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5 初めての鬼退治
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あちらの世界で魔力と呼ばれ、こちらの世界でもいつの間にか魔力と呼ばれるそれには、二つの使い方がある。
一つはもちろん魔法。魔力を計測し、術式として構成し、ぶっちゃけ詠唱さえ覚えれば、理解してなくても使えるものである。
理解している者は詠唱無しで使えるので、もちろん理解している者の方が強い。
悠斗のかつての仲間には、ほとんど一つだけの魔法を極めて、最強とまで呼ばれた男がいた。
たった一つの魔法を必殺技にするために、ありとあらゆる研究をしたのだ。
彼は魔法理論にも詳しく、初期から終期まで、ずっと悠斗の魔法の師匠となってくれた。
そしてもう一つの使い方が『闘技』である。
魔力を感覚的に、直感的に直接的に使い、戦闘に役立てるというものである。
闘技に使われる魔力は闘気とも呼ばれたが、本質的な違いは全くない。
頭の悪い前衛戦士などは、これに熟練していたものだ。いや、もちろん悠斗は彼らを貶めるようなことはしなかったが。
体育会系と言うより、モヒカン肩パッドのノリは正直ちょっと辛かった。
それで、実は悠斗の母葉子の身体能力の高さには、この闘技を無意識に使っていたからという理由がある。
前世では気付かなかったが、今なら当然気付くことだ。ゴブリン相手なら、強化の闘技で素手でも充分に戦える。
悠斗も今世で不自然でない程度では使っていたが、前世の異世界では強化系の闘技ばかり使っていると、実際の技術の研鑽が疎かになるので、ちゃんとした師匠にもついたものだ。
今の悠斗の武器は石と投石布……つまりタオルを適当に裂いた物である。
いざとなれば直接石を武器に殴りかかるかもしれないが、それをやるには闘技の強化を使わなければ、オーガのパワーには対抗出来ない。
そして強化を使うことを、悠斗は避けたかった。
なぜならこのオーガの出現が、きわめて不自然だったからだ。
現在世界で存在が確認されているのは、ゴブリンとその亜種、上位種のみである。
オーガは皮膚が赤いため、まず間違われることはない。ゴブリンと違って体躯も圧倒的に巨大だ。
そのオーガが、わざわざ自分の前に現れた。これを偶然と言うには不自然すぎる。
悠斗の持つ力に引かれたか、それとも何者かが送り込んできたのか。
あるいはその両者かもしれない。
「まあ、なんにしろ戦うことは避けられないか」
悠斗の中で、暴力と殺戮に対する忌避感が消えていく。
最初、異世界に転移させられた時、まず悠斗が困ったのは、殺すという行為への価値観の違いだった。
地球にいた頃も祖父母の田舎で、猟で獲れた鳥や猪を解体していたものだが、人間がその対象となることはなかった。
魔族は人間ではないが、種族によってはかなり人間に似ているものもいたし、背後から殴ってくる、魔族に寝返った人間を殺したこともある。
裏組織が山賊とつながっていたり、違法な奴隷商人や悪に沈んだ貴族をぶっ殺したりと、悠斗は三桁以上の人間を殺している。
あの状況では、そういったことへの躊躇いを除く精神が必要だったのだ。
さて、転生して日本に戻ってから比較的のんびりとしていた悠斗であるが、目の前の直接的な死に対して、忘れかけていた戦意を取り戻す。
強力な魔物や魔族との死闘などでは、痛がったり泣いたりしている余裕はない。
ただただ目の前の敵を殺す。殺意を向ける。痛がりたがる肉体の声を無視する。
だが傷を負うのはある程度避けなければいけない。地球には四肢欠損を再生する魔法はないらしいし、実はあったとしても使える人間を知らない。
無傷で、あるいは最低限の怪我で勝利する。それが最低条件だ。
むしろある程度の負傷をした方がいいのかもしれないが、オーガで騒動が終わるとは限らない。
まさかオーガの上位種や亜種が出てくるとは、さすがに思わないが。
手拭いに石を入れ、回転させる。
オーガは紛れもないアホな種族である。知能で言うならゴブリンの方が上だ。
そんな脳筋種族に対して、投石は立派な武器になるのだが、強靭な筋肉や堅牢な骨に守られた部分を狙っても仕方がない。
狙うのは目、鼻、口。特に目を潰せばオーガの戦闘力はかなり減少する。あとは喉ぐらいか。
さすがにアホのオーガもそこは守るので、悠斗の狙いはそこではない。
襲い掛かって来たオーガに対して、悠斗は投石!
それは見事に…………オーガの股間を直撃した。
股間への直撃を受けたことがない男性は幸せである。
一瞬の痛みの次に来るのは、股間周辺の筋肉の急激な収縮であり、とても立っていられるものではない。
普段使うはずのない筋肉が収縮するので、その痛みは強烈な筋肉痛以上。はっきり言って息も絶え絶えというレベルだ。
オーガもまた雄であることが弱点となった。
こういった攻撃は仲間の斥候が得意だったのだが、単身敵地に乗り込む事態もあった悠斗は、ある程度そういった技術を習得している。
さて、ここからが問題である。
悶絶したオーガは体を丸めていて、一応急所を守ろうとはしている。これで仲間がいたら無理やりにでも立たせてジャンプするのが痛みを消す手段になるのだが、オーガは単独である。
たとえ雑魚であろうと、ゴブリンを連れて来るべきだった。頭の悪い魔族の、自信過剰な部分がモロに出ていた。
しかし悠斗の手持ちには、石と投石布しかない。
林の中には手ごろな槍となる木がない。なので手刀で枝を切り、その先を尖らせる。
いまだ呻き声を上げるオーガ。こちらに対する戦意は完全に喪失している。
……やはり金玉は危険である。今後もし少しでも余裕があれば、この攻撃だけは絶対に封印すべきだ。さすがに男としての罪悪感がハンパではない。
即席の槍を構え、オーガの首を狙う。
今の悠斗の筋力では、オーガの太い首の筋肉を貫けなかった。
今度は耳の穴を狙うと、絶妙に突き刺さった。どうやら脳まで達したらしく、オーガはぴくぴくと震え、やがてそれも途絶えていく。
やった。
魔法無し。闘技も無し。それ以外の切り札である『アレ』も使わなかった。
「ふーい」
大きく息を吐いて、悠斗はその場に腰を下ろした。
「警察が来るまでどれぐらいかかるかなあ……」
意識的に独り言を言って、くるくると首や肩を回す。
見られている。それは間違いない。
その視線に、こちらを害しようという類の意識は乗せられていない。ただじっくりと、こちらをただ見ているのだ。
だから魔法も闘技も使わなかった。今考えれば多少の闘技は使った方が、不自然ではなかったかもしれない。魔法と違って闘技は無意識に使う者もいるのだから。
視線は神社を挟んで別方向。オーガがやってきたであろう方向へと向ける。
そちらには人間がいるのが分かる。簡単な感知能力で、闘技の一種だが、魔法でも再現は出来る。
投石に関しては、本やテレビで見たとでも言い訳がきくだろう。
オーガと対して逃げない……どころか積極的に戦ったのは、12歳の日本人男子としては、怖いもの知らずとでも思ってもらおうか。
しかし生き物に対して――しかも人型の生物に対して容赦のない止めをさすのは、最近の日本人としてはありえないだろう。
さすがにこれで『普通の人間』と主張するのは無理があると自分でも思う。
(まあ、なるようにしかならないか。正直相手の組織の規模も拠点も分からないから、どうしようもないしな)
あちらから接触してくるのを待つ。その結果がこのオーガの襲来だったのだろうか。
魔物をテイムして魔物と戦わせるというのは、異世界でもあったことである。
魔族に従って人間を背後から刺す人間もいれば、魔物を使役して魔物を殺す人間だっていたのだ。
ぼーっとした素振りを見せながらも、悠斗は色々と頭を働かせていた。
「どう思うかね、安部君」
今回の事件、大鬼を使った対象の分析に関して、大鬼を実際に提供した青年は、問われても抑揚のない声で答えた。
「大鬼程度なら、うちの一族の者は能力なしで倒せて当たり前です。まあ、年齢的には少し若いですが、それほど珍しくはありません」
鬱蒼とした前髪の青年はぼそぼそと呟く。
「だが妖相手に何の訓練も受けていない少年が、このように対処出来たのは異常だろう?」
壮年の男は極めて常識的な説明を、つまり言わずもながのことを言っている。
安部と呼ばれた青年はそれに対しては何も感じず、淡々と意見を述べる。
「天才なんでしょう。生まれながらの修羅とも言えます。一族の中でも、あの家の男なら全員、同じことが出来ると思いますが」
「九鬼の血は、呪われたものだ。あの家の人間と一緒にしてはいけないだろう。それに何より、この少年は本当に何の訓練もなく、機転と身の回りのものだけで、大鬼、つまりオーガを倒したわけだ」
「身体能力が高いのは分かっていたはずです。……何が言いたいんです? 結城さん」
結城と呼ばれた男はかすかな笑みを浮かべ、俗物的な口調で告げた。
「この少年、うちの血族に組み入れたい」
予想はしていたがそれを外さない返答に、安部は何も反応しなかった。
彼らは日本を裏から守る一族で、固い結束を約束している。
足を引っ張り合うことは、少なくとも近世になってからはないが、競争することは当然ながらある。
一族内では家と家の婚姻が交わされ、複雑怪奇な血縁関係となり、それもお互いに争うことを防いでいる。
そして外部からの血を入れるということも、より戦力を増すという競争の一つである。
12歳の少年だろうが、将来有望となれば今のうちに唾をつけるのも良くあることだ。
接触は慎重に行わないといけないだろうが。
「安部家ではどうなのかね? 使役の術に長けた家では、あまり外部の血は入れないのだろうが」
今回の試験では、安部家と結城家の二家が担当していた。
安部家は癖の強い家であるが、結城家は比較的王道を行く能力者を輩出している。
「ああいった少年を好むのは、菊池や土岐、伊部、小野などでしょうか」
結城家はどちらかというと魔法に力を入れ、九条や六道ほどではないが儀式魔法を主とする家である。
一族全体を見れば、外部の血を欲しがるのは、前衛戦闘系の家であろう。
結城は唇を歪めながらも頷き、安部の言葉に納得する。
「菅原悠斗と言ったか……。名前に斗の付く男子が多いようだが、小野家の庶流である斗上家の血統ではないのか?」
「能力的にはあまり似てはいませんが、調べたほうがいいでしょう」
一族全体で、日本という国を守る。いや、正確には日本人を守るのが一族の役目である。
明治維新と太平洋戦争で、傍系の血はいくつか能力者の家系から外れてしまっている。だが普通に戸籍を調べれば、本家に残る家系図から判明するはずだ。
「斗上は最近あまりふるっていませんから、本家に戻したがるかもしれませんね」
安部の言葉に、結城は頷く。
他の有力な家に所属されるより、弱小な斗上の方が、一族内部での支持は得られるだろう。
結城と安部の家はそれでいい。あとは根回しをしていくだけだ。
「我ら月氏十三家、内部で割れることは避けねばならんからな」
結城は実感のこもった声で言うが、家の歴史によって認識は異なる。
十三家は宗家に反抗することは一度もなかったが、歴史の上では何度か割れて争うこともあった。
壬申の乱、藤原氏の専横、源平合戦、南北朝の対立。一番酷かったのは戦国時代だろう。信長の死から秀吉の統一にかけてようやくまとまった。明治維新では割れることはなかったが大きく揺れた。太平洋戦争に関与しなかったのは英断であった。
幸い安部家は帝の側に常についたので、戦国の動乱を味わってはいない。
菅原悠斗。前途有望な少年。
この時点ではまだ悠斗の存在は、その程度のものである。
そしてこの時点で既に、悠斗の将来は定められつつあったのだった。
序章 了
一つはもちろん魔法。魔力を計測し、術式として構成し、ぶっちゃけ詠唱さえ覚えれば、理解してなくても使えるものである。
理解している者は詠唱無しで使えるので、もちろん理解している者の方が強い。
悠斗のかつての仲間には、ほとんど一つだけの魔法を極めて、最強とまで呼ばれた男がいた。
たった一つの魔法を必殺技にするために、ありとあらゆる研究をしたのだ。
彼は魔法理論にも詳しく、初期から終期まで、ずっと悠斗の魔法の師匠となってくれた。
そしてもう一つの使い方が『闘技』である。
魔力を感覚的に、直感的に直接的に使い、戦闘に役立てるというものである。
闘技に使われる魔力は闘気とも呼ばれたが、本質的な違いは全くない。
頭の悪い前衛戦士などは、これに熟練していたものだ。いや、もちろん悠斗は彼らを貶めるようなことはしなかったが。
体育会系と言うより、モヒカン肩パッドのノリは正直ちょっと辛かった。
それで、実は悠斗の母葉子の身体能力の高さには、この闘技を無意識に使っていたからという理由がある。
前世では気付かなかったが、今なら当然気付くことだ。ゴブリン相手なら、強化の闘技で素手でも充分に戦える。
悠斗も今世で不自然でない程度では使っていたが、前世の異世界では強化系の闘技ばかり使っていると、実際の技術の研鑽が疎かになるので、ちゃんとした師匠にもついたものだ。
今の悠斗の武器は石と投石布……つまりタオルを適当に裂いた物である。
いざとなれば直接石を武器に殴りかかるかもしれないが、それをやるには闘技の強化を使わなければ、オーガのパワーには対抗出来ない。
そして強化を使うことを、悠斗は避けたかった。
なぜならこのオーガの出現が、きわめて不自然だったからだ。
現在世界で存在が確認されているのは、ゴブリンとその亜種、上位種のみである。
オーガは皮膚が赤いため、まず間違われることはない。ゴブリンと違って体躯も圧倒的に巨大だ。
そのオーガが、わざわざ自分の前に現れた。これを偶然と言うには不自然すぎる。
悠斗の持つ力に引かれたか、それとも何者かが送り込んできたのか。
あるいはその両者かもしれない。
「まあ、なんにしろ戦うことは避けられないか」
悠斗の中で、暴力と殺戮に対する忌避感が消えていく。
最初、異世界に転移させられた時、まず悠斗が困ったのは、殺すという行為への価値観の違いだった。
地球にいた頃も祖父母の田舎で、猟で獲れた鳥や猪を解体していたものだが、人間がその対象となることはなかった。
魔族は人間ではないが、種族によってはかなり人間に似ているものもいたし、背後から殴ってくる、魔族に寝返った人間を殺したこともある。
裏組織が山賊とつながっていたり、違法な奴隷商人や悪に沈んだ貴族をぶっ殺したりと、悠斗は三桁以上の人間を殺している。
あの状況では、そういったことへの躊躇いを除く精神が必要だったのだ。
さて、転生して日本に戻ってから比較的のんびりとしていた悠斗であるが、目の前の直接的な死に対して、忘れかけていた戦意を取り戻す。
強力な魔物や魔族との死闘などでは、痛がったり泣いたりしている余裕はない。
ただただ目の前の敵を殺す。殺意を向ける。痛がりたがる肉体の声を無視する。
だが傷を負うのはある程度避けなければいけない。地球には四肢欠損を再生する魔法はないらしいし、実はあったとしても使える人間を知らない。
無傷で、あるいは最低限の怪我で勝利する。それが最低条件だ。
むしろある程度の負傷をした方がいいのかもしれないが、オーガで騒動が終わるとは限らない。
まさかオーガの上位種や亜種が出てくるとは、さすがに思わないが。
手拭いに石を入れ、回転させる。
オーガは紛れもないアホな種族である。知能で言うならゴブリンの方が上だ。
そんな脳筋種族に対して、投石は立派な武器になるのだが、強靭な筋肉や堅牢な骨に守られた部分を狙っても仕方がない。
狙うのは目、鼻、口。特に目を潰せばオーガの戦闘力はかなり減少する。あとは喉ぐらいか。
さすがにアホのオーガもそこは守るので、悠斗の狙いはそこではない。
襲い掛かって来たオーガに対して、悠斗は投石!
それは見事に…………オーガの股間を直撃した。
股間への直撃を受けたことがない男性は幸せである。
一瞬の痛みの次に来るのは、股間周辺の筋肉の急激な収縮であり、とても立っていられるものではない。
普段使うはずのない筋肉が収縮するので、その痛みは強烈な筋肉痛以上。はっきり言って息も絶え絶えというレベルだ。
オーガもまた雄であることが弱点となった。
こういった攻撃は仲間の斥候が得意だったのだが、単身敵地に乗り込む事態もあった悠斗は、ある程度そういった技術を習得している。
さて、ここからが問題である。
悶絶したオーガは体を丸めていて、一応急所を守ろうとはしている。これで仲間がいたら無理やりにでも立たせてジャンプするのが痛みを消す手段になるのだが、オーガは単独である。
たとえ雑魚であろうと、ゴブリンを連れて来るべきだった。頭の悪い魔族の、自信過剰な部分がモロに出ていた。
しかし悠斗の手持ちには、石と投石布しかない。
林の中には手ごろな槍となる木がない。なので手刀で枝を切り、その先を尖らせる。
いまだ呻き声を上げるオーガ。こちらに対する戦意は完全に喪失している。
……やはり金玉は危険である。今後もし少しでも余裕があれば、この攻撃だけは絶対に封印すべきだ。さすがに男としての罪悪感がハンパではない。
即席の槍を構え、オーガの首を狙う。
今の悠斗の筋力では、オーガの太い首の筋肉を貫けなかった。
今度は耳の穴を狙うと、絶妙に突き刺さった。どうやら脳まで達したらしく、オーガはぴくぴくと震え、やがてそれも途絶えていく。
やった。
魔法無し。闘技も無し。それ以外の切り札である『アレ』も使わなかった。
「ふーい」
大きく息を吐いて、悠斗はその場に腰を下ろした。
「警察が来るまでどれぐらいかかるかなあ……」
意識的に独り言を言って、くるくると首や肩を回す。
見られている。それは間違いない。
その視線に、こちらを害しようという類の意識は乗せられていない。ただじっくりと、こちらをただ見ているのだ。
だから魔法も闘技も使わなかった。今考えれば多少の闘技は使った方が、不自然ではなかったかもしれない。魔法と違って闘技は無意識に使う者もいるのだから。
視線は神社を挟んで別方向。オーガがやってきたであろう方向へと向ける。
そちらには人間がいるのが分かる。簡単な感知能力で、闘技の一種だが、魔法でも再現は出来る。
投石に関しては、本やテレビで見たとでも言い訳がきくだろう。
オーガと対して逃げない……どころか積極的に戦ったのは、12歳の日本人男子としては、怖いもの知らずとでも思ってもらおうか。
しかし生き物に対して――しかも人型の生物に対して容赦のない止めをさすのは、最近の日本人としてはありえないだろう。
さすがにこれで『普通の人間』と主張するのは無理があると自分でも思う。
(まあ、なるようにしかならないか。正直相手の組織の規模も拠点も分からないから、どうしようもないしな)
あちらから接触してくるのを待つ。その結果がこのオーガの襲来だったのだろうか。
魔物をテイムして魔物と戦わせるというのは、異世界でもあったことである。
魔族に従って人間を背後から刺す人間もいれば、魔物を使役して魔物を殺す人間だっていたのだ。
ぼーっとした素振りを見せながらも、悠斗は色々と頭を働かせていた。
「どう思うかね、安部君」
今回の事件、大鬼を使った対象の分析に関して、大鬼を実際に提供した青年は、問われても抑揚のない声で答えた。
「大鬼程度なら、うちの一族の者は能力なしで倒せて当たり前です。まあ、年齢的には少し若いですが、それほど珍しくはありません」
鬱蒼とした前髪の青年はぼそぼそと呟く。
「だが妖相手に何の訓練も受けていない少年が、このように対処出来たのは異常だろう?」
壮年の男は極めて常識的な説明を、つまり言わずもながのことを言っている。
安部と呼ばれた青年はそれに対しては何も感じず、淡々と意見を述べる。
「天才なんでしょう。生まれながらの修羅とも言えます。一族の中でも、あの家の男なら全員、同じことが出来ると思いますが」
「九鬼の血は、呪われたものだ。あの家の人間と一緒にしてはいけないだろう。それに何より、この少年は本当に何の訓練もなく、機転と身の回りのものだけで、大鬼、つまりオーガを倒したわけだ」
「身体能力が高いのは分かっていたはずです。……何が言いたいんです? 結城さん」
結城と呼ばれた男はかすかな笑みを浮かべ、俗物的な口調で告げた。
「この少年、うちの血族に組み入れたい」
予想はしていたがそれを外さない返答に、安部は何も反応しなかった。
彼らは日本を裏から守る一族で、固い結束を約束している。
足を引っ張り合うことは、少なくとも近世になってからはないが、競争することは当然ながらある。
一族内では家と家の婚姻が交わされ、複雑怪奇な血縁関係となり、それもお互いに争うことを防いでいる。
そして外部からの血を入れるということも、より戦力を増すという競争の一つである。
12歳の少年だろうが、将来有望となれば今のうちに唾をつけるのも良くあることだ。
接触は慎重に行わないといけないだろうが。
「安部家ではどうなのかね? 使役の術に長けた家では、あまり外部の血は入れないのだろうが」
今回の試験では、安部家と結城家の二家が担当していた。
安部家は癖の強い家であるが、結城家は比較的王道を行く能力者を輩出している。
「ああいった少年を好むのは、菊池や土岐、伊部、小野などでしょうか」
結城家はどちらかというと魔法に力を入れ、九条や六道ほどではないが儀式魔法を主とする家である。
一族全体を見れば、外部の血を欲しがるのは、前衛戦闘系の家であろう。
結城は唇を歪めながらも頷き、安部の言葉に納得する。
「菅原悠斗と言ったか……。名前に斗の付く男子が多いようだが、小野家の庶流である斗上家の血統ではないのか?」
「能力的にはあまり似てはいませんが、調べたほうがいいでしょう」
一族全体で、日本という国を守る。いや、正確には日本人を守るのが一族の役目である。
明治維新と太平洋戦争で、傍系の血はいくつか能力者の家系から外れてしまっている。だが普通に戸籍を調べれば、本家に残る家系図から判明するはずだ。
「斗上は最近あまりふるっていませんから、本家に戻したがるかもしれませんね」
安部の言葉に、結城は頷く。
他の有力な家に所属されるより、弱小な斗上の方が、一族内部での支持は得られるだろう。
結城と安部の家はそれでいい。あとは根回しをしていくだけだ。
「我ら月氏十三家、内部で割れることは避けねばならんからな」
結城は実感のこもった声で言うが、家の歴史によって認識は異なる。
十三家は宗家に反抗することは一度もなかったが、歴史の上では何度か割れて争うこともあった。
壬申の乱、藤原氏の専横、源平合戦、南北朝の対立。一番酷かったのは戦国時代だろう。信長の死から秀吉の統一にかけてようやくまとまった。明治維新では割れることはなかったが大きく揺れた。太平洋戦争に関与しなかったのは英断であった。
幸い安部家は帝の側に常についたので、戦国の動乱を味わってはいない。
菅原悠斗。前途有望な少年。
この時点ではまだ悠斗の存在は、その程度のものである。
そしてこの時点で既に、悠斗の将来は定められつつあったのだった。
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