1 / 17
目覚め②
しおりを挟む「上がるわよ」
「あっ、ちょっ……」
返事を待たずして横をするりと通り抜けていったシノリアの後を俺は慌てて追う。
追うと言っても、シノリアはもう何度もこの部屋に足を踏み入れているし、特に見られてマズいものがあるわけでもない。ただの条件反射だ。
「いつもながらよくこんな空気の濁った空間で生活できているわね。たまには換気もしなさいよ」
「してるよ」
ほんのたまにだけど。
シノリアは散らかり放題の俺の服や下着には目もくれず、そのままベッドの上に腰を下ろす。シーツの上も汗まみれ何だけど、他に座るようなところもないので黙っておこう。
「準備はちゃんとできているの?」
「大してするようなこともないし」
シノリアの視線の先にあるのは、年中開け放たれている小型クローゼットにかけられた、一着の真新しい制服。我が家に迎え入れたのは一ヶ月ほど前になるから、軽く埃が被っている。
ほとんど黒に近い、深い紺色を基調として前に金色のボタンが三つついている一枚のブレザー。来週からは、俺はこれを着て生活することになるのだ。
「……いよいよね…………」
「……そうだな」
短い沈黙の後、ポツリとシノリアがそう呟いた。
俺は縫い目の縮れたクッションを適当なところに置き、その上に座った。どこか物憂げな表情で俺の制服を見つめるシノリアは、今も昔も変わらず奇麗なままだった。
シノリアをシノリアだとたらしめていると言っても過言ではない、真っすぐに伸ばされた銀色に輝く髪の毛は一切の濁りがない。
身長も伸び――今では一六〇センチほどはあるだろうか――大人の女性らしさを強調しだした身体に、かつて出会った頃の少女を重ね、改めて流れた年月の長さを知る。
――あれから五年が経った。
あれからと言っても、思い当たることが多すぎて、一体どれからなのかという前提条件が必要なわけだが……。
――それは、俺がこの魔法が現存する異世界にやってきた日からのことなのか。
――そこで出会った二人の友人を失った日からのことなのか。
――この世界でただ一人、俺がディラン・ラーシュではなく別世界からやって来た男だと知っている魔法の先生と、永遠の別れをした日からのことなのか。
――それとも、愚かにも復讐を模索し、それが大失敗に終わって絶望に打ちひしがれたあの日からのことなのか。
その他にも、思い出すだけで切りがないぐらい、俺は様々なことを経験した。
本来の生きていく目的であった幼馴染――美浜楓を見つけて、元の世界に帰れるなら帰り、無理なら無理で諦めて、ひっそりと暮らしていこうとどこか考えていたのが、どうしてこうなってしまった。
「――ねえディラン」
不意に名を呼ばれ、その美声に俺は思考の沼から引っ張り出された。
「来週から入る学園でも、その先でも、私はずっとあんたの傍にいるから。何があっても、私は絶対にどこにも行ったりしないから」
「……うん」
「そしていつか、全部終わったら、その時は……」
咲き終わったあとの花のように萎んでいくシノリアの声音。その先の言葉が俺の耳に届くことはなかった。
あるいは、本当は聞こえていても俺はそれをあえて聞こえないふりをしているだけなのかもしれない。
――あの日以来、シノリアは少し変わってしまった。
ここで定義するあの日というのは、俺とシノリア、そして先生が二人の家族を奪われた日のことだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
そっと推しを見守りたい
藤森フクロウ
ファンタジー
綾瀬寧々子は気が付いたら、大好きな乙女ゲームの世界だった。
見習い神使として転生していた新生オタク『アヤネコ』爆誕である。
そしてそこには不遇ながらも必死に生きる推しこと『エルストン・ジル・ダルシア』がいた。
母を亡くし失意の底に居ながらも、双子の弟妹の為に必死に耐える推し。
今ここに、行き過ぎた愛が圧倒的な行動力を伴って推しを救う―――かもしれない。
転生したヤベー人外と、それにストーカーされている推しのハートフル(?)ストーリーです。
悪気はないが大惨事を引き起こす無駄にパワフルで行動派のお馬鹿さんと、そんなお馬鹿さんに見守られているのを知らずに過ごす推し。
恋愛要素薄目、ほぼコメディです。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる