていた存在に、途轍もなく巨大で激しく何もかも飲み込んでいく「女」という現象を見た。
ちっぽけで矮小な守られるべきものだという自分の認識が恥ずべき慢心であったことを心から悔いた。
まごうことなき、美しい生き物がそこにはいた。
何を捨てても手に入れて、すべてを貪りたいと願う至高の存在の眩さに打ちひしがれた
固まったまま凝視し続ける俺の視線の先では相変わらず痴漢が続いているのは雰囲気でわかった。
しかし彼女の態度は全く変わらず動じる気配は無い。
男の行為が激しさを増せばすぐにでも対応するのであろうが。
服の上から手を押し当てられているというだけの状況ではそれさえ面倒くさい。
そんな冷えた感情がこちらにも伝わってくるようだった。
俺の中では対照的にどんどん熱が上がっていく。
電車内の熱気だけではない、俺自身から生み出されるエネルギーが激しく内部運動を繰り返す。
結局、何時もの駅で降りるまで彼女はそのままでいた。
変わったのは歩き去っていくその背中を目で追い続ける俺の中だけ。
かつては何の感慨も無かったセーラー服の背中に垂れる黒い襟。
それが歩くたびに僅かに翻るだけで心臓が痛いほど高鳴った。
毎日同じことの繰り返し。
それが俺の人生だった。
世間的に言えばそれなりに大きい会社に勤めるそれなりのキャリアの中堅サラリーマン。
仕事の出来も普通、評価も普通、恋愛も人並みにこなして遊びもそれなりにする。
幸せは特に感じていないが、不幸でもない。
ただ判を押したように同じ日々を送っているだけ。
もっともまともに考えれば完全に同じ毎日であるはずがない。
少しずつディテールは違っているんだ。
ただあまりにも無視できるような差異しかないから、同じように見えているだけ。
定常状態からの飛躍がほとんどない、許容できる乱れしか発生しないからそう認識しているだけだ。
そんな日々だったからこそ、大きく乖離した事態の発生は強く鮮やかに心に刻み込まれる。
ある春の日、部屋を出て会社に行くためにのった電車の中で異常は起こった。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車、身動きすることもままならない、不快な熱気と圧力の只中。
生活の為にこの苦行を受け入れている幾多の同志達が吐き出され吸い込まれてくるたびに、その流れに逆らって埋もれもがきしがみつく。
大きな粘性を持った流体運動が繰り返されるたびに親愛なる俺の隣人達は顔を変えていき。
肺の空気が全て抜けきっちまうかと思うほど身体を思いっきり密着させることでご丁寧な無言の引越しの挨拶をしてくださる。
そいつもその内の一人だった。
何度目かの隣人の入れ替わりの後。
正面から向かい合わせに俺の胸へと飛び込んできた女子高生。
珍しくもないありふれたセーラー服にスクールバック。
身に纏うもの全てがピカピカでおろしたてであり、見た目の幼さとつりあっている。
目にかからないように前髪を分けて他は肩でそろえただけのヘアスタイル、大きめのメガネ。
二重の瞳も小ぶりな鼻筋も造形は整っているが特に目を引くものは無い。
地味なガキ。
だから苦しそうに申し訳なさそうにおどおどした態度と視線を向けてくるそいつがどれだけ密着してきても何の感情もわかない。
明らかに対象範囲外、女としてみることなどありえない。
このひと時の接触が終われば完全に記憶からも消え去り全くの他人になるだけの存在。
それだけのはずだった。
そいつが痴漢にあってさえいなければ。
もぞもぞと妙な動きを伝えてきたから、天井に向けていた視線を落とすと、明らかにさっきまでと違う蒼ざめた表情で震えてやがる。
そして俺の視線に気がついたとたん、何かを言おうと口が歪み、また閉じた。
そのまま涙ぐんで俯くそいつの頭越しに向こうにいる横向きのおっさんと、その腕の先がガキの尻へと伸びているのが視界に入っちまった。
突発的にただ怒鳴りつけた。
あとは勝手に事態は推移していった。
小一時間後、駅のホームには周囲の人間の助けでおっさんを鉄道員に引渡し事情聴取を終えたガキと俺の姿があった。
地味な顔を安堵と感謝、そして未だ残る恐怖と羞恥に火照らせたそいつは只管ぺこぺこと俺に頭を下げていた。
別に正義感があったとか、こいつに情があったとか一切無い。
ただ反射的にやっちまっただけで、正直会社に遅れるほど時間を取られたことを後悔すらしていた。
だから内心は相当冷めていた俺は、それから途中まで一緒に電車に乗ったあと先に降りたそのガキのことなんてどうでもよかったんだ。
窓の向こうから動き出す俺に向かって相変わらず頭をさげているのを見ても、セーラー服の背中側の襟がばさばさひっくり返るのがなんとなく面白いと思っていただけだった。
そうして会社に着いた後は、遅刻したことの説明と業務手続をするだけで。
また同じ日常へと狂った軌道は簡単に修正されていった。
………
その後も同じ電車でそいつを見かけることはあった。
