転移、のち、転生 ~元勇者の逸般人~

草野猫彦

文字の大きさ
上 下
59 / 74

59 魔王領首都

しおりを挟む
 魔族領域の首都というのは、雅香が魔王時代に、交通の要衝として一から作った都市である。
 地質改良や河川の移動なども含めて、かなりの時間をかけた。と言ってもゴーレムや魔法を使ったので、一年もかからなかった。地球でも日本以外なら400年はかかる規模の工事であった。
 日本でも二年はかかっただろう。
 日本マンセー。

 元々防御力は皆無の都市であったが、交通の要衝であり、魔族領域で内乱が起こっている今は、それなりの防衛力が必要となる。
 ここで無駄に巨大な要塞化をしたり、壁や堀を作ったりはしない。
 四方に出る大道は全て舗装された高速道路網となり、環状の道路を作ることによって、流通能力を上げてある。
 この大道さえ守れば、軍事力では首都を落とせないというわけだ。

 逆に言うと単身で侵入するなら、都市部までは簡単である。
 雅香はまず、この首都の親衛隊を掌握することにした。
 一騎当千の強者の集まるこの親衛隊を、魔王は勇者との決戦でも温存した。
 温存して相討ちになったのは間抜けに見えるが、元々雅香は自分に何かがあっても、親衛隊がいれば魔族の最低限の秩序は保てると思っていた。
 抜かないからこそ伝家の宝刀とも言えるが、親衛隊は抑止力だ。
 内乱状態になっている魔族たちの中でも、中立を保っている種族が多いのは、この親衛隊の影響があるだろう。

 魔王生前の魔王政府は、同時に魔王軍でもあった。
 当たり前のようであるが、軍事政権だ。戦争においては文民統制よりもよほど効率がいいのは、文民の無視したい真実である。
 その中枢部は各種族の長と、親衛隊の隊長に、四天王と言われる四つの軍団の長、参謀本部の作戦、軍務、兵站の三部門の長。
 あとは当然ながら魔王が君臨し、主要な議題を決定していた。
 この中では各種族の長が主に民政を担当し、それ以外では兵站と軍務が民政にも関わっていた。
 四天王は軍団長なだけに、前線に行っていて席にいないこともあった。

 雅香がこの中で親衛隊を第一に考えたのは、それの持つ純粋な軍事力以外に、最も多種族混淆の存在であるからだ。
 昼間の活動が出来ない吸血鬼さえも、その中にはいる。
 あらゆる状況に対応出来る。それが魔王軍親衛隊であり、獣人族の戦士リドも、その一員であった。
 彼は親衛隊の中では珍しく、少数精鋭で軍事行動を行う役割が多かった。
 そんな実戦経験を積んだものがいなくなったのは、魔王軍全体としてはともかく、親衛隊としてはかなり惜しい。

 戦死と言われているが、実際は戦争をしている獣人族と三眼族、その間の和平交渉を行おうとして、そこで失敗したのだ。
 個人の才覚としてはともかく、リド個人のみで交渉をするのは、雅香の前世記憶から考えても無理筋であった。
(なんかだんだん、あいつらのアホなところ思い出してきたぞ)
 ふつふつと思い出し怒りをする雅香である。前世では勇者に敗北して軍門に降った鬼人族よりも、脳筋魔力筋の種族に散々腹を立てていたものだ。
 その度に質素な玉座から立ち上がり、いったん休憩を命じていた。
 そして自分しかいない控え室でぶつくさ愚痴をこぼし、また会議室へ戻るというのがルーティンであった。



 魔都は盆地にある。
 河川に沿っていて、水運もそれなりに使える。
 四方を山に囲まれているが、峻険なものではない。足が達者であれば、普通に登れる。
「ピクニック用にでもしたのか? これじゃ丸裸だろうに」
 その中の一つが、山岳用の道の果てに、頂上部が切り拓かれていた。
 これでは魔都の内部が丸見えである。

「いや、これはこれでいいのか」
 眼下の魔都の規模は、中枢部は変わらないのだが、周辺部が拡大している。
 政治の中心であり交通の要衝であるだけに、どうしても魔族や人間が集まってしまう。
 戦時にはこの山の上に観測所を作れば、進攻してくる軍には対処出来る。

 誰が作ったのだろうか。魔族でこういった点に目が行くのは、兵站部門のあの女か。
「食えなきゃ兵士も死ぬんです!」
 が口癖であった。そにかく空腹に対して強烈な嫌悪感を抱いていた、魔人族の女。
 執務をする雅香に、やたらと甘いものを持ってきてくれた。
 彼女が雅香に忠誠を誓っていたのは、上手い食事とデザートを与えていたからである。

 無駄に兵員や物資を消耗する彼女は、軍人のくせに戦闘が嫌いであった。
 戦略的に勝ってから戦闘を行うという、雅香の戦争観を理解していた、数少ない部下でもあった。
 彼女が協力していないからこそ、魔王軍は動けていないのだ。
「さて、どうするか」
 山道を下りながら、雅香は考える。
 誰と、どういう順番で、どうやって接触するか。
 一応紹介状は書いてもらったが、自分の影響力がどれだけ残っているか。



 魔都はまさに、商業地帯が出来上がっていた。
 魔族領域、あるいは魔王領というのは、つまるところ魔王の傘下となった種族の土地全体である。
 しかしそこから離反した種族があるので、少し影響力は弱まっているが、全体を統括して流通を管理するのは、やはり魔都で行っているらしい。

 前世において魔王に絶対的と言うか、盲信的な忠誠を誓っていた者はかなり多い。
 性的に崇め奉っていた者も、男女問わずにいた。あれは本当にやめてほしい。
 魔王様抱き枕を発見した時は、さすがに製作者を火刑に処してやろうかと思ったほどだ。
 魔族においては割と、上下関係が厳しい種族とゆるい種族がはっきりしているので、統治するにも色々と大変だったのだ。
 ただ戦っていればよかった悠斗を思うと、今更ながら腹が立つ。

 ぎりぎり区分けがしてある商業地区を抜けると、さすがに立派な城壁のある軍事地区に至る。
 その手前、割と裕福な層を相手にしているだろう宿屋の扉を、雅香は潜った。
「いらっしゃいませ」
 雅香の姿は割とラフなものであるのだが、仕立ての具合自体はいいので、邪険にされることもない。
 途中で持ち物を換金してきたので、金は充分にある。
「とりあえず一泊。それと情報屋を探しているんだが、上とつながりを取れる者は知らないかな?」
「それでしたら是非、当ホテルのコンシェルジュをご利用ください。どんな問題でも解決、とまではいきませんが、お客様を失望させたことはありません」
 そして手で示された先に、雅香は古い知り合いの姿を見つけた。
 お前、なんでこんなところでコンシェルジュしてんの?

 ずかずかと歩み寄った雅香に対して、椅子から立ち上がった魔人族の男が微笑む。
「いらっしゃいませ。どのような御用でしょう?」
 営業スマイルが見事なのは昔通りだ。雅香は頭を抱えたくなる。
「ダミアン、なんでお前、こんなところで仕事してるんだ? 魔王軍の方はどうなったんだ?」
 人間社会で言うなら官僚の中でも、かなり地位が高い所にいた男である。
 いきなり頼りになる人物(人じゃないけど)を見つけたのはいいが、人材が有効に活用されてない。

「失礼しました。以前にご面識を得たことがありましたでしょうか」
 ダミアン、青黒い肌に蝙蝠のような翼を持つ魔人族の男は、首を傾げてみせる。
「顔を変えたから、お前が分からないのも無理はないな。まあ座れ」
 案内用の椅子にどっかりと座る雅香に対して、ダミアンもそのまま着席する。
「あの、お客様?」
「本気で私が分からないか?」
「ええ……人間の方は、それほど知り合いがいないはずですが」
「だから顔が変わったって、ああ、そうか、知らなかったか」
 椅子に背を預け、腕を組み、尊大な視線を向ける。
 その動作に、ダミアンは記憶中枢を刺激される。

 顔から血の気が引いても分からない。魔人族だから。
 だが明らかに、察したようである。元々勘の鋭い男なのだ。
「ま、まさか……アウグストリア……」
「18年ぶりか」
「な、なんで、と言うか生きておられたのですか」
 小声で二人は話し合う。宿泊客の秘密は重要なので、こういう姿は珍しくない。
「死んだよ。ただ転生したんだ。だがこの世界に転生できなかったので、今まで連絡が取れなかったわけだが」
「この世界? するとまさか、召喚魔法陣の件に魔王様も?」
「私は絡んでいない。転生先の世界であの移動の魔法陣がいきなり出来て、あっちではすごい騒ぎになってるんだ」
「まあ、そうでしょうな」
「で、お前はなんで魔王軍で仕事をしてないんだ?」
「それは魔王様がいないと、私のような者の仕事は少なくなりますので」
「だからこそお前が必要なんだがなあ」
 深々と溜め息をつく雅香である。



 魔人族ダミアンの仕事は、簡単に言ってしまうと連絡係である。
 ただその内容は機密になるものであったり、単純に事実だけを伝えるのでは誤解を与えるかもしれないので、情報の選択や助言などの能力も必要な、魔王の側近の一人であったのだ。
 だからこそコネが色々なところに出来て、今もこうやってそれで食っているのだろう。
「それであの魔法陣の作成に関与したのは、魔族側では誰だ?」
「おそらくはメイズ様かと」
「……まあ妥当なところか」
 魔王軍親衛隊メイズは、知識欲の権化であり、物事を効率化させることに命を賭けるような偏屈者であった。
 有能であれば人間でも登用するという者で、種族差別意識がない。
 だからこそ人間とでも手を組むことが出来る。

 悠斗から知らされた情報でも、何人か人間と協力しそうな者は浮かんだが、その中でも最有力と思っていた者が当たったわけだ。
「今も親衛隊はメイズの指揮下に?」
「はい。ただ現在は魔都を留守にしていらっしゃいます」
「どこにいるかは分かるか?」
「さすがにそれは。ですがご存知の方には心当たりがあります」
「レフィンあたりか」
「まさに」
「レフィンと会えるか?」
「……今日は無理ですが、三日以内には」
 なるほどダミアンは、その有能さを失っていないようである。

 親衛隊の隊長メイズは三眼族であり、副隊長のレフィンは天翼族だ。
 こと、この魔都における重要人物度であれば、最高レベルに達するだろう。
 それとすぐにつなぎが取れるダミアン。魔王軍は柔軟性を失っていない。
(ただなあ、とんとん拍子すぎるんだよなあ。誰か一人ぐらい、私を裏切っていても良さそうなもんだが)
 そう思う雅香は、自分がどれだけ恐れられていたかの認識が足りない。

 魔王は叡智の結晶。魔王は至高の神秘。
 そしてそれ以上に、圧倒的な暴力。
 まずはぶん殴って叩きのめしてからのお話し合いで、魔族を統一した存在だ。
 逆らう者は瞬殺。そんなことはしたことはないのだが、そういうイメージを持たれている。
「よし、じゃあ私は私で、魔都を歩くとする。自分の目でも体感したいからな。何か注意することはあるか?」
「……あなた昔も、平然と護衛もつけずに歩き回っていたでしょうに。まあ特にはありませんよ」
「そうか。なんだか楽しくなってきたな」

 オーフィル。我らの世界という意味の単語。
 この世界に戻ってきてから、雅香は自由を感じている。
 一族のしがらみもなく、ただ自分一人の力から、世界の半分を勢力化に置いた前世。
 魔王様は調子に乗り始めていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...