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変異種
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◆サシャ視点
「くそっ!」
ライオスが悪態をつく。
こんなライオスは珍しい。
今の状況じゃ仕方ないけど……
僕とライオスとディアンの三人は、死角を庇い合うようにして背中を預けている。
こうでもしないと、あの襲ってきた獣のような魔物の速さには対応できないからだ。
「来るぞ!!」
ディアンが叫ぶ。
そんな大声出さなくても聞こえてるよ、なんて軽口さえも返せない。
もし魔物の攻撃をくらえば、今の陣形が崩れて全員やられる。
「オラァ!!」
ディアンが大剣で魔物の一撃を受け切る。
そのおかげで僅かに止まった魔物に僕とライオスが攻撃を加える。
だけど魔物の外皮が硬くて、攻撃が通っている気がしない。
この魔物は一体なんなの……?
そして魔物は一度飛び退くと、僕達の周囲を駆け回る。
こうやって隙を窺っては、僕達に攻撃を加えてくる。
本当にやり難い。
「ライオス、腕は大丈夫?」
「このくらい、問題ない」
そう答えたライオスだけど、そんなのやせ我慢でしかない。
今、ライオスの左腕は力なくダラリと垂れ下がっている。
さっき魔物に雷閃を喰らわせようとしたところを狙われたからだ。
籠手が砕けて左腕もまともに上がらないんじゃ、次にライオスを狙われたら終わりだ。
魔物がそれに気付いているのか、それとも嬲って遊んでいるのか……
何にせよ、そう長くはもたないと思う。
そんな弱気な考えが脳裏を過ぎる。
そこへ、魔物が僕目掛けて飛びかかってきた。
「来るよ!」
僕は構える。
だけど、そこで僅かに反応が遅れた。
さっきまでは前足での攻撃だった魔物が、大きな口を開けて飛びかかってきたからだ。
あんなのに齧られたら、一口で終わりだよ!
僕は慌てて槍を横にして魔物の口に押し当てた。
「ぐぅ?!」
魔物の牙が僕の目の前で止まる。
魔物の重量が僕にのし掛かる。
潰れるかと思ったけど、そこは身体強化で持ち堪えるさ。
「おぅら!」
そこへ、ディアンの一撃が魔物に当たるけど、大して怯みもせずに飛び退いてしまう。
でも残念。
それくらいじゃ逃げられないよ。
なんせ、あの攻撃はとんでもなく速いからね!
「一閃!」
後ろで何かが光った。
それが、ライオスの雷閃だなんて言われなくても分かる。
「ギャウ!」
魔物が悲鳴を上げた。
へへっ、ざまーみろだ。
とは言ったものの、さっき受け止めたせいで腕が痺れてる……
まだ、すぐに動かないでよ……
祈るような気持ちで魔物を観察する。
そして気付いた。
魔物の正体にだ。
「ライオス……あれ、ジャガールだ!」
「ジャガール? あれはもう少し小さかった気が……」
「それにアイツらは群れで行動するはずだし、ランクもBだろ? どんだけ成長期を迎えれば、あんなのになるんだよ?」
二人が呆れ気味に言葉を返す。
そんな事は僕も分かってるよ!
「そうだよ! アレは単独行動してるし、色も黒くなってるし、デカいし色々おかしいけど、姿形はジャガールそのものだよ!」
「たしかに四足歩行の獣って共通点はあるな……」
ディアンは本当に馬鹿だね!
「つまり……アレは変異種って事なのか……」
「多分だけどね……」
「最悪だな……」
本当にライオスに同意だよ。
なんだって変異種なんかに遭遇するのさ……
しかも、それがBランクの魔物だなんてついてない。
変異種は、元の魔物が何らかの理由で突如として、違う能力なり特性を持ってしまった魔物の事だ。
変異種に共通するのは、凶暴性。
周囲のモノを見境無く破壊すると言われている。
そして、その強さも大きく変化する。
その上昇率は、個体差にもよるけど危険度の指標として使われているランクで言うと、2ランクは上がると言われているんだ。
つまり単純に考えるとSランク……。でもSランクは災害認定されたような魔物につけるランクだから、あのジャガールの変異種はAランクとSランクの中間ってところかな……
だからと言って今の状況が好転するわけでもないけど。
「さて……どうするよ? ライオス」
「逃げても追いつかれるだろうから戦うしかないだろ?」
「なら俺に任せて逃げてもいいぜ?」
「馬鹿言うな。それにアイツは逃げた方を追いかけて来そうだ」
「だね。性格悪そうな目をしている」
「ちっ。ここは任せて先に行けーって、やってみたかったんだがな……」
「縁起でもない……」
「そうだよ。ディアンには二股かけた女に刺されるって未来が待ってるんだから」
「そりゃあ、こんな所で死んでられねぇなぁ……」
僕達は軽口を言い合っているけど、余裕なんてありはしない。
こっちが動きを見せれば向こうが動く。
だから動けない。
変異種はライオスの雷閃を警戒しているのか、すぐには動かなかった。
けど、それにも終わりはやってくる。
変異種が大きく息を吸ったのが分かった。
何かくる!?
