転移、のち、転生 ~元勇者の逸般人~

草野猫彦

文字の大きさ
上 下
70 / 74

70 おうち探し

しおりを挟む
 家を借りる。あるいは買うということが、これほど難しいことだとは思わなかった。
 だが悠斗は前世でも現世でも、家を借りるという経験をしたことがない。
 ほかの調査団の人間も、おそらくそれぞれの国で、家を借りるということ、買うということは簡単なことだったのだろう。
 貨幣経済が発達した地球とは、どうやら不動産の価値は違うらしい。

 悠斗としても困るのだ。
 出来れば買ってしまいたい。借りるのでは、借家権などがどうなっているのか、この国では分からない。
 金さえあればどうにかなるだろうといのは、あまりにも甘い見通しであったということか。
 さっさと家を買って、他に色々とこなしたいことがあったのだが。
 役所のおばちゃんは、ちゃんと親身になって考えてくれた。
 悠斗の言葉が本当だとすると、これはそれなりに大事な案件だからだ。
 直接の国交はないにしろ、国家間の外交につながるかもしれない。

 あるいはここで市長に話を持っていく方が、話は早かったのかもしれない。
 しかし間が悪いことに、悠斗の仲間たちは一度本隊に連絡に戻ってしまっている。
 悠斗の年齢はオーウィルでは成人年齢ではあるが、それでもひよっこには違いない。
 市長と政治的な話をしたとしても、悠斗にそのまま便宜を諮ってくれるとは限らなかった。

 だがおばちゃんの年季を舐めてはいけない。
「ようするにあんたは、それなりに自由に使える建物を、ちゃんと後ろ盾付きで借りたいわけだろ? そしたら既に後ろ盾の充分な人を頼ればいい」
「既にと言うと、役人か土地の名士、富豪などになるでしょうか」
「分かっているじゃないか」



 この街の経済はおおよそ中小の個人経営商人が回しているが、商会と言っていい規模の人数を使い影響力を持っている商人が、シャーロット商会のエディンガムという男である。
 地方の街を牛耳るというほどではなく、だが確実に権力者とのつながりを持ち、商人にとっては常識的な範囲で欲深い。
 悠斗がもらったのは、そんな男への紹介状であった。
(商人か。あんまり前世では付き合った記憶がないんだよな)
 前世でのつながりが一番強かったのは、前線の軍人、そして貴族に神殿関係者、王族といったところである。
 まあおおよそ権力者というのは分かりやすく腐敗しているものであるが、魔王との戦乱が長く続いていたおかげで、ただ血統だけのいい無意味に腐敗していた貴族などは淘汰されていた。
 王族にしろ実験を奪われて、宰相の一門が国を動かしていたなどという例はある。
 しかし商人は知らない。

 確かに物資の手配などには商人の動きがあったはずであるが、悠斗が直接交渉した事例はない。
 交渉ごとで強かったのは、そもそも人間の規範が通用しないエリンや、弱みを見つけるのが上手いラグゼル、それに正論一本調子の大正義聖女であった。
 悠斗の基準ではエディンガムは、まあ善人の範囲になる人間である。
 商人なので利益の追求はするが、人に恨まれることは出来るだけ避けている。
 ブラックな環境ではあるが孤児を雇い、食わせるだけの雇用を創出している。
(日本の労働基準法の範囲で働いてたら、この世界では生き残れないからなあ)
 人権批判などはしない悠斗である。そもそも勇者などというのは三日三晩どころか数ヶ月に渡って魔物や魔族と殺しあう、思考にブラックなお仕事であった。



 さて紹介状を持って、この街でも市庁舎などの次ぐらいに大きな建物へ、ほいほいとやってきた悠斗である。
 紹介状があるので門前払いなどは食わないが、すぐさまエディンガム本人と会えるはずもない。
 何人かいる手代の一人が、悠斗に会ってくれた。
 お茶も出ているので、反射的に追い返すということもないのだろう。
 商機はどこに転がっているのか分からないのだから。

 30歳ほどのその男は、会社に例えると課長といったところなのだろうか。
 なんだかんだ言って普通の世界の会社で働いたことのない悠斗は、アルバイトの面接ぐらいの感覚である。
 いや、アルバイト自体はしていたが、魔物の駆逐というのはかなり特殊な部類であるし、言うなれば伝手でのお仕事だったので。
「なるほどなるほど。お若いのにたいしたものだ」
 自分も商人としては若いだろうが、確かに悠斗は若い。かろうじて成人したぐらいがこの世界での認識である。
「私どもから仕事を紹介して、その代わりに家をお貸しするということでどうでしょう?」
「出来れば先に仕事をこなしてしまって、その対価としてしばらく家を借りるという形がありがたいのです。この街にいつまでも滞在出来るか、私の一存では分からないので」
「……契約書をしたためましょうか?」
「この国の文字が読めないので、口約束でけっこうです。ただ紹介状にも書いてあるでしょうが、私はゴーレムを一人で狩れる程度の力はありますので、まあ誠実にどちらも利益が出るようにしたいですね」
 パチパチ、と手代は瞬きした。
「貴方はお国では、それなりの階級の出身ですか?」
「私の国には名家の類はありましたが、基本的に皇室以外には貴族もいませんでした。ただこの国と比べると、庶民の受けられる教育の質は高いですね」
「なるほど、商人的な考えですな」

 商人がそう言うのは、おそらく誉めているはずだ。
「ではまずこちらが、家をしばらく貸すだけの依頼を出し、そちらがそれを達成したら家を用意すると」
「そういう認識でお願いします」
「なるほど! 実はお願いしたいことがちょうどあるのですよ」
 悠斗が提供出来るのは、まずは戦闘力である。それ以外にも色々とあるが、下手に利権と関わるものはまずい。
「実は街道にグリフォンが出没しているのですが、ご存知ですかな?」
「ああ、知っています」
「そのグリフォンを討伐して、幻獣の素材を手に入れたいのです。出来ますかな?」
 遅いよ。

「……あの、グリフォンの討伐は役所の依頼でもうしてしまいました。遺体はそのまま残してきたので、たぶんもう他の獣に食い荒らされているかと」
「……」
「……」
 痛い沈黙であった。



 悠斗がそんな嘘をつく理由はないし、調べればすぐに分かることである。
 それにグリフォンの件は依頼が出ていたから分かりやすかったが、神樹の森が近くにあるこの街は、さらに大きな都市へと幻獣素材を運ぶために、狩人がやってくる場合があるのだ。
 商会にしてもグリフォンに限らず、幻獣の素材が手に入るのなら、それはいくらでも金に出来る。

 手代であるジョーイが持ってきたのは、商会が現在必要としている幻獣素材である。
 また必要でなくとも、やろうと思えばすぐ現金化出来るものもリストにある。
 ようするに役所を通さずにお仕事をして、その代金代わりに家を借りるということだ。
 既に持っている家を、そのまま借りるというわけだから、当事者同士で話がついていれば問題はない。
 もっとも大きな家を借りるので、それなりに大きな成果を上げてこないと困るわけだが。

「フェニックスの尾などはどうでしょう?」
「さすがに無理です」
 無理ではないがフェニックスは割りとエルフと友好的な、神獣レベルの幻獣なので、狩るわけにはいかない。
「そういえば神樹の森を移動していた時、黒い髪のエルフと出会ったのですが、この大陸では黒い髪のエルフは珍しくないのですか?」
「ああ、その話ですか」
 ジョーイは少し声を潜めた。
「彼女はハイエルフのようです。なにしろハイエルフというのは私たち人間より先に生まれた種族というものですから、よく分かっていないのですが」
 そういう認識なのか。

 しかし幻獣の素材を集めるために、神樹の森に入るというのは、悠斗にとっては好都合であった。
 エリンもアテナも、存在自体は有名であるが、その行動は素早いものであり、どこにいるかは分からない。
 だが神樹の森を長く離れることはないだろうとは推測出来る。
「じゃあこの三つのうちのどれかを狩ってきます」
「荷物持ちはいりますか?」
「いや、必要だと最初から分かっていれば、ちゃんと輸送する手段はありますので」
 かくして悠斗のおうち探しは、またテンプレ的な幻獣討伐とセットになったのであった。



 一度本隊への合流を目指す。
 連絡を常に維持しておくことは、軍事行動の大前提である。このオーフィルでの活動は、軍事活動と言ってもいい。
 ただこの神樹の森の上空を飛ぶのは、幻獣種の攻撃を受ける可能性があるので危険である。
 身体強化をして探知しながら走れば、ちゃんと本隊には合流出来た。
 だがどうやら数は半数になっているようである。

 他の分隊はどうやら、全員が一度帰還してきたらしい。
 だが情報収集はそれなりに出来たものの、現地の有力者との接触に成功はしなかった。
 そもそもこの世界の価値観なども分かっていないので、確かにそれが難しいのは間違いない。
 それだけに悠斗の働きは、たいしたものだと認められた。

「拠点の確保か。確かに重要だな。魔物の討伐には人数を出そうか?」
「実はそれを期待していまして」
 単体の幻獣であるなら、悠斗の力でたいがいはどうにかなる。
 だが問題はこの神樹の森では、そこそこ強大な幻獣がうろうろとしていることだ。

 あと、下手に深入りすると、エルフとの戦闘になる可能性がある。
 前世ではエリンが橋渡しをしてくれて、人間には協力的になっていたが、基本的にエルフは棲息圏に他の種族が入ることを嫌う。
 勇者の死により中立化したエルフに、あまり友好的な反応は期待しない方がいいだろう。

 悠斗と一緒に行動してくれるのは四人。戦闘力重視だ。
 その中にはジャンとレイフが含まれていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...