8 / 60
第8話 戦闘技能
しおりを挟む
何事もなく、三日間が過ぎた。
石畳の上を進む。徒歩のリアが先頭に立ち、ロバの背にはルルーが揺られている。
のどかな旅だった。さしあたっての目的地は決めてあるが、差し迫ったものでもない。周囲の風景を楽しみながら、旅の醍醐味を味わっている。
「武者修行というからには、もっと急ぐかと思っていました」
「ん? せっかくなんだからのんびり行こうよ。修行と言っても、ずっとぴりぴりしている訳にはいかないしね」
リアはご機嫌である。ただ歩いているだけでご機嫌である。
理由はその腰に差した刀にあった。
木刀でも模造刀でもない、正真正銘の刀の大小である。日本であればそれだけでアウトな凶器である。
それを日中堂々と携帯して歩く。これだけで嬉しい。何せ今までは、木刀をメイン武器に使っていたのだから。
日本刀を差して旅するというのは、男のロマンである。もちろん女で武人でもないルルーには理解出来なかったが。
ちなみに撲殺用の木刀も魔法の袋に入っている。ゴブリンさん相手に刀はもったいない。手入れも大変だしね。
そんなこんなで携帯食の食事を終えて、昼過ぎまでは平和に過ごしていたのだが、不意に頭上を影がよぎった。
「あ、竜騎兵」
「追っ手ですかね?」
竜騎兵は飛竜に乗った兵種である。飛竜とは一応亜竜に分類される生物であるが、正確にはちょっと竜に似た全く別の生物である。竜と亜竜の違いとは、人間とネズミぐらいには違うものだそうだ。
その竜騎兵は、二人の前方を旋回すると、元の方向へと戻っていく。直線では王都の方向だ。
「見つかりましたね」
「うん、そうだね」
「連れ戻しに来ますかね?」
「来たら返り討ちにしてくれる」
「穏便な方法を希望します」
「じゃあ穏便に返り討ちにしてくれる」
にっこりと笑うリアは冗談を言っている訳ではない。
まずたいがいの相手ならば、ほどほどの手傷を負わせて諦めさせる自信があった。
だが事態はリアの予想を超えてくる。
それからも一行の歩みは変わらない。ルルーだけが時々後ろを振り向いている。
背中の荷物の動揺を感じるでもなく、ロバは黙々と歩く。
夕暮れ前、五感鋭敏のギフトを持つリアの耳に、馬蹄の音が響いてきた。
「来たね。数は三つ」
「よく分かりますね。私も耳はいいはずなんですけど」
ハーフエルフと言えどもエルフはエルフ。目も耳も人間よりは優れているはずだが、リアは更にその上を行く。それが竜の血脈である。
「どうします? 隠れてやり過ごしますか?」
「いや、今回だけはそれでいいかもしれないけど、何度も旅人とはすれ違っているし、魔法で探索されたらいずれは発見される。やはりここは、少し痛い目にあってもらおう」
腕組みをして、街道の真ん中に立つ。幸いほかの旅行者はしばらく来そうにない。
やがて視界に入ってきたのは、騎乗した三人の騎士だった。が…。
「げ、ライアス」
「げ、カルロス」
理由は違えど、二人の顔が歪んだ。
まさか副騎士団長直々に追跡にかかってくるとは。そしてもう一人の騎士は、ルルーにとっての鬼門であった。
ちなみに残りの一人はどうでもいい。
「エルフスキーのカルロスか…」
「あの人、いつもあたしの耳ばかり見ているんですよね」
騎士団の若手では最も腕が良く、家柄も性格も申し分ない男であるのだが、とにかくエルフにドリームを抱いているのは有名だった。年齢は今年で20歳だったか。
ちなみにルルーは今年で24歳になる。ハーフエルフゆえに、それよりはずっと若く見えるのだが。
ルルーもロバから降りると、追跡者の到着を待った。
先頭を来るライアスは、少し距離を置いたところで下馬する。残る二人もそれにならった。
「姫様…」
呆れ顔でそう口を切ったライアスには、戦意は見えなかった。
「一刻も早くお帰りください。陛下も心配されております」
「可愛い子には旅をさせろ、って言うからなあ。ライアスから説得してくれない?」
「書置き一つ残して失踪されても、こちらとしては探さないわけにはいきません」
「とりあえず迷宮都市に行くから、心配するなと伝えておいてほしいんだけど」
はあ、とライアスは溜息をついた。