最初はわざわざ俺の方に近づいてきて挨拶までしてくる始末。
だけど俺はそのたびに素っ気無い態度で、もう気にするな、大変だから挨拶するためにわざわざ近寄ってこなくてもいいと相手を思いやっているようでその実めんどくささを緩和するための理由だけで距離を置こうとした。
それでもしばらくは顔を合わせるたびに頭を下げてきたが。
やがて目礼だけになり。
視線が合うことすらなくなっていくと。
もうやっと、他の雑多な人間と同じ他人に戻れたのをお互い受け入れていた。
そうしてまた繰り返す毎日。
たとえ同じ電車内でそいつが居合わせてちらりと視線を向けることがあったとしても、それだけのこと。
何度か夏服と冬服を繰り返し。
いつしかセーラー服のスカートが短くなったり、髪型が流行の洒落たものになり始めたり。
大人びた小物がちらちら見えるようになったり、地味だったのを見栄えがするように気を使い始めたり。
時々、彼氏らしいヤツと一緒に乗るようになったりしているのを確認しても別にどうとも思わなかった。
ただ、ガキってヤツは本当にすぐ変わっていきやがると、俺の変わり映えの無い毎日に比べたスピード感に圧倒されるような気持ちにその時は襲われたというだけだった。
そして今日。
適度に着崩した夏のセーラー服姿のあいつが距離を置いた先で電車の壁に押し付けられているのを見つけた。
硬い壁と人の波に挟まれ潰されて小奇麗な顔を不機嫌そうにしている。
俺はガンガンに効かした冷房でさえも跳ね返す蒸し暑さと人いきれでダメになってしまいそうになりながら。
久々に見かけた意外性と今感じている不快さを共有しているという親近感が合わさってなんとなく見るとも無く見ていた。
相変わらず短めのスカートで、すっかり大人びた雰囲気を纏っている。
オトコができたら一気に変わったんだろうか。
それでも俺にとってはやっぱりただのガキ。
どれだけ細い首筋とか胸の膨らみを示すセーラー服とか、スカートから覗く程よい肉付きの足がオンナの色気を出してきていても。
ついこないだまで地味なツラで痴漢に泣きそうになっていた、弱弱しくて守られるだけの存在が必死で背伸びしているだけの印象だったんだ。
それが変わったのは、そいつが痴漢に遭っているのに気がついた瞬間だった。
重なる人の壁でよほど気をつけないとわからない。
しかし電車が揺れた一瞬、確かに背後のスーツ姿の男があいつの尻に手を当てているのがわかった。
息を飲む。
声を挙げるか、いや距離が遠い。
その逡巡が身の内を駆け巡ったあと、確認したあいつの顔に浮かび上がっていたもの。
つい先ほどただ単に蒸し暑さと圧迫に対する不快さだと思っていたその表情。
それは俺が知るガキの貌(かお)ではなかった。
手入れされた眉を顰めながら、少し細めた瞳を冷ややかに流し目にし。
桃色の唇は結んで片端だけを僅かに持ち上げている。
かすかに残る幼さと整った顔立ちは硬質な静けさと。
感情のままに浮かべた歪みによって一つの表現を完成させていた。
それは冷笑だった。
唾棄すべき低劣で醜悪な恥ずべき存在を賤(いや)しめて見下す遥か高みからの視線。
嘲笑。
軽蔑。
高慢。
明らかに許されざる行い、自分を汚す卑怯者への怒りと苛立ちに満ちながら。
それでいてさほども心を揺さぶられてはいない、些事かのように客観的な視点で俯瞰している。
煩わしいが相手にするほどのことでもない。
騒いで時間が取られることすら惜しい。
己の価値と魅力を自覚しきった傲慢なほどの強さ。
弱弱しさなどこれっぽっちも無い、気高さと余裕、驕りと優越、憐憫と残酷。
しなやかで揺ぎ無い、柔軟で靱性(じんせい)に富んだ生命(いのち)そのものの輝き。
俺はかつてただのガキだと思っていた存在に、途轍もなく巨大で激しく何もかも飲み込んでいく「女」という現象を見た。
ちっぽけで矮小な守られるべきものだという自分の認識が恥ずべき慢心であったことを心から悔いた。
まごうことなき、美しい生き物がそこにはいた。
何を捨てても手に入れて、すべてを貪りたいと願う至高の存在の眩さに打ちひしがれた
固まったまま凝視し続ける俺の視線の先では相変わらず痴漢が続いているのは雰囲気でわかった。
しかし彼女の態度は全く変わらず動じる気配は無い。
男の行為が激しさを増せばすぐにでも対応するのであろうが。
服の上から手を押し当てられているというだけの状況ではそれさえ面倒くさい。
そんな冷えた感情がこちらにも伝わってくるようだった。
俺の中では対照的にどんどん熱が上がっていく。
電車内の熱気だけではない、俺自身から生み出されるエネルギーが激しく内部運動を繰り返す。
結局、何時もの駅で降りるまで彼女はそのままでいた。
変わったのは歩き去っていくその背中を目で追い続ける俺の中だけ。
かつては何の感慨も無かったセーラー服の背中に垂れる黒い襟。
それが歩くたびに僅かに翻るだけで心臓が痛いほど高鳴った。
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