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14 前世
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およそ30分ほどした頃だろうか。
悠斗の視界の先、かなり離れた部分の木々が、破壊音を立てて砕け散っていった。
そして視覚では見えないが、4人の反応がそこから猛スピードでこちらに向かってくる。なるほど確かに、身体強化を使えないと思われている悠斗なら、足手まといになるだけだったろう。
置き去りにせざるをえない状況を見越して、悠斗を先に帰らせた4人は、無駄に悪意を持つ存在ではなかったということだ。
まあ、これまでのやり取りからそれは分かっていたのだが。
気配を殺して、体温や匂いまでも隠蔽する技を使って、悠斗はそれをやり過ごす。
「さて、迷宮の中は探知されないし、他の人間もいない」
悠斗はこれまで、全力を出して戦うことも、訓練することもなかった。
魔力の精密な制御は、逆に魔力を感じさせずに大量消費するので、魔力の最大量や回復速度は上がっていたが、肝心の破壊力は試せなかったのだ。
学校でも既に戦闘に活かせるような魔法のとっかかりは教え始めているが、悠斗がある程度の本気を出してしまえば、学校の施設を破壊してしまう。
緻密な魔法の扱いは確かに大事だが、威力上限を確認するのも間違いなく大切なことである。
悠斗が感知するのは、数百体の魔物の数。
ゴブリンが過半数を占めているが、半分近くが亜種や、上位種だ。
亜種とは知能や身体能力の優れた個体が、道具や魔法を使うもので、ゴブリンアーチャーやゴブリンランサーなどといった呼び方をされていた。
上位種は全般的に優れており、ゴブリンコマンダーとかゴブリンジェネラル、ゴブリンキングなどといったものもある。面白いことにこの分類は、名称は違うがあちらの世界でも地球でも同じであった。
ちなみに向こう基準では、ゴブリンキングに統率されたゴブリンの大群数万は、小国を滅亡させるほどの戦力だった。
ゴブリンの雑食性は、人間の生活基盤を破壊する。
(あとはオーガ種に、トロール……吸血鬼はいないか。しかしこちらのオーガは文明化されてないのか。つながってる世界はあちらじゃないのか?)
悠斗が召喚された世界では、知性を持つ魔物とは、ある程度友好関係を築くことに成功していた。
特に吸血鬼やダークエルフ、一部の獣人などは顕著で、むしろ吸血鬼が用心棒として村や街の戦力となっていたのが、悠斗召喚後のあちらの世界である。
日光に弱いことはあちらの吸血鬼も変わらなかったが、血液さえ提供すれば理性的に話が出来る種族であった。特に人間との間でダンピールと言うハーフが生まれるので、言うなれば吸血鬼は有益な魔物であったのだ。
人間と同じで、吸血鬼にもいい吸血鬼と悪い吸血鬼がいる。ゴブリンとは違う。
ダンピールは魔力や肉体能力は吸血鬼にやや劣るが、その分吸血鬼の弱点をほとんど持たず、吸血する頻度も極めて稀であったので。
そのあたりは悠斗が試してみた結果でもあるし、魔族であるにも関わらず魔王によって迫害を受けた種族が、人間との同盟を望んだからでもある。
「けれどやっぱり、つながっている世界は違うのか」
「そうだろうな」
その声に悠斗は驚いたが、どこか納得もしていた。
木の枝に腰を下ろしていた悠斗の背後、振り返った悠斗が見たのは空中に浮かぶ彼女。
御剣雅香。日本で三番目の化物。
この唐突な登場にも、背後を取られていた現実にも動ぜず、悠斗は彼女と視線を合わせた。
「……ずっと考えてた。よりにもよって俺と同じぐらいの時期に、俺と同じか、それ以上に強い能力者がいるという偶然」
雅香は警戒するような悠斗の言葉に対して、興味深そうに唇の端で笑った。
「俺を意識するにしても、春希たちよりもさらに、こちらを覗う様子が分かった。殺意とまでは言わないが、わざわざ威圧の闘技を使っていたよな」
「ふむ、続けてくれ」
「……俺がこの世界に生まれた。この世界の能力者に、転生という事象はないと聞かされた。もし生まれつきある程度の魔力持ちが、赤ん坊の頃から自発的に訓練をしたとしたら……」
「やや発想に飛躍があるが、まあお前が用心深いのは、私が一番よく知っているよ」
わずかな邂逅ではあったが、印象に残る存在であった。論理的な考えよりは、直感に近い。
そして決定的な問いかけを悠斗は行った。
「お前は、魔王オクタヴィアか?」
魔王。かつて悠斗が召喚された世界において、魔族を率いて人類に絶望をもたらした者。
漆黒の髪に深紅の瞳。超絶した美貌からは想像も出来ない圧倒的な力。
邂逅したのは四度。一度目は楽しみのために見逃された。二度目は仲間たちが犠牲となって逃がしてくれた。三度目は魔王が退いた。
そして四度目にしてようやく、悠斗は魔王の討伐に成功したのだ。
かつての宿敵に対して、悠斗は当然ながら警戒するが、魔王からは不思議なほど敵意を感じない。
いや、今では魔王ではないのか。人間ならずとも魔王でも、生まれ変われば状況が変わり、対処も変わるということか。
そういえば魔王は魔族の頂点に立つ存在でありながら、結局はどの種族か分かっていなかった。
魔力に優れた存在で、容姿的にも肉体が特徴的な魔族ではなかったので、おそらくダンピールなのではと言われていたこともあった。
それについて、悠斗は一つの仮説を持っていたが。
「過去のことは忘れろ、とは言わないが、今の私はお前の敵ではないよ。正確に言えばあちらの世界でも、私は人間の敵だったかもしれないが、お前は私の敵ではなかったんだ」
敵ではない。敵対する立場ではないということか、それとも実力的に隔絶しているので、敵対することすら不可能なのか。
それにしても、勇者を敵ではないという魔王、その意図は何か。
「あちらの世界での私の目的のためにはお前が必要だったし、そもそもお前がどうなのかは知らないが、私は人格や記憶を完全に残したまま転生出来るわけではない。少なくとも今は戦うつもりはない」
その言葉の中には、色々な情報の断片が含まれていたようだ。
剣の柄に手をかけていた悠斗は、そこから手を離した。
それに対応したように、魔王――雅香は悠斗とは違う木の枝に腰を下ろす。
「色々と聞きたいことがあるだろう? この世界の魔法使いたちに伝わる情報は確かに多いが、私だけが持っている情報も多いぞ」
雅香は転生者だ。それはどうやら間違いない。しかもあちらの世界の魔王であった。さらに、言葉の端々に転生したのは今回だけではないような印象を受ける。
興味本位に聞いたことがあるが、十三家の一族の常識としては、転生というものはないらしい。正確には魔法によって転生することはある程度可能なのだが、悠斗のようなケースはないのだ。悠斗は死ぬ前に、転生の儀式魔法を受けていなかった。
なので異世界の知識を持つ雅香には、たくさん質問したいこともあるのだが。
再び剣の柄に手をかけた悠斗は、暴走する魔物の大群に目を向けた。
「手助けは必要かな?」
「とりあえず後ろから撃ってこなければそれでいい。万が一の時だけは頼むかもしれないけど。……つーか、まさかこれ、お前のやったことじゃないだろうな?」
魔王にとっては魔物を使役することは当然のことであった。間引きを行ったはずの迷宮がスタンピードを起こすのはおかしい。
「惜しいが逆だな。このタイミングでスタンピードが起きそうだったから、鈴宮の娘をここへ誘導したんだ。まあどの程度まで力を取り戻しているかは知らないが、お前なら楽勝だろう」
そう言った雅香に対して、悠斗はようやく皮肉気ではあるが笑みを返した。
「勘違いするなよ、魔王」
わざわざ溜めを作って、次の言葉を効果的にする。
「多分だが、俺はもう前世の俺より強い」
そして少年は戦場に身を投じた。
数百体の魔物の群れ。獣型、虫型、鳥型に人型と、バリエーションに富んでいる。
それに対して悠斗は完全に真っ向から攻撃を仕掛けた。
「鞘当」
あちらの世界では「魔力刃」と呼ばれていた闘技の一つだ。普通の武器を魔力で覆い、主に刃を持つ武器の殺傷能力の低下を防ぎ、継戦能力を高める。
前衛の戦士の基本的な技の一つで、たとえばみのりとアルも同じ技を使える。
日本刀の刀身の細さによる鋭さを考えると、これを使える悠斗は剣よりも刀を使った方がいいのかもしれない。今後の課題だ。
数を揃えただけのゴブリンに対しては、何も考えることはない。指揮個体によって連携が強化されているが、いわばレベル1の敵が倍の2になっても、悠斗の敵ではない。
「飛斬」
剣にまとった魔力を、刃にして放つ。それほど威力はないが、下位の個体はそれを防御することも出来ない。
紙切れを裂くように容易く、ゴブリンたちの肉体が四散する。
「率いているのは、オーガジェネラルか」
通常のオーガよりも二回りは巨大な肉体に、鎧までまとった人型の怪物。
だが見た目だけで判断するのは間違っている。いや、見た目以上に判断すべきと言うべきか。
オーガは魔法を使う個体はほとんどいないが、逆に闘技を使う種族であった。
骨筋の強化、皮膚の厚さを増し、まるで革鎧のように耐久力を高める。
その怪力は筋肉量から計算される数値をはるかに超え、素手で岩を砕くことも容易い。
また意外なことに、魔法に対する耐久力もある。というか、防御力全般が高い。
そんなオーガの雑兵を、悠斗はさくさくと倒していった。
相手の攻撃の隙を見つけ、そこから致命傷になる一撃を叩き込む。
瞬時に飛び退いて、返り血を浴びない。オーガはそうでもないがゴブリンの血液は病原菌の宝庫である。ゴブリン自身に殺されるより、その死体処理の過程で死ぬことの方が多いとまで言われたものだ。
あちらの世界では不可解な呪いと思われていたが、悠斗が微生物などの存在を教えることによって、軍や戦士の衛生観念は劇的に高まり、ゴブリンの脅威は低下した。
それまでは魔法かアルコールでしか消毒の仕方が分からなかったのだ。
ほとんど一直線にオーガジェネラルに到達した悠斗は、そこでも全く躊躇しなかった。
剣を一閃。それで腹から肩にかけて、オーガジェネラルをその鎧ごと切断した。
「竜覇斬」
久しぶりの単独戦闘であり、さらに背中に意識を向けながらであったが、やはりこの程度は楽勝であった。
統制されていた魔物の群れも、その指揮官を失うと、途端に野生に帰る。この場合は、オーガジェネラルを簡単に倒した悠斗から逃げるという選択を採る。
「逃がさん」
片手から放たれた無色の刃は、木々を巻き込んで魔物の群れに襲い掛かり、巨躯の魔物であるほどそれを切断していく。
ゴブリン一匹まで魔法の全力で殲滅しようかとも思ったが、この後のことを考えると、当初の計画であった最大威力を試すという選択はありえない。
どうせ春希たちが退却したのだから、やがて一族の人間がやってくるだろう。狩り残しはそちらに任せても良さそうだ。その時に大規模破壊魔法の痕跡があるとまずい。
「全滅させるなら手伝おうか?」
今度はちゃんと接近していた雅香に気が付いている。だが背後から来るのはやめてほしい。
「いや、この場から早めに退散したい。……本当なら戦術級の魔法一撃で片付けるつもりだったんだけどな」
「今のでだいたい全力の何%ぐらいなんだ? 魔力値にすると」
「……3%以下だな」
「なるほど、0.3%以下の可能性もあるわけか。それでも前世より強いは言い過ぎだな」
雅香は悠斗の言葉を正しく理解してしまっていた。そしてあっさりと悠斗の力を見抜いていた。
一方的な戦闘の跡。迷宮は普通の自然よりもはるかに早く環境が回復するらしいが、それでもここで強大な何者かが暴れたことは分かるだろう。
そもそも悠斗は春希よりも早く迷宮から出ているはずなのだ。迷宮へ続く敷地の衛兵に、まだ脱出していないことは確認されるだろう。
「場所を変えよう。口裏を合わせるのは協力してくれるのか?」
「もちろんだよ、前世からの運命の相手よ。私にかかれば大概のことは力づくで解決される」
そう言って笑った雅香は、前世では決して見られなかった表情をしていた。
悠斗の視界の先、かなり離れた部分の木々が、破壊音を立てて砕け散っていった。
そして視覚では見えないが、4人の反応がそこから猛スピードでこちらに向かってくる。なるほど確かに、身体強化を使えないと思われている悠斗なら、足手まといになるだけだったろう。
置き去りにせざるをえない状況を見越して、悠斗を先に帰らせた4人は、無駄に悪意を持つ存在ではなかったということだ。
まあ、これまでのやり取りからそれは分かっていたのだが。
気配を殺して、体温や匂いまでも隠蔽する技を使って、悠斗はそれをやり過ごす。
「さて、迷宮の中は探知されないし、他の人間もいない」
悠斗はこれまで、全力を出して戦うことも、訓練することもなかった。
魔力の精密な制御は、逆に魔力を感じさせずに大量消費するので、魔力の最大量や回復速度は上がっていたが、肝心の破壊力は試せなかったのだ。
学校でも既に戦闘に活かせるような魔法のとっかかりは教え始めているが、悠斗がある程度の本気を出してしまえば、学校の施設を破壊してしまう。
緻密な魔法の扱いは確かに大事だが、威力上限を確認するのも間違いなく大切なことである。
悠斗が感知するのは、数百体の魔物の数。
ゴブリンが過半数を占めているが、半分近くが亜種や、上位種だ。
亜種とは知能や身体能力の優れた個体が、道具や魔法を使うもので、ゴブリンアーチャーやゴブリンランサーなどといった呼び方をされていた。
上位種は全般的に優れており、ゴブリンコマンダーとかゴブリンジェネラル、ゴブリンキングなどといったものもある。面白いことにこの分類は、名称は違うがあちらの世界でも地球でも同じであった。
ちなみに向こう基準では、ゴブリンキングに統率されたゴブリンの大群数万は、小国を滅亡させるほどの戦力だった。
ゴブリンの雑食性は、人間の生活基盤を破壊する。
(あとはオーガ種に、トロール……吸血鬼はいないか。しかしこちらのオーガは文明化されてないのか。つながってる世界はあちらじゃないのか?)
悠斗が召喚された世界では、知性を持つ魔物とは、ある程度友好関係を築くことに成功していた。
特に吸血鬼やダークエルフ、一部の獣人などは顕著で、むしろ吸血鬼が用心棒として村や街の戦力となっていたのが、悠斗召喚後のあちらの世界である。
日光に弱いことはあちらの吸血鬼も変わらなかったが、血液さえ提供すれば理性的に話が出来る種族であった。特に人間との間でダンピールと言うハーフが生まれるので、言うなれば吸血鬼は有益な魔物であったのだ。
人間と同じで、吸血鬼にもいい吸血鬼と悪い吸血鬼がいる。ゴブリンとは違う。
ダンピールは魔力や肉体能力は吸血鬼にやや劣るが、その分吸血鬼の弱点をほとんど持たず、吸血する頻度も極めて稀であったので。
そのあたりは悠斗が試してみた結果でもあるし、魔族であるにも関わらず魔王によって迫害を受けた種族が、人間との同盟を望んだからでもある。
「けれどやっぱり、つながっている世界は違うのか」
「そうだろうな」
その声に悠斗は驚いたが、どこか納得もしていた。
木の枝に腰を下ろしていた悠斗の背後、振り返った悠斗が見たのは空中に浮かぶ彼女。
御剣雅香。日本で三番目の化物。
この唐突な登場にも、背後を取られていた現実にも動ぜず、悠斗は彼女と視線を合わせた。
「……ずっと考えてた。よりにもよって俺と同じぐらいの時期に、俺と同じか、それ以上に強い能力者がいるという偶然」
雅香は警戒するような悠斗の言葉に対して、興味深そうに唇の端で笑った。
「俺を意識するにしても、春希たちよりもさらに、こちらを覗う様子が分かった。殺意とまでは言わないが、わざわざ威圧の闘技を使っていたよな」
「ふむ、続けてくれ」
「……俺がこの世界に生まれた。この世界の能力者に、転生という事象はないと聞かされた。もし生まれつきある程度の魔力持ちが、赤ん坊の頃から自発的に訓練をしたとしたら……」
「やや発想に飛躍があるが、まあお前が用心深いのは、私が一番よく知っているよ」
わずかな邂逅ではあったが、印象に残る存在であった。論理的な考えよりは、直感に近い。
そして決定的な問いかけを悠斗は行った。
「お前は、魔王オクタヴィアか?」
魔王。かつて悠斗が召喚された世界において、魔族を率いて人類に絶望をもたらした者。
漆黒の髪に深紅の瞳。超絶した美貌からは想像も出来ない圧倒的な力。
邂逅したのは四度。一度目は楽しみのために見逃された。二度目は仲間たちが犠牲となって逃がしてくれた。三度目は魔王が退いた。
そして四度目にしてようやく、悠斗は魔王の討伐に成功したのだ。
かつての宿敵に対して、悠斗は当然ながら警戒するが、魔王からは不思議なほど敵意を感じない。
いや、今では魔王ではないのか。人間ならずとも魔王でも、生まれ変われば状況が変わり、対処も変わるということか。
そういえば魔王は魔族の頂点に立つ存在でありながら、結局はどの種族か分かっていなかった。
魔力に優れた存在で、容姿的にも肉体が特徴的な魔族ではなかったので、おそらくダンピールなのではと言われていたこともあった。
それについて、悠斗は一つの仮説を持っていたが。
「過去のことは忘れろ、とは言わないが、今の私はお前の敵ではないよ。正確に言えばあちらの世界でも、私は人間の敵だったかもしれないが、お前は私の敵ではなかったんだ」
敵ではない。敵対する立場ではないということか、それとも実力的に隔絶しているので、敵対することすら不可能なのか。
それにしても、勇者を敵ではないという魔王、その意図は何か。
「あちらの世界での私の目的のためにはお前が必要だったし、そもそもお前がどうなのかは知らないが、私は人格や記憶を完全に残したまま転生出来るわけではない。少なくとも今は戦うつもりはない」
その言葉の中には、色々な情報の断片が含まれていたようだ。
剣の柄に手をかけていた悠斗は、そこから手を離した。
それに対応したように、魔王――雅香は悠斗とは違う木の枝に腰を下ろす。
「色々と聞きたいことがあるだろう? この世界の魔法使いたちに伝わる情報は確かに多いが、私だけが持っている情報も多いぞ」
雅香は転生者だ。それはどうやら間違いない。しかもあちらの世界の魔王であった。さらに、言葉の端々に転生したのは今回だけではないような印象を受ける。
興味本位に聞いたことがあるが、十三家の一族の常識としては、転生というものはないらしい。正確には魔法によって転生することはある程度可能なのだが、悠斗のようなケースはないのだ。悠斗は死ぬ前に、転生の儀式魔法を受けていなかった。
なので異世界の知識を持つ雅香には、たくさん質問したいこともあるのだが。
再び剣の柄に手をかけた悠斗は、暴走する魔物の大群に目を向けた。
「手助けは必要かな?」
「とりあえず後ろから撃ってこなければそれでいい。万が一の時だけは頼むかもしれないけど。……つーか、まさかこれ、お前のやったことじゃないだろうな?」
魔王にとっては魔物を使役することは当然のことであった。間引きを行ったはずの迷宮がスタンピードを起こすのはおかしい。
「惜しいが逆だな。このタイミングでスタンピードが起きそうだったから、鈴宮の娘をここへ誘導したんだ。まあどの程度まで力を取り戻しているかは知らないが、お前なら楽勝だろう」
そう言った雅香に対して、悠斗はようやく皮肉気ではあるが笑みを返した。
「勘違いするなよ、魔王」
わざわざ溜めを作って、次の言葉を効果的にする。
「多分だが、俺はもう前世の俺より強い」
そして少年は戦場に身を投じた。
数百体の魔物の群れ。獣型、虫型、鳥型に人型と、バリエーションに富んでいる。
それに対して悠斗は完全に真っ向から攻撃を仕掛けた。
「鞘当」
あちらの世界では「魔力刃」と呼ばれていた闘技の一つだ。普通の武器を魔力で覆い、主に刃を持つ武器の殺傷能力の低下を防ぎ、継戦能力を高める。
前衛の戦士の基本的な技の一つで、たとえばみのりとアルも同じ技を使える。
日本刀の刀身の細さによる鋭さを考えると、これを使える悠斗は剣よりも刀を使った方がいいのかもしれない。今後の課題だ。
数を揃えただけのゴブリンに対しては、何も考えることはない。指揮個体によって連携が強化されているが、いわばレベル1の敵が倍の2になっても、悠斗の敵ではない。
「飛斬」
剣にまとった魔力を、刃にして放つ。それほど威力はないが、下位の個体はそれを防御することも出来ない。
紙切れを裂くように容易く、ゴブリンたちの肉体が四散する。
「率いているのは、オーガジェネラルか」
通常のオーガよりも二回りは巨大な肉体に、鎧までまとった人型の怪物。
だが見た目だけで判断するのは間違っている。いや、見た目以上に判断すべきと言うべきか。
オーガは魔法を使う個体はほとんどいないが、逆に闘技を使う種族であった。
骨筋の強化、皮膚の厚さを増し、まるで革鎧のように耐久力を高める。
その怪力は筋肉量から計算される数値をはるかに超え、素手で岩を砕くことも容易い。
また意外なことに、魔法に対する耐久力もある。というか、防御力全般が高い。
そんなオーガの雑兵を、悠斗はさくさくと倒していった。
相手の攻撃の隙を見つけ、そこから致命傷になる一撃を叩き込む。
瞬時に飛び退いて、返り血を浴びない。オーガはそうでもないがゴブリンの血液は病原菌の宝庫である。ゴブリン自身に殺されるより、その死体処理の過程で死ぬことの方が多いとまで言われたものだ。
あちらの世界では不可解な呪いと思われていたが、悠斗が微生物などの存在を教えることによって、軍や戦士の衛生観念は劇的に高まり、ゴブリンの脅威は低下した。
それまでは魔法かアルコールでしか消毒の仕方が分からなかったのだ。
ほとんど一直線にオーガジェネラルに到達した悠斗は、そこでも全く躊躇しなかった。
剣を一閃。それで腹から肩にかけて、オーガジェネラルをその鎧ごと切断した。
「竜覇斬」
久しぶりの単独戦闘であり、さらに背中に意識を向けながらであったが、やはりこの程度は楽勝であった。
統制されていた魔物の群れも、その指揮官を失うと、途端に野生に帰る。この場合は、オーガジェネラルを簡単に倒した悠斗から逃げるという選択を採る。
「逃がさん」
片手から放たれた無色の刃は、木々を巻き込んで魔物の群れに襲い掛かり、巨躯の魔物であるほどそれを切断していく。
ゴブリン一匹まで魔法の全力で殲滅しようかとも思ったが、この後のことを考えると、当初の計画であった最大威力を試すという選択はありえない。
どうせ春希たちが退却したのだから、やがて一族の人間がやってくるだろう。狩り残しはそちらに任せても良さそうだ。その時に大規模破壊魔法の痕跡があるとまずい。
「全滅させるなら手伝おうか?」
今度はちゃんと接近していた雅香に気が付いている。だが背後から来るのはやめてほしい。
「いや、この場から早めに退散したい。……本当なら戦術級の魔法一撃で片付けるつもりだったんだけどな」
「今のでだいたい全力の何%ぐらいなんだ? 魔力値にすると」
「……3%以下だな」
「なるほど、0.3%以下の可能性もあるわけか。それでも前世より強いは言い過ぎだな」
雅香は悠斗の言葉を正しく理解してしまっていた。そしてあっさりと悠斗の力を見抜いていた。
一方的な戦闘の跡。迷宮は普通の自然よりもはるかに早く環境が回復するらしいが、それでもここで強大な何者かが暴れたことは分かるだろう。
そもそも悠斗は春希よりも早く迷宮から出ているはずなのだ。迷宮へ続く敷地の衛兵に、まだ脱出していないことは確認されるだろう。
「場所を変えよう。口裏を合わせるのは協力してくれるのか?」
「もちろんだよ、前世からの運命の相手よ。私にかかれば大概のことは力づくで解決される」
そう言って笑った雅香は、前世では決して見られなかった表情をしていた。
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