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第34話 旅路

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 コルドバ軍との戦闘から一月が過ぎた。
 リアたち一行は、暗黒迷宮の最寄の都市、ジェバーグに向かっている。
 あの戦いが終わって半月後に、リアたちは村を出た。幸い、村人たちには怪我人は出ても死者はいなかった。完全勝利と言えよう。
 村長はまだ不安そうな顔をしていたが、そういつまでも足止めをされている訳にもいかない。それに半月も音沙汰がないということは、あの戦闘はコルドバの内でもなんらかの処理がされたのだろう。責任者は死んでいるし。

 道中は無事とは言えなかった。
 山岳部には山賊がおり、ヘルハウンドがいるにもかかわらず襲い掛かってきたものだ。確かに、ヘルハウンド一匹ぐらいなら倒せるだけの戦闘力を持つ集団であった。
 しかしそれも、魔法使いが4人もいる一行を襲うには戦力不足だった。命乞いする山賊共の首を、容赦なくリアは刎ねていった。
 戦っている時はともかく、降伏した山賊どもを殺すのは、リアが進んでやった。少なくともサージやマールにさせようとはしなかった。
「お嬢、そんなに自分の手を汚さなくてもいいんですよ?」
 ある時カルロスはそんなことを言ってくれたが、リアは苦笑いした。
「自らの手を汚すのは、高貴な者の宿命だと思うがな」
「ですが…」
「それにな、カルロス」
 リアは今度こそ、本当の笑顔で言った。
「私はどうも、人を殺すのが好きらしいんだ」
 カルロスは絶句するしかなかった。
「安心しろ。殺さなければいけない時と、死んで当然の人間以外は殺さないから」
 それが本気の言葉だと悟った時、カルロスは背中に冷や汗をかいたものだ。
 マールを文字通り猫可愛がりするリア。
 仲間が傷つくことを恐れ、自らが戦うリア。
 奴隷狩りに怒り、後の危険を考えてもそれを助け出そうとするリア。
 それが、人殺しが好きだという。

 自分ひとりの胸のうちに留めておくべきことだったろう。だがどうしても納得出来なくて、カルロスはルルーに相談してしまった。
 ルルーは言うまでもなく、リアと最も古くから付き合っている人間だ。それだけに、リアの本質に近いとも言える。
 しばらく考えた後、ルルーはため息をついた。
「リアなりの気遣いでしょう。それに彼女は、無害な人間には絶対に手をあげないわ」
「気遣い、ですか?」
「あなたも、山賊とはいえ抵抗する力をなくした人間を斬るのは嫌なんじゃないの?」
 それは確かにそうで、カルロスは頭を掻いた。



 ちょっといい話になっているが、実のところ、リアが人を斬る理由は、もっと単純なものであった。
 試し斬りである。

「むう…袈裟斬りにしただけで刃が欠ける…。何が足りないんだ」
 リアが試したのは、虎徹ではないもっと古い時代に作られた刀をイメージして生み出したものだった。
 前世でも日本刀の、特に古刀と呼ばれる時期に打たれた太刀は、その製法がほとんど分かっていない。そもそも使っていた鉄の精錬方法さえ謎なのだ。
 虎徹にしたところでその製法は時期によって違うのだが、実際に手の延長に思えるぐらいまで振り回した刀は、ちゃんと創造出来た。

「というわけで、何かヒントはないかな?」
 こういう時にリアが相談するのは、カルロスでもルルーでもなくサージである。
「いや、そりゃおいらもゲームとか漫画とかで、刀の知識はちょっとはあるけどさ」
 真剣に相談されているのは分かるが、困ってしまう。
「たいがいそういう作品では、オリハルコンとかミスリルで武器を作るからさ」
 オリハルコンもミスリルも魔法金属である。リアの貰った創世魔法では、生み出せない素材だ。
「アダマンタイトはどう?」
「この世界では、あれは鉄の合金なんだ」
「え~と、ヒヒイロカネ」
「ミスリルよりもさらに柔らかいな。魔法を付与するにはいいんだが」
「他にはちょっと思い浮かばないなあ。前世ならチタンとかタングステンとかあるんだけど…」
「そもそも日本刀は鉄とチタンの合金で出来てる物があるからな」
「そうなの? 鉄だけで出来てると思ってた」
 案外サージも知らないようだが、普通はそうだろう。剣術家でも、刀の良し悪しはともかく、その素材にまでこだわる者は少ない。
「ええとな、日本刀は基本、鋼で出来てるんだよ。この鋼というのが炭素鋼で、鉄よりも硬くなっている。炭素の含有量で硬度が変わって――」
「ああ、待った! 専門的なこと言われても分からないよ」
 サージの専門はあくまで魔法であるし、その魔法にしたところで、体系的に学べたとは言いがたい。ラビリンスに貰った魔道全書を参考に、分からないところはルルーやリアに訊いて、あとは前世の科学知識とイメージでまかなっているのだ。
 確かに前世でゲームやラノベやアニメを愛した身としては、日本刀の魅力も分かるが、そこまでいれこんだものでもないのだ。
「鉄を基本に炭素、チタン、クロムでなんとか作れるはずなんだがな…」
 ぶつぶつと呟いて、リアは刀作りに戻るのだった。



 旅は順調に続いた。
 毎日のように魔物に襲われ、その度に撃退し、レベルが上がっていく。
 一番大きいのは、マールが精霊魔法に習熟していったことだった。
 風の魔法で敵を切り裂き、土の魔法で貫き、火の魔法で焼き、氷の魔法で凍らせる。
 通常の体系化された魔法よりもよっぽどファジーで、使い勝手がいい。精霊魔法と言われているが、確かに魔法とは別のもの、精霊術とでも言った方が良さそうなものであった。

 サージもまた、魔法に習熟していった。
 元は時空魔法と火魔法に特化していたが、物理魔法、術理魔法をルルーから学び、他の系統もスキルレベルを伸ばしている。魔法の天稟というギフトが、効果的に働いている。
「この調子なら、すぐに私の教えることはなくなるわね」
 そう言うルルーも、補助的な魔法をより効果的に、より素早く展開出来るようになっている。実戦の経験は何にも優るものであろう。

 前線を構築する戦士たちは、もちろんレベルが上がっている。特にカルロスは魔剣が手に馴染んでからは、その刃をうっとりと見つめるようになり、リアの同類に近づいている。
 ギグは今まで使っていた戦鎚が軽くなってきたので、リアに改めて重量のある物を生み出してもらった。
「手に入れたときはそうは思わなかったけど、便利だな、創世魔法」
 コルドバ軍と戦った村にも、当分不自由しないほどの量の槍を置いてきたし、この旅の間でも、何本もの刀を生み出している。
 あまり巨大すぎず、魔法のかかっていないものなら、複雑な機構を持たない限りは生み出せるのだ。
 地味に馬車の車軸を金属製に替えたり、スプリングを付けたりと大活躍である。武器創造とは言ったものの、正確には金属製の物なら簡単に作れるらしい。
 それもサージに言われなければ気付かなかったのだが。
 ちなみに貴金属は作るのに魔力がたくさんかかる。どうやら希少な金属ほど、創造に魔力が必要とするらしい。金属以外の皮や糸なども、消費が激しい。
「それでも、お金の心配はなくなったね。これ、隠しておかないととんでもない騒ぎになるかも」
 サージは言ったが、リアはそれほどの物とは思っていない。ミスリルやオリハルコンと言った、金より貴重な魔法金属は作れないのだから。
 試しに金貨を作ってみたら、純金のカサリア金貨が簡単に出来た。組成を考えなくても言い分、刀よりよほど簡単に作れる。
「これでお金溜めて、いい刀を打ってもらったら?」
「金で解決するものなら、最初からそうしている。そもそも刀を打つ鍛冶が少ないんだ」
 カサリアの剣は、基本的に西洋風の直剣である。曲刀もあるが、刀と呼べるものは少ない。
 いくら金があっても、ないものは買えない。そういうことだ。
「この世界だと刀って、どの国でよく使われてるのかな」
 そのあたり、サージは知らない。リアは過去に調べてもらって、絶望したことがある。
「主に南部だな。他の大陸から渡ってきたものだ。今の刀は、曲刀であって刀ではない」
 カラスリ王国や、極東地方に伝来したものが多いという。もちろん曲刀という武器の特性上、大陸中にある程度はその技術も伝播しているが、やはり本家は大陸南部なのだろう。
 だが、この近くにも一つ心当たりがないではないのだ。
「ドワーフに頼んでみるかな…」
 山岳部にはドワーフの集落が存在する。特にカサリア近辺の山岳部は、良質の鉱石が採れるので、ドワーフが多く住んでいるのだ。
 ドワーフの冶金技術は他種族の比ではない。事実カサリア王家に伝わる宝物の武器も、その多くがドワーフの手によるものだ。
 リアの愛用する十文字槍も、宝物ではないがドワーフ謹製の作品を、父王にねだって貰ったものだ。

 ドワーフの自治都市も近くにあるが、一度後戻りしなければいけない。それはちょっと面倒だった。
「暗黒迷宮の後は、ドワーフの街だな。その前に、マールを故郷に帰してやらないといけないか…」
 そう言った時のリアは、少し寂しげであった。旅の終わりは、マールとの別れを意味する。少なくとも、リアは約束を守るつもりだ。
「あたしはちょっとぐらい後になってもいいけど…」
 御者台からマールは言う。その隣に座って、サージはリアと会話をしていたのだ。
「約束は守る。どうでもいい相手の約束なら破るけどな」
 奴隷として買われはしたが、マールはこの数ヶ月、自分が奴隷であると感じたことはなかった。いくら卑下しようとしても、せいぜい姉にからかわれる妹か、わがまま姫に仕える家臣ぐらいにしか思えない。

「あ、見えてきた」
 会話を切るように、サージが言った。
 山塊の間を辿る道のその先、急峻な峰の麓に、暗黒迷宮手前の、最後の街がある。
 ジェバーグ。街道の終着駅。人口はおよそ2万人で、その大半が、やはり迷宮に依存して生活しているという。
 通常ならば隊商を組んで訪れる街だ。リアたちのような少人数でここまでの道のりをやってくるのは、よほどの腕利きだけだろう。
「とりあえず、風呂のある宿を探さないとな」
 相変わらずのリアの言葉に、一行は苦笑するのだった。
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