でも初見では対策を講じる事もできない。
そんな思考の間に変異種の準備が整ってしまう。
こうなったら出たとこ勝負だ!
そう思って身構える。
変異種の口が大きく開いた。
「ガアアアオオーーーン!!!」
「うっ…!」
変異種の雄叫びに思わず耳を塞ぎそうになる。
あまりの大音量に、近くにいる二人からは何も聞こえない。
こんな状態で槍を手放したら確実に殺される。
そして変異種が動き出した。
さっきまでと同じ動きで少し安心した。
その攻撃をディアンが受け止める。
そこへ僕とライオスが攻撃を――
お腹に衝撃が走った。
変異種が遠ざかる。
僕のお腹に変異種の尻尾が叩きつけられていた。
衝撃はあったけど痛みはない。
でも、これじゃあ、さっきまで三人で保っていた均衡が崩れてしまう!
変異種は敢えてライオスの攻撃を受けていた。そして――
その場から動かずに牙を剥き出しにすると、ライオスに噛みつこうとする。
「くっ……」
ライオスが体を捻ってギリギリのところを回避するけど、掠ったのか足から血が流れていた。
僕は慌てて立ち上がるけど、まだ少しフラつく。
さっき吹き飛ばされたのが、効いているみたいだ。
今、攻撃されたら完全に終わる。
そう思った時、小さな影が変異種に向かって行った。
あの子は……シラハだ。治療が終わったんだ。
シラハは凄い速さで変異種に近づくと何かを呟いた。
「【竜咆哮】」
◆シラハ視点
体から溢れていったモノが戻ってくる。
欠けていた感覚が蘇る。
五感が元に戻り周囲の音が聞こえてきた。
「ガアアアオオーーーン!!!」
ナニかの雄叫びが聞こえた。
そこでようやく意識が覚醒する。
そうだ魔物!
私は、その場から飛び起きると周囲の状況を確認する。
「きゃ?!」
足元で悲鳴が聞こえた気がした。
少し視線を下げてみると、尻餅をついてルーアさんが座っていた。
「あ、あの……もう体は大丈夫なのですか……?」
「え? あ、はい。もう痛いところは無いですね。
……あ! もしかして、ルーアさん体力回復薬を飲ませてくれたんですか?」
「え? ええ…飲ませましたけど……」
「ありがとうございました!」
私はペコリと頭を下げて、礼を伝える。
どうりで傷が治っている訳だ。
意識が飛ぶ前に見た時は、ちょっとグロい事になってたもん……
でも私は傷が治りやすいし、薬を使えばあっという間に回復できちゃうね。
それはそうと、すぐにライオスさん達の所に行かないと……!
さっき私がやられた感じからすると、攻撃を受けたらアウトだね……
私はスキルで身体強化をすると、その場を駆け出した。
サシャさんが魔物の攻撃で吹き飛ばされて、ライオスさんも足を怪我しているのが見えた。
やっぱりあの魔物は危険だ。
ここで出し惜しみなんてすれば、きっと全員殺される。
それは嫌だな。
さっそく誤魔化せないレベルで私のスキルを人前で使う事になってしまうけど、そうも言ってられない。
悪いのは全部あの魔物だ。
私は魔物の側面から近付くとスキルを発動した。
「【竜咆哮】」
私の掌から放出される魔力が、目の前の獣のような魔物を轟音と共に吹き飛ばし森の中へと押し戻した。
「ふぅ……」
どうにか直撃させられて良かった……
と…あまり、のんびりはしてられなかった。
「皆さん、今の魔物が動き出す前に治療を!」
「俺なら、まだ大丈夫だ。サシャはライオスをルーアのとこに連れてってやれよ」
「僕だって、まだ戦えるから!」
「俺も……!」
「だー! 嬢ちゃんが稼いだ時間を無駄にする気かよ! ライオスは機動力が落ちて使えねぇし、サシャもさっき吹っ飛ばされたのが効いてるんじゃねえのか?」
「う……」
「相手がヤベェって分かってるなら、尚更ルーアに治してもらえよ」
「…………わかったよ」
サシャさんは渋々といった感じでライオスさんに肩を貸して離れて行く。
それにしてもディアンさんってガサツな感じなのに、サシャさんがダメージ受けて本調子じゃないって見抜くなんて驚いた。
人は見かけによらないんだなぁ……
「さて……そんじゃ、もう一踏ん張りするか!」
「ですね」
私とディアンさんが構える。
魔物は、まだ出てこないけど【側線】で拾える音から察するに、森の中でこちらの様子を窺っているんだと思う。
こういう時に、攻撃に怒って突っ込んでこないで冷静に行動できるなんて厄介な魔物だと思う。
できれば、そのまま逃げてくれれば良かったんだけどね。
「あー……ライオス達を下がらせちまったが良かったか? 嬢ちゃんに戦わせる事になっちまうが……」
まだ魔物が出てこないと分かってディアンさんが森を睨んだまま話しかけてきた。
その事、気にしてたんですね。
「私はもう傷も治りましたし問題ないですよ。それに魔物のあの速さを考えれば、さっきの判断は間違ってないと思います」
「そうか……。それより嬢ちゃん、服が酷いことになってるんだが良いのか?」
ディアンさんが私の服の心配をしてきた。
今は戦闘中だから、そんな事を言ってる場合じゃあないと思うんだけどなぁ……
最初の攻撃で左腕と左の脇腹を抉られたので、その部分の服も持っていかれてしまった。
なので今の私は、お腹が半分出ているのだけど、その程度なので気にしていない。
「お腹くらい見られても平気ですよ」
「だけど、さっき飛び出してきた時は、胸が丸見えだったぞ?」
「…………」
私は、そそくさとボロボロになったローブで胸が見えないように調整をする。
これで大丈夫かな……
「なんだ、羞恥心は持ち合わせていたんだな」
「別に恥ずかしくはないですけど、見られて平気だと思われると私が痴女みたいじゃないですか……」
「俺は痴女だろうが平気だがな……」
「そんなこと聞いてませんよ……」
ディアンさんは真面目な事を言ったかと思えば、急に変な事を言うから反応に困るなぁ……
「嬢ちゃんの体、綺麗だと思うぜ」
「それはどうも」
「まぁ、胸は将来に期待するしかないがな!」
「ぶっ飛ばしますよ」
「あっはっは!」
ディアンさんが笑う。
いや、こっちは笑い事じゃないですから!
そんな緩い空気になったところで魔物が飛び出して来た。
やっぱり狙ってきたかっ!
それをディアンさんが魔物の正面に移動して攻撃を受け止める。
あの攻撃を止めるなんて凄いね。
私なんて一発だったのに……
竜鱗も使ったし、身体強化もしてたし、母さんの服もある。だから大丈夫だと思ってたのに結果は酷いモノだった。
もし私一人だったら、あれで終わってた。
だからこそ、私を助けてくれたこのパーティーには貢献しないとね!
私は魔物に迫ると爪を振り下ろす。
皮は硬くて大した傷にはならないけど、ライオスさんやサシャさんが付けた傷もある。
なら時間をかければ勝てる。
魔物が飛び退く。
その動きは最初に比べると遅くなっているように思える。
あと姿が虎っぽい。
「やっぱりな」
ディアンさんには、さっきの攻防で何かが分かったのかな?
何やら一人で納得している。
私にも教えてくださいよ
「何が、やっぱりなんですか?」
「あの変異種、さっき嬢ちゃんに吹き飛ばされただろ? たぶんだがアレが原因で動きが鈍ってやがる。その証拠に俺が魔物の真正面に立つだけの余裕があった」
「さっきまでは出来なかったんですか?」
「ああ……もう全然ダメだったな。だが今は違うぜ」
「なら、それを信じて頑張るとしましょうか」
私とディアンさんは、もう一度構え直す。
最初の一撃で勝ち目はないんじゃないのかと弱気な考えが脳裏によぎりもしたけど、光明が見えてきた。
さぁて、返り討ちにしてあげるからかかってこい!
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
狐鈴「はい、シラハが復活ー」
シラハ「復活はいいけど、こういう時って何か力に目覚めたりとかは……」
狐鈴「そんな都合のいい展開があるとでも?」
シラハ「聞いてみただけだし……」
狐鈴「それより、はい」
シラハ「その手はなに?」
狐鈴「復活して貰ったんだから出すものあるでしょ? そう……マネーだよ! マネープリーズ!」
シラハ「……わかったよ」
狐鈴「意外にも素直だ……」
シラハ「はい、ルーアさん」
ルーア「あ、ど、どうもです……」
狐鈴「なん…だと…!」
シラハ「治してくれたのルーアさんだし? 狐鈴に払う義理はないよね」
狐鈴「むきー!」
「くそっ!」
ライオスが悪態をつく。
こんなライオスは珍しい。
今の状況じゃ仕方ないけど……
僕とライオスとディアンの三人は、死角を庇い合うようにして背中を預けている。
こうでもしないと、あの襲ってきた獣のような魔物の速さには対応できないからだ。
「来るぞ!!」
ディアンが叫ぶ。
そんな大声出さなくても聞こえてるよ、なんて軽口さえも返せない。
もし魔物の攻撃をくらえば、今の陣形が崩れて全員やられる。
「オラァ!!」
ディアンが大剣で魔物の一撃を受け切る。
そのおかげで僅かに止まった魔物に僕とライオスが攻撃を加える。
だけど魔物の外皮が硬くて、攻撃が通っている気がしない。
この魔物は一体なんなの……?
そして魔物は一度飛び退くと、僕達の周囲を駆け回る。
こうやって隙を窺っては、僕達に攻撃を加えてくる。
本当にやり難い。
「ライオス、腕は大丈夫?」
「このくらい、問題ない」
そう答えたライオスだけど、そんなのやせ我慢でしかない。
今、ライオスの左腕は力なくダラリと垂れ下がっている。
さっき魔物に雷閃を喰らわせようとしたところを狙われたからだ。
籠手が砕けて左腕もまともに上がらないんじゃ、次にライオスを狙われたら終わりだ。
魔物がそれに気付いているのか、それとも嬲って遊んでいるのか……
何にせよ、そう長くはもたないと思う。
そんな弱気な考えが脳裏を過ぎる。
そこへ、魔物が僕目掛けて飛びかかってきた。
「来るよ!」
僕は構える。
だけど、そこで僅かに反応が遅れた。
さっきまでは前足での攻撃だった魔物が、大きな口を開けて飛びかかってきたからだ。
あんなのに齧られたら、一口で終わりだよ!
僕は慌てて槍を横にして魔物の口に押し当てた。
「ぐぅ?!」
魔物の牙が僕の目の前で止まる。
魔物の重量が僕にのし掛かる。
潰れるかと思ったけど、そこは身体強化で持ち堪えるさ。
「おぅら!」
そこへ、ディアンの一撃が魔物に当たるけど、大して怯みもせずに飛び退いてしまう。
でも残念。
それくらいじゃ逃げられないよ。
なんせ、あの攻撃はとんでもなく速いからね!
「一閃!」
後ろで何かが光った。
それが、ライオスの雷閃だなんて言われなくても分かる。
「ギャウ!」
魔物が悲鳴を上げた。
へへっ、ざまーみろだ。
とは言ったものの、さっき受け止めたせいで腕が痺れてる……
まだ、すぐに動かないでよ……
祈るような気持ちで魔物を観察する。
そして気付いた。
魔物の正体にだ。
「ライオス……あれ、ジャガールだ!」
「ジャガール? あれはもう少し小さかった気が……」
「それにアイツらは群れで行動するはずだし、ランクもBだろ? どんだけ成長期を迎えれば、あんなのになるんだよ?」
二人が呆れ気味に言葉を返す。
そんな事は僕も分かってるよ!
「そうだよ! アレは単独行動してるし、色も黒くなってるし、デカいし色々おかしいけど、姿形はジャガールそのものだよ!」
「たしかに四足歩行の獣って共通点はあるな……」
ディアンは本当に馬鹿だね!
「つまり……アレは変異種って事なのか……」
「多分だけどね……」
「最悪だな……」
本当にライオスに同意だよ。
なんだって変異種なんかに遭遇するのさ……
しかも、それがBランクの魔物だなんてついてない。
変異種は、元の魔物が何らかの理由で突如として、違う能力なり特性を持ってしまった魔物の事だ。
変異種に共通するのは、凶暴性。
周囲のモノを見境無く破壊すると言われている。
そして、その強さも大きく変化する。
その上昇率は、個体差にもよるけど危険度の指標として使われているランクで言うと、2ランクは上がると言われているんだ。
つまり単純に考えるとSランク……。でもSランクは災害認定されたような魔物につけるランクだから、あのジャガールの変異種はAランクとSランクの中間ってところかな……
だからと言って今の状況が好転するわけでもないけど。
「さて……どうするよ? ライオス」
「逃げても追いつかれるだろうから戦うしかないだろ?」
「なら俺に任せて逃げてもいいぜ?」
「馬鹿言うな。それにアイツは逃げた方を追いかけて来そうだ」
「だね。性格悪そうな目をしている」
「ちっ。ここは任せて先に行けーって、やってみたかったんだがな……」
「縁起でもない……」
「そうだよ。ディアンには二股かけた女に刺されるって未来が待ってるんだから」
「そりゃあ、こんな所で死んでられねぇなぁ……」
僕達は軽口を言い合っているけど、余裕なんてありはしない。
こっちが動きを見せれば向こうが動く。
だから動けない。
変異種はライオスの雷閃を警戒しているのか、すぐには動かなかった。
けど、それにも終わりはやってくる。
変異種が大きく息を吸ったのが分かった。
何かくる!?
でも初見では対策を講じる事もできない。
そんな思考の間に変異種の準備が整ってしまう。
こうなったら出たとこ勝負だ!
そう思って身構える。
変異種の口が大きく開いた。
「ガアアアオオーーーン!!!」
「うっ…!」
変異種の雄叫びに思わず耳を塞ぎそうになる。
あまりの大音量に、近くにいる二人からは何も聞こえない。
こんな状態で槍を手放したら確実に殺される。
そして変異種が動き出した。
さっきまでと同じ動きで少し安心した。
その攻撃をディアンが受け止める。
そこへ僕とライオスが攻撃を――
お腹に衝撃が走った。
変異種が遠ざかる。
僕のお腹に変異種の尻尾が叩きつけられていた。
衝撃はあったけど痛みはない。
でも、これじゃあ、さっきまで三人で保っていた均衡が崩れてしまう!
変異種は敢えてライオスの攻撃を受けていた。そして――
その場から動かずに牙を剥き出しにすると、ライオスに噛みつこうとする。
「くっ……」
ライオスが体を捻ってギリギリのところを回避するけど、掠ったのか足から血が流れていた。
僕は慌てて立ち上がるけど、まだ少しフラつく。
さっき吹き飛ばされたのが、効いているみたいだ。
今、攻撃されたら完全に終わる。
そう思った時、小さな影が変異種に向かって行った。
あの子は……シラハだ。治療が終わったんだ。
シラハは凄い速さで変異種に近づくと何かを呟いた。
「【竜咆哮】」
◆シラハ視点
体から溢れていったモノが戻ってくる。
欠けていた感覚が蘇る。
五感が元に戻り周囲の音が聞こえてきた。
「ガアアアオオーーーン!!!」
ナニかの雄叫びが聞こえた。
そこでようやく意識が覚醒する。
そうだ魔物!
私は、その場から飛び起きると周囲の状況を確認する。
「きゃ?!」
足元で悲鳴が聞こえた気がした。
少し視線を下げてみると、尻餅をついてルーアさんが座っていた。
「あ、あの……もう体は大丈夫なのですか……?」
「え? あ、はい。もう痛いところは無いですね。
……あ! もしかして、ルーアさん体力回復薬を飲ませてくれたんですか?」
「え? ええ…飲ませましたけど……」
「ありがとうございました!」
私はペコリと頭を下げて、礼を伝える。
どうりで傷が治っている訳だ。
意識が飛ぶ前に見た時は、ちょっとグロい事になってたもん……
でも私は傷が治りやすいし、薬を使えばあっという間に回復できちゃうね。
それはそうと、すぐにライオスさん達の所に行かないと……!
さっき私がやられた感じからすると、攻撃を受けたらアウトだね……
私はスキルで身体強化をすると、その場を駆け出した。
サシャさんが魔物の攻撃で吹き飛ばされて、ライオスさんも足を怪我しているのが見えた。
やっぱりあの魔物は危険だ。
ここで出し惜しみなんてすれば、きっと全員殺される。
それは嫌だな。
さっそく誤魔化せないレベルで私のスキルを人前で使う事になってしまうけど、そうも言ってられない。
悪いのは全部あの魔物だ。
私は魔物の側面から近付くとスキルを発動した。
「【竜咆哮】」
私の掌から放出される魔力が、目の前の獣のような魔物を轟音と共に吹き飛ばし森の中へと押し戻した。
「ふぅ……」
どうにか直撃させられて良かった……
と…あまり、のんびりはしてられなかった。
「皆さん、今の魔物が動き出す前に治療を!」
「俺なら、まだ大丈夫だ。サシャはライオスをルーアのとこに連れてってやれよ」
「僕だって、まだ戦えるから!」
「俺も……!」
「だー! 嬢ちゃんが稼いだ時間を無駄にする気かよ! ライオスは機動力が落ちて使えねぇし、サシャもさっき吹っ飛ばされたのが効いてるんじゃねえのか?」
「う……」
「相手がヤベェって分かってるなら、尚更ルーアに治してもらえよ」
「…………わかったよ」
サシャさんは渋々といった感じでライオスさんに肩を貸して離れて行く。
それにしてもディアンさんってガサツな感じなのに、サシャさんがダメージ受けて本調子じゃないって見抜くなんて驚いた。
人は見かけによらないんだなぁ……
「さて……そんじゃ、もう一踏ん張りするか!」
「ですね」
私とディアンさんが構える。
魔物は、まだ出てこないけど【側線】で拾える音から察するに、森の中でこちらの様子を窺っているんだと思う。
こういう時に、攻撃に怒って突っ込んでこないで冷静に行動できるなんて厄介な魔物だと思う。
できれば、そのまま逃げてくれれば良かったんだけどね。
「あー……ライオス達を下がらせちまったが良かったか? 嬢ちゃんに戦わせる事になっちまうが……」
まだ魔物が出てこないと分かってディアンさんが森を睨んだまま話しかけてきた。
その事、気にしてたんですね。
「私はもう傷も治りましたし問題ないですよ。それに魔物のあの速さを考えれば、さっきの判断は間違ってないと思います」
「そうか……。それより嬢ちゃん、服が酷いことになってるんだが良いのか?」
ディアンさんが私の服の心配をしてきた。
今は戦闘中だから、そんな事を言ってる場合じゃあないと思うんだけどなぁ……
最初の攻撃で左腕と左の脇腹を抉られたので、その部分の服も持っていかれてしまった。
なので今の私は、お腹が半分出ているのだけど、その程度なので気にしていない。
「お腹くらい見られても平気ですよ」
「だけど、さっき飛び出してきた時は、胸が丸見えだったぞ?」
「…………」
私は、そそくさとボロボロになったローブで胸が見えないように調整をする。
これで大丈夫かな……
「なんだ、羞恥心は持ち合わせていたんだな」
「別に恥ずかしくはないですけど、見られて平気だと思われると私が痴女みたいじゃないですか……」
「俺は痴女だろうが平気だがな……」
「そんなこと聞いてませんよ……」
ディアンさんは真面目な事を言ったかと思えば、急に変な事を言うから反応に困るなぁ……
「嬢ちゃんの体、綺麗だと思うぜ」
「それはどうも」
「まぁ、胸は将来に期待するしかないがな!」
「ぶっ飛ばしますよ」
「あっはっは!」
ディアンさんが笑う。
いや、こっちは笑い事じゃないですから!
そんな緩い空気になったところで魔物が飛び出して来た。
やっぱり狙ってきたかっ!
それをディアンさんが魔物の正面に移動して攻撃を受け止める。
あの攻撃を止めるなんて凄いね。
私なんて一発だったのに……
竜鱗も使ったし、身体強化もしてたし、母さんの服もある。だから大丈夫だと思ってたのに結果は酷いモノだった。
もし私一人だったら、あれで終わってた。
だからこそ、私を助けてくれたこのパーティーには貢献しないとね!
私は魔物に迫ると爪を振り下ろす。
皮は硬くて大した傷にはならないけど、ライオスさんやサシャさんが付けた傷もある。
なら時間をかければ勝てる。
魔物が飛び退く。
その動きは最初に比べると遅くなっているように思える。
あと姿が虎っぽい。
「やっぱりな」
ディアンさんには、さっきの攻防で何かが分かったのかな?
何やら一人で納得している。
私にも教えてくださいよ
「何が、やっぱりなんですか?」
「あの変異種、さっき嬢ちゃんに吹き飛ばされただろ? たぶんだがアレが原因で動きが鈍ってやがる。その証拠に俺が魔物の真正面に立つだけの余裕があった」
「さっきまでは出来なかったんですか?」
「ああ……もう全然ダメだったな。だが今は違うぜ」
「なら、それを信じて頑張るとしましょうか」
私とディアンさんは、もう一度構え直す。
最初の一撃で勝ち目はないんじゃないのかと弱気な考えが脳裏によぎりもしたけど、光明が見えてきた。
さぁて、返り討ちにしてあげるからかかってこい!
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後書き
狐鈴「はい、シラハが復活ー」
シラハ「復活はいいけど、こういう時って何か力に目覚めたりとかは……」
狐鈴「そんな都合のいい展開があるとでも?」
シラハ「聞いてみただけだし……」
狐鈴「それより、はい」
シラハ「その手はなに?」
狐鈴「復活して貰ったんだから出すものあるでしょ? そう……マネーだよ! マネープリーズ!」
シラハ「……わかったよ」
狐鈴「意外にも素直だ……」
シラハ「はい、ルーアさん」
ルーア「あ、ど、どうもです……」
狐鈴「なん…だと…!」
シラハ「治してくれたのルーアさんだし? 狐鈴に払う義理はないよね」
狐鈴「むきー!」
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ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
チートスキルを貰って転生したけどこんな状況は望んでない
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大事故に巻き込まれ、死んだな、と思った時には真っ白な空間にいた佐藤乃蒼(のあ)、普通のOL27歳は、「これから異世界へ転生して貰いますーー!」と言われた。
一つだけ能力をくれるという言葉に、せっかくだから、と流行りの小説を思い出しつつ、どんなチート能力を貰おうか、とドキドキしながら考えていた。
そう、考えていただけで能力を決定したつもりは無かったのに、気づいた時には異世界で子供に転生しており、そうして両親は襲撃されただろう荷馬車の傍で、自分を守るかのように亡くなっていた。
ーーーこんなつもりじゃなかった。なんで、どうしてこんなことに!!
その両親の死は、もしかしたら転生の時に考えていたことが原因かもしれなくてーーーー。
自分を転生させた神に何度も繰り返し問いかけても、嘆いても自分の状況は変わることはなく。
彼女が手にしたチート能力はーー中途半端な通販スキル。これからどう生きたらいいのだろう?
ちょっと最初は暗めで、ちょっとシリアス風味(はあまりなくなります)な異世界転生のお話となります。
(R15 は残酷描写です。戦闘シーンはそれ程ありませんが流血、人の死がでますので苦手な方は自己責任でお願いします)
どんどんのんびりほのぼのな感じになって行きます。(思い出したようにシリアスさんが出たり)
チート能力?はありますが、無双ものではありませんので、ご了承ください。
今回はいつもとはちょっと違った風味の話となります。
ストックがいつもより多めにありますので、毎日更新予定です。
力尽きたらのんびり更新となりますが、お付き合いいただけたらうれしいです。
5/2 HOT女性12位になってました!ありがとうございます!
5/3 HOT女性8位(午前9時)表紙入りしてました!ありがとうございます!
5/3 HOT女性4位(午後9時)まで上がりました!ありがとうございます<(_ _)>
5/4 HOT女性2位に起きたらなってました!!ありがとうございます!!頑張ります!
5/5 HOT女性1位に!(12時)寝ようと思ってみたら驚きました!ありがとうございます!!
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