上 下
49 / 66

エッチが終わった後にイタいこと言い出した女を内心バカにしつつも憎からず思っちゃう話

しおりを挟む

 愛とか恋とかしか歌わないJPOP、どこもかしこも恋愛至上主義。……ばっかみたい。


 彼女は軽蔑と憎悪を隠そうともしないで吐き捨てるように言っていた。
 当人としては本当に嫌で嫌で仕方がなくて、心底我慢できないと思っているのはよく伝わってきた。

 ただ、それを聞かされていたこちらにいい感じで響いたかといえばそうでもない。
 さんざんヤリまくってすっきりした後の醒めた冷静さでせいぜい「何言ってんだコイツ」とか「拗らせてんなぁ」程度の感想を持つのが関の山だった。

 だいたい、恋だの愛だのっていう精神的な結び付きをありがたがれるっていう社会状態がどれだけ恵まれて幸せなものなのかも全然わかってない浅はかさにうんざりしてしまう。
 およそ人類史上、そんなものに価値を見出してもてはやせるだけの社会的安定、物質的な余裕を持ちえることなんてどれだけ稀有で貴重なことなのか。
 普通、人間社会なんて未開で不快で不平等かつ不安定、暴力と抑圧と混乱で成り立っているのが常なのだ。
 対外的なものも内的なものも含めたあらゆる争い、戦争とか内乱とか言われる殺し合い、奪い合い、犯し合いをしてるのが本来の姿といっても過言ではないのだ。
 そんな状況では愛情や思いやりなどをはじめとするあらゆる精神的充足など見向きもされないものである。
 本当ならそういうものを持ち出して、穏やかで優しい気持ちになりたいのに、否応なくそんな気分にさせてもらえないのだ。
 問答無用で殺伐として即物的な在り様を強制されて他になりようがなくなってしまうのだ。

 だからこそ、豊かで平和になった希少な時と場所を得られた途端にそれまで堪能できなかったものに縋りつく。
 享受できなかった快楽に浸って、毎日を彩ろうとする。

 例え自分自身が嗜好して耽溺しようとは思わなくても、世間のその手の風潮に対してとても否定的な気分にはなれそうもない。
 きっと、あいつもこいつも愛や恋をそう言葉にすることで、今現在の満ち足りて幸せな境遇に対する感謝を捧げているだけなのだ。
 とてもいじましく切実で敬虔な祈りそのもののような心証しか持ちえない。
 少なくとも、今こうして何の不安もない安全な空間を確保して妊娠しないように調整した生殖行為を己のエゴのためだけに営んで、あったかいベッドの中でゴロゴロしていられる人間には何も言う資格はなさそうである。

 だから彼女の不自然に尖がったイタい態度と言動は自分が如何に甘やかされて恵まれているかをまるで度外視した、思慮の浅い、まったく知性的とは言い難いものでしかない。
 およそその主張自体にはなんらの妥当性も正当性も、説得力も見出すことなど不可能であった。

 ようは頭が悪い、ガキの妄言。
 向こう見ずな思いあがりの極み、愚の骨頂、見苦しいほどに無思慮かつ無自覚な傲慢。

 でもだからこそ、そんなことを自分に酔った感じで臆面もなくいけしゃあしゃあと言い放てる彼女がたまらなく愛しいのも嘘偽りない真情だった。
 己の知る狭い世界の範囲だけでなんとか一つの存在になろうとする、限られたリソースを使って全身全霊をかけて何か価値あるものとして成立し認めさせようとするその気概は決して嫌いじゃない。
 言っていることはまるでこれぽっちも正しいところなんてなくて、ほとんど全て間違っているけど、そのままでいい。
 そのままがいい。

 もちろん彼女以外のヤツが同じようなことを言ったり気取ったりしたら、あからさまに侮蔑して唾を吐いてこれみよがしに見下したり嘲笑したりして思い知らせてやりたくなるだろうけど。
 効率よく最大限に無駄なく的確に傷つけて痛めつけて踏みにじる方法をたっぷり時間をかけて頑張って検討して、全力で心をへし折ってやりたくなるだろうけども。

 でも彼女は別である。
 何故なら見た目とか中身とか、自分にとっていろいろ有益なものを持っているから。
 そんなところも含めた在り様にどうしようもなく魅力を感じて惹きつけられてしまったからこそ、こうして気持ちいい感覚を共有して一緒にいようとしているのだから。
 少なからず存在する様々な障害、世間とか社会とかいうものがある限り避けようがない必要最低限の煩わしい約束事や要求事項をあるいは正当な手続きでクリアし、あるいは抜け道を使って狡賢く避けたり隠れたりしてまでやっと至った定常状態を必死で維持している。
 お互いの心と身体を使って清く純粋なものもいやらしく不純なものも含めたあらゆる快感を求め合い、より良い状態を目指そうとする目的さえ共有できればそれでいい。


 彼女自身が軽蔑して憎悪して否定しているはずのもので包み込みたくなった。
 でもさすがにあんなセリフの後で、「好きだ」とか「愛してる」と言うのは気が引けた。
 本人はなんだか気分を出して盛り上がってるみたいだし、そうして悦に入ってるところに水を差すのは可哀そうだ。

 だからただ無言でおへその周りをやさしく撫でてみた。





 了
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

"噂"の公爵令息の性処理メイドだなんて聞いてません!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

読心令嬢が地の底で吐露する真実

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:578

なんちゃって調理師と地獄のレストラン

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

その冷たいまなざしで

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:296

王子に買われた妹と隣国に売られた私

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:2,745

アラシとナギの料理店

絵本 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:69,157pt お気に入り:24,174

処理中です...