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目覚め②

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「上がるわよ」 



「あっ、ちょっ……」



 返事を待たずして横をするりと通り抜けていったシノリアの後を俺は慌てて追う。

   
     追うと言っても、シノリアはもう何度もこの部屋に足を踏み入れているし、特に見られてマズいものがあるわけでもない。ただの条件反射だ。



「いつもながらよくこんな空気の濁った空間で生活できているわね。たまには換気もしなさいよ」



「してるよ」



 ほんのたまにだけど。



 シノリアは散らかり放題の俺の服や下着には目もくれず、そのままベッドの上に腰を下ろす。シーツの上も汗まみれ何だけど、他に座るようなところもないので黙っておこう。



「準備はちゃんとできているの?」



「大してするようなこともないし」

 

  シノリアの視線の先にあるのは、年中開け放たれている小型クローゼットにかけられた、一着の真新しい制服。我が家に迎え入れたのは一ヶ月ほど前になるから、軽く埃が被っている。

 

  ほとんど黒に近い、深い紺色を基調として前に金色のボタンが三つついている一枚のブレザー。来週からは、俺はこれを着て生活することになるのだ。









「……いよいよね…………」


「……そうだな」



  短い沈黙の後、ポツリとシノリアがそう呟いた。




 俺は縫い目の縮れたクッションを適当なところに置き、その上に座った。どこか物憂げな表情で俺の制服を見つめるシノリアは、今も昔も変わらず奇麗なままだった。



 シノリアをシノリアだとたらしめていると言っても過言ではない、真っすぐに伸ばされた銀色に輝く髪の毛は一切の濁りがない。




 身長も伸び――今では一六〇センチほどはあるだろうか――大人の女性らしさを強調しだした身体に、かつて出会った頃の少女を重ね、改めて流れた年月の長さを知る。

 

 























 ――あれから五年が経った。




 あれからと言っても、思い当たることが多すぎて、一体どれからなのかという前提条件が必要なわけだが……。

 









 ――それは、俺がこの魔法が現存する異世界にやってきた日からのことなのか。

 






 
  ――そこで出会った二人の友人を失った日からのことなのか。








 ――この世界でただ一人、俺がディラン・ラーシュではなく別世界からやって来た男だと知っている魔法の先生と、永遠の別れをした日からのことなのか。
 







 ――それとも、愚かにも復讐を模索し、それが大失敗に終わって絶望に打ちひしがれたあの日からのことなのか。









 
 その他にも、思い出すだけで切りがないぐらい、俺は様々なことを経験した。



 本来の生きていく目的であった幼馴染――美浜楓を見つけて、元の世界に帰れるなら帰り、無理なら無理で諦めて、ひっそりと暮らしていこうとどこか考えていたのが、どうしてこうなってしまった。








「――ねえディラン」





 不意に名を呼ばれ、その美声に俺は思考の沼から引っ張り出された。



「来週から入る学園でも、その先でも、私はずっとあんたの傍にいるから。何があっても、私は絶対にどこにも行ったりしないから」



「……うん」



「そしていつか、全部終わったら、その時は……」




 咲き終わったあとの花のように萎んでいくシノリアの声音。その先の言葉が俺の耳に届くことはなかった。



   あるいは、本当は聞こえていても俺はそれをあえて聞こえないふりをしているだけなのかもしれない。

















 ――あの日以来、シノリアは少し変わってしまった。



 ここで定義するあの日というのは、俺とシノリア、そして先生が二人の家族を奪われた日のことだ。

 


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