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35 開幕
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九鬼家。月氏十三家の中で最も戦闘力に長けた家である。
その戦士の力は確かに圧倒的で、一族を強い順に100人並べたら、半分近くはこの家の戦士で埋まるというほどのものである。
寿命が短いという弱点がなければ、日本の一族の中枢は、ほとんど九鬼家の人間で占められていたかもしれない。
もちろん武力だけで全てが回るわけではないが、全ての勝者は武力を背景としていたと言える。
今回悠斗を同行させてくれたのは、その九鬼家の当主の弟である、九鬼光景(くかみみつかげ)であった。
戸籍上の本名は違うらしいが、この場においてはその名前を通すらしい。
実際のところ、彼の名前を告げればほとんどの一族の者は、その要請を断れないだろう。権威や権力ではない、圧倒的な戦闘力が彼にはある。
「まあこの子の修行も兼ねているから、君だけを見ているわけにはいかないが」
ラフな普段着のこの男は、外見だけなら軽薄そうなあんちゃんにも見える。
だが悠斗には分かる。この男は強い。
何がどうとかではなく、とにかく分かるのだ。圧倒的な強者の持つ雰囲気が。
この男があと10年ほどで死んでくれるというのは、彼が別に悠斗の敵でないにしても、ありがたいと思えるほどだった。
しかしその後継者はしっかりと育っている。
むしろ才能と、育成方法が合っているのか、既に悠斗でも注意するレベルにある。
アークオーガジェネラルを、単独で傷もなく倒すなど、一族の戦士でもそう出来ることではない。
「いいぞ。でも、完璧じゃない。どこが悪かったか分かるか?」
小学一年生の子供に対して、そこまでを求めるのか。
そして異常なのは、そう言われた子供が、素直に頷くことだ。
「戦闘自体はともかく、安全マージンを大きく取りすぎたことでしょうか? 状況が違えば、もっと早く倒すべきかもしれません」
「うん、そうだな。戦闘自体も甘いところはあるが、そこが一番重要だ」
戦闘にどこまでの精緻さを求めるというのだ、この男は。
そしてそれに応え、全く慢心しない少年を、悠斗は激しく恐怖した。
雅香を見る。彼女は冷静にその二人のやり取りを見ていた。おそらく慣れているからであろう。
だが慣れていることは、本当にいいことだろうか? この少年の異常さを、コントロール出来ると本気で考えているのか。
確かに雅香は数万年分の時間を生きた転生者であり、その中には惑星を滅ぼした神と戦ったこともあるので、少年の戦闘力自体には驚愕しても、全く対処不能とまでは考えないのだろう。
魔王であった時の経験からしても、組織として個人を掣肘する手段に長けているのは間違いない。
しかしそれでも、と悠斗は思うのだ。
この少年は怖い。出来れば今のうちに殺しておきたいと。
それが意味のないことだとは分かっている。悠斗と雅香の目的は神々の打倒であり、そのためには人間の力は全て結集すべきである。
神々の中にもいるかもしれない、人間と協力できるという存在を見つけて。それと共闘すべきと考えたのはつい先ほどだ。
それなのに同じ人間の強力な人物を危険視することは、あまりにもおかしいであろう。
理屈では分かっているが、感情がついてこない。前世で殺し合った魔王とでさえ、今は協力できているというのに。
そもそも神々について、自分は知らなさ過ぎるのではないか。
今更ながら、悠斗はそう思った。
「よ~し、じゃあこれから先は、若い三人で協力して戦ってみようか」
光影がそう言ったのは、悠斗がほとんど独力で攻略した、80層に至ってのことだった。
というかこれまで、ほぼ一人、健生だけの力で来ている。
春希たち四人も弱いはずはないのだが、とにかくこの九鬼家という家は異常である。
強さと引き換えに寿命を失った、それが真実ではあると悠斗は思っている。
だが寿命と引き換えにしてみても、この戦闘力は圧倒的だ。転生できる雅香などが九鬼家の男子に転生していれば、その力はさらに増幅していたに違いない。
だがそれはともかく、引率のような二人も脅威である。
九鬼光景が強いのは充分に分かったつもりだが、もう一人の金髪の女性の力はどの程度なのか。
少なくとも体の動きを見る限り、素人でないのは分かる。白兵戦能力はそれほど高くないだろう。
だが気になる。この人本人がどうとかではないと思うのだが、なぜか気になる。
悠斗のこの手の直感は、前世から外れたことがない。
「さて、陣形を組むわけだが……三人とも攻撃タイプの前衛だな」
雅香の言葉に反射的に反応しかけた悠斗だが、目を見張る程度で済んだ。
魔王はどちらかというと、接近戦より遠距離から魔法を撃つのを得意としていた。というか、それで何度も人間の軍隊を壊滅させていた。
悠斗にしても、どちらかというと接近戦が得意なだけで、遠距離から攻撃したりすることも出来るし、防御に徹することも出来る。
これは悠斗の情報を意図的に操作しているのと、悠斗に自分が実力を隠していること、そして九鬼家の人間の戦闘のタイプを教えているのだと判断した。
「すみません。僕はまだ連携して戦うのに慣れていません」
「健生がこうだから、指示を出すのは雅香だな」
まあ妥当である。
悠斗は前世の頃から、主戦力ではあっても指揮官であったことはほとんどない。それは転生してからでも変わらない。
基本は春希が指示を出していたし、それを調整するのは弓の役割であった。
「了解。と言ってもまあ、苦手な分野も出来るようにならないとな。まず健生から、後方から援護してみようか」
悠斗の使う魔法は基本的に、自らを強化するものである。
対魔王として戦闘力が求められた彼は、とにかく己を強くすることを第一としていた。
もちろん他の魔法を憶えることも検討したが、それは神剣を手に入れたことで解決した。
もっとも現在のように、神剣を秘匿しなければいけない状況を考えれば、やはり幼少時からそちら方面も伸ばしていくことが重要だったとも思えるのだが、それをしていたら今ほどの戦闘力には至っていなかったろう。
結局のところ与えられたパイは有限なのだ。それを戦闘力に振ってきた悠斗は、やはり間違っているわけではない。
そして、迷宮行は再開した。
悠斗を完全に前に出し、雅香は遊撃的な立場から指示。そして健生が後方からの援護に徹する。
だがそれも結局のところは、三人の基礎戦闘力が高いので、それほど連携の訓練とはなっていない。
しかし悠斗にとっては、雅香との連携を考えるのは重要である。転生前は不倶戴天の敵であった彼女であるが、今世においては利害が一致し、誰よりも協力出来る仲間であるのだ。
神々を殺すという大目標のためにも、この関係は維持していかなければいけない。
そんなことを考えながらも、三人は役割を変えて迷宮を探索していく。
雅香が基本は指示を出すのだが、途中からはその役割も悠斗と健生にやらせるようになった。
大規模戦闘ならばともかく、小集団でのリーダー経験は悠斗もある。
もっともその場合、事前に作戦を説明して、あとは臨機応変ということが多かったのだが。
今回は違う。戦いながらも周辺の状況を観察して、指示を出さなければいけない。
味方の戦力を見極め、出来ることを指示していくということだ。実際は雅香の力は弱めに計算しているが。
それでやはり感じたのは、健生の化物さが常軌を逸しているということだ。
自分や雅香も、地球では上位の数%に入る実力者だとは分かっているが、それは前世や数万年の蓄積があったればこそだ。
呪いとも言える加護を受けているとは言え、健生の力は異常であった。
しかも寿命を削ることを避けるために、本当の限界までは力を出していないのだという。
(この世界、やっぱりルナティックモードだ)
魔王を倒せばとりあえずは終わったあちらの世界とは、そもそも科学文明の発達からして違いすぎる。
また健生は、いいかげんに驚くことがなくなるそうなものだが、指揮能力に関しても天才的な実力を発揮した。
戦争の、特に前線での技術というのは、最低限の定跡を学べば、残りは才能によるものが多い。
知将や猛将といった区分はあるが、戦闘は激動だ。アレクサンダー大王も言っている通り、最後は経験にしろ才能にしろ、直感がものを言う。
健生の場合はほとんど、計算して指揮をしているようであった。
それは彼が安全マージンを完全に確保していることから明らかだ。
光景は安全マージンを取りすぎ、つまり慎重ではなく臆病とさえ言えると判断したのだろうが、健生の指揮下では、悠斗も雅香も全く死の予感を覚えない。
戦士としても指揮官としても、そしておそらくは将としても、この子供は超一流であるのだ。
いくら早熟であっても、これはおかしい。雅香に聞いてみると、赤ん坊のころはさすがに普通と変わらなかったそうなので、やはり一種の天才であるのだろう。
迷宮90層。キリのいいところで、一行は地上へ戻ることとなった。
倒した敵のレベルは高く、雅香から教わったステータス操作で、悠斗の戦闘力はかなり上昇している。
戦士としての成長は、戦える限りは止まることはない。しかし能力値の上昇には、ある程度の限界がある。
第二次成長期に入ろうとする悠斗は、能力値の上昇が、最も顕著な時期である。一回の迷宮探索で、かなりのレベルが上がっていた。
そして雅香との戦闘力の差も、明らかに縮まっていた。
雅香はやはり、信頼できる人間だ。
人格がどうかは、まだ判断が出来ない。だが彼女が極めて合理的な考えの持ち主であることは確かなため、信頼出来るのだ。
かつては殺し合った人間が、どんどんと力をつけていく。それが分かっていながらも、彼女には選択肢が限られている。
利害の一致により、信頼が出来る。それは人格による信頼よりも、実のところは正しいと悠斗は考えていた。
迷宮探索の時間は終わりを告げ、戦士達の戦いが始まる。
交流が目的とは言っても、大人の戦士達はさすがに戦わない。持っている技術が他の家に流出しすぎるのを、やはり避けているからだ。
十三家は一応一つの組織であるが、やはり宮家を中心とした同盟関係であると言っていいのだろう。
それでも技術交流をして、全体の戦力の向上を考えないわけにはいかない。そこで折衷案として出ているのが、若い戦士の交流戦である。
中学一年生から大学一年生までを対象とした、技術交流という名の大会。
悠斗はもちろん、春希たちも参加する。だが実際のところは、一番低い年齢なので、勝ち残るのも難しいのだが。
「あれ、春希は出ないのか」
まずはリーグ内で総当りを行い、その上位がトーナメントに進出するという形である。
その参加メンバーの中にアルの名前はあったが、春希たちの名前はない。
「まあ、攻撃型とは言え、姫の戦い方は遠距離からの攻撃ですからね」
アルの言葉通り、春希も一応接近戦は行えるが、前衛であることを基本としたこの試合では、その実力が発揮できない。
山間の広い土地を使って行うので、それなりにスペースはあるのだが、やはり遠距離攻撃の使い手は、盾として働いてくれる前衛がいてのものだろう。
とりあえず悠斗が助かったと思ったのは、雅香が同じグループに入っていないということだった。
同じグループから二人が選出されるとは言え、トップで通過した方が、シード扱いされるので都合がいい。
もっとも雅香と同じグループであったのなら、トーナメントは決勝まで当たらないので、そちらの方が良かったのかもしれないが。
かくして若者達の戦いが始まった。
グループの人数は八人。それぞれが総当りとなる。
だが実際のところは、全ての対戦が行われるわけではない。勝敗数でトーナメントに残れるかどうか、途中で決まるからだ。
悠斗ともう一人は、あっさりと決勝トーナメント進出を決めていた。そして直接対決でも、悠斗が勝った。
あっさりと勝ち上がった悠斗にとっては、あとは雅香といつ当たるかということだ。
その雅香も全試合を行うことなく、勝ち上がりを決めていた。
トーナメントの組み合わせは、それぞれのグループでの成績や戦いぶりを見て決められるらしい。悠斗や雅香と当たる人間は不幸である。
そして決められたトーナメント表では、悠斗が雅香と当たるのは準決勝となった。
(さて、勝てるかね?)
胸中では謙虚に呟きながらも同時に、そろそろ一度は勝ちたいな、と冷たい炎を燃やす悠斗であった。
その戦士の力は確かに圧倒的で、一族を強い順に100人並べたら、半分近くはこの家の戦士で埋まるというほどのものである。
寿命が短いという弱点がなければ、日本の一族の中枢は、ほとんど九鬼家の人間で占められていたかもしれない。
もちろん武力だけで全てが回るわけではないが、全ての勝者は武力を背景としていたと言える。
今回悠斗を同行させてくれたのは、その九鬼家の当主の弟である、九鬼光景(くかみみつかげ)であった。
戸籍上の本名は違うらしいが、この場においてはその名前を通すらしい。
実際のところ、彼の名前を告げればほとんどの一族の者は、その要請を断れないだろう。権威や権力ではない、圧倒的な戦闘力が彼にはある。
「まあこの子の修行も兼ねているから、君だけを見ているわけにはいかないが」
ラフな普段着のこの男は、外見だけなら軽薄そうなあんちゃんにも見える。
だが悠斗には分かる。この男は強い。
何がどうとかではなく、とにかく分かるのだ。圧倒的な強者の持つ雰囲気が。
この男があと10年ほどで死んでくれるというのは、彼が別に悠斗の敵でないにしても、ありがたいと思えるほどだった。
しかしその後継者はしっかりと育っている。
むしろ才能と、育成方法が合っているのか、既に悠斗でも注意するレベルにある。
アークオーガジェネラルを、単独で傷もなく倒すなど、一族の戦士でもそう出来ることではない。
「いいぞ。でも、完璧じゃない。どこが悪かったか分かるか?」
小学一年生の子供に対して、そこまでを求めるのか。
そして異常なのは、そう言われた子供が、素直に頷くことだ。
「戦闘自体はともかく、安全マージンを大きく取りすぎたことでしょうか? 状況が違えば、もっと早く倒すべきかもしれません」
「うん、そうだな。戦闘自体も甘いところはあるが、そこが一番重要だ」
戦闘にどこまでの精緻さを求めるというのだ、この男は。
そしてそれに応え、全く慢心しない少年を、悠斗は激しく恐怖した。
雅香を見る。彼女は冷静にその二人のやり取りを見ていた。おそらく慣れているからであろう。
だが慣れていることは、本当にいいことだろうか? この少年の異常さを、コントロール出来ると本気で考えているのか。
確かに雅香は数万年分の時間を生きた転生者であり、その中には惑星を滅ぼした神と戦ったこともあるので、少年の戦闘力自体には驚愕しても、全く対処不能とまでは考えないのだろう。
魔王であった時の経験からしても、組織として個人を掣肘する手段に長けているのは間違いない。
しかしそれでも、と悠斗は思うのだ。
この少年は怖い。出来れば今のうちに殺しておきたいと。
それが意味のないことだとは分かっている。悠斗と雅香の目的は神々の打倒であり、そのためには人間の力は全て結集すべきである。
神々の中にもいるかもしれない、人間と協力できるという存在を見つけて。それと共闘すべきと考えたのはつい先ほどだ。
それなのに同じ人間の強力な人物を危険視することは、あまりにもおかしいであろう。
理屈では分かっているが、感情がついてこない。前世で殺し合った魔王とでさえ、今は協力できているというのに。
そもそも神々について、自分は知らなさ過ぎるのではないか。
今更ながら、悠斗はそう思った。
「よ~し、じゃあこれから先は、若い三人で協力して戦ってみようか」
光影がそう言ったのは、悠斗がほとんど独力で攻略した、80層に至ってのことだった。
というかこれまで、ほぼ一人、健生だけの力で来ている。
春希たち四人も弱いはずはないのだが、とにかくこの九鬼家という家は異常である。
強さと引き換えに寿命を失った、それが真実ではあると悠斗は思っている。
だが寿命と引き換えにしてみても、この戦闘力は圧倒的だ。転生できる雅香などが九鬼家の男子に転生していれば、その力はさらに増幅していたに違いない。
だがそれはともかく、引率のような二人も脅威である。
九鬼光景が強いのは充分に分かったつもりだが、もう一人の金髪の女性の力はどの程度なのか。
少なくとも体の動きを見る限り、素人でないのは分かる。白兵戦能力はそれほど高くないだろう。
だが気になる。この人本人がどうとかではないと思うのだが、なぜか気になる。
悠斗のこの手の直感は、前世から外れたことがない。
「さて、陣形を組むわけだが……三人とも攻撃タイプの前衛だな」
雅香の言葉に反射的に反応しかけた悠斗だが、目を見張る程度で済んだ。
魔王はどちらかというと、接近戦より遠距離から魔法を撃つのを得意としていた。というか、それで何度も人間の軍隊を壊滅させていた。
悠斗にしても、どちらかというと接近戦が得意なだけで、遠距離から攻撃したりすることも出来るし、防御に徹することも出来る。
これは悠斗の情報を意図的に操作しているのと、悠斗に自分が実力を隠していること、そして九鬼家の人間の戦闘のタイプを教えているのだと判断した。
「すみません。僕はまだ連携して戦うのに慣れていません」
「健生がこうだから、指示を出すのは雅香だな」
まあ妥当である。
悠斗は前世の頃から、主戦力ではあっても指揮官であったことはほとんどない。それは転生してからでも変わらない。
基本は春希が指示を出していたし、それを調整するのは弓の役割であった。
「了解。と言ってもまあ、苦手な分野も出来るようにならないとな。まず健生から、後方から援護してみようか」
悠斗の使う魔法は基本的に、自らを強化するものである。
対魔王として戦闘力が求められた彼は、とにかく己を強くすることを第一としていた。
もちろん他の魔法を憶えることも検討したが、それは神剣を手に入れたことで解決した。
もっとも現在のように、神剣を秘匿しなければいけない状況を考えれば、やはり幼少時からそちら方面も伸ばしていくことが重要だったとも思えるのだが、それをしていたら今ほどの戦闘力には至っていなかったろう。
結局のところ与えられたパイは有限なのだ。それを戦闘力に振ってきた悠斗は、やはり間違っているわけではない。
そして、迷宮行は再開した。
悠斗を完全に前に出し、雅香は遊撃的な立場から指示。そして健生が後方からの援護に徹する。
だがそれも結局のところは、三人の基礎戦闘力が高いので、それほど連携の訓練とはなっていない。
しかし悠斗にとっては、雅香との連携を考えるのは重要である。転生前は不倶戴天の敵であった彼女であるが、今世においては利害が一致し、誰よりも協力出来る仲間であるのだ。
神々を殺すという大目標のためにも、この関係は維持していかなければいけない。
そんなことを考えながらも、三人は役割を変えて迷宮を探索していく。
雅香が基本は指示を出すのだが、途中からはその役割も悠斗と健生にやらせるようになった。
大規模戦闘ならばともかく、小集団でのリーダー経験は悠斗もある。
もっともその場合、事前に作戦を説明して、あとは臨機応変ということが多かったのだが。
今回は違う。戦いながらも周辺の状況を観察して、指示を出さなければいけない。
味方の戦力を見極め、出来ることを指示していくということだ。実際は雅香の力は弱めに計算しているが。
それでやはり感じたのは、健生の化物さが常軌を逸しているということだ。
自分や雅香も、地球では上位の数%に入る実力者だとは分かっているが、それは前世や数万年の蓄積があったればこそだ。
呪いとも言える加護を受けているとは言え、健生の力は異常であった。
しかも寿命を削ることを避けるために、本当の限界までは力を出していないのだという。
(この世界、やっぱりルナティックモードだ)
魔王を倒せばとりあえずは終わったあちらの世界とは、そもそも科学文明の発達からして違いすぎる。
また健生は、いいかげんに驚くことがなくなるそうなものだが、指揮能力に関しても天才的な実力を発揮した。
戦争の、特に前線での技術というのは、最低限の定跡を学べば、残りは才能によるものが多い。
知将や猛将といった区分はあるが、戦闘は激動だ。アレクサンダー大王も言っている通り、最後は経験にしろ才能にしろ、直感がものを言う。
健生の場合はほとんど、計算して指揮をしているようであった。
それは彼が安全マージンを完全に確保していることから明らかだ。
光景は安全マージンを取りすぎ、つまり慎重ではなく臆病とさえ言えると判断したのだろうが、健生の指揮下では、悠斗も雅香も全く死の予感を覚えない。
戦士としても指揮官としても、そしておそらくは将としても、この子供は超一流であるのだ。
いくら早熟であっても、これはおかしい。雅香に聞いてみると、赤ん坊のころはさすがに普通と変わらなかったそうなので、やはり一種の天才であるのだろう。
迷宮90層。キリのいいところで、一行は地上へ戻ることとなった。
倒した敵のレベルは高く、雅香から教わったステータス操作で、悠斗の戦闘力はかなり上昇している。
戦士としての成長は、戦える限りは止まることはない。しかし能力値の上昇には、ある程度の限界がある。
第二次成長期に入ろうとする悠斗は、能力値の上昇が、最も顕著な時期である。一回の迷宮探索で、かなりのレベルが上がっていた。
そして雅香との戦闘力の差も、明らかに縮まっていた。
雅香はやはり、信頼できる人間だ。
人格がどうかは、まだ判断が出来ない。だが彼女が極めて合理的な考えの持ち主であることは確かなため、信頼出来るのだ。
かつては殺し合った人間が、どんどんと力をつけていく。それが分かっていながらも、彼女には選択肢が限られている。
利害の一致により、信頼が出来る。それは人格による信頼よりも、実のところは正しいと悠斗は考えていた。
迷宮探索の時間は終わりを告げ、戦士達の戦いが始まる。
交流が目的とは言っても、大人の戦士達はさすがに戦わない。持っている技術が他の家に流出しすぎるのを、やはり避けているからだ。
十三家は一応一つの組織であるが、やはり宮家を中心とした同盟関係であると言っていいのだろう。
それでも技術交流をして、全体の戦力の向上を考えないわけにはいかない。そこで折衷案として出ているのが、若い戦士の交流戦である。
中学一年生から大学一年生までを対象とした、技術交流という名の大会。
悠斗はもちろん、春希たちも参加する。だが実際のところは、一番低い年齢なので、勝ち残るのも難しいのだが。
「あれ、春希は出ないのか」
まずはリーグ内で総当りを行い、その上位がトーナメントに進出するという形である。
その参加メンバーの中にアルの名前はあったが、春希たちの名前はない。
「まあ、攻撃型とは言え、姫の戦い方は遠距離からの攻撃ですからね」
アルの言葉通り、春希も一応接近戦は行えるが、前衛であることを基本としたこの試合では、その実力が発揮できない。
山間の広い土地を使って行うので、それなりにスペースはあるのだが、やはり遠距離攻撃の使い手は、盾として働いてくれる前衛がいてのものだろう。
とりあえず悠斗が助かったと思ったのは、雅香が同じグループに入っていないということだった。
同じグループから二人が選出されるとは言え、トップで通過した方が、シード扱いされるので都合がいい。
もっとも雅香と同じグループであったのなら、トーナメントは決勝まで当たらないので、そちらの方が良かったのかもしれないが。
かくして若者達の戦いが始まった。
グループの人数は八人。それぞれが総当りとなる。
だが実際のところは、全ての対戦が行われるわけではない。勝敗数でトーナメントに残れるかどうか、途中で決まるからだ。
悠斗ともう一人は、あっさりと決勝トーナメント進出を決めていた。そして直接対決でも、悠斗が勝った。
あっさりと勝ち上がった悠斗にとっては、あとは雅香といつ当たるかということだ。
その雅香も全試合を行うことなく、勝ち上がりを決めていた。
トーナメントの組み合わせは、それぞれのグループでの成績や戦いぶりを見て決められるらしい。悠斗や雅香と当たる人間は不幸である。
そして決められたトーナメント表では、悠斗が雅香と当たるのは準決勝となった。
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