転移、のち、転生 ~元勇者の逸般人~

草野猫彦

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11 魔法使いの日常

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 国立魔法学校は、魔法使いを育成する学校であると同時に、公立のつまりは普通の学校という面も持っている。
 五教科の授業は当然存在するし、音楽や美術といった科目も存在する。
 だが所謂お受験に直結しない教科や、特に保健体育は魔法に関する知識を与え、その制御を指導する学科である。
 魔法使いと言っても、実際にハンター資格を取るまでは学生であるし、ドロップアウトする者もいないではない。
 そのため受験用の科目は存在し、本当に魔法に関する授業は、補習や部活動によって行われるものである。

 さて悠斗の場合であるが、彼はごく普通に日常を過ごしていた。
 元々勉強は出来る方であったのだが、前世で習ったことが今では間違ったことになってたりして、混乱したぐらいである。
 保健体育の授業においては、明らかに教師が彼を見る目が違う。
 内容は保健の授業ではそもそも魔力をどう使うかから基礎的なものを教わる。正直こちらの世界の魔法とあちらの世界の魔法の違いを知りたかったので、これはありがたい。
 結論。何も変わらない。
 あちらの世界で実験で得られた法則が、こちらでは科学の数式でさらに立証されているぐらいであった。
 しかし中学生レベルの生徒に数式で説明しても、ほとんどは分からないと思うのだが……。

 体育の授業においては、とにかく体力の向上と武術を学ぶことになる。
 魔力を使う闘技などは、まず体を慣らしてからのものである。悠斗はともかく、他の学生にはいきなりの闘技の授業は荷が重いだろう。

 さて、そして放課後である。
 実際のところ悠斗が最も有意義だと感じるのは、この活動であった。
 一般人枠から入学した者は、補習や部活動で己が井の中の蛙であったことを知る。そして基礎から知識を叩き込まれ、訓練を受ける。この時点で退学する者も多いと聞く。
 だが悠斗が所属しているのは、春希率いるSF研究会である。
 日本古来からの魔法技術と歴史を貯めこみ、さらにアルから海外の魔法まで教えられるこの集まりは、技術の研鑽という面では非常にありがたいものであった。



 部室は広く、その壁面には書物がたくさん並んでいる。
 あえて本と言わないのは、紐綴りの紙束や巻物なども置いてあるからだ。
 これらは月氏一族が、一族内でのみ共有するために作った出版社で、小部数出した物である。だけでなく肉筆の写本であったりもする。当然ながら本屋には売ってない。
 これを読むのが悠斗の目的である。他の部活の人間は、ここが宝物庫であることを知らない。

 そんな部室では、沖田弓がいつも読書をしている。
 真面目な本だけでなく、ライトノベルやマンガを読んでいることもある。なんでも創作物から新しい魔法に関してインスピレーションを受けることがあるというのだ。悠斗と同じである。
「さて、しばらく間が空いたわけだけど、そろそろまた魔物狩りに行くわよ」
 いつも溌剌とした声で春希は言うが、どこからこの元気は出てくるのだろうか。
 そんな疑問はともかく、悠斗はその提案という名の命令に対して、特に抵抗することはない。

 ここしばらく、悠斗は基本的な魔法と、基本よりもやや上の、初級の闘技を教えてもらっていた。
 御剣雅香の言っていたように、あの森は魔物が活性化していたようで、しばらくは一族の中でも高位の能力者が間引きをしていたそうだ。
「前回は悠斗にゴブリンを殺してもらったけど、今度こそは間違いなく戦ってもらいます」
 どうやら投石で倒した分は、カウントされていないようだ。
「剣で殺しても石で殺しても、殺した事実に変わりはないと思うけどな」
「複数のゴブリンに囲まれて、石を投げてどうにか出来るの?」
 これに関しては春希の言い分の方が正しかった。

 別に悠斗も、ゴブリンという生物を殺すことに躊躇しているわけではないのだ。
 人型をしていても、ゴブリンは残忍な害獣だ。見つけたら即殺すのが、あちらの世界でも常識だった。
 ……少数のゴブリンを追いかけて、ゴブリンの包囲網に引っかかったアホ王子のような例もあったが。あれは散々馬鹿にして笑わせてもらった。その後に見事な自業自得の戦死まで遂げたので、悠斗の「スッキリしたリスト」の上位に入っている。
 かくして悠斗はまた剣を背負い、ゴブリン狩りに赴くことになったのである。



 場所は同じ。しかし気配が明らかに違った。
「竜脈が活性化してるわね」
 呟いた春希に視線を向けられると、弓は無言で頷く。
「つまり、強い魔物が出るってことか?」
 悠斗の念押しに、春希は頷いた。

 魔物というのは、魔力が溜まりやすい、もしくは吹き出ている場所に集まる。
 それは魔法で作った結界の中であったり、違う世界とつながりやすい場所であるのだ。
 竜脈が活性し魔力が濃くなっているということは、違う世界との境界があやふやになっているということ、と考えられている。
 より強力な魔物が出現する。そう考えると、さっさと撤退したい気分の悠斗である。

 前世、あちらの世界では逃げ出したくても、逃げる場所がなかったし、逃げるために仲間を見捨てるわけにはいかなかった。
 だがまだ今の時点では、この四人を見捨てて逃げても、それほど良心の呵責は感じないだろう。悠斗は最初から覚悟をした上で、この四人と付き合っている。
 それに現在悠斗の頭の中を占めているのは、別の疑問であった。



 あちらの世界には魔法があった。文明はそれと融合して発展していた。
 科学と同じようなものは、錬金術と言われていた。あるいは魔導師の研究対象にもなっていた。
 こちらの世界にも魔法はあった。隠れていただけだ。しかしなぜ、隠す必要があったのか。そしてどうして今更、隠すのに無理が出るほど、魔物が出現するようになったのか。
 神が表に出ることを禁じたのだ、と春希は説明した。だが歴史や神話を調べれば、魔法という存在は、呼び名はどうあれ記録に出てくる。
 神話の中の力など、全て魔法のようなものだ。歴史の時代に入っても、日本だけですら空海や安倍晴明などの存在は、魔法使いのような存在と考えてもいいだろう。新興宗教の教祖などは微妙だが。
 ヤマトタケルが戦ったヤマタノオロチなどは、向こうの世界のヒュドラと同じ系統の魔物だろう。
 そもそもヒュドラという単語が、こちらと向こうではほぼ一緒だ。

 二つの世界の間には、通り抜けられる通路がある。悠斗の存在からしても、移動手段があるのは間違いない。
 疑問なのはなぜ太古の神は、魔法を表舞台から隠したのか。異世界転移するまで悠斗は、魔法なんてもちろん存在しないし、魔物など御伽噺か、事実が捻じ曲がって伝えられたものだと思っていた。
 だがこちらの世界に帰ってきて、改めて不思議に思うことは多かった。
 あちらの世界には、犬や猫の系統の動物がいた。また恐竜のような生物がいた。
 そして恐竜のような生物は、魔物ではなかった。あちらの世界では、魔物とは魔力によって強化された生物を指すからだ。

 生物の種が向こうに、あるいはこちらに来るからには、その門の大きさはかなりのもので、しかもある程度の長さで保たれていないとおかしい。
 外来種が既存の種を駆逐してしまうことは地球でもあることだが、ある程度の数がなければ、繁殖には成功しないのだ。
 神の目的が分からない。
 前世において、あの魔王は神すら喰らう絶対者であった。
 他の全ての神の力を受けて、ようやく悠斗はあの魔王に対抗できたのだ。
 この世界にも神がいるとして、それと対になる存在はいないのだろうか。
 悠斗が懸念しているのはそれだ。

 もし悠斗が前世の力を取り戻したとして、もう一度あの魔王レベルの敵と戦って勝てるか。
 今は勝てない、それは確かだ。
 おそらく勝つためには、この世界の能力者全ての力を結集し、さらにその神とやらの協力も必要になるだろう。
 わざわざ世界の裏に隠れている神の力が、あちらでは誰もが知っている神の力に匹敵するかは疑問だが。
(まあ魔王がこちらの世界に来るわけではないけど……)
 思考の脱線に悠斗は気付いた。元はこの世界の文明について考えていたはずだ。
 それは最終的には、神とは何者なのかという疑問にいきつく。

 神の力の元に隠され、歪んだ世界。
 魔法のあるあちらの世界を悠斗は最初不自然だと思ったが、むしろこの世界の方が不自然ではないのか。
 神はその問いに答えてくれるのだろうか?



 前回よりもかなり警戒している。それは悠斗にも明らかに分かった。
 既に霊銘神剣で武装した四人は、春希と悠斗を守るように、陣形を整えている。
「ゴブリンの跡……」
 弓が呟いて示した地面を、三人が確認する。無言で。
 ピリピリしている。明らかに集中力過剰だ。
「撤退しないのか?」
 その選択肢もあるはずだ。悠斗という存在がお荷物と認識しているなら、むしろその選択が最善解だろう。
「あんたが最初の探索で腰抜かしてたら、そうしたかもね」
 なるほど、悠斗の存在を計算してなお、進むべきだと判断したのか。

 それから30分ほどの間に、一行は何の魔物にも出会わなかった。
 季節的にある程度日は長くなっていたが、少しでも視界が通る方がいい。
 春希は慎重に撤退の指示を出し、弓を最後尾にして森を抜けた。

 精神的に消耗している四人は、帰りの電車の中でもどっかりと座席に座っていた。
「……かなり疲れてるみたいだけど、リスクを取りすぎたんじゃないのか?」
 悠斗からしてみれば、それほどのリスクではない。だが自分の実力がもっと低かった場合、これほど疲労するリスクを取っただろうか。
 取らない。余力は残しておくべきだ。あちらの世界での戦闘では、何度も限界ぎりぎりのものがあったが、本来ならそれは回避すべきものだ。
 回避すべきリスクを、どうして取るのか。
「安全ばっかり追求してても、強くなれるわけないでしょうが」
 春希の言葉には真実が含まれているが、死んでしまっては仕方がない。
「それに最悪、あたしだけは守られる立場にあった」

 春希の言葉に、一瞬悠斗は動揺した。
 命の価値に順番を付けている。宗家の人間である春希の命は、他の三人より重いということか。
 現代日本人なら建前の上でも否定するところだが、悠斗には分かっている。
 人間の価値は平等ではない。
 あちらの世界で最も重要な人間は、魔王を倒せる力を持つ悠斗であった。悠斗を育てるため、逃がすため、何人もの人間が死んでいった。
 そして悠斗の次に重要なのが、魔王討伐後の世界を復興させる人間であった。つまり各国の王や、部族を率いる長であった。
 だから悠斗はそこは追求せず、自らの疑問をもう一度、少し形を変えて尋ねた。
「命の危険ぎりぎりの戦闘を、そんなにするものなのか?」
「楽な戦いだけやっても、強くなるわけないでしょ。練習で幾ら血と汗を流そうが、命のかかった実戦に参加するのは、強くなるためには必要なのよ」

 理解出来る。出来てしまう。
 だから悠斗は、否定はしなかった。
「一番戦闘力がなくて、素質はある俺が、一番危険だったんじゃないのか? それを考えれば、訓練を重ねた上であそこに踏み込むべきだったと思うけど」
「……」
 春希は考えている。そしてその春希を、残りの三人が見つめている。
「確かに、あたしの判断が甘かったと思う。しばらくは森は避けて、訓練しましょ」
 無謀ではない。彼女の言葉に悠斗はやっと、息を吐き出して力を抜いた。
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