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好みでもない女となんとなく行きずりセックス始めた男が別の女を思い浮かべてフィニッシュしようとする話
しおりを挟むセックスというものほど、落差の激しいコミュニケーションはない。
とても貴重で素晴らしい、かけがえのない輝かしい一生の思い出になるような場合もあれば。
記憶にも残らない、とるに足らないつまらないものにだってなりうるし。
悪い意味で忘れられないような、目も当てられない悲惨な事態になることだって、そう珍しくもない。
いつ、どこで、誰と。
互いの関係、容姿性格、経験技術、趣味嗜好。
どういう流れでどんなタイミングでどんな風に。
例えばお互い初めての男女、甘酸っぱい恋愛の末にとうとう結ばれるみたいな、ある種理想的な状況を想定したとしても、ちょっと条件が変わるだけで結果はだいぶ異なってくるだろう。
ガッチガチに緊張しまくった男がまともに脱がすこともできず、やっと何とか次に進んでもあまりにも下手くそな触り方ぎこちなさを披露した挙句に女を幻滅させちゃうかもしれない。
あるいは、男のほうがあまりにも相手を理想化しすぎた反動で、実際に目の当たりにした女の体の形とか臭いとか、ちょっとした特徴が気になって微妙な気分になることだって。
まあ、本当に好きあっていればたいていのことは些細な問題として見て見ぬふり、もしくは自覚的に許容して受け入れられるのだろうけど。
でもマイナスの感情をわき起こすものがわずかでもない方が、ちょっとでもあるよりはよほどいいのは間違いない。
そういうのがあったりなかったりの微妙な差で、思い出のありかたも大分変わってくるに違いない。
例えばそれなりに付き合いのある、肉体関係も含めて少なくない時間慣れ親しんで分かり合った相手だろうと同じである。
たまたま女の方が生理的理由でさほど盛り上がっていないかもしれない。
選んだホテルの調度とか清掃とかが満足できるものじゃなかったのかもしれない。
男が他のより興味を引くパートナー候補を見つけてしまった直後だったかもしれない。
どちらか一方があんまり気分が乗っていないだけで、ひどくみすぼらしいものになってしまう。
結果、こんなことならやらない方がよかったとすら思ってしまうような内容になってしまう。
そもそも、あんなものやろうと思えばいくらでもなんらの意味も価値もないものにできるのだ。
特になんの気分も想いも抱かなくても、ただ機械的に性反応自体は起こるはず。
単純に刺激を与えるだけで、機能自体は問題なく稼働するはずなのだ。
男だろうと女だろうと、本来はどれだけその気がなくてもすること自体はできる、そんな風になっているのだろう。
もちろん個人差はあるだろうが、生物としての由来と仕組みを考えるに、ある程度は当人の意識とは関係なく繁殖がなされるようには作られているはずである。
仮に個人個人の気分とか身勝手な理由で種全体の存続が左右させられるようになっているのだとしたら、それこそなんとも間の抜けた欠陥品としか考えられない。
でも近頃はあまりにも個人の人格を尊重する気風が強くなったせいか、なぜか逆の意見がまかり通ってるきらいはあるが。
「男でも女でもその気がないのに身体が反応するなんてありえない」なんて主張を見たり聞いたりすることも少なくない。
それは本来なら全く立場が真逆であるはずの、対立する思想陣営双方から異なる論調で結局は同じことが言われているようなのは興味深い。
曰く、「身体が反応してるんだから、その気になってるはずだ」とか。
あるいは逆に、「どれだけ弄られても気持ちの無い相手に反応することなどない、快感を覚えることなどない、そんなのは嘘だ!」だとか。
ああいうのはあまりにも思い込みの酷い偏見で思慮の足らない考えだと思う。
感情的には自分たちはそういう存在であってほしい、崇高で神聖な存在であるはずだと思いたい人間が多いのかもしれないけれど。
たぶん実際にはどれだけその気がなくても、たとえ無理矢理非人道的なやり方で接触されたとしても「反応」はしてしまうのだ。
それが生物としての人間の本質の一つなのだ。
身体が反応したからといって、心で受け入れたことが証明されるわけではない。
気持ちが無いどころか心底嫌悪し全力で拒絶している相手だからといって、快感を覚えないとは言い切れない。
むしろ、真に悲惨なのは「そういう現実を突きつけられる」ことなんだろうと思う。
あるいはそんな現実から目を逸らしたい、拒否反応のようなものだとすれば、まあわからなくもないが。
なんにしろ、セックスなんて本来はなんの盛り上がりも熱い想いも必要なく、淡々と作業のようにできてしまうだけのものである。
生殖のための行為としてこなすだけならば、本当にただそれだけのものでしかない。
究極的には「エロティック」とか「官能」と表現される概念と一切無縁に、無関係に成立しうるものなのかもしれない。
だからこそ人は皆、そんな無感動で無価値なものを何か意味あるものに昇華しようとせずにはいられなくなるのだろう。
自分にとってより良いもの、心地いいものを求める本能に従って、その基本構造の上に如何に有効有益な何かを載せて加えるかを考え工夫し実践しようとする。
つまりは意味あるものにするのも価値あるものにするのも自分次第。
相手次第、やり方次第。
ちょっとした些細なすれ違い、致命的で取り返しがつかない隔絶、意図しない偶然のもたらす幸運、個人の能力に依存する肉体的接触の具合。
なにがしかの理由があればもうそれだけで全くの別物。
どれだけやれども、一度として同じものなどない。
言うなれば、それはあたかも一つの作品、ある種の表現物のようなものなのではないだろうか。
本来的な必要最低限の意味はあるけれど、そのままでは決してそれ以上にはなりえないものに、如何に付加価値を与えて特別なものに仕上げるか。
この世でただ一つの崇高なかけがえのないものに仕立て上げるか。
結果、名著名曲傑作の類があれば、駄作凡作、失敗品の数々も出てくる。
素晴らしく感動的な普遍的価値を持つ芸術もあれば、稚拙で未熟な独りよがりの醜悪な汚物だって出来上がる。
だからセックスというものほど、落差の激しいコミュニケーションはないのだと。
ついさっき出会ったばかりの、未だ見慣れぬ行きずりの女の背中を前につくづくそう思う。
鑑みると、今の自分の状態は決して望ましいものではない。
ちょっとした空虚感、ほかにやることがないから、とりあえず時間があるから、状況が許すから。
たとえ激しく燃え上がるようなものがなくても、流れでなし崩し的に始めることはできるのだ。
「衝動」とは程遠いものだけで、気が付けば行為自体は始まってしまっていたりするのはさほど異常でも特殊でもない。
たくさんじゃないかもしれないけど、それなりにはある。
誰もが経験したり見知ったりするほどの普遍性はないが、時と場所さえ揃うならば何時発生してもおかしくない。
その程度のありふれたもののはず。
特別好みなわけでもない、強い欲求があったわけでもないのに、なんとなく始まった触れ合いの末、よりダイレクトで単調な運動をそれなりのエネルギーを消費して繰り返している。
なんらの意味も価値も未だ生み出していない。
そしてこのままではそのまま終わりかねない。
始まってすぐに身体をひっくり返したから、ただでさえ印象の薄い顔はもう思い出せもしない。
ひたすら背中と尻だけが見える姿勢だけで。
向き合っているとまず無理だから。
たぶん、顔を向けさせて見つめ合ったとたん、急に現実に戻ってしまうような確信がある。
ひどくあいまいで適当で虚無にまみれた杜撰な無計画の因縁がまざまざと突きつけられて露呈してしまうのは間違いない。
だからうなじと背中と尻だけでいい。
そこに何かを幻視して見いだせれば、それでいい。
幸い、身体はまあまあ綺麗だったから。
それなりに滑らかで柔らかく、ほどほどに細くてほどほどに太いところがある。
だから十分、大丈夫なはず。
この駄作凡作をそれ以外のものにできる方法があるとすればただ一つだけだった。
かつて飽くまで鑑賞し堪能した傑作の「記憶」。
それを今、目の前の肉体に憑依させ重ね合わせる。
真実の愛情と性的快感が最大限に併存し統一されたと己が信じるただ一つ、一度だけの奇跡を再生再現しようとするだけ。
そういう意味では、その女は酷くおあつらえむきだった。
良くも悪くも特徴がなく、印象が薄い。
真っ白な無垢のキャンパスのようなもの。
遥か巨大な概念的存在を神降ろす媒体としては、これ以上ないほどふさわしい。
素朴で単純な儀式の作法が続いていく。
繰り返し何度も何度も飽くことなく同じ動きを重ねていく。
たちまち急に、たちまち緩に。
発生した運動エネルギーがすべて一か所にため込まれていくように。
ひたすら無心にただそれだけを。
いつしか凝縮された途方もない力が異次元の扉を開く、その臨界が起こるのを愚直に信じて。
最後の最後、その一瞬。
もはや因果を持ちようがない永遠に失われたもの、生涯忘れようがない純粋な恋慕と強烈な肉欲の象徴が現出したのを確かに見た。
どうでもいい、好きでも嫌いでもない女が唯一絶対の特別な存在になった瞬間だった。
なんの意味も価値もない行為が、少しだけ別のものになった。
もちろん、そんなのはその瞬間だけのことである。
終わってしまえばもう、さほど面白くもつまらなくもない、うれしくも悲しくもない、無味乾燥とした現実があるだけ。
酷く億劫なものに直面させられた気鬱な想いで久しぶりに見知らぬ女の顔を伺いみる。
たぶん、もう一生会わないだろう彼女。
相変わらず好きでも嫌いでもない、平凡な印象の顔。
こんな感じだったなとぼんやりと思う。
力なくこちらを見返す瞳の中には、さらに無意味で無価値なものを見る無感動があるような気がする。
肉体的に至ったかどうか、快感を感じたか否かとかそういうのとはまるで別次元の虚無。
彼女にとっては結局最初から最後まで常に駄作か凡作、あるいは失敗作のいずれかだったのは間違いない。
それ以外の何かになりえたことなどただの一瞬ですらなかったことを確信した。
了
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