転移、のち、転生 ~元勇者の逸般人~

草野猫彦

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65 異世界情勢

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 宿を探して荷をほどき、ほっとする間もなく悠斗はまず市場へ向かった。
 食料などを補充するのも目的ではあったが、まずはそれ以前に貨幣を手に入れなければいけなかった。
 オーフィルの貨幣はおおよそが鋳貨であるが、一部は為替を使用しているし、手形で決裁できる場合もある。
 だがとりあえずは、貴金属の普通の貨幣が必要である。実際に使うのは銅貨が一番多いのだが。

 そもそもこの金属、前世では普通に金銀銅と認識していたが、元素番号的には正しいのだろうか。
 いや、もちろん強度を増すために混ぜ物をしていたのは知っているのだが、元素的な意味あいで。
(まあ考えるのは地球に戻ってからでいいか)
 雅香はそのあたり分かっていたのだろうか。
 持っていた布がそこそこの金になった。
 塩も売れたが、このあたりでは岩塩が採れるらしく、それほどの価値はないようだ。

「ということです」
「こちらの通貨か」
「見た感じは金と銀に銅でしょうか」

 キラキラ輝く金属が、やはり希少であるのは間違いない。
 まあ希少さで言うなら、魔法金属がこちらにはあるのだ。地球のように通常の金属を魔法で加工するわけではない。
「これで10人がどれだけ暮らせるんだ?」
「まあ三日といったところですね。こちらのお手軽工芸品とか、売れるところがあれば売れるんでしょうけど」
「大量生産品とかはどうだ? ボールペンとか紙とか」
「ボールペンというか、普通にペンがありますね。金属加工の技術は高いです。紙は確かにあまり見かけませんでした」
「いずれにしと金策は必要か」
 また布などを持って来るとしたら、時間がかかりすぎる。
 それにこの偵察団はいいとしても、本隊への補給はもっと大量に必要になる。

「ぶっちゃけ、ケツを拭く紙がほしいですよね」
「植物の中で、葉を乾燥させたものが、紙がわりに使われてる場合が多いらしいです」
「トイレは当然だが汲み取り式か」
 異世界の、しかも大都会ではないので、そのあたりの覚悟はしていた。
 日本はともかく、海外では長期間の作戦などもあるので、そのあたりの不自由さにはそれなりに慣れている。
「香辛料とか持ってきたら金になったかな」
「どうでしょう。市場ではそれっぽい匂いも嗅ぎましたし」

 少なくとも100円ライターを金貨一枚とか、そういった安易な儲け方は出来ないようである。
「それで、金策手段はあったのか?」
「単純な肉体労働もありますけど、この一団の特徴を考えると、魔物狩り一択ですね」
「医療行為はどうだ? 治癒魔法も使えるし」
「金を取ったら違法行為のようです。ただ神殿に行って、信者の傷や病を治すのに使って、代わりに食事や寝床を提供してもらうことは出来そうですが」
「宗教関連か……」
 ここは難しい顔をしてしまう隊長たちである。

 この世界には、間違いなく神が存在する。
 魔王との対決でその存在を減らし、力を失って眠りについた者もいるが、神が実在するので、神殿の力は強い。
 ただし本物の神なので、世俗に塗れた人間には、むしろその教えは遠くなる。
「魔物狩りはすぐ出来るのか?」
「登録すれば。でも言葉の問題がありますね」
「そうか、君には役所に行ってもらわないといけないか」
「その役所なんですけど、午前中しか窓口はないそうです」
 ホワイトな勤務環境であるらしい。



 魔物狩りをするギルドは、幸いなことに日中は全ての窓口が開いていて、緊急事態用の窓口もあるのだとか。
 もちろん緊急ではないので、通常窓口での登録となる。
「異世界で魔物狩りして金をもらうって、それなんてファンタジー?」
 釈然としない者もいるが、逆にうっきうきになっている者もいる。
 悠斗としてもこういった職業の人間とは接したことはあったのだが、自分がその職業になるというのは初めてである。
「しかしこちらに来ればずっと戦闘かと思ったが、思ったより随分と地味だな……」
「戦うだけの方が簡単でしたね……」
 そんな声まで聞こえてくる。

 地球への魔物の流入を考えれば、確かにそう想像してもおかしくはない。
 しかしほとんどの門はオーフィルでは人間の居住地以外に開いており、そこからならば確かにいくらでも魔物は地球へやってくるのだ。
「魔物ももっと、それこそ歩いていたら普通に遭遇するぐらいかと思ってたけど」
「まあそこまでひどいと、人間の文明の維持にも影響が出るだろうからな」
「日本だって郊外の山奥なら普通にゴブリンぐらいいるだろ」
「本州以外はおおよそ駆除出来たんですけどね」

 登録はそれほど煩雑な手続きが必要なわけではなかった。
 ただ悠斗たちの立場は微妙で、やはり一度役所に行って話をしなければいけないとのこと。
「まあどうせ言葉が通じるのが一人だけの状況では、狩りも出来なかったのだがな」
 仮登録だけをすると、また宿屋に戻る一行である。

 さて、これからどうするか。
「通信はどうだ?」
「この距離だともう通じないですね。電離層が存在しないのかもしれません」
「それじゃあ何人か少し街道を戻って、本隊との連絡を取ること。あと式神はちゃんと機能するよな?」
「はい」
「それで先に連絡を入れること」
 戦闘力高めの人材構成と言っても、それなりにやれることはあるのだ。
「少年は街で普通の聞き込みをしてきてほしいが、一人でも大丈夫そうだな」
「おそらくは」
「では頼む」

 この判断はやや軽率ではないかと思った悠斗だが、一人で動けるのはありがたい。
 しかし仕方がないこととは言え、他の数人は宿に引き篭もるわけか。
 ニート乙。



 市場をうろうろと動き回り、その後には情報屋まで探した悠斗であるが、情報屋の持つ情報は、彼の望む方向のものではなかった。
 現地の犯罪組織や、それへの接触など、別に今は必要はない。
 現地語を使えるので、ふわふわしたイメージ以外の情報が手に入るのはありがたいが、さすがに国の上層部の情報などはない。

 とりあえず、訊きたいことは一つ。
「勇者の遺児とかはいなかったのか? もしいたら勇者派の国などは、それを利用したと思うけど」
「そういやいないな。もしいなくてもでっちあげそうなもんだが」
 情報屋の男も首を傾げていた。
 もしいないならそれはそれでいいのだが、隠されているのだとしたら、色々と動き回る必要があるだろう。
(そもそも異世界人との混血が出来るほど、遺伝子とかが同じってところがな)

 地球に現れた魔物は、おおよそ科学的な分析もされている。
 ゴブリンなどは猿よりも人に近い遺伝子を持っていて、一時期はアレな国や団体が、保護しようという意見を出していたりした。
 なおそういった団体は、今ではもう存在しない。
 当のゴブリンなどの魔物に中核メンバーが殺されたわけだが、殺されるように誘導したのは国や一族である。

 悠斗が意外に思うのは、聖女の動きだ。
 前世の記憶における限りでは、聖女はむしろ魔族との融和派であった。
 鬼人や、あと獣人などとは普通に会話をしていたので、魔族との関係は悪くなかったはずである。
 ただ聖女のバックには神殿がいたので、その影響は考えなくてはいけない。
 聖女自身が神殿への影響力を持っていたが、色々と政治的な要因が絡んできていそうである。
(神々の多くがいなくなったのも問題なんだろうな)
 せめて勇者の死で、神剣が再び神々に戻っていれば。

 神々は基本的に、人間とは距離を置いた存在であった。
 魔王以前は影響力が強かったが、魔王という目に見える脅威に対抗するのには、神々の力や権能では不充分であったのだ。
 結局勇者を召喚するしかなかったのだが、それさえも実は魔王の用意したものであったというのは、神殿からしたら隠しておくべきものだったろう。

 宗教的なイデオロギーや、現実世界の利権などを考えると、ラグゼルの賢者派が一番賢い選択をした気がする。
 つまりエリンと雅香を除けば、ラグゼルに会うのが一番効果的だ。
 しかしラグゼルの今いる国に行くには、かなりの距離を移動する必要がある。

 空を飛んで行けば、それほどの時間はかからない。
 しかしそれほどの速度の魔法を使えば、色々とまた周囲にばれるだろう。
 まったくもって、自分一人では動けない。



 悠斗が手に入れた情報は、本隊も含めて地球側の調査団に共有された。
 現在いるのは勇者派の国の街であり、筋から考えると聖女との接触のためには、聖女派の国にいた方が良かったかもしれない。
 魔族の領域とは近いが、現在は自然休戦期間のようになっていて、商人は魔族領との取引などをしているらしい。

 聖女派の国とは戦闘が行われているらしいが、その前線はここからは遠い。
 雅香を探すべきか、エリンを探すべきか、ラグゼルの元へ向かうべきか、勇者派の諸国の権力者に接近するべきか、聖女派へ向かうべきか。
 選択肢はいくつもあるが、調査団が一緒にいるので、悠斗の選択できることは少ない。
 いっそ死んだと思わせて離脱することも考えたが、霊銘神剣の権能で、人探しを出来るメンバーがいるので、それも難しい。

「とりあえずは役所と接触し、意思疎通が可能になる三日後まではここで動けないな」
 隊長はそう判断したのだが、それも仕方がないことである。
 ここで停滞しているのは、何かまずい気もするが、それでも動けない悠斗であった。
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