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19 女神の憂鬱
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魔王は、いや元魔王は、悠斗の敵ではない。悠斗が既に勇者ではないように。
それは魔王が悪行をやめるとか、魔族の頂点に立たないという意味でなく、純粋に魔王である必要がないからだ。
むしろ魔王は、悠斗を第一の協力者として信用を得ようとしている。なぜなら彼女にとって真に仲間と言える存在は、人間にも一般の能力者にも、一族の中にもいないからだ。
段階的には少しずつ一族の中で自分のシンパを増やすという手もあるが、そもそも一族は血縁に縛られていて、血統的には中流層の雅香に付く者が出てくる可能性は低い。個人的な戦闘力や魅力を含めてもだ。
他には市井の能力者を養成するという手もあるが、それは長期的な視野が必要であるし、そもそもこっそりと行えるようなものでもない。
海外の勢力と協力するという手もあるが、それが一族に対する裏切りと思われれば、魔王ですら勝てない戦力で抹殺されるだろう。
そして西暦2045年という明確な限界が存在している。
「だからまずは例の兄弟が死ぬのを待つとともに、潜在能力の高い三人を取りこみたい。それと、出来れば迷宮に眠る神の中で話が通じそうなのを配下にして、異世界を往来する方法があるなら、そこから戦力を持ってくることも一つの手段だな」
「お前、いくつかあるように言ってるけど、実現可能なのはないんじゃないか?」
ジト目で悠斗に見られた雅香は、素直に頷いた。
「そうなんだよな。日本に限らず能力者の組織は、とにかく結束が高いというか、他を排除する傾向にある。内部で争うことはあっても、外部に対しては協力したりもするし。何より時間が足りない」
魔王は若返りの魔法を使える。だから彼女自身の時間は問題ではない。
2045年というタイムリミットが問題なのだ。
2045年までに行わなければいけないのは、神々の排除である。
「排除したことで他の可能性が出てくる可能性もあるが、まずはそこを解決しなければいけない」
「他の可能性?」
「地球の消滅が既に運命付けられている場合、他の要因が出てくるかもしれない」
「……ひょっとして、既に詰んでないか?」
「かもしれなけど、それで回避する努力を止める理由にはならない」
なんとも男前な台詞である。
それから後、雅香は一つ、悠斗にも確かめてほしい疑問を投げかけた。
「私が知っている歴史と、この世界の歴史は、微妙に違うところがあるんだ。日本史で言うと、本能寺の変が一番分かりやすいかな」
「ああ、あの織田信長が明智光秀に反乱されて殺されたやつか」
「お前の知ってる歴史ではそうなんだろうし、私が調べたこの世界の歴史でもそうなんだが、他の世界の歴史では、信長の息子の信孝が反乱を起こして、信長とその嫡男を殺しているのが主流なんだ」
「え?」
信長の息子は確かに何人もいたが、それが父親に反乱する。
それは悠斗の知っている歴史ではない。
「お前の知っている歴史では、その後どうなるんだ?」
「秀吉が中国大返しで、反乱者を倒すところまでは同じだ。知ってるかどうか知らんが、秀吉は信長の息子の一人を養子にしているから、それを旗頭に織田家の後継争いになる。反乱した信孝は結局丹羽長秀にも見放され、秀吉を中心とした軍に追い詰められ、落ち武者狩りにあって死んだ」
「明智光秀は?」
「秀吉側に付いて柴田勝家との戦いの後に病死してる。その息子や甥なども、その戦いや家康との戦い、朝鮮への出兵で男子はほぼ全滅した」
秀吉の養子である信長の実子は後に病死しているが、おそらく秀吉が暗殺したのであろうと言われている。というか、一族の中ではそれが事実として伝わっていたりする。
若干歴史は違っているが、結果が同じように修正されている。
「並行世界にしても……何か変だな?」
「私も歴史に関しては……特に世界史に関しては詳しくないんだが、この世界だけは少しずつ歴史が違うのは確かなんだ」
この世界と他の平行世界の違いは、とにかく魔法の存在である。
この世界ではその力は隠匿していたが、他の世界ではそもそも本当に魔法が存在しない。あっても表の歴史に影響を与えるレベルではない。
