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第30話 そしてまた旅路へ

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 次の日の朝早く、リアはカルロスとギグを相手に稽古をしていた。
 それで気がついたのだが、肉体的な能力が明らかに上がっている。ステータスではなく、ギフトに含まれる肉体強化や骨格強化のレベルが上昇しているのだ。
 そのくせわずかに伸びた身長や急激に付いた筋肉のせいで、逆に今まで身に付けた技がしっくりとこない。
「レベルは上がったんだけどなあ…」
 いまいち強くなった気がしない。

 そんなリアの足元で、素手であしらわれたカルロスとギグが息も絶え絶えに転がっていた。
「も~、なんなの、この人。前から、強かったけど、常軌を、逸してるよ」
「さすが、姉御」
 カルロスは死霊騎士が持っていた魔剣を、ギグは馴染んだ戦鎚を使っていたのだが、体術だけでいいように転ばされていた。

 これに対して、マールは精霊魔法の練習をしていた。
「う~ん」
 大気の中の魔力の流れを見る。その中から、風の力を特に感じて、それに自分の感情を同調させる。
 そよそよと風が吹いて、サージとルルーの髪を揺らした。

 サージは魔道書を開いて、空間魔法にかかる魔力を軽減させる方法を開発するのに躍起だ。
「いいな~、あたしも何か欲しかったな~」
 マールの魔法を見ているといいながらも、精霊魔法は専門外なのだ。そもそも普通の魔法と違って、理論で操れるものでもない。ルルーは本当に、見学するだけだ。
「まあルルー、欲しい魔法があったら、おいらが調べてあげるから」
「知識自体は既にあるのよ。問題は構成力と魔力なのよね」
 サイクロプスとの戦いで、ルルーは全く役に立てなかった。それは他の皆も同じであるのだが、内心リアの保護者を任じていたルルーにとっては、忸怩たるものがあるのである。
 それは仕方ない、とサージなどは思うのだが、前世やギフトの詳細を知らないルルーには説明のしようもない。
「とりあえずさ、今日からしばらくは忙しくなるんだから」
 こういう時に慰めたら、カルロスの株も上がるだろうに、などと前世と合わせて30歳になる少年は、年寄りくさいため息をついた。



 予定通り、大騒ぎになった。予定通りであり、予想以上であった。
 ギルドに持ち込まれた、6層以降の守護者の魔結晶に加えて、サージがそれまで秘密にしていた時空魔法を、迷宮の主から授けられたと言って披露したので、それはもう受けに受けた。
 市長であるクラウスには既に知らせてあるのでそれはいいのだが、大通りでパレードを組まれるということにもなって、そういった打ち合わせにえらく手間がかかった。
 手続き的なことは出来るだけカルロスとルルーに任せていたのだが、最後の守護者を倒した時点で死んでいたので、そこから先はリアとサージが主に話すこととなった。
「サイクロプス…ですか」
 聞き取りを行っていたギルドマスターは、その魔物の名を聞いて絶句した。
「うん。剣も魔法も効かないんで苦労したもんだ」
 そんな説明をリアがしたので、当然のように質問が返ってくる。
「それを、どうやって倒したんですか?」
「わざと食われて、腹の中から切り裂いた」
 絶句するギルドマスターを横目に、自分も口の中を狙えば良かったな、と今更ながらに思うサージである。
 話をしながら食べた菓子は美味かった。

 午後にはギルドの前で、大々的に迷宮踏破の宣言がなされた。
 翌日のパレードと、市庁舎での晩餐会の予定が発表される。
 迷宮都市の有力者や商人から、リアたちに面会の希望がひっきりなしにあり、カルロスはその対応に追われた。
 探索者の中の実力者もやってきて、色々と話を聞きたがる。これは魔法使い系はルルーに、戦士系はギグに任せた。見た目だけならどちらも大人だ。
 リアに対しては何か勘違いした軟派男共が寄ってきたが、数打ちの剣を素手でぺきぺきと折るデモンストレーションを行うと、波が引くように去っていった。
 マールもまた人気がある。元々迷宮都市に住んでいて長いし、獣人の探索者が多く集まっている。コミュニケーション能力は高い。
 サージは暇だった。だがなぜか探索者のお姉さんたちに囲まれて、可愛がられた。リアが羨ましそうな目で見ていたのはどうでもいい。

 夕方になってようやく解放されたが、晩餐の席ではクラウスから明日の予定が告げられる。また長い一日になりそうである。

 マツカゼにブラッシングしたり、ヘルハウンドを散歩に連れて行ったり、マールの肉球を揉んだりして、心を癒す。
「そう言えば姉ちゃん、その犬の名前はどうするの?」
 遠慮なくヘルハウンドをモフモフしていたサージが尋ねる。いつまでもヘルハウンドというのも不便だろう。
「名前は決めた。ルドルフだ」
「なんか偉そうな名前キター!」
 てっきりまた和風の名前が来ると思っていたのだが、予想を外された。
「だって、なあ? ルドルフという面構えだと思わないか?」
 確かに牙をむき出し獲物を睨み付ける姿は、名前の大仰さに劣らぬものがある。
 リアの前では仔犬のように腹を見せるのだが。撫でて、と言わんばかりの態度で、サージが撫でてやっても喜ぶ。
 そんな様子を見るマツカゼが嫉妬したのか、頭突きをかましてきたりして、その日は終えた。



 次の日、午前中にパレードを行い、昼間は式典。市庁舎での晩餐会という流れは説明された通りだった。
 また次の日からは、有力者から誘いを受けてパーティーに連日出席することとなった。
 色々と顔は広くなるのだが、カサリア王国からは少し離れたこの街で有名になることに、それほどの意味があるのかは疑問だった。

 それと、リアは本名を明かした。
 ただの探索者のリアだと、いろいろと喧嘩を売ってくる命知らずが多かったので、王族の威光を借りることとしたのだ。
 だがこれは失敗だった。
 お偉いさんたちは余計にリアとの接触を求めてきたし、仕官目的の探索者たちの応対までしなければいけなくなったからだ。
 いいかげんにストレスがたまっていたリアは、そういった連中とパーティーを組み迷宮に突入し、死んでも大丈夫な状態で決闘を行ったりもした。

 その間年少者三人組は、少しでもレベルを上げて収入を得ようと、3人だけで迷宮に入っていたりもする。
 6層までは楽勝なのだが、やはり7層が厳しいらしい。ルルーがいないとサージが回復や治癒を行うのだが、やはり慣れた者がいないと一瞬の判断には遅れてしまう。
 やがてルルーとカルロスも加えて攻略を行ったのだが、やはり8層のドゲイザーで止まってしまった。
 金属製の武器、防具を持つカルロスが戦力にならないし、ギグが棍棒を持って戦おうとしても、眠らされたりして上手くいかないのだ。
 それでも5層や6層を中心に、レベル上げをしつつスキルの習熟に努めた。

 リアは血に飢えた修羅のようになっていた。
 対戦を求めてくる戦士たちを、出来るだけ死なないようにはしているが、あっさりと切り倒していく。
 いい刀を手に入れて、まさに血に酔っているというのが正しい状況だった。
 だが朝晩の稽古では、まで別人のように丁寧に型をなぞっていく。
 血に酔ってはいても、力に酔ってはいない。どこかで線を引いていた。



 そして一ヶ月が過ぎた。
 時間の経過が早すぎる気もするが、色々なお誘いを受けていたら、いつの間にかそれだけの時間が経過していたのだ。
 新たに覚えたスキルの習熟のために、またパーティー全員で迷宮を9層まで攻略して見た。さすがにもう一度サイクロプスと戦う気にはならない。ラビリンスがちょこっと知能を加えたりしていたら、同じ手段では勝てないだろうし。
 ヒュドラを遠慮なく仕留めたその日、クラウスに迷宮都市を発つ旨を伝えた。
「そうですか、帰国なさいますか」
 名残惜しそうにクラウスは言ったが、次のリアの台詞で表情を変えた。
「いや、次は暗黒迷宮に挑戦するつもりだ」
 既に聞いているメンバーも、改めて言われると暗い気分になる。
 暗黒迷宮。暗黒竜バルスの住まう、大陸屈指の難関迷宮。
 踏破したのはこれまでにわずか一組。カサリアの始祖レイテ・アナイアとその仲間たちのみである。それも1000年前の話で、詳細は全く分かっていない。
 おそらくカサリアの王室書庫にでも行けば少しは詳しいことが分かるのだろうが、今帰ると監視の目が厳しくなって、脱出が難しくなるだろう。リア単体ならともかく、ほかのメンバーを揃えるのが厳しい。
「この迷宮とは違いますので、くれぐれもお気をつけてください」
 クラウスは心底から案じる口調でそう言った。

 一日かけて出発の準備を整え、次の日の早朝に、一行は迷宮都市を発った。
 クラウスをはじめとして、いつの間にか仲良くなっていた探索者なども、城壁まで見送りに来てくれていた。
 姿が見えなくなるまで手を振って、一行はがたがたと馬車を進める。
 …馬車でいいのだろうか。引かれているのは箱馬車だが、引いてくれているのはヘルハウンドのルドルフである。
 御者台にはマールが座り、中の座席にはギグとサージが座っている。
 最初は普通に馬を買おうとしたのだが、ルドルフに慣れるほどの馬車馬がいなかったのだ。ルルーのロバでさえ、未だに怖がっているぐらいだ。
 対等にじゃれあっているのはマツカゼだけだ。ヘルハウンドと対等な馬というのもすごいのだが。

「さて、次は暗黒迷宮だ!」
 春の終わりの温かな風が吹き、マツカゼの鬣を揺らしていく。
 青空の下、一人意気軒昂としたリアの声が、遠くの丘まで響いていった。
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