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幼馴染が自分に向ける歪んだ想いに気がつくけど別に思い悩まない女の子の話

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 実は恋愛感情ってよくわからなかった。


 でも周りの女子はみんなそういう話題で盛り上がってるし。
 空気読めないヤツだと思われるのはヤだったし。

 そうして話をあわせてるうちに、だんだん自分もその気になっていっただけなんだ。

 だからセンパイからコクられたときも、正直なところはっきりとそういう気持ちがあったわけじゃなかった。

 ただその人が部長として、エースとして活躍してるところをずっとそばで見てきたから尊敬はしていたし。
 顔貌(かおかたち)は明らかに水準を上回っていて、定期テストの上位常連で頭もいい。


 アタシはピンとこなかったけど、そんな世間的には”イケメン”で通ってる男の人が自分のことを好きだっていうのは悪くない気分だった。
 なんか自分の価値が一気にあがったような優越感みたいなものがすごかった。
 どこに行っても大きな顔をしていられる、一人前の女の子としていっぱしの存在になったような手応えとか達成感に満たされて。


 そのふわふわした浮ついた気持に包まれて、気がついたら感極まったような声で返事をしている自分がいた。

………

 そうして晴れてセンパイと付き合うことになったアタシが最初にそれを報告したのは、幼馴染のアイツ。

 家が隣どうしで物心ついたときから一緒だった腐れ縁の。
 向こうは男でこっちは女だけど、お互い全然そんな気になれない、恋愛対象になるなんて問題外。

 そんな昔からの付き合いってだけで、特に仲が良くも悪くもないアイツに報告したのは、たまたまその日に家の前でばったり会ったっていうただそれだけの理由。

 どうせこれからそれなりに話が広まって、人づてに聞くのは確実なんだから言っといちゃえってだけのつもりだったんだ。

 それで実際に言ってみたら、結構恥ずかしかった。
 照れた。

 我ながらそんな自分のオトメチックなところを発見してちょっとうれしくなったんだけど。

 当のアイツは全然興味もなさそうだった。
 「ふーん、あっそ」って感じ。
 それまでなんとなく一緒に行っていた朝の通学についても、これからはセンパイと行くことになったって言っても、特に気にしてる様子は微塵もない。


 お互いそんな程度の関係なのはわかりきってたから、そのリアクションも気にならないはずだったけど。
 あまりにも響いてなさそうな感じがちょっと癪に障る。


 アタシがあんなかっこいい男(ヒト)の彼女になるんだよ!
 

 そう声を大にして言ってやりたくなったけど飲み込んだ。

 だって興味が無いのはお互い様だったし。

 今は自分が浮かれてるから、この反応が物足りなく感じてるけど。
 普段の関係性を考えれば、コイツの態度が正解なんだろう。

 幼馴染だって言ってもその程度。
 それがコイツとアタシ。

 仮にむこうが誰かと付き合うことになっても、自分がこれ以上のリアクションをしてやれる自信はない。

 そう思ったから、後は一言二言、当たり障りのない言葉を交わしてそれぞれの家に入っていった。


………

 新しい日々は何もかも新鮮で楽しかった。


 周囲の視線を少なからず感じながら一緒に歩く通学路。
 お互い気恥ずかしげに交わす言葉のやりとり。
 視線のあわせ方、絡ませ方も少しづつ覚えて。
 配慮と意気込みがない混じった攻防の末に徐々に増えていく身体の接触。

 何もかもが未知で、お互い手探りでより良いやり方を発見しながら進んでいく感じは「付き合ってる」って実感が満ち溢れていた。
 たぶん傍から見ても相当「幸せカップル」を出来てたと思う。

 ただ、そんな風に恋人として確かな実績を積んで前進を続けていてもアタシが抱いていたのが「恋愛感情」だったかと言えばちょっと怪しい。
 ドキドキとかぼんやり暖かな気持ちはあったけど、正直それはセンパイ自身に対して「好き」って想いが溢れてそうなってるっていうよりも、自分がしている「恋人のやりとり」に、瑞々しくて新鮮な未経験の数々に対して心躍ってるっていうのが正しかったと思う。

 だから「恋愛感情がよくわからない」っていうのはあんまり変わってなかったんだろう。

 それでも特に問題はなく、関係は深まっていった。
 アタシ自身、そんな自分を自覚していてもことさら問題視するわけでもない。

 なんとなく「そんなもんだ」って確信するところがあったんだ。
 単なる憧れとか、雰囲気とかで楽しくてそれなりに幸せな気分になれれば、女の子にとって恋人関係なんて十分なんだって思ってたんだ。

 だって心の底から狂おしいほどの愛情を抱いて溢れる気持に居ても立ってもいられない、燃え上がる恋みたいなのをたまに聞いたりするけど、ちょっとピンとこない。
 あんまり現実的な感覚として実感がわかない。
 そんな小説とかマンガみたいなドラマティックなものが起こるのを待ってたら、絶対恋人なんて出来るわけないと思う。

 「恋に恋するお年頃」って言葉があるけど。
 それでいいんじゃないかな。

 男の子を受け入れるのにはその程度の感覚で。


 その時々でセンパイが見せる一生懸命で必死にがんばってる様子に自分に対する明らかな強い想いを感じて、お互いの温度差を意識することがたびたびあったけど。
 もちろん、そんな想いを表に出すわけもなくアタシはさりげなく自然に自分も盛り上がってる感をきちんと出して。

 アタシとセンパイの関係はどんどん進んでいった。
 手を繋いで、抱き合って、キスをして。
 なんの障害もなく順調に、必要不可欠で甘酸っぱいやり取りを積み重ねていき。


 男女の一線を越えるのだって、当然のようにやりこなしていった。


………

 ゆらゆらと。
 背後で続く動きに従って、自分の身体を襲う振動が部屋全体に伝わっていくのをぼんやりと感じる。


 その日、最初の経験から数度目になる二人の時間を自分の部屋で迎えていた。

 他の場所ですることもあったけど、両親が共働きで一人っ子であるアタシの部屋で二人が過ごしてそういうことをするのもごく自然ななりゆきだった。
 ちなみに初体験もそう。

 もうこの頃はコレもすっかり慣れつつあった。

 最初こそ、あまりの痛さにびっくりしたり。
 徐々にぼんやりとした別の感覚を受けるようになったりし始めて、ものめずらしさに一喜一憂するのも楽しかったけど。

 それも一通りこなしちゃえば、別段目新しいことなんかない。

 単にアタシを大事にしてくれるヒトが求めてることだから。
 「好かれてる」っていう実感を持てるから嫌いでもない。

 コレはアタシにとってその程度の意味を持つことでしかなかった。
 その時、ゆれるカーテンが気になったのも、特別な理由があったわけでもない。

 単に背後で一生懸命汗だくで動いているだろうセンパイの顔を見なくてすむ体勢になったから、安心してちょっと醒めた素の顔になった拍子になんとなく視界に入っただけだった。

 ベッドの頭側のフレーム、その目の前の位置にある紺色のカーテン。
 自分の身体をこの瞬間も襲っている波にあわせて、すぐ鼻先でゆらゆらと揺れている。

 これまで気がつかなかったけど、行為の最中にはこんなに揺れてたんだって、その時初めて認識した。

 だからそこにちょっと開いた隙間があって、左程ムリをしなくても向こうを覗けるって思ったのもほんの思いつき、薄ぼんやりと続く決して不快じゃない身体の感覚に飽きてきたちょっとした暇つぶし程度の気持だった。

 そういえばこの頃すっかり忘れていた、幼馴染の隣のアイツの部屋がそこから見えるなって思い出したから、記憶どおりの光景がそこにあるかなって思っただけだった。


 そうして揺れるカーテンの隙間を覗いてその向こうに焦点をあわせた瞬間。
 自分の瞳に映って飛び込んできた光景を認識したその瞬間。


 アタシは自分の中で発生した劇的な反応に戦慄することになる。


 少し高いこちらの部屋から見下げる位置にあるアイツの部屋の窓。
 そのカーテンが申し訳程度に開いているその場所に。

 こちらを見上げるアイツの顔。

 暗がりではっきりと表情はわからない。
 だけどじっとこちらを凝視していることだけはわかる。

 たぶん向こうからは閉じたカーテンしか見えないはずなのに。
 何をそんなに見るものがあるのか。

 その答えは明らかだった。

 暗がりに輪郭だけが浮かぶアイツの体が取っている姿勢と動き。
 それが意味するものを近頃急激に目覚めて積んできた経験で本能的に理解する。


 アタシの部屋のカーテンが揺れているのを見ながら。
 とても恥ずかしくて浅ましい、凄まじくプライベートで隠すべきことを必死でやっている。


 そう認識した瞬間にアタシの中で生まれたもの。
 それはとても複雑怪奇、強烈で雑多な感情の坩堝だった。


 昔から一緒だったアンタのそんなところを見るなんて。
 一心不乱にわき目も振らず。
 なんだか怖いような面白いような。
 すごく滑稽。
 そもそもなんでこっちを見ながらやってんの?
 全然アタシに興味が無い筈のアンタが?
 
 それともコレまでアタシのこと好きだったのに、必死で取り繕ってたわけ?

 
 そう思った瞬間に。
 そこから導き出されるあまりに卑怯で矮小で情けなく、恥ずかしくて無様なアイツの姿に。

 言葉にできない、何かが凄まじい勢いで溢れて奔流を巻き起こす。


 それは軽蔑だった。
 嫌悪だった。
 嘲りと忌避感。
 受け入れられないおぞましい気持悪さ。

 およそ異性に対して初めて感じる徹底的に見下した想い。

 同時に何故か愛しくなった。
 いじましかった。
 そのあまりの情けなさ、弱弱しさに哀れみと庇護欲が喚起され。
 締め付けられるような切ない想い。

 これも異性に対して初めて感じるものだった。


 その相反する幾多の感情が互いに反発しあって乱反射を繰り返し、どこまでも激しい反応が続いて無限に巨大になっていく。
 もうどちらともつかない、混沌としたエネルギーの塊がはちきれんばかりになって自分の身体の中で限界を迎えようとしている。


 カーテンの向こうを覗いてからその臨界に至るまで、全ては刹那のことだった。


 その間も続いていた既にすっかり慣れてなんの感慨もさほどの身体の反応も起こさないはずの、センパイが与える機械的な刺激がこの瞬間に最後のトリガーを引き落とした。
 
 
 全身の筋肉が緊張して硬直し、身体の奥深いところで発生した苦しく切ない感覚の暴走が広がっていく。
 一瞬で追い詰められて限界を向かえた恐怖と歓喜に包まれる。
 極限まで圧縮されて溜め込まれたものを絶叫と共に瞬時に解き放つ、経験したことがない激しい身体反応が巻き起こった。
 迎えたもののあまりの巨大さ、強烈さに意識が真っ白になった。


 アタシは生まれて初めてその時を迎えた。
 自分の意思で制御できない、とても本能的で原初的な機能が身体の中に眠っていたことを初めて知った。


………

 そんなことがあった後もアイツとの関係はかわっていない。

 表向きは相変わらずお互いに興味がなさそうな感じで、特に接点を持つことなく、前からの「唯の幼馴染」のまま。
 勿論、センパイともなんら変わらず恋人関係が続いてる。

 でもアイツの中に確かに存在するものをはっきりとアタシは認識してしまったし。
 そしてそれがきっかけで自分が新たな身体の機能に目覚めたのは消しようがない事実だ。


 だからせめてアイツのごまかしと取り繕いにこれからも付き合ってやって、何もワカッテナイように振舞い続けるのが長年の幼馴染である自分の責務でありやさしさなんだろうと。



 今日もアイツの視線を感じながら、そう思った。





 了
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