根本的に世界の成り立ちが違うのに、歴史がほぼ同じというのは絶対におかしい。
「まあ色々と思いつくだろうが、それはまとめておいてくれ。今度会った時に、疑問点は話し合おう」
魔王との協力。それは一時的なものとなると、最初は悠斗は思っていた。
だがこの、世界自体に感じる歪みはなんだろう。
襲い掛かる魔物を瞬殺しながらも、悠斗の意識は思考に向けられていた。
「遅かったじゃないの!」
迷宮を出たら、まず叱られた。
「そうか? まあ慎重に戦っていたから、時間はかかったと思うけど」
春希に対してはそう説明するが、実際のところ悠斗と雅香は、ほぼ全速力でこの迷宮を攻略した。
それでそこそこ五階までを攻略したのと同じ時間が経ったと思うのだが、春希の機嫌は悪かった。
「怪我は?」
「手を怪我したから、そこでポーション使った」
左手を差し出してみるが、そこにはもちろん傷跡などはない。
「まあ動ける範囲の怪我ならいいけどね。状況によっては怪我をしてでも早さが必要な場合もあるし」
そこで春希は背を向けた。
「じゃあ帰りましょ。学校に着くまでが試験です」
先頭を行く春希の後に、皆が続いていく。わずかに悠斗に寄り添った弓が、かすかに呟く。
「あまり心配をかけないこと」
心配。戦いにおいて他人に心配させるのは当たり前だ。だから心配していたことなど欠片も表さず、奮闘を称えるべきだ。
そう考えた悠斗は、自分の思考が前世寄りになっていることに気付いた。
戦いに出れば、仲間が死ぬのは当たり前。悠斗の周辺には彼に相応しく、絶大な力や特技を持つ仲間が集まっていたが、それでも傷つき、骸となることは日常であった。
久しぶりの全力戦闘で、あちらの世界の日常がフラッシュバックしているのだろう。こちらの世界では魔物の脅威や戦争があっても、少なくともこの日本では、心を緩める余裕がある。
「そうだな。心配はかけるのは良くないな」
悠斗は自分でも表面的だと思える台詞を口にして、最後尾から皆についていった。
その夜、寮の自室にて。
悠斗は初めて結界を張り、広く作られた部屋を有効に活用しようとしていた。
「光あれ」
その力ある言葉に従い、悠斗の肉体から剣が現れる。
それは戦闘に使ったものと意匠は同じであったが、短剣サイズのものであった。
能力を解放している時と違い、この状態では女神ゴルシオアスと話すためには、まず語りかける必要がある。
「ゴルシオアス、応えてくれるか?」
かすかな光が、人の姿を取る。紫の髪に深紅の瞳。端正な美貌でありながらも、どこか野性味を感じさせる美女。
これが戦の女神ゴルシオアスの姿である。
「勇者か。……いったいどういうことなのか、説明してもらおうか?」
ゴルシオアスは前世において、悠斗の魂の一部と化していた。正確には神剣が魂に同化していたのだが。
転生してからも一度だけ試しに、オーガ騒動の後に発現させていたのだが、ゴルシオアスの意識を覚醒させるほどではなかった。
当時の悠斗の状況では、顕現させるだけで周囲に感知されることを恐れたからだ。
本当に、久しぶりである。
平和な地球では――まあ地域的には平和でない場所もあるが――死蔵されるのみだと思っていた神剣。
なんとかこれだけでも向こうの世界に返したかった。神々の力が含まれているので、世界の秩序の維持には必要だからだ。
しかしその手段も分からず、魔物が現れる現在、神剣はまた武器として振るわれるだろう。
魔王は送還する手段だけでも知らないだろうか。今度聞いておこうと思う。……知っていても教えてくれない可能性が高いが。
「ゴルシオアスは、どこまで記憶がある?」
「この間かすかに目覚めるまでは、魔王を倒したところまでだ。お前の命が失われると共に、私の意識も失われた。ただ死んだ程度なら復活したのだろうが、魔王の呪いがあったからな。滅びてしまうと思っていたのだが……」
それならばほとんど悠斗と同じである。死んだ後に何が起こったか、少しでも分かればよかったのだが。
そして悠斗は地球への帰還転生と、現在の世界情勢。そして問題となる魔王の存在について語った。
当然ながら、女神は魔王の存在に一番大きく反応する。
「人間だと? 馬鹿な。人間がどうして魔族に味方……いや、確かに魔族に屈した人間もいたが、それは魔族に敵わなかったからだ。魔族の頂点が人間など、ありえない」
「まあ普通の人間じゃないみたいだしな」
何度となく転生していると言っていた魔王。しかし記憶にはさすがに欠損した部分があり、一番古い記憶では「何かをしなければいけなかったのだが、それが何か分からない」と言っていた。
基本的には世界の調整を目的として、人間の国家間のパワーバランスを舵取りしたり、魔族のような知的生命体がいる世界で、種族の融和を目的としていた。何が由来かは知らないが「灰色の魔女」と呼んでくれと笑いながら言っていた。
しかし強く感じるのは、どこかの世界に行って、何かを倒さなければいけない、ということであるらしい。
転生してはハズレだったと溜め息をつき、世界を彼女の感じる理想的な状況に導き、己の力を高めることを目的としていた。
そんなことのために、前世では魔族を率いて人々を殺し、さらには神々を滅ぼしたのかと言いたくなるが、それはゴルシオアスのような立場からの見方だろう。
魔王の説明を信じるなら、魔族は人間に迫害されていたし、神々がいることによって人間は己の手で進歩することをやめていたのだ。
人間が魔族と手を取り合い、自らの意思で進歩する。それはかろうじて悠斗も理解出来る理想である。
もっとも魔王が死んでしまったので、魔族の統制が取れず、人間と泥沼の戦争を続けている可能性もあるのだが。
「魔王だぞ? 生かしておけば必ず、また世界をめちゃくちゃにするぞ?」
「いやこの世界、魔王より強力な人間が何人もいるみたいなんで。具体的には、この国にも二人」
「そんなばかな……」
神という存在には、二種類あると魔王は言っていた。
一つは管理者である神。天候を操り、人々を導き、特別な権能を持つ、人間とはそもそも完全に違う存在。
もう一つは、超越者としての神。人間では至ることのない力を持つ神で、この定義によるなら悠斗も雅香も神である。実際悠斗は、あの迷宮の神を倒した。
「それで魔王の目的は、世界を崩壊させるほどの力を持つ神を、滅ぼしていくということか」
神の力に対して、惑星の耐久力はあまりに脆弱だ。つまり魔王は、人間を守ろうとしている。人間だけでなく、世界をも。
転生を繰り返す存在であるが、記憶に欠損もあり、しかし人格はほぼ同じだと言っていた。本人の自己申告なので、本当かどうかは怪しいが。
魔王がもはや敵ではない。その事実をゴルシオアスは認めるのが難しいようだった。
「ちなみに魔王が言っていた、魔王が出てくるまで魔族は人間から迫害を受けていたというのは?」
「迫害……と言っても、ゴブリンは害獣のようなものだが、グールや吸血鬼は人間を食料にしていた。オークやオーガは知性という面で人間に劣っていた野蛮な、そして略奪を善とする種族なので、どうしても敵対することにはなっていた。それは確かだ」
ちなみにゴブリンなどがどこから生み出されたかと言うと、いつの間にかあちらの世界では発生していたらしい。
こちらの世界と表裏一体であるという疑惑が、また補強された。
もっとも向こうの世界の影響が、エルフやドワーフまで含めた亜人を創作したのか、それともこちらの世界のイメージが、向こうの世界で具現化したのか。
脳筋女神のゴルシオアスはその発端を知らない。彼女は比較的若い神であり、エルフやドワーフなどの友好的種族だけでなく、魔族が存在してから生まれた神だからだ。
「魔族を人間と共生させる……。まあ両者の交流がなされれば、確かに効果は大きいだろうし、実際吸血鬼の中には人間とくっついてダンピールを産んでたやつもいたからな」
と言うか、仲間の一人にもいた。
共存は可能であるのだ。お互いを敵視しなければ。
ゴブリンは繁殖力や悪食の生態によって、さすがに無理なのかもしれないが。
「それがこちらの世界に流れ込んできた。正確には、もっと昔からいたわけか。そしてお前がこちらに転生してから、そんな事態が活発化している。そしてさらには私たちなどはるかに及ばない力を持つ神までいるわけか……」
ゴルシオアスは投影された姿の中で、額に手を当てていた。
「そういうわけで、魔王とは協力関係にある。いいな?」
「あ~、とりあえずは分かった。だが色々と聞きたいこともあるから、また敵対するようになるかもしれないぞ」
ゴルシオアスはそう言うが、その可能性は低いと悠斗は思っていた。
魔王は理性的で計算高く、そして何より世界の破滅を回避しようとする意思は、悠斗と共通するものだ。
神剣の中に戻った女神は、頭痛を堪えながら事実の整理に頭を使うこととなった。
剣のくせに知恵熱を出したのは、翌日のことである。
それは魔王が悪行をやめるとか、魔族の頂点に立たないという意味でなく、純粋に魔王である必要がないからだ。
むしろ魔王は、悠斗を第一の協力者として信用を得ようとしている。なぜなら彼女にとって真に仲間と言える存在は、人間にも一般の能力者にも、一族の中にもいないからだ。
段階的には少しずつ一族の中で自分のシンパを増やすという手もあるが、そもそも一族は血縁に縛られていて、血統的には中流層の雅香に付く者が出てくる可能性は低い。個人的な戦闘力や魅力を含めてもだ。
他には市井の能力者を養成するという手もあるが、それは長期的な視野が必要であるし、そもそもこっそりと行えるようなものでもない。
海外の勢力と協力するという手もあるが、それが一族に対する裏切りと思われれば、魔王ですら勝てない戦力で抹殺されるだろう。
そして西暦2045年という明確な限界が存在している。
「だからまずは例の兄弟が死ぬのを待つとともに、潜在能力の高い三人を取りこみたい。それと、出来れば迷宮に眠る神の中で話が通じそうなのを配下にして、異世界を往来する方法があるなら、そこから戦力を持ってくることも一つの手段だな」
「お前、いくつかあるように言ってるけど、実現可能なのはないんじゃないか?」
ジト目で悠斗に見られた雅香は、素直に頷いた。
「そうなんだよな。日本に限らず能力者の組織は、とにかく結束が高いというか、他を排除する傾向にある。内部で争うことはあっても、外部に対しては協力したりもするし。何より時間が足りない」
魔王は若返りの魔法を使える。だから彼女自身の時間は問題ではない。
2045年というタイムリミットが問題なのだ。
2045年までに行わなければいけないのは、神々の排除である。
「排除したことで他の可能性が出てくる可能性もあるが、まずはそこを解決しなければいけない」
「他の可能性?」
「地球の消滅が既に運命付けられている場合、他の要因が出てくるかもしれない」
「……ひょっとして、既に詰んでないか?」
「かもしれなけど、それで回避する努力を止める理由にはならない」
なんとも男前な台詞である。
それから後、雅香は一つ、悠斗にも確かめてほしい疑問を投げかけた。
「私が知っている歴史と、この世界の歴史は、微妙に違うところがあるんだ。日本史で言うと、本能寺の変が一番分かりやすいかな」
「ああ、あの織田信長が明智光秀に反乱されて殺されたやつか」
「お前の知ってる歴史ではそうなんだろうし、私が調べたこの世界の歴史でもそうなんだが、他の世界の歴史では、信長の息子の信孝が反乱を起こして、信長とその嫡男を殺しているのが主流なんだ」
「え?」
信長の息子は確かに何人もいたが、それが父親に反乱する。
それは悠斗の知っている歴史ではない。
「お前の知っている歴史では、その後どうなるんだ?」
「秀吉が中国大返しで、反乱者を倒すところまでは同じだ。知ってるかどうか知らんが、秀吉は信長の息子の一人を養子にしているから、それを旗頭に織田家の後継争いになる。反乱した信孝は結局丹羽長秀にも見放され、秀吉を中心とした軍に追い詰められ、落ち武者狩りにあって死んだ」
「明智光秀は?」
「秀吉側に付いて柴田勝家との戦いの後に病死してる。その息子や甥なども、その戦いや家康との戦い、朝鮮への出兵で男子はほぼ全滅した」
秀吉の養子である信長の実子は後に病死しているが、おそらく秀吉が暗殺したのであろうと言われている。というか、一族の中ではそれが事実として伝わっていたりする。
若干歴史は違っているが、結果が同じように修正されている。
「並行世界にしても……何か変だな?」
「私も歴史に関しては……特に世界史に関しては詳しくないんだが、この世界だけは少しずつ歴史が違うのは確かなんだ」
この世界と他の平行世界の違いは、とにかく魔法の存在である。
この世界ではその力は隠匿していたが、他の世界ではそもそも本当に魔法が存在しない。あっても表の歴史に影響を与えるレベルではない。
根本的に世界の成り立ちが違うのに、歴史がほぼ同じというのは絶対におかしい。
「まあ色々と思いつくだろうが、それはまとめておいてくれ。今度会った時に、疑問点は話し合おう」
魔王との協力。それは一時的なものとなると、最初は悠斗は思っていた。
だがこの、世界自体に感じる歪みはなんだろう。
襲い掛かる魔物を瞬殺しながらも、悠斗の意識は思考に向けられていた。
「遅かったじゃないの!」
迷宮を出たら、まず叱られた。
「そうか? まあ慎重に戦っていたから、時間はかかったと思うけど」
春希に対してはそう説明するが、実際のところ悠斗と雅香は、ほぼ全速力でこの迷宮を攻略した。
それでそこそこ五階までを攻略したのと同じ時間が経ったと思うのだが、春希の機嫌は悪かった。
「怪我は?」
「手を怪我したから、そこでポーション使った」
左手を差し出してみるが、そこにはもちろん傷跡などはない。
「まあ動ける範囲の怪我ならいいけどね。状況によっては怪我をしてでも早さが必要な場合もあるし」
そこで春希は背を向けた。
「じゃあ帰りましょ。学校に着くまでが試験です」
先頭を行く春希の後に、皆が続いていく。わずかに悠斗に寄り添った弓が、かすかに呟く。
「あまり心配をかけないこと」
心配。戦いにおいて他人に心配させるのは当たり前だ。だから心配していたことなど欠片も表さず、奮闘を称えるべきだ。
そう考えた悠斗は、自分の思考が前世寄りになっていることに気付いた。
戦いに出れば、仲間が死ぬのは当たり前。悠斗の周辺には彼に相応しく、絶大な力や特技を持つ仲間が集まっていたが、それでも傷つき、骸となることは日常であった。
久しぶりの全力戦闘で、あちらの世界の日常がフラッシュバックしているのだろう。こちらの世界では魔物の脅威や戦争があっても、少なくともこの日本では、心を緩める余裕がある。
「そうだな。心配はかけるのは良くないな」
悠斗は自分でも表面的だと思える台詞を口にして、最後尾から皆についていった。
その夜、寮の自室にて。
悠斗は初めて結界を張り、広く作られた部屋を有効に活用しようとしていた。
「光あれ」
その力ある言葉に従い、悠斗の肉体から剣が現れる。
それは戦闘に使ったものと意匠は同じであったが、短剣サイズのものであった。
能力を解放している時と違い、この状態では女神ゴルシオアスと話すためには、まず語りかける必要がある。
「ゴルシオアス、応えてくれるか?」
かすかな光が、人の姿を取る。紫の髪に深紅の瞳。端正な美貌でありながらも、どこか野性味を感じさせる美女。
これが戦の女神ゴルシオアスの姿である。
「勇者か。……いったいどういうことなのか、説明してもらおうか?」
ゴルシオアスは前世において、悠斗の魂の一部と化していた。正確には神剣が魂に同化していたのだが。
転生してからも一度だけ試しに、オーガ騒動の後に発現させていたのだが、ゴルシオアスの意識を覚醒させるほどではなかった。
当時の悠斗の状況では、顕現させるだけで周囲に感知されることを恐れたからだ。
本当に、久しぶりである。
平和な地球では――まあ地域的には平和でない場所もあるが――死蔵されるのみだと思っていた神剣。
なんとかこれだけでも向こうの世界に返したかった。神々の力が含まれているので、世界の秩序の維持には必要だからだ。
しかしその手段も分からず、魔物が現れる現在、神剣はまた武器として振るわれるだろう。
魔王は送還する手段だけでも知らないだろうか。今度聞いておこうと思う。……知っていても教えてくれない可能性が高いが。
「ゴルシオアスは、どこまで記憶がある?」
「この間かすかに目覚めるまでは、魔王を倒したところまでだ。お前の命が失われると共に、私の意識も失われた。ただ死んだ程度なら復活したのだろうが、魔王の呪いがあったからな。滅びてしまうと思っていたのだが……」
それならばほとんど悠斗と同じである。死んだ後に何が起こったか、少しでも分かればよかったのだが。
そして悠斗は地球への帰還転生と、現在の世界情勢。そして問題となる魔王の存在について語った。
当然ながら、女神は魔王の存在に一番大きく反応する。
「人間だと? 馬鹿な。人間がどうして魔族に味方……いや、確かに魔族に屈した人間もいたが、それは魔族に敵わなかったからだ。魔族の頂点が人間など、ありえない」
「まあ普通の人間じゃないみたいだしな」
何度となく転生していると言っていた魔王。しかし記憶にはさすがに欠損した部分があり、一番古い記憶では「何かをしなければいけなかったのだが、それが何か分からない」と言っていた。
基本的には世界の調整を目的として、人間の国家間のパワーバランスを舵取りしたり、魔族のような知的生命体がいる世界で、種族の融和を目的としていた。何が由来かは知らないが「灰色の魔女」と呼んでくれと笑いながら言っていた。
しかし強く感じるのは、どこかの世界に行って、何かを倒さなければいけない、ということであるらしい。
転生してはハズレだったと溜め息をつき、世界を彼女の感じる理想的な状況に導き、己の力を高めることを目的としていた。
そんなことのために、前世では魔族を率いて人々を殺し、さらには神々を滅ぼしたのかと言いたくなるが、それはゴルシオアスのような立場からの見方だろう。
魔王の説明を信じるなら、魔族は人間に迫害されていたし、神々がいることによって人間は己の手で進歩することをやめていたのだ。
人間が魔族と手を取り合い、自らの意思で進歩する。それはかろうじて悠斗も理解出来る理想である。
もっとも魔王が死んでしまったので、魔族の統制が取れず、人間と泥沼の戦争を続けている可能性もあるのだが。
「魔王だぞ? 生かしておけば必ず、また世界をめちゃくちゃにするぞ?」
「いやこの世界、魔王より強力な人間が何人もいるみたいなんで。具体的には、この国にも二人」
「そんなばかな……」
神という存在には、二種類あると魔王は言っていた。
一つは管理者である神。天候を操り、人々を導き、特別な権能を持つ、人間とはそもそも完全に違う存在。
もう一つは、超越者としての神。人間では至ることのない力を持つ神で、この定義によるなら悠斗も雅香も神である。実際悠斗は、あの迷宮の神を倒した。
「それで魔王の目的は、世界を崩壊させるほどの力を持つ神を、滅ぼしていくということか」
神の力に対して、惑星の耐久力はあまりに脆弱だ。つまり魔王は、人間を守ろうとしている。人間だけでなく、世界をも。
転生を繰り返す存在であるが、記憶に欠損もあり、しかし人格はほぼ同じだと言っていた。本人の自己申告なので、本当かどうかは怪しいが。
魔王がもはや敵ではない。その事実をゴルシオアスは認めるのが難しいようだった。
「ちなみに魔王が言っていた、魔王が出てくるまで魔族は人間から迫害を受けていたというのは?」
「迫害……と言っても、ゴブリンは害獣のようなものだが、グールや吸血鬼は人間を食料にしていた。オークやオーガは知性という面で人間に劣っていた野蛮な、そして略奪を善とする種族なので、どうしても敵対することにはなっていた。それは確かだ」
ちなみにゴブリンなどがどこから生み出されたかと言うと、いつの間にかあちらの世界では発生していたらしい。
こちらの世界と表裏一体であるという疑惑が、また補強された。
もっとも向こうの世界の影響が、エルフやドワーフまで含めた亜人を創作したのか、それともこちらの世界のイメージが、向こうの世界で具現化したのか。
脳筋女神のゴルシオアスはその発端を知らない。彼女は比較的若い神であり、エルフやドワーフなどの友好的種族だけでなく、魔族が存在してから生まれた神だからだ。
「魔族を人間と共生させる……。まあ両者の交流がなされれば、確かに効果は大きいだろうし、実際吸血鬼の中には人間とくっついてダンピールを産んでたやつもいたからな」
と言うか、仲間の一人にもいた。
共存は可能であるのだ。お互いを敵視しなければ。
ゴブリンは繁殖力や悪食の生態によって、さすがに無理なのかもしれないが。
「それがこちらの世界に流れ込んできた。正確には、もっと昔からいたわけか。そしてお前がこちらに転生してから、そんな事態が活発化している。そしてさらには私たちなどはるかに及ばない力を持つ神までいるわけか……」
ゴルシオアスは投影された姿の中で、額に手を当てていた。
「そういうわけで、魔王とは協力関係にある。いいな?」
「あ~、とりあえずは分かった。だが色々と聞きたいこともあるから、また敵対するようになるかもしれないぞ」
ゴルシオアスはそう言うが、その可能性は低いと悠斗は思っていた。
魔王は理性的で計算高く、そして何より世界の破滅を回避しようとする意思は、悠斗と共通するものだ。
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