上 下
144 / 207
九章 ステップアップ

145 将来の夢

しおりを挟む
 俊にはそれなりのコネや伝手がある。
 一番強力ではあるが、同時に毒も含んでいるのが、父親との関係であろう。
 だいたい売れているミュージシャンとかアーティストとか呼ばれるのは、どこか傲慢になってネジが飛んでいるのだ。
 特に今とは違い、父の活躍した時代などは、世間に叩かれることも少なかった。
 俊の母親の時間を、ほとんど金で買ったような人間が父だとは、今ならどうにか理解出来る。
 ただ納得はしたくないし、一方的な母に対する愛情はあったのだと思いたい。
 異母兄弟が二人もいる時点で、道徳的な擁護は難しいのは確かだ。

 その父の才能を認めてくれていた、それでいて諌めることも出来たのは、元はマジックアワーのメンバーだった岡町と安藤。
 ただその中で一般的にムーブメントを作ったほど売れたのは父だけであるため、そこで少し反感を買ったのも間違いではない。
 もっともその岡町は、今では俊の理解者となってくれてはいる。
 大学の技術講師であるので、その面もあるのではあろうが。

 暁の父である安藤も、普通に業界の中では顔が広い。
 スタジオミュージシャンというのは、バンドのギタリストなどとは、完全にやることが違うとは聞く。
 だがその中で独特のコネクションは築かれていく。
 もっともこういったつながりというのは、権力者や決定者とはあまりつながっていない。
 むしろ権威だのそういった方向ならば、母からのつながりの方が今は強いだろう。
 声楽の世界で元々、オペラなどをやろうとしていたのが母なのだ。
 音大にいた頃、父親の会社が倒産して、その道が閉ざされてしまった。
 だが父と出会ったことで、とりあえず音楽の世界に残ることは出来た。

 父が生きていたら、それこそ強力なコネクションになっていたであろう。
 だが今となっては、父が本当はどういう