「失礼ながら、姫様は今の宮廷の事情を分かっておられますか?」
「分かっているよ。だからこそ、利用されないために王都を離れたんじゃないか」
そう言われて、ライアスの表情に感心の色が浮かぶ。
「意外です。てっきりそんなことには関心が無いと思っていました」
「まあ、巻き込まれるのは不本意だからな」
肩をすくめてみせるリア。和やかな雰囲気である。
「それでも一度は戻ってもらいます。なんなら私が迷宮都市まで同行しても構いません」
「ルーファスじいちゃんのいない今、王国最強の騎士までいなくなるのはまずいだろう」
「そのあたり、意見の相違がありますね」
空気が重くなる。
「多少痛い目に遭わせても、連れ帰ります」
「うん、分かりやすくていいな」
ライアスが剣を抜く。普段訓練で使っている木剣でなく、ミスリルの輝きを発する剣だ。
斬られたらもちろん血が出るだろう。革鎧しか着用していないリアならば、やすやすと体に刃が達するだろう。
正直、リアには勝算しかなかった。
負ける要素が見当たらなかった。
まず、用意した武器が悪い。ミスリルの魔剣なぞ、手加減のしようがない。リアのスキル剛身を使えば普通の刃ならば皮膚で止められるが、それをライアスは知らないのだ。
つまり狙うのは四肢の末端、急所以外となる。これなら木剣の方がまだマシだろう。
いくら痛い目に遭わせると言っても、王女に大怪我を負わせる訳にはいかない、この時点で既に大きな不利がある。
対してリアは、極論すればライアスを殺しても構わない。もちろん殺す気は全くないが、急所を狙うという選択肢がある。
「言っておくけどな、ライアス。私は今まで、お前との訓練の中で一度も、実力を出せたことはないぞ」
手加減がどうとか、訓練がどうという話ではない。持っている技術を全く使えていなかったのだ。
「私もこの間負けたのを含めて、本気ではありませんでしたけどね」
実は負けず嫌いなライアスであるが、そういうことではないのだ。
「私が勝ったら、素直に王都に戻ってもらうぞ。父上の説得も任せる」
「ええ。元々私が負けるようであれば、あなたを止められるような人間はいませんからね」
ルーファス亡き今、その言葉は正しい。ルーファスにはそもそも止める気がなかったが。
「では、始めるとするか」
そう言って、リアは魔法の袋から槍を取り出した。
槍である。十文字槍である。
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
白兵戦に関しては門外漢のルルーでさえ、予想外のことであった。
リアと言えば刀。刀と言えばリア。それぐらい、王宮でのイメージは固まっている。
言葉もなく、踏み込み、リアは槍を突き出した。
ライアスの盾がそれを防ぐ。引き戻された槍は、足元へ突き出される。
「くっ」
剣を地に突き立て、それを防ぐ。すぐに槍はライアスの顔面へと向けられる。またそれを盾で防ぐ。
ほとんど突きの攻撃だけで、ライアスは防戦一方になっていた。
今まで一度として、リアが槍を使っているのを見たことはなかったからである。
だがリアは槍術のスキルをレベル6で持っている。わずかに剣術のレベルの方が高いが、そもそも剣よりも槍の方が強いのは、前世では常識であったし、リアも刀の取り回しと同じぐらい、槍には力を入れて修行していた。
この世界でも、戦争での歩兵の主武装は槍である。ライアスにしてみても、騎乗して戦う場合は長柄の武器を使う。
だが地面に足につけての訓練で主に剣を使うのは、その取り回しの良さと、携帯性に理由があった。
この戦いにおいても、なんでもありだと最初から分かっていれば、ここまで一方的な展開にはならなかっただろう。
そこがリアに言わせれば、ライアスの甘さである。心構えの違いと言ってもいい。
この世界には、常在戦場という概念がない。武装の禁止された現代日本の武術家でさえ持っている、即時に戦いに移行する覚悟というものが、そもそもないのだ。
リアにはそれがある。王宮の中で、刀はもちろん短剣でさえ持っていない時でも、襲われたら相手を殺す覚悟と、技術を持っていた。
リアとライアスでは、そもそもレベル以外ほとんどリアの方が高い能力を持っている。
ライアスはたまらず魔法で肉体を強化し、鎧や盾の防御力を上げたが、すぐさまそれは、より高い魔力を持つリアの魔法で解呪されていった。二人の能力値を比べてみれば、実は最も差が大きいのが魔力である。
もしライアスがリアに優るものがあるとすれば、それは戦争の経験だけであった。しかしここは、戦場ではない。そして単に殺し合いの経験に関して言えば、暇さえあれば魔物を虐殺しているリアもそうそう劣るものではない。
結局、ライアスは肉を切らせて骨を断つという戦法を取らざるをえない。
突き出された槍に対して垂直に盾を構え、わざと貫かせたのだ。
「ぐうっ!」
左手の甲を貫き、槍の穂先が肉に達する。それでもそこから肘を回して、盾で槍を絡め取る。
リアは簡単に槍を手放した。武器を失ったが、槍で貫かれた盾は、取り回しが効かない。ライアスも防御の手段を一つ失ったのだ。
しかしライアスが左手に傷を負ったのに対し、リアは無傷。
ここでライアスの有利な点は、既に武器を手にしているということ。対してリアは、刀を抜いて構えるまでに、一つ動作が多い。
そう考えたライアスが片手のまま剣を振りかぶり、リアを狙ったのは当然のことだった。
だがライアスは知らなかった。
リアは剣術スキルをレベル7で持っている。しかしそれと同じレベルのスキルを、もう一つ持っていたのだ。
居合。
リアの右手が腰に差した刀に触れた次の瞬間、刀は既に振り切られていた。
肘の部分で断たれたライアスの右腕が、剣ごと宙に舞った。
返す刀でリアはライアスの脇を抜いていった。金属の鎧を断ち、脇腹をえぐった。
「ぐふっ」
空気を漏らすような呻き声と共に、ライアスは膝を着いた。
リアは間合いを取って、相手の戦闘力が喪失したのを注意深く確認してから、ようやく刀を下ろした。
「ルルー、治療を」
「は、はい!」
何が起こったのか、結果しか見えなかったルルーだが、治療の必要性は分かった。
供の騎士と一緒にライアスの鎧を脱がせ、まず脇腹を簡単に治療した後、切断された右腕を繋げる。
幸い腹部の傷は内臓には達していなかったし、右腕もこれだけ綺麗に斬れていれば、問題なくくっつくだろう。
「姫様…いつも…手加減をされていたのですか?」
寝かされた姿勢のまま、小さな声でライアスは尋ねた。
自分とリアの間には、圧倒的な差があった。それは、普段の訓練では全く感じられなかったものだ。むしろ、剣技では自分の方が上回っていると、今でも思っている。
「そういうわけじゃない。いつも真剣だったよ。でも、なんというか、訓練で使う技術と、殺し合いで使う技術は違うだろう?」
「そういうものなのでしょうか…」
納得いかないライアスであったが、とにかくリアは自分より強い。丁度良く戦闘力を奪う程度に、技量の差があった。
「陛下には、上手く報告しましょう。どのみちさっきも言いましたが、姫様を連れ戻す手段などありませんからね」
「すまない。助かる」
素直にリアは頭を下げた。
「ただし、条件があります」
ライアスの顔が向けられた方には、エルフスキーとして騎士団中に知られる男がいた。
「カルロス、姫様のお供をしろ。護衛などと考えるな。旅をするなら、男手が必要なことは必ずあるからな」
「え、いいんですか!?」
嬉しそうにカルロスは問う。ルルーは複雑な顔をしているが。
「姫様も、よろしいですね?」
「私はいいけど…」
視線はルルーに向かう。エルフスキーというのは一種の病気だ。ハーフエルフのルルーがどう思うのか。それが問題だ。
「まあ、仕方ないでしょう。姫様が戦っている間、あたしを守ってもらう人は必要ですし」
その台詞にカルロスは思わず片膝を付けた。
「騎士の誇りにかけて、あなたを守りましょう!」
その場の一同は苦笑い。騎士ならば当然、主筋の姫を守らなければいけないのだが、守られる対象の方がずっと強いのだから仕方がない。
かくして旅の一行は三人に増えたのだった。
石畳の上を進む。徒歩のリアが先頭に立ち、ロバの背にはルルーが揺られている。
のどかな旅だった。さしあたっての目的地は決めてあるが、差し迫ったものでもない。周囲の風景を楽しみながら、旅の醍醐味を味わっている。
「武者修行というからには、もっと急ぐかと思っていました」
「ん? せっかくなんだからのんびり行こうよ。修行と言っても、ずっとぴりぴりしている訳にはいかないしね」
リアはご機嫌である。ただ歩いているだけでご機嫌である。
理由はその腰に差した刀にあった。
木刀でも模造刀でもない、正真正銘の刀の大小である。日本であればそれだけでアウトな凶器である。
それを日中堂々と携帯して歩く。これだけで嬉しい。何せ今までは、木刀をメイン武器に使っていたのだから。
日本刀を差して旅するというのは、男のロマンである。もちろん女で武人でもないルルーには理解出来なかったが。
ちなみに撲殺用の木刀も魔法の袋に入っている。ゴブリンさん相手に刀はもったいない。手入れも大変だしね。
そんなこんなで携帯食の食事を終えて、昼過ぎまでは平和に過ごしていたのだが、不意に頭上を影がよぎった。
「あ、竜騎兵」
「追っ手ですかね?」
竜騎兵は飛竜に乗った兵種である。飛竜とは一応亜竜に分類される生物であるが、正確にはちょっと竜に似た全く別の生物である。竜と亜竜の違いとは、人間とネズミぐらいには違うものだそうだ。
その竜騎兵は、二人の前方を旋回すると、元の方向へと戻っていく。直線では王都の方向だ。
「見つかりましたね」
「うん、そうだね」
「連れ戻しに来ますかね?」
「来たら返り討ちにしてくれる」
「穏便な方法を希望します」
「じゃあ穏便に返り討ちにしてくれる」
にっこりと笑うリアは冗談を言っている訳ではない。
まずたいがいの相手ならば、ほどほどの手傷を負わせて諦めさせる自信があった。
だが事態はリアの予想を超えてくる。
それからも一行の歩みは変わらない。ルルーだけが時々後ろを振り向いている。
背中の荷物の動揺を感じるでもなく、ロバは黙々と歩く。
夕暮れ前、五感鋭敏のギフトを持つリアの耳に、馬蹄の音が響いてきた。
「来たね。数は三つ」
「よく分かりますね。私も耳はいいはずなんですけど」
ハーフエルフと言えどもエルフはエルフ。目も耳も人間よりは優れているはずだが、リアは更にその上を行く。それが竜の血脈である。
「どうします? 隠れてやり過ごしますか?」
「いや、今回だけはそれでいいかもしれないけど、何度も旅人とはすれ違っているし、魔法で探索されたらいずれは発見される。やはりここは、少し痛い目にあってもらおう」
腕組みをして、街道の真ん中に立つ。幸いほかの旅行者はしばらく来そうにない。
やがて視界に入ってきたのは、騎乗した三人の騎士だった。が…。
「げ、ライアス」
「げ、カルロス」
理由は違えど、二人の顔が歪んだ。
まさか副騎士団長直々に追跡にかかってくるとは。そしてもう一人の騎士は、ルルーにとっての鬼門であった。
ちなみに残りの一人はどうでもいい。
「エルフスキーのカルロスか…」
「あの人、いつもあたしの耳ばかり見ているんですよね」
騎士団の若手では最も腕が良く、家柄も性格も申し分ない男であるのだが、とにかくエルフにドリームを抱いているのは有名だった。年齢は今年で20歳だったか。
ちなみにルルーは今年で24歳になる。ハーフエルフゆえに、それよりはずっと若く見えるのだが。
ルルーもロバから降りると、追跡者の到着を待った。
先頭を来るライアスは、少し距離を置いたところで下馬する。残る二人もそれにならった。
「姫様…」
呆れ顔でそう口を切ったライアスには、戦意は見えなかった。
「一刻も早くお帰りください。陛下も心配されております」
「可愛い子には旅をさせろ、って言うからなあ。ライアスから説得してくれない?」
「書置き一つ残して失踪されても、こちらとしては探さないわけにはいきません」
「とりあえず迷宮都市に行くから、心配するなと伝えておいてほしいんだけど」
はあ、とライアスは溜息をついた。
「失礼ながら、姫様は今の宮廷の事情を分かっておられますか?」
「分かっているよ。だからこそ、利用されないために王都を離れたんじゃないか」
そう言われて、ライアスの表情に感心の色が浮かぶ。
「意外です。てっきりそんなことには関心が無いと思っていました」
「まあ、巻き込まれるのは不本意だからな」
肩をすくめてみせるリア。和やかな雰囲気である。
「それでも一度は戻ってもらいます。なんなら私が迷宮都市まで同行しても構いません」
「ルーファスじいちゃんのいない今、王国最強の騎士までいなくなるのはまずいだろう」
「そのあたり、意見の相違がありますね」
空気が重くなる。
「多少痛い目に遭わせても、連れ帰ります」
「うん、分かりやすくていいな」
ライアスが剣を抜く。普段訓練で使っている木剣でなく、ミスリルの輝きを発する剣だ。
斬られたらもちろん血が出るだろう。革鎧しか着用していないリアならば、やすやすと体に刃が達するだろう。
正直、リアには勝算しかなかった。
負ける要素が見当たらなかった。
まず、用意した武器が悪い。ミスリルの魔剣なぞ、手加減のしようがない。リアのスキル剛身を使えば普通の刃ならば皮膚で止められるが、それをライアスは知らないのだ。
つまり狙うのは四肢の末端、急所以外となる。これなら木剣の方がまだマシだろう。
いくら痛い目に遭わせると言っても、王女に大怪我を負わせる訳にはいかない、この時点で既に大きな不利がある。
対してリアは、極論すればライアスを殺しても構わない。もちろん殺す気は全くないが、急所を狙うという選択肢がある。
「言っておくけどな、ライアス。私は今まで、お前との訓練の中で一度も、実力を出せたことはないぞ」
手加減がどうとか、訓練がどうという話ではない。持っている技術を全く使えていなかったのだ。
「私もこの間負けたのを含めて、本気ではありませんでしたけどね」
実は負けず嫌いなライアスであるが、そういうことではないのだ。
「私が勝ったら、素直に王都に戻ってもらうぞ。父上の説得も任せる」
「ええ。元々私が負けるようであれば、あなたを止められるような人間はいませんからね」
ルーファス亡き今、その言葉は正しい。ルーファスにはそもそも止める気がなかったが。
「では、始めるとするか」
そう言って、リアは魔法の袋から槍を取り出した。
槍である。十文字槍である。
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
白兵戦に関しては門外漢のルルーでさえ、予想外のことであった。
リアと言えば刀。刀と言えばリア。それぐらい、王宮でのイメージは固まっている。
言葉もなく、踏み込み、リアは槍を突き出した。
ライアスの盾がそれを防ぐ。引き戻された槍は、足元へ突き出される。
「くっ」
剣を地に突き立て、それを防ぐ。すぐに槍はライアスの顔面へと向けられる。またそれを盾で防ぐ。
ほとんど突きの攻撃だけで、ライアスは防戦一方になっていた。
今まで一度として、リアが槍を使っているのを見たことはなかったからである。
だがリアは槍術のスキルをレベル6で持っている。わずかに剣術のレベルの方が高いが、そもそも剣よりも槍の方が強いのは、前世では常識であったし、リアも刀の取り回しと同じぐらい、槍には力を入れて修行していた。
この世界でも、戦争での歩兵の主武装は槍である。ライアスにしてみても、騎乗して戦う場合は長柄の武器を使う。
だが地面に足につけての訓練で主に剣を使うのは、その取り回しの良さと、携帯性に理由があった。
この戦いにおいても、なんでもありだと最初から分かっていれば、ここまで一方的な展開にはならなかっただろう。
そこがリアに言わせれば、ライアスの甘さである。心構えの違いと言ってもいい。
この世界には、常在戦場という概念がない。武装の禁止された現代日本の武術家でさえ持っている、即時に戦いに移行する覚悟というものが、そもそもないのだ。
リアにはそれがある。王宮の中で、刀はもちろん短剣でさえ持っていない時でも、襲われたら相手を殺す覚悟と、技術を持っていた。
リアとライアスでは、そもそもレベル以外ほとんどリアの方が高い能力を持っている。
ライアスはたまらず魔法で肉体を強化し、鎧や盾の防御力を上げたが、すぐさまそれは、より高い魔力を持つリアの魔法で解呪されていった。二人の能力値を比べてみれば、実は最も差が大きいのが魔力である。
