12 / 74
12 そうだ、迷宮へ行こう
しおりを挟む
「気が付いたらもうすぐゴールデンウィークじゃねーか!」
それに気が付いたとき、悠斗は愕然とした。彼の唐突な叫びは久しぶりに帰宅した家族団欒の夕食の席でなされ、頭を抱える息子に、母は白い視線を向けた。
「いいから食べなさい。思春期の悩みなら聞いてあげるから」
「いや、そういったもんじゃないんだけどね……」
料理に集中する悠斗。今日のメニューはカレーである。弟の味覚に合わせているので、かなり甘口である。
さて、魔法学校に入学して、一月弱が過ぎていた。
その間に悠斗は色々な情報を得ることが出来たが、どうも自分の進路は失敗だったのではないかと思っている。
彼の目的は家族の安全と、自分の保身。さらに言うなら畳の上での大往生である。
だが魔力の強さは知られ、春希には目をつけられ、裏社会の情報まで知らされてしまっては、当初の目的とは違って裏社会で非合法な活動する責任が生まれてきそうである。
いや、裏社会というと語弊があるのかもしれないが。
しかし勇者の経験のせいか、世界の命運などにも関心を持ってしまう自分がいる。そんなことは一族のお偉いさんに任せるしかないのだ。勇者であり、王や将軍と面識のあった前世ではないのだから。
早急に対策を取りたい。幸い彼の戦闘力は、まだ春希以上の上位者たちには知られていない。そしてその戦闘力の上限を、春希たちは勘違いしている。
同好会の四人の中で、一番頭が良いと言うか、日本の能力者の知識に優れているのは沖田弓である。
彼女は月氏十三家における強さの指標を悠斗に教えてくれた。
38000の魔力というのも、あくまで一つの基準でしかないのだと。
この世界にもあちらの世界にも、ステータスとかスキルといった、ゲーム的なものはない。
もちろん魔力の量は計ることが出来るし、筋力や柔軟性などは、ステータスではなく普通に測定出来る。
だがそれでもある程度の計算式で、実力を数値化することは出来るのだ。
魔力の量。これが多い者は、確かに基本的には強い。
だがこれに魔力制御という関数を用いることにより、実際に発生する魔法の威力は上下する。
魔力×魔力制御力=魔法攻撃力、といったところであろうか。魔法制御と一言で言っても色々な内容があるので、そこでも式が出来るのだが。
さらにこれに、使用可能な魔法の数、魔法の構築にかかる速度、はては実戦においてどう魔法を使用したかなど、単に魔力の量だけではその強さは決まらないと言って良い。
他に衝撃的だったのは、弓が全く表情を変えずに言ったのは、悠斗を種馬として囲いたい家があるということである。
悠斗の魔力は巨大である。そして魔力の量はある程度遺伝する。これは悠斗の母方に、魔力を持つ者がいたことで確定しているし、月氏一族も同じであるので間違いない。
能力者の戦闘力は、素質と環境が半分ほどの割合で構成されると言われている。
幼い頃から魔法に触れ、そしてそれを高める訓練を受けていた一族の子息に比べれば、いくら魔力が多いと言っても、悠斗の戦闘力などそれほどのものでもないということだ。少なくとも客観的な評価としては。
だがその素質は魅力的だ。サラブレッドの血統のように、悠斗の素質部分だけが子に継がれるなら、その子を幼い頃から訓練させれば、結果的に強い能力者が生まれるということだ。
政略結婚ならぬ、血統結婚とでも言うべきか。弓は一切濁さず、月氏は一夫多妻制が実質成立しているとまで言った。
さらに隠さずに、自分かみのりのどちらかが悠斗の正妻候補であるとも言った。
……ぼんっきゅっぼん、とつるぺたーんを揃えた訳ではないであろうが。
悠斗は呆れたものだが、分からないわけでもなかった。
あちらの世界でも、強い傭兵がもてはやされ、何人もの女を囲うということはよくあった。
魔法に優れた貴族は、同じく魔法に優れた貴族と互いに政略結婚を行い、魔法という戦力を引き継いでいた。
悠斗にしても迫られたことは数え切れないし、認めたくない若さゆえの過ちをおかしたこともある。
幸いにも子供は出来なかったようだが……死んだ時点で誰かが妊娠していた可能性はある。実は隠し子が、などという可能性もあるが、それはさすがに今の人生には関係がない。
そんな悠斗の内心にも気付かず、弓は視線すら合わせずに月氏の内情を説明していた。
月氏十三家において、基本的に恋愛結婚というのはありえない。
あるいは結婚ということすら、表向きの言い訳に使われる。
月氏一族は魔物と戦ってきた一族であり、基本的に男の方が女より肉体能力は高く、魔法の才能は同等である。
つまり魔物との最前線に立つのは男が多く、戦死者も男が多い。
余った女は、それでも生き残った手練の男の妾、あるいは種をもらって子供を産む育てる使命を持つ。
どうにも納得しづらい環境ではあるが、強い男の遺伝子を残すというのは、理にかなったものではあるのだろう。
さすがに遺伝子が科学的に説明される現代ではなくなったが、昔は兄妹の近親婚すら行われていたらしい。
まあそれに関しては、古代だから、の一言で済ませばいい。古代エジプト王朝や、古代大和王朝では、近親婚が普通に行われていたのだ。聖徳太子の両親が腹違いの兄妹であることは有名である。
似たような立場なのがアルである。
彼は魔法技術の国家間交流ということで日本に来ているのだが、実際のところは遺伝子の多様さを求められてもいるのだ。
ゴブリンが世界に公然と発見される以前、能力者たちは基本的に、国家か共通の文明圏に属することが多かった。
だが経済のグローバル化などという頓珍漢な言葉とは違って、魔物の発生頻度とその力は増加していっている。
自然と軍事費に回す予算が多くなるわけであるが、それをある程度制限するためにも、軍事力ではない戦力、能力者の育成と強化は世界にとって喫緊の課題となっている。
日本の月氏十三家のみならず、世界中の組織がそれは認識しており、ある程度友好的な組織同士は、新しい血を入れる必要を認めていた。もしくは仲の悪い組織が、交流するために能力者を送り込むことさえあるという。
「君の場合だと、朝比奈さんか沖田さんを妻にして、あと何人か女性をあてがわれることになるんじゃないかな? 実績が出たら、その数はさらに増えるだろうね」
「ちょっと待てキリスト教圏。一夫一妻がキリスト教の原則だろ?」
「妻は一人でも妾は違うよ。それにまあ……キリスト教なんて時代遅れなもの、僕たち能力者が信じているわけないだろ?」
イエスさんの行った奇跡など、全て能力者の力の範疇で出来ることである。
キリスト教は奇跡だけでなく魂の安寧を求めるもの、まあ宗教は全般的にそうなのであるが、能力者は基本的に現実主義である。
魂の転生は存在するようだが、天国や地獄といったものは存在せず、不完全ではあるが蘇生魔法すらある。
あちらの世界では蘇生魔法は条件的だが完成していたし、さらなる研究自体はかなり大規模に成されていた。副次的な効果もあった。おそらく技術の質の差であろう。
そもそもキリスト教全盛の時代、能力者は権力からは距離を置いていた。
実在する神を知る能力者にとって、宗教の神というのは紙のように薄っぺらなものでしかなかったのだ。
「さて、それでは悠斗の戦闘力もある程度上がったので、今日から迷宮に潜ってみようと思います!」
ゴールデンウィーク中には何のイベントも発生せず、再開された学校の放課後、いつものごとく何の前触れもなく、春希は部室で宣言した。
アルがにこやかに拍手すると、数秒遅れてみのりもそれに倣い、弓は何も聞こえなかったかのように読書を続け、しかし春希はそんな弓にも気にせず先を続けた。
「今まで足手まといだった悠斗だけど、この間の戦闘力分析の結果、迷宮ソロ挑戦を許される、ランク3に達しました!」
戦闘力分析とは何だ? とは悠斗は尋ねなかった。
ゴールデンウィーク前に部活では、室内での雑談という名の戦闘座学を行っていたのだが、その最後に春希が持ってきた機械で、悠斗を測定したのである。その結果ということか。
測定である。鑑定ではない。
よくあるライトノベルのように、見ただけで相手のレベルやステータス、スキルなどを見抜くことなど出来ない。
だが魔力と制御力から魔法攻撃力を計算するように、様々な数値化出来る要素から、戦闘力の分析は出来る。
そのため春希が持ってきたのは片手で持ち運べるサイズのものであったが、実は魔法として同じ効果があるものもあるし、悠斗の知る限りでは似たような効果がある闘技もある。
解析系という分類の魔法であるが、万能には程遠い。
魔力を抑えておけば計測する数値が変わるし、戦闘技能や使用出来る魔法の種類、熟練度や経験はほとんど反映されないからだ。
それでも魔物の感知などには便利なため、春希や弓はある程度それらの魔法が使える。
もっとも能動的に使わなければいけないので、殺気の感知や野生の勘に頼るほうが、悠斗の場合は便利そうである。
(探査の魔法か。あっちでもあったなあ)
人間と違って魔物の場合、内包している魔力がそのまま戦闘力に直結している場合が多かった。
魔族にしても、やはり内包する魔力が高い方が、大方は格上だった。知略に長けた魔族が重用されなかったのが、あちらの世界での人間側の勝因だと思っている。
魔王自身は相当に戦略や戦術に通じていたようだったのだが。
「まあ、ここまで早く段階を上げることになるとは思ってなかったけどね」
春希はいつもとは少し違う、警戒感のこもった視線で悠斗を見つめる。
「普通なら魔物を殺すのに、最初は躊躇うものなのよね。最初からゴブリンを容赦なく殺すし……一族の人間だって、最初はなかなかちゃんと動けないのが普通なの」
私も含めてね、と春希は続けた。それはもう、生まれる前から殺戮の経験がある悠斗と同じにしてはいけない。
「人間の場合、割合にして百人に二人は、生まれつき殺人を全く躊躇しないと言われてる」
弓の言葉は悠斗にとって心外なものであるのだが、そう思われても仕方がない。
普段どおりの装備で、一行は魔境となった森へと踏み入った。
一時期よりは魔物の発する瘴気が薄い。他の一族も含めて、多くの能力者が訓練がてら魔物を間引いていったのだろう。
しかし中には魔物に返り討ちにあう者もいる。それは当然だ。どれだけ注意をしていても、魔物との戦いは殺し合いである。ちょっとした油断や隙が、致命的なものになることは多い。
それでも一族は、過酷な狩りを止めようとはしない。安全マージンを取りすぎて練度が下がった能力者など、なんの役にも立たないからだ。
多少は死ぬぐらいの難度でちょうどいい。一族の長老たちはそう考えている。
「しかし迷宮だと、今までとは違う戦い方が必要になるんじゃないか?」
森での戦い方は、悠斗も連携に慣れてきた。しかし迷宮となるとそうはいかないだろう。
具体的には春希の弓矢は使いにくいし、みのりの薙刀も取り回しに困りそうだ。
「まあそれは、ダンジョンに行ってからのお楽しみってとこかしらね」
悪戯っ子めいた春希の言葉に、悠斗は内心で溜め息をつく。
どこか気の抜けた様子に、悠斗は危機感が大きくなるのを感じていた。
それに気が付いたとき、悠斗は愕然とした。彼の唐突な叫びは久しぶりに帰宅した家族団欒の夕食の席でなされ、頭を抱える息子に、母は白い視線を向けた。
「いいから食べなさい。思春期の悩みなら聞いてあげるから」
「いや、そういったもんじゃないんだけどね……」
料理に集中する悠斗。今日のメニューはカレーである。弟の味覚に合わせているので、かなり甘口である。
さて、魔法学校に入学して、一月弱が過ぎていた。
その間に悠斗は色々な情報を得ることが出来たが、どうも自分の進路は失敗だったのではないかと思っている。
彼の目的は家族の安全と、自分の保身。さらに言うなら畳の上での大往生である。
だが魔力の強さは知られ、春希には目をつけられ、裏社会の情報まで知らされてしまっては、当初の目的とは違って裏社会で非合法な活動する責任が生まれてきそうである。
いや、裏社会というと語弊があるのかもしれないが。
しかし勇者の経験のせいか、世界の命運などにも関心を持ってしまう自分がいる。そんなことは一族のお偉いさんに任せるしかないのだ。勇者であり、王や将軍と面識のあった前世ではないのだから。
早急に対策を取りたい。幸い彼の戦闘力は、まだ春希以上の上位者たちには知られていない。そしてその戦闘力の上限を、春希たちは勘違いしている。
同好会の四人の中で、一番頭が良いと言うか、日本の能力者の知識に優れているのは沖田弓である。
彼女は月氏十三家における強さの指標を悠斗に教えてくれた。
38000の魔力というのも、あくまで一つの基準でしかないのだと。
この世界にもあちらの世界にも、ステータスとかスキルといった、ゲーム的なものはない。
もちろん魔力の量は計ることが出来るし、筋力や柔軟性などは、ステータスではなく普通に測定出来る。
だがそれでもある程度の計算式で、実力を数値化することは出来るのだ。
魔力の量。これが多い者は、確かに基本的には強い。
だがこれに魔力制御という関数を用いることにより、実際に発生する魔法の威力は上下する。
魔力×魔力制御力=魔法攻撃力、といったところであろうか。魔法制御と一言で言っても色々な内容があるので、そこでも式が出来るのだが。
さらにこれに、使用可能な魔法の数、魔法の構築にかかる速度、はては実戦においてどう魔法を使用したかなど、単に魔力の量だけではその強さは決まらないと言って良い。
他に衝撃的だったのは、弓が全く表情を変えずに言ったのは、悠斗を種馬として囲いたい家があるということである。
悠斗の魔力は巨大である。そして魔力の量はある程度遺伝する。これは悠斗の母方に、魔力を持つ者がいたことで確定しているし、月氏一族も同じであるので間違いない。
能力者の戦闘力は、素質と環境が半分ほどの割合で構成されると言われている。
幼い頃から魔法に触れ、そしてそれを高める訓練を受けていた一族の子息に比べれば、いくら魔力が多いと言っても、悠斗の戦闘力などそれほどのものでもないということだ。少なくとも客観的な評価としては。
だがその素質は魅力的だ。サラブレッドの血統のように、悠斗の素質部分だけが子に継がれるなら、その子を幼い頃から訓練させれば、結果的に強い能力者が生まれるということだ。
政略結婚ならぬ、血統結婚とでも言うべきか。弓は一切濁さず、月氏は一夫多妻制が実質成立しているとまで言った。
さらに隠さずに、自分かみのりのどちらかが悠斗の正妻候補であるとも言った。
……ぼんっきゅっぼん、とつるぺたーんを揃えた訳ではないであろうが。
悠斗は呆れたものだが、分からないわけでもなかった。
あちらの世界でも、強い傭兵がもてはやされ、何人もの女を囲うということはよくあった。
魔法に優れた貴族は、同じく魔法に優れた貴族と互いに政略結婚を行い、魔法という戦力を引き継いでいた。
悠斗にしても迫られたことは数え切れないし、認めたくない若さゆえの過ちをおかしたこともある。
幸いにも子供は出来なかったようだが……死んだ時点で誰かが妊娠していた可能性はある。実は隠し子が、などという可能性もあるが、それはさすがに今の人生には関係がない。
そんな悠斗の内心にも気付かず、弓は視線すら合わせずに月氏の内情を説明していた。
月氏十三家において、基本的に恋愛結婚というのはありえない。
あるいは結婚ということすら、表向きの言い訳に使われる。
月氏一族は魔物と戦ってきた一族であり、基本的に男の方が女より肉体能力は高く、魔法の才能は同等である。
つまり魔物との最前線に立つのは男が多く、戦死者も男が多い。
余った女は、それでも生き残った手練の男の妾、あるいは種をもらって子供を産む育てる使命を持つ。
どうにも納得しづらい環境ではあるが、強い男の遺伝子を残すというのは、理にかなったものではあるのだろう。
さすがに遺伝子が科学的に説明される現代ではなくなったが、昔は兄妹の近親婚すら行われていたらしい。
まあそれに関しては、古代だから、の一言で済ませばいい。古代エジプト王朝や、古代大和王朝では、近親婚が普通に行われていたのだ。聖徳太子の両親が腹違いの兄妹であることは有名である。
似たような立場なのがアルである。
彼は魔法技術の国家間交流ということで日本に来ているのだが、実際のところは遺伝子の多様さを求められてもいるのだ。
ゴブリンが世界に公然と発見される以前、能力者たちは基本的に、国家か共通の文明圏に属することが多かった。
だが経済のグローバル化などという頓珍漢な言葉とは違って、魔物の発生頻度とその力は増加していっている。
自然と軍事費に回す予算が多くなるわけであるが、それをある程度制限するためにも、軍事力ではない戦力、能力者の育成と強化は世界にとって喫緊の課題となっている。
日本の月氏十三家のみならず、世界中の組織がそれは認識しており、ある程度友好的な組織同士は、新しい血を入れる必要を認めていた。もしくは仲の悪い組織が、交流するために能力者を送り込むことさえあるという。
「君の場合だと、朝比奈さんか沖田さんを妻にして、あと何人か女性をあてがわれることになるんじゃないかな? 実績が出たら、その数はさらに増えるだろうね」
「ちょっと待てキリスト教圏。一夫一妻がキリスト教の原則だろ?」
「妻は一人でも妾は違うよ。それにまあ……キリスト教なんて時代遅れなもの、僕たち能力者が信じているわけないだろ?」
イエスさんの行った奇跡など、全て能力者の力の範疇で出来ることである。
キリスト教は奇跡だけでなく魂の安寧を求めるもの、まあ宗教は全般的にそうなのであるが、能力者は基本的に現実主義である。
魂の転生は存在するようだが、天国や地獄といったものは存在せず、不完全ではあるが蘇生魔法すらある。
あちらの世界では蘇生魔法は条件的だが完成していたし、さらなる研究自体はかなり大規模に成されていた。副次的な効果もあった。おそらく技術の質の差であろう。
そもそもキリスト教全盛の時代、能力者は権力からは距離を置いていた。
実在する神を知る能力者にとって、宗教の神というのは紙のように薄っぺらなものでしかなかったのだ。
「さて、それでは悠斗の戦闘力もある程度上がったので、今日から迷宮に潜ってみようと思います!」
ゴールデンウィーク中には何のイベントも発生せず、再開された学校の放課後、いつものごとく何の前触れもなく、春希は部室で宣言した。
アルがにこやかに拍手すると、数秒遅れてみのりもそれに倣い、弓は何も聞こえなかったかのように読書を続け、しかし春希はそんな弓にも気にせず先を続けた。
「今まで足手まといだった悠斗だけど、この間の戦闘力分析の結果、迷宮ソロ挑戦を許される、ランク3に達しました!」
戦闘力分析とは何だ? とは悠斗は尋ねなかった。
ゴールデンウィーク前に部活では、室内での雑談という名の戦闘座学を行っていたのだが、その最後に春希が持ってきた機械で、悠斗を測定したのである。その結果ということか。
測定である。鑑定ではない。
よくあるライトノベルのように、見ただけで相手のレベルやステータス、スキルなどを見抜くことなど出来ない。
だが魔力と制御力から魔法攻撃力を計算するように、様々な数値化出来る要素から、戦闘力の分析は出来る。
そのため春希が持ってきたのは片手で持ち運べるサイズのものであったが、実は魔法として同じ効果があるものもあるし、悠斗の知る限りでは似たような効果がある闘技もある。
解析系という分類の魔法であるが、万能には程遠い。
魔力を抑えておけば計測する数値が変わるし、戦闘技能や使用出来る魔法の種類、熟練度や経験はほとんど反映されないからだ。
それでも魔物の感知などには便利なため、春希や弓はある程度それらの魔法が使える。
もっとも能動的に使わなければいけないので、殺気の感知や野生の勘に頼るほうが、悠斗の場合は便利そうである。
(探査の魔法か。あっちでもあったなあ)
人間と違って魔物の場合、内包している魔力がそのまま戦闘力に直結している場合が多かった。
魔族にしても、やはり内包する魔力が高い方が、大方は格上だった。知略に長けた魔族が重用されなかったのが、あちらの世界での人間側の勝因だと思っている。
魔王自身は相当に戦略や戦術に通じていたようだったのだが。
「まあ、ここまで早く段階を上げることになるとは思ってなかったけどね」
春希はいつもとは少し違う、警戒感のこもった視線で悠斗を見つめる。
「普通なら魔物を殺すのに、最初は躊躇うものなのよね。最初からゴブリンを容赦なく殺すし……一族の人間だって、最初はなかなかちゃんと動けないのが普通なの」
私も含めてね、と春希は続けた。それはもう、生まれる前から殺戮の経験がある悠斗と同じにしてはいけない。
「人間の場合、割合にして百人に二人は、生まれつき殺人を全く躊躇しないと言われてる」
弓の言葉は悠斗にとって心外なものであるのだが、そう思われても仕方がない。
普段どおりの装備で、一行は魔境となった森へと踏み入った。
一時期よりは魔物の発する瘴気が薄い。他の一族も含めて、多くの能力者が訓練がてら魔物を間引いていったのだろう。
しかし中には魔物に返り討ちにあう者もいる。それは当然だ。どれだけ注意をしていても、魔物との戦いは殺し合いである。ちょっとした油断や隙が、致命的なものになることは多い。
それでも一族は、過酷な狩りを止めようとはしない。安全マージンを取りすぎて練度が下がった能力者など、なんの役にも立たないからだ。
多少は死ぬぐらいの難度でちょうどいい。一族の長老たちはそう考えている。
「しかし迷宮だと、今までとは違う戦い方が必要になるんじゃないか?」
森での戦い方は、悠斗も連携に慣れてきた。しかし迷宮となるとそうはいかないだろう。
具体的には春希の弓矢は使いにくいし、みのりの薙刀も取り回しに困りそうだ。
「まあそれは、ダンジョンに行ってからのお楽しみってとこかしらね」
悪戯っ子めいた春希の言葉に、悠斗は内心で溜め息をつく。
どこか気の抜けた様子に、悠斗は危機感が大きくなるのを感じていた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
社畜だった私は異世界転生をする 〜第一王女なんて聞いてません〜
mikadozero
ファンタジー
私佐藤凛は、一日七時間働き、その後上司に「サービス残業お願いね」そう言われて上司は先に帰る始末。
そんな生活に私はうんざりしていた。そんな私は一日に五時間ほどしか睡眠が取れない。(時間がある日)
そんな生活を送っていると流石に体がついてこなくなった。
私は、家の中で倒れてしまうのだった。独身で誰も周りに友達もおらず、勉強一筋で生きてきた私に価値などなかったのだ。
目を覚ますと、そこは知らない建物が立っているところであり!?
ケモ耳が生えているもののいたりエルフの特徴に当てはまる人もいた!?
だが……そんな楽しい生活を楽しみたかったが……前世の癖で仕事を求めてしまう。
そんな彼女がたどり着いた職業とは……
※絵はイメージです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる