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8 神は死んだ
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神という存在を、悠斗は信じていない。
正確に言えば、地球に神がいるとは思っていなかった。あちらの世界では神と呼ばれる存在がいたが、魔王にも勝てないほどの力しか持っていなかった。
神は魔法でも実現不可能な奇跡を起こせたりもしたが、地球の知識を導入したら、魔法で再現可能なことも多かった。
だからわざわざ異世界より、素質のある人間を勇者として召喚したのであるが。
「神という存在の定義から始める必要がありますが……」
アルは少し困った顔をして、考え込む。だが彼より先に、春希が明確に話し出した。
「アマテラスっているでしょ? その妹とも弟とも言われているツクヨミがあたしのご先祖様。日本を裏から支えてきたから、基本的には目立ってないのよね」
夜の世界を支配するという神話の存在で、一気に話が嘘くさくなる。
もっともそれを理解しているのか、春希は肩をすくめてやれやれと首を振った。
「まあ信じられないのも無理はないけどね。日本以外の地方にも、たいがいは神様がいて、魔法の行使を制限していたらしいのよ」
春希の言葉にアルも頷いていた。
神というのは、宗教上の神ではないらしい。
単なる絶対的な力を持った超越者であり、かつては――それこそ人間の出現以前には――世界に君臨していたのだとか。
それが今はほとんど眠っている。理由は完全に不明だ。詳しいことは文献にもほとんど残っていないが、神同士の大戦があったとも言われている。それ以前に、ほとんどの神は眠りに就いたか封印されたらしいが。
本気で神同士が戦うと、地球自体が崩壊しかねないという事情があったらしい。それでも時々眠りから醒めて短期間活動したり、神に接触出来た人間に恩寵を与えるらしい。
らしいらしいで、確定的なことはあまりない。
現在では下手に魔法を世界規模で使うと、野心家が神を眠りから覚まさせようとするので、神の存在は基本は隠しているのだとか。
最近ではヒトラーが割とその当たりをどうにかしようとしたらしいが、ヒトラーを最近と言ってしまうところがおかしい。
あとは日本も大戦においてはその力を使おうとしたらしいが、完全に一族が話を突っぱねたそうな。
魔法が存在するのに、明らかにされていない世界。
もちろん時代の為政者は大なり小なりその事情を知っているので、神の存在を明らかにしようとはしない。
「ニートとか引き篭もりみたいな感じがするぞ」
「駄目ですよ、そんなこと言っちゃ。神様はどこで聞いているのか分からないんですから」
みのりが慌ててそう言うが、他の三人は動揺していない。
「と言ってもね。原爆投下やその後の核実験に、人類の月面到達でも起きてこなかったし、基本的にはもう、人間の世界には興味ないんじゃない?」
春希の言葉に、弓とアルは頷く。悠斗も頷きかけるが、よく考えてみればこれは世間には全く出ていない情報だ。
「そんなこと、俺に教えて良かったのか?」
戸惑いと共に尋ねると、またみのりと弓は春希の方を見る。
基本的にこの二人は、春希を上位者として認めているようだ。
「ある程度の力を持ったハンターには、順次教えていく情報だしね。それにあんたの血筋、あたしらから分かれたみたいだし」
「え? マジで?」
これこそ悠斗を驚かせるものだったが、説明はちゃんと行われた。
月氏十三家。その十三家の中でも、十三の本家とそれに属する分家があるらしい。
その中の一つ、歴史の教科書でも出てくる安倍晴明の安倍氏が、十三家の一つなのだという。
安倍氏は後に土御門家として陰陽寮のトップを担う家系となるが、その安倍という名のままに月氏に属し、土御門家の裏方として動いたのが安倍家であるという。
それとは別に、歴史的に古い家柄として小野家と言う家がある。その庶流に斗上家という家があり、ここも様々な怪異やまつろわぬ民を駆逐していったのだとか。
その斗上家であるが、幕末から明治維新、そして太平洋戦争へとつながる流れの中で、血脈が絶えたと思われていた。
しかし一族の調査の結果、悠斗の母方に、その血が流れていることが判明したらしい。
(本人たちも分かっていないのに、よくそんなことが分かったな)
詳しく聞けば、調査は別に怪しいものではなく、単純にDNAを照合した結果らしい。
健康診断で手に入れた悠斗の祖父の血液から判明したDNAが、斗上家から他の家に嫁入りした女性のものとかなり一致したのだとか。
「菅原ってのも斗上家が表で名乗っていた名字の一つだし、男子の名前に斗の字を入れる習慣は元の斗上からきたんじゃないかと、まあそういう点でまず間違いないわけよ。能力の傾向からすると、やっぱり小野家の庶流である斗上家のさらに分家みたい」
なるほど、と悠斗も頷ける話であった。
母もそうであったし、悠斗の前世もそうであった。突然変異的に魔法使いが生まれるよりは、その血脈の一族であるほうがよほど説得力がある。
しかしもしその話が本当だとすれば、魔法使いの素質は遺伝によるもので、一般人とは違う存在とも言えてしまうのではないだろうか。
「まあもし突然変異でも、あんたの扱いは変わらなかっただろうけど」
一族は日本中の魔法使いを独占していたが、それには同化の歴史がある。
古代の日本は近畿地方までが朝廷の覇権の及ぶところであったし、奥州はさらに新しい日本だ。
またアイヌなどの近代に入ってから日本となった民族の領域にも、魔法使いは存在した。
その中から力の突出した者が出た場合、一族の婿に迎えるか嫁として迎えたりして、同化させたらしい。アイヌ由来の魔法を使う家は、一つの家として十三家の中に含まれている。
細かいところはさすが春希も知らないそうだ。同じ一族と言っても、全ての情報が共有されているわけではないらしい。単に彼女が興味を持っていない可能性もある。
一度に多くの情報を手に入れ、悠斗はそれを整理する。
これまでの話を全部信じるとして、悠斗は一族に迎えられるだろう。
そして家族は能力を持たないことから、特に何かの制限を受けるとは思えない。
「たぶんだけど、あんたの叔父さんも、力は使えたんだと思う」
前世の自分の話になって、悠斗の意識はまた春希に向けられる。
「それで他国の組織に目をつけられて国外に連れ出されたか、偶然こちらの世界に出てきた魔物に、殺されたんだと思う。残念だけど」
その予想が違うことを悠斗は知っているが、否定はしない。
だが意識して悲痛な表情を浮かべるだけの演技力はあった。
重要ではあるがここで話すような内容ではない会話が終わり、一向は森の中を奥へと入っていく。
悠斗は選んだ剣を持っているが、春希たちは無手である。防具の類も着用していない。
まあゴブリン程度であるなら、魔法だけでも倒せる実力があるのだろう。実際悠斗は、最初石を武器にゴブリンを倒したわけだし。
「お前たちは実戦経験あるのか?」
「なかったら素人を連れて危険地帯に入らないわよ」
そう言った春希は自信満々で、余裕と侮りが半々ぐらいになっているように悠斗には見えた。
この森は魔物の生息する領域であるという。
しかし周囲を囲む鉄条網の規模などからしても、それほどの危険な魔物は出現しないのだろう。
「あんたもあるんでしょ? オーガを倒したこと」
まあ予想はしていたが悠斗の行動は把握されていて、しかも春希はその情報も元に悠斗をスカウトしたようだ。
「オーガ相手に怯まず、術も技もろくに使えないのに倒した。一族に生まれてもっと前から訓練を受けていれば、歴史に名を残す魔法使いになったかもね」
春希は残念そうにそう言った。悠斗はオーガとの戦いで、魔法も闘技も使っていない。使えることを知られたくなかったからだ。春希の言葉からして、それには成功しているようだ。
実際のところ闘技であれば、無意識のうちに使っている人間は一般人にもいるそうだ。
しかし悠斗は、最初の戦闘で、オーガを上回った。
それは前世の経験からのものであり、異世界の知識から出した結果である。
オーガという種族は強い。少なくとも魔力の少ない普通の人間では、いくら鍛えても武装した達人クラスでないとまず倒せないほどのものだ。
それを埋めるのが魔法と闘技で、悠斗はその理論を訓練と実戦で存分に叩き込まれたものだ。
こちらの世界にも魔法があったとは言え、魔王などという存在と数十年かけて種族の滅亡をかけて戦争を続けていたあちらの世界とは、その本質的な強さに違いが出るのではないだろうか。
少なくとも悠斗は、この四人を同時に相手にしても、傷一つ負わずに殺せる自信が――いや、確信がある。
数ヶ月間ほとんど毎日、オーガなど足で踏み潰してしまうほどの魔獣と戦った経験など、この四人にはないだろう。
だから不思議な余裕を持ちつつ、だがいまだに全盛期の力を取り戻していない状態で、それゆえにかすかな警戒心を持ちながら、悠斗は歩みを進めるのだ。
「いた。はぐれの小鬼が二匹」
最初に言ったのは弓であった。メガネをくいっと動かしているが、それが実は魔法の道具であることに、悠斗は気づいている。
「はぐれなら殴るだけで死ぬけど……」
春希が何か期待した目で見てくるが、悠斗には可愛い女の子の期待の視線など効果はない。さすがに前世の経験から、同年代は若すぎるのだ。
懐から取り出だしたるは投石紐。温泉街で戦った時は手拭いを使ったが、あれを教訓にしてちゃんと使いやすい物を携帯するようになった。
基本的に投石紐は、それなりの訓練をしないと狙った所には当たらない。むしろ石を包んでブラックジャックのように殴ったほうがダメージはあるだろう。
「というか、先に見本を見せてくれよ」
もっともな悠斗の言葉に、春希はつまらなさそうな顔をする。だが何を思ったか、満面の笑顔にと表情を変えた。
「いいわ。この、あたしが、見本を見せてあげる」
胸を張る。まだ絶壁な胸を。みのりはそれなりにあるのだが、春希と弓はまだ絶壁だ。どうでもいいことだが。
そんな春希は胸の前で腕を交差させ、自信にあふれた表情で叫んだ。
『月宮の紫の姫に従い、出でよ霊銘神剣”導き”!』
腕が淡い光に包まれ、それは物質化して短弓となった。弓道で使うような大弓ではない。
「どうよこれ! これぞ霊銘神剣! 一族の中でも特に秀でた者にしか許されない、特別製の武器よ!」
ほらほら驚け、と言わんばかりの春希に対して、確かに悠斗も驚いてはいた。
だがその驚きの方向は、春希の期待していた方向とは違ったのだが。
「何もないところから、出てきた?」
「魔法の炎とか氷だってそうでしょ? まあそれとは違う系統の理論なんだけどね」
「それと、弓の形なのに神剣なのか?」
「それは古代からの呼び方があるから、今更神器とかにも変えようがないのよ。ちなみに西洋ではホーリーウェポンって呼ばれてるらしいけど」
最近ではマジックウェポンと呼ぶことも増えてきて、言葉の変遷を実感するお年寄りが多いようだ。
春希に対して確かに驚き質問をしていた悠斗だが、本当に聞きたいのはそういうことではない。
これは、魔剣だ。
かつてあちらの世界にて、悠斗が魔王との戦いのために授けられた、山を砕き海を割る武器。持ち主の魂と融合し、他者には手にすることも出来ない神器だ。
あちらの世界でも魔法の武器は多くあったが、悠斗が用いていた神剣は、それとは別格のものであった。そして春希が自慢げに見せるその弓も、あちらの世界基準で言うなら、そこそこいい魔法武器、という程度だろう。
ただ、己の肉体に同化しているという点を除いて。
「さて、じゃあゴブリン退治と行きましょうか!」
春希の宣言に対して、悠斗は当惑したまま頷いた。
と言うか春希が叫んだせいで、ゴブリンが襲い掛かってきていたのである。
正確に言えば、地球に神がいるとは思っていなかった。あちらの世界では神と呼ばれる存在がいたが、魔王にも勝てないほどの力しか持っていなかった。
神は魔法でも実現不可能な奇跡を起こせたりもしたが、地球の知識を導入したら、魔法で再現可能なことも多かった。
だからわざわざ異世界より、素質のある人間を勇者として召喚したのであるが。
「神という存在の定義から始める必要がありますが……」
アルは少し困った顔をして、考え込む。だが彼より先に、春希が明確に話し出した。
「アマテラスっているでしょ? その妹とも弟とも言われているツクヨミがあたしのご先祖様。日本を裏から支えてきたから、基本的には目立ってないのよね」
夜の世界を支配するという神話の存在で、一気に話が嘘くさくなる。
もっともそれを理解しているのか、春希は肩をすくめてやれやれと首を振った。
「まあ信じられないのも無理はないけどね。日本以外の地方にも、たいがいは神様がいて、魔法の行使を制限していたらしいのよ」
春希の言葉にアルも頷いていた。
神というのは、宗教上の神ではないらしい。
単なる絶対的な力を持った超越者であり、かつては――それこそ人間の出現以前には――世界に君臨していたのだとか。
それが今はほとんど眠っている。理由は完全に不明だ。詳しいことは文献にもほとんど残っていないが、神同士の大戦があったとも言われている。それ以前に、ほとんどの神は眠りに就いたか封印されたらしいが。
本気で神同士が戦うと、地球自体が崩壊しかねないという事情があったらしい。それでも時々眠りから醒めて短期間活動したり、神に接触出来た人間に恩寵を与えるらしい。
らしいらしいで、確定的なことはあまりない。
現在では下手に魔法を世界規模で使うと、野心家が神を眠りから覚まさせようとするので、神の存在は基本は隠しているのだとか。
最近ではヒトラーが割とその当たりをどうにかしようとしたらしいが、ヒトラーを最近と言ってしまうところがおかしい。
あとは日本も大戦においてはその力を使おうとしたらしいが、完全に一族が話を突っぱねたそうな。
魔法が存在するのに、明らかにされていない世界。
もちろん時代の為政者は大なり小なりその事情を知っているので、神の存在を明らかにしようとはしない。
「ニートとか引き篭もりみたいな感じがするぞ」
「駄目ですよ、そんなこと言っちゃ。神様はどこで聞いているのか分からないんですから」
みのりが慌ててそう言うが、他の三人は動揺していない。
「と言ってもね。原爆投下やその後の核実験に、人類の月面到達でも起きてこなかったし、基本的にはもう、人間の世界には興味ないんじゃない?」
春希の言葉に、弓とアルは頷く。悠斗も頷きかけるが、よく考えてみればこれは世間には全く出ていない情報だ。
「そんなこと、俺に教えて良かったのか?」
戸惑いと共に尋ねると、またみのりと弓は春希の方を見る。
基本的にこの二人は、春希を上位者として認めているようだ。
「ある程度の力を持ったハンターには、順次教えていく情報だしね。それにあんたの血筋、あたしらから分かれたみたいだし」
「え? マジで?」
これこそ悠斗を驚かせるものだったが、説明はちゃんと行われた。
月氏十三家。その十三家の中でも、十三の本家とそれに属する分家があるらしい。
その中の一つ、歴史の教科書でも出てくる安倍晴明の安倍氏が、十三家の一つなのだという。
安倍氏は後に土御門家として陰陽寮のトップを担う家系となるが、その安倍という名のままに月氏に属し、土御門家の裏方として動いたのが安倍家であるという。
それとは別に、歴史的に古い家柄として小野家と言う家がある。その庶流に斗上家という家があり、ここも様々な怪異やまつろわぬ民を駆逐していったのだとか。
その斗上家であるが、幕末から明治維新、そして太平洋戦争へとつながる流れの中で、血脈が絶えたと思われていた。
しかし一族の調査の結果、悠斗の母方に、その血が流れていることが判明したらしい。
(本人たちも分かっていないのに、よくそんなことが分かったな)
詳しく聞けば、調査は別に怪しいものではなく、単純にDNAを照合した結果らしい。
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「菅原ってのも斗上家が表で名乗っていた名字の一つだし、男子の名前に斗の字を入れる習慣は元の斗上からきたんじゃないかと、まあそういう点でまず間違いないわけよ。能力の傾向からすると、やっぱり小野家の庶流である斗上家のさらに分家みたい」
なるほど、と悠斗も頷ける話であった。
母もそうであったし、悠斗の前世もそうであった。突然変異的に魔法使いが生まれるよりは、その血脈の一族であるほうがよほど説得力がある。
しかしもしその話が本当だとすれば、魔法使いの素質は遺伝によるもので、一般人とは違う存在とも言えてしまうのではないだろうか。
「まあもし突然変異でも、あんたの扱いは変わらなかっただろうけど」
一族は日本中の魔法使いを独占していたが、それには同化の歴史がある。
古代の日本は近畿地方までが朝廷の覇権の及ぶところであったし、奥州はさらに新しい日本だ。
またアイヌなどの近代に入ってから日本となった民族の領域にも、魔法使いは存在した。
その中から力の突出した者が出た場合、一族の婿に迎えるか嫁として迎えたりして、同化させたらしい。アイヌ由来の魔法を使う家は、一つの家として十三家の中に含まれている。
細かいところはさすが春希も知らないそうだ。同じ一族と言っても、全ての情報が共有されているわけではないらしい。単に彼女が興味を持っていない可能性もある。
一度に多くの情報を手に入れ、悠斗はそれを整理する。
これまでの話を全部信じるとして、悠斗は一族に迎えられるだろう。
そして家族は能力を持たないことから、特に何かの制限を受けるとは思えない。
「たぶんだけど、あんたの叔父さんも、力は使えたんだと思う」
前世の自分の話になって、悠斗の意識はまた春希に向けられる。
「それで他国の組織に目をつけられて国外に連れ出されたか、偶然こちらの世界に出てきた魔物に、殺されたんだと思う。残念だけど」
その予想が違うことを悠斗は知っているが、否定はしない。
だが意識して悲痛な表情を浮かべるだけの演技力はあった。
重要ではあるがここで話すような内容ではない会話が終わり、一向は森の中を奥へと入っていく。
悠斗は選んだ剣を持っているが、春希たちは無手である。防具の類も着用していない。
まあゴブリン程度であるなら、魔法だけでも倒せる実力があるのだろう。実際悠斗は、最初石を武器にゴブリンを倒したわけだし。
「お前たちは実戦経験あるのか?」
「なかったら素人を連れて危険地帯に入らないわよ」
そう言った春希は自信満々で、余裕と侮りが半々ぐらいになっているように悠斗には見えた。
この森は魔物の生息する領域であるという。
しかし周囲を囲む鉄条網の規模などからしても、それほどの危険な魔物は出現しないのだろう。
「あんたもあるんでしょ? オーガを倒したこと」
まあ予想はしていたが悠斗の行動は把握されていて、しかも春希はその情報も元に悠斗をスカウトしたようだ。
「オーガ相手に怯まず、術も技もろくに使えないのに倒した。一族に生まれてもっと前から訓練を受けていれば、歴史に名を残す魔法使いになったかもね」
春希は残念そうにそう言った。悠斗はオーガとの戦いで、魔法も闘技も使っていない。使えることを知られたくなかったからだ。春希の言葉からして、それには成功しているようだ。
実際のところ闘技であれば、無意識のうちに使っている人間は一般人にもいるそうだ。
しかし悠斗は、最初の戦闘で、オーガを上回った。
それは前世の経験からのものであり、異世界の知識から出した結果である。
オーガという種族は強い。少なくとも魔力の少ない普通の人間では、いくら鍛えても武装した達人クラスでないとまず倒せないほどのものだ。
それを埋めるのが魔法と闘技で、悠斗はその理論を訓練と実戦で存分に叩き込まれたものだ。
こちらの世界にも魔法があったとは言え、魔王などという存在と数十年かけて種族の滅亡をかけて戦争を続けていたあちらの世界とは、その本質的な強さに違いが出るのではないだろうか。
少なくとも悠斗は、この四人を同時に相手にしても、傷一つ負わずに殺せる自信が――いや、確信がある。
数ヶ月間ほとんど毎日、オーガなど足で踏み潰してしまうほどの魔獣と戦った経験など、この四人にはないだろう。
だから不思議な余裕を持ちつつ、だがいまだに全盛期の力を取り戻していない状態で、それゆえにかすかな警戒心を持ちながら、悠斗は歩みを進めるのだ。
「いた。はぐれの小鬼が二匹」
最初に言ったのは弓であった。メガネをくいっと動かしているが、それが実は魔法の道具であることに、悠斗は気づいている。
「はぐれなら殴るだけで死ぬけど……」
春希が何か期待した目で見てくるが、悠斗には可愛い女の子の期待の視線など効果はない。さすがに前世の経験から、同年代は若すぎるのだ。
懐から取り出だしたるは投石紐。温泉街で戦った時は手拭いを使ったが、あれを教訓にしてちゃんと使いやすい物を携帯するようになった。
基本的に投石紐は、それなりの訓練をしないと狙った所には当たらない。むしろ石を包んでブラックジャックのように殴ったほうがダメージはあるだろう。
「というか、先に見本を見せてくれよ」
もっともな悠斗の言葉に、春希はつまらなさそうな顔をする。だが何を思ったか、満面の笑顔にと表情を変えた。
「いいわ。この、あたしが、見本を見せてあげる」
胸を張る。まだ絶壁な胸を。みのりはそれなりにあるのだが、春希と弓はまだ絶壁だ。どうでもいいことだが。
そんな春希は胸の前で腕を交差させ、自信にあふれた表情で叫んだ。
『月宮の紫の姫に従い、出でよ霊銘神剣”導き”!』
腕が淡い光に包まれ、それは物質化して短弓となった。弓道で使うような大弓ではない。
「どうよこれ! これぞ霊銘神剣! 一族の中でも特に秀でた者にしか許されない、特別製の武器よ!」
ほらほら驚け、と言わんばかりの春希に対して、確かに悠斗も驚いてはいた。
だがその驚きの方向は、春希の期待していた方向とは違ったのだが。
「何もないところから、出てきた?」
「魔法の炎とか氷だってそうでしょ? まあそれとは違う系統の理論なんだけどね」
「それと、弓の形なのに神剣なのか?」
「それは古代からの呼び方があるから、今更神器とかにも変えようがないのよ。ちなみに西洋ではホーリーウェポンって呼ばれてるらしいけど」
最近ではマジックウェポンと呼ぶことも増えてきて、言葉の変遷を実感するお年寄りが多いようだ。
春希に対して確かに驚き質問をしていた悠斗だが、本当に聞きたいのはそういうことではない。
これは、魔剣だ。
かつてあちらの世界にて、悠斗が魔王との戦いのために授けられた、山を砕き海を割る武器。持ち主の魂と融合し、他者には手にすることも出来ない神器だ。
あちらの世界でも魔法の武器は多くあったが、悠斗が用いていた神剣は、それとは別格のものであった。そして春希が自慢げに見せるその弓も、あちらの世界基準で言うなら、そこそこいい魔法武器、という程度だろう。
ただ、己の肉体に同化しているという点を除いて。
「さて、じゃあゴブリン退治と行きましょうか!」
春希の宣言に対して、悠斗は当惑したまま頷いた。
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