人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう

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人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

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 ケツの穴を襲う疼痛感に急かされるように、あのアホが逃げ込んだはずの資料室に走りこんだ。
 教室の窓ふきをやっているところをまんまとしてやられたお返しをしなくてはならない、ただそれだけの気持ちでいっぱいだった。

 だから部屋の奥で肩幅に足を開いてこちらに尻を向けているのがあの野郎じゃない他の人間、それも女子だなんて想像だにもしていない。
 あまりにも無防備で全くこちらに気が付いていない様子に違和感とか疑問を持つことなんて微塵もない。
 後々冷静に考えると、室内に設置されている大きめの棚の奥に頭を突っ込むような感じで掃除を熱心にやっていただけだったのだろうけど、その時には「チャンス!」としか思えなかった。

 それだけクラスのみんな、気になってるあのコも含めた衆人の面前でカンチョーをやられたことの怒りと苛立ち、恥ずかしさと悔しさがすごかったんだ。
 中学生男子にとって、失われてしまった己の尊厳を取り返してなんとか面目を保つにはその場で復讐をすること以外に方法などなかった。
 
 体操服の半そでと紺のハーフパンツ姿はついさっきまで追いかけていたヤツの恰好と全く同じだったし。
 掃除の時間には学校の生徒全員が着ることになっているから当然といえば当然なのだけど。

 男も女も関係ない、みんな一緒なんだ。
 いいとこ、好みとか状況に応じて学校指定のジャージを着こむくらいしかコーディネートの余地なんてない。
 昔々のその昔、遥か古代に存在したらしいブルマなんてものがあったら、また違っていたのかもしれないけど。
 でももはや自分が生まれた時にはすっかり姿を消しており、今の時代に生きる俺たちにとっては伝説の彼方の存在でしかない。
 現実的なものではない。

 俺たちにとってのリアルは、色も形も一切の違いがない男女一緒の体操服。
 お揃いのハーフパンツ。

 紺色のそれに包まれた、柔らかそうな二つのふくらみ、その中心に向かって容赦なく。
 かといってさすがに全力でやるのはまずいから、ほどほどの力と勢いで。
 いくらあんな酷い辱めを受けたからと言って、そのくらいの加減は忘れない。
 俺たちくらいの年齢にもなれば、こんなこと思いっきり力いっぱいに本気でやればただで済まなそうなのはさすがにわかる。
 具体的にどこがどうなるのか、はっきりとはわからないけどなんとなくヤヴァイことになりそうなのは想像できる。
 さらにはその時目の前に展開していた標的のあまりにも無防備すぎる様子にブレーキがかかったというのもあるかもしれない。

 狙いは寸分過たず、ピストルの形のように伸ばした二本の人差し指がずぬぅっ!と突き刺さった。
 「なぅっ!!」っと、叫び声が上がった。
 きゅっと、お尻の筋肉に力が入ったのが分かった。

 復讐を遂げた満足感に浸れたのはほんの一瞬。
 聞こえた声の響きと、身体全体をまじまじと観察することでもたらされる違和感。

 声変わりしたばっかりの野太さと落ち着きのなさがない混じったアイツのものとは全然ちがう、細くて高い声。
 二次成長を経て明らかになりつつある明らかな差、華奢なのに妙に出っ張ったり引っ込んだりしている体の特徴。

 やっと相手が女の子だと気が付いた途端、一気に頭から血の気が引いた。
 とんでもない間違いをしでかしてしまったと、目の前が真っ暗になった。

 思春期に入り始めている俺たち、ただでさえクラスの雰囲気が微妙でデリケートなものになりつつある今日この頃。
 よりによって女子にこんなことをしでかしてしまったなんて、尋常な問題では済まされない。

 まず男子には死ぬほど揶揄われるのは間違いない。
 女子からは徹底的に嫌われて軽蔑されるのは確実。

 終いにはクラス中から孤立して、いじめられてシカトされて不登校に。
 あとはもう引きこもりになってみじめな生涯を送るという、近頃ありがちらしい悲惨な人生を歩む自分の姿が走馬灯のように脳裏をよぎる。

 まだ相手が誰かもわからないまま、湧き上がる緊迫感と切迫感に押されるように「ごめんっ!!」って頭を下げた。
 今できることはそれだけだった。
 いくら謝ってももう遅いことはわかってる。
 相手は女子。
 どんな話題でも一瞬で噂話として広める能力に長けた生き物なんだ。
 その情報伝播能力たるや、俺たち男子と同じ種とは思えない。
 少しでもこっちに非があれば、まず言いふらされることは避けられない。
 ましてや人違いで一方的にカンチョーをしてしまうなんて、どんな言い訳も自己弁護も無理不可能な最悪な状況。

 もうこの時点でほとんど詰んでる。

 それでも何もやらないよりは幾分マシなんだろうと信じて。
 居直って開き直るよりはよっぽどいいはずだと僅かな希望を抱いて。
 もしかしたら、少しくらい俺の誠意をくみ取ってくれる相手であるかもしれないわずかな可能性にかけて。
 ひたすら「ごめんなさい」のポージングで固まっていると、棚に突っ込んでいた頭を出して、こちらに振り向く雰囲気が伝わってきた。

 恐る恐る、ちらりと上目遣いにうかがう。
 すると俺の目に映ったのは、怯えるように歪ませた蒼い顔。
 何が起こったのかを未だ理解しきれていない、信じられないものを見るような表情。

 見覚えはあるけど、直接しゃべったことはないし名前も知らない。
 確か同じ学年の、違うクラスの女子。

 その彼女が、突然自分を襲った理不尽のショックから立ち直れないままに、口を戦慄かせながら「なんで?」という形に動かす。
 明確な声にならない、震えてかすれ切った音のようなものがわずかに聞こえる。

 もう俺は限界だった。
 繰り返すように「ゴメンっ!」って大声で言ってから、後も見ずにダッシュで逃げた。

………

 すぐに言いふらされて学校中から総スカンを食らうことになるという、俺の悪夢が現実になることはなかった。

 その日帰ってからも、翌日登校してからも、その次の日も、その次の日も。
 「女子にカンチョーした変態野郎」と何時言われるのかとビクビクしっぱなしだった俺の内心とは別に、なぜか平穏無事な日々が過ぎていった。

 登下校の最中とか、校内のあちこちで彼女の姿を発見するたびにゾッと怯えたりコソコソ隠れたりしていたんだけど。
 一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、ひと月が過ぎようとするころにはとうとう最悪な事態だけは避けられたことを理解し始めていた。
 理由はわからないけれど、俺がやらかしたことが公になる様子は一向になかった。

 そうして安堵が強まるほどに、募っていく疑問。
 「何故?」という気持ち。

 どうして彼女は言いふらさなかったんだろう。
 気が付けばいつもそう考えるようになった。

 まあ結論から言うと、単に「恥ずかしいことだから言いたくなかった」だけなんだろうけど、その時の俺はまったくそういう他人の心の機微がわかってなかったんだ。
 強気で姦しい一部の女子達の印象だけで、ああなるはずなんだと単純に思い込んでいたし。
 大多数の女子にとって自分が当事者になってしまったら言い出せない類の話なんだって、今となってはなんとなく想像がつくようになったけど、その時はやらかしてしまった疚しさとかうしろめたさ、焦りもあってなかなかそこまで考えが及ばなかった。

 だからもやもやと漠然とした不安感のようなものを抱えながら、あれこれ彼女の気持ちを想像することが増えたんだ。
 たぶん、生まれて初めて他人の心を真面目に考えたんだと思う。

 自然、彼女の姿を何気なく探すようになる。
 登下校のとき、校舎の中を歩いているとき。
 全校集会で彼女のクラスの列が並び始めたとき。

 無意識に彼女がいないか、探してしまう。
 目で追ってしまう。

 決して特別綺麗でも可愛いわけでもない、それまで密かに片思いしていた憧れのクラスメートとは全然タイプが違うのに。

 今、体育館に続く渡り廊下を歩いている彼女を教室の窓から見つけた。
 体育の授業があったんだろうか、白い半袖と紺のハーフパンツ姿。
 思わず衝動的にジィっと見入ってしまう。

 間も無く、向こうもこっちに気が付いたみたいだった。
 互いに目が合ったのは、あのとき以来初めてだったと思う。

 彼女は「ハッ」とした表情をしたあと、思い出したくないものを目の当たりにしたような態度でふいっと視線を逸らした。
 その瞬間、カンチョーした時の柔らかく温かな感触、ビクッとなってキュッと締まった指先の生々しい感覚が鮮やかに蘇った。

 俺の中にこれまで知らなかった何かが生まれたようだった。






 了
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