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彼女が子供の時に電気アンマされてたのを思い出したから感想を聞いちゃう男の話
しおりを挟むうっとりとした表情でしっとりとささやくような声を出している目の前でピロートーク中の相手がそういえば昔、実のアニキに思いっきり電気アンマをされてわぁわぁ喚いてたなぁと唐突に思い出した。
今日も今日とて、さんざん嫌になるほどヤりあったベッドの上。
激しい運動の余韻、熱と汗が少しずつ引いていく感覚を共有しているはずの彼女はいつも通り綺麗な顔を艶っぽく湿らせて恍惚と理性の狭間の感覚に浸っている。
ぼんやりとこちらの身体に触れたり、なんとなく目が合うとはにかんでみたり、投げかけた言葉に愉しさと億劫さが半々くらいの感じで相槌を打ったりと、まあ普段と変わったところは特にない。
そんな、男だったら誰しもが前向きな気持ちを持たざるを得ない女の魅力の本質とでもいうものをしめやかに燦然と発揮している彼女が、未だ思春期にも至らないようないたいけな子供の時分に見せた出来事を何でこんなタイミングで唐突に思い出したのかはよくわからない。
今日の今日までとんとそんなことは忘れていたし。
もともと友人の妹だった彼女とは、それこそ思春期以前のガキの頃から知っている仲ではあった。
いわゆる幼馴染とかいうヤツである。
潤みがちの大きな二重の瞳が印象的な愛らしい少女で、近辺では有名な娘だった。
幼い子供の世界でも男女を問わず早くから注目を受け意識されるような感じで、周囲の大人も何かと話題にしていたように思う。
最もアニキの方も整った顔立ちのイケメンだったし、ようは遺伝的に美形の一族だったのだ。
そんな見た目に恵まれた可愛い幼馴染がいて、結果的に男女の関係になるわけだから、さぞかし早熟で順調な関係を育んできたのだろうと思われるかもしれない。
思春期に目覚めた途端、いやそれ以前から未熟で稚拙ながらも甘酸っぱさに満ちた恋愛模様がげっぷが出るほどたっぷりと展開されたんだろうと考える向きもあるかもしれない。
実際にはこうなるまでに相当永い遠回りをすることになるのだけれど。
子供の時分には一切そういう対象として互いに意識することもなく、それぞれの進学なり就職なりがあって人間関係も恋人も別にあって物理的にも精神的にも疎遠としか言いようがない状態が長らく続いたのであるから、今のこの状態はまさに奇縁としか言いようがない。
ただ社会人数年目に帰省した際、一緒に飲むことになったアニキに当然のようについてきた彼女に何らの違和感も持たなかったのは事実である。
顔を合わせて話すことなど十数年ぶりくらいのはずなのに、自分も彼女もついこないだあったばかりのような自然さで時間を共にしていた。
でもまあさすがに身体の関係を持つまで親密になれば、それなりに積み重ねた時間を感じさせられることにはなったけれど。
彼女がそれまで心を寄せて身体を許した男たち、何人なのかは知りもしないけど、確かに刻み込まれた愛の遍歴と痕跡を無意識の挙動や仕草、己で制御できない肉体反応の端々に見出すたびに寂寥感と悔しさ、独占欲を刺激されるような気持ちになったりしたけれど。
ただ同時に、自分が今まさにそれまでなかった全く新たな徴を入れている実感を持つことも少なくなく、なんとなく彼女の一部を上書きし自分色に染め上げていく征服欲、ワクワクとした冒険心のようなものがあったのも否定できない。
ある程度成熟した男女の恋愛模様ではさほど珍しくも特別でもない、被虐と嗜虐が入り混じった狂おしい感覚。
適度な嫉妬と独占欲がさらに彼女への欲求を燃え上がらせていたのは間違いないだろう。
さらにはお互い様で彼女も自分の気づかぬところで同じような想いを抱いているのかもしれないし。
ただ、この手のことはもちろん明確な形で確認されることなどありえないから、向こうが何を感じてどう思っているのかは永遠に未知のままである。
電気アンマ云々も本来はそういった領域の話題だったのかもしれない。
明確な言葉にすることなく、なんとなく薄ぼんやりとした記憶とイメージの混沌の中に揺蕩うあやふやなものにしておくべきだったのかもしれない。
しかし事後の諦観めいた心の静けさも手伝い、さほど熟慮することなく気が付いたら聞いてしまっていた。
「そういえば昔、アニキに電気アンマされてたけど、どんな感じだったの?」と何らの工夫もなく、配慮など欠片もない、どこまでも直接的で単純な言葉であった。
衝動というのはそういうものである。
彼女は最初は何を言われたのかわからないような態度できょとんとしていた。
実際、すっかり忘れていたのだと思う。
なんらの虚飾も欺瞞もない、自然な感じだった。
ただ徐々に「そんな昔のことよく覚えてるね」とか「もっとほかにいい思い出あるでしょ?」とからかうような薄笑いを浮かべながら、遠回しに肯定し始める。
まあそんなこともあったかもねといった様子で、言外に認めはじめる。
その砕けた穏やかな雰囲気にすっかり安心してしまい、最も確認したかったことをさらに踏み込むことにした。
こちらが何を言いたいか大体わかってるのに、あくまでもぼやかして穏便に済ませようとしていた彼女の心遣いを無遠慮に無視して。
なんだか気にしてなさそうだという、相手のやさしさにつけこむような傲慢な執拗さで。
「実際、感じてたの?」と改めてはっきりと聞いた瞬間、それまでうっとりとしっとりという形容そのものといった様子だった彼女が別のものを纏い始めたのがわかった。
時間的に数舜だったはずなのに嫌にゆっくりと感じるスピード感で、論理と平静、堅牢かつ明晰な自我が構築されて対峙していた。
絶対に言いたくない。
言うわけないでしょ。
表情こそ変わらぬものの、そこにはつい先ほどまで浸っていたやさしく穏やかなものなど欠片もなくなっていた。
その絶対的な拒絶の念、ゆるぎない強固な意志の力を感じさせる言葉の響き。
なんだったらいくらでもごまかせるはずなのに、嘘をつけばそれで済むはずなのにそうしない。
「言えない」という、恐らく種々様々な精神の作用が複雑に絡み合って醸成されたのだろう、偶発と人為が齎した奇跡。
もうこんな話は終わりとばかりにくるっと背を向けた彼女の背中から目が離せなかった。
何故かその日一番の興奮と熱情に襲われていた。
あれだけさんざん、求めあって盛り上がった行為の数々ですら霞んでしまうような。
いや、これまでの人生の中で最も強烈だったかもしれない。
了
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