もしライアスがリアに優るものがあるとすれば、それは戦争の経験だけであった。しかしここは、戦場ではない。そして単に殺し合いの経験に関して言えば、暇さえあれば魔物を虐殺しているリアもそうそう劣るものではない。
結局、ライアスは肉を切らせて骨を断つという戦法を取らざるをえない。
突き出された槍に対して垂直に盾を構え、わざと貫かせたのだ。
「ぐうっ!」
左手の甲を貫き、槍の穂先が肉に達する。それでもそこから肘を回して、盾で槍を絡め取る。
リアは簡単に槍を手放した。武器を失ったが、槍で貫かれた盾は、取り回しが効かない。ライアスも防御の手段を一つ失ったのだ。
しかしライアスが左手に傷を負ったのに対し、リアは無傷。
ここでライアスの有利な点は、既に武器を手にしているということ。対してリアは、刀を抜いて構えるまでに、一つ動作が多い。
そう考えたライアスが片手のまま剣を振りかぶり、リアを狙ったのは当然のことだった。
だがライアスは知らなかった。
リアは剣術スキルをレベル7で持っている。しかしそれと同じレベルのスキルを、もう一つ持っていたのだ。
居合。
リアの右手が腰に差した刀に触れた次の瞬間、刀は既に振り切られていた。
肘の部分で断たれたライアスの右腕が、剣ごと宙に舞った。
返す刀でリアはライアスの脇を抜いていった。金属の鎧を断ち、脇腹をえぐった。
「ぐふっ」
空気を漏らすような呻き声と共に、ライアスは膝を着いた。
リアは間合いを取って、相手の戦闘力が喪失したのを注意深く確認してから、ようやく刀を下ろした。
「ルルー、治療を」
「は、はい!」
何が起こったのか、結果しか見えなかったルルーだが、治療の必要性は分かった。
供の騎士と一緒にライアスの鎧を脱がせ、まず脇腹を簡単に治療した後、切断された右腕を繋げる。
幸い腹部の傷は内臓には達していなかったし、右腕もこれだけ綺麗に斬れていれば、問題なくくっつくだろう。
「姫様…いつも…手加減をされていたのですか?」
寝かされた姿勢のまま、小さな声でライアスは尋ねた。
自分とリアの間には、圧倒的な差があった。それは、普段の訓練では全く感じられなかったものだ。むしろ、剣技では自分の方が上回っていると、今でも思っている。
「そういうわけじゃない。いつも真剣だったよ。でも、なんというか、訓練で使う技術と、殺し合いで使う技術は違うだろう?」
「そういうものなのでしょうか…」
納得いかないライアスであったが、とにかくリアは自分より強い。丁度良く戦闘力を奪う程度に、技量の差があった。
「陛下には、上手く報告しましょう。どのみちさっきも言いましたが、姫様を連れ戻す手段などありませんからね」
「すまない。助かる」
素直にリアは頭を下げた。
「ただし、条件があります」
ライアスの顔が向けられた方には、エルフスキーとして騎士団中に知られる男がいた。
「カルロス、姫様のお供をしろ。護衛などと考えるな。旅をするなら、男手が必要なことは必ずあるからな」
「え、いいんですか!?」
嬉しそうにカルロスは問う。ルルーは複雑な顔をしているが。
「姫様も、よろしいですね?」
「私はいいけど…」
視線はルルーに向かう。エルフスキーというのは一種の病気だ。ハーフエルフのルルーがどう思うのか。それが問題だ。
「まあ、仕方ないでしょう。姫様が戦っている間、あたしを守ってもらう人は必要ですし」
その台詞にカルロスは思わず片膝を付けた。
「騎士の誇りにかけて、あなたを守りましょう!」
その場の一同は苦笑い。騎士ならば当然、主筋の姫を守らなければいけないのだが、守られる対象の方がずっと強いのだから仕方がない。
かくして旅の一行は三人に増えたのだった。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
孤影の旅路
RU
ファンタジー
グランヴィーナの能力を受け継いだことにより、ヒトならざる寿命を得てしまったレッド。
牢獄のような場所から解放されたものの、一人残されたウェス。
孤独な二人が出会い、やがて切れない絆で結ばれるまで。
「Atonement」の続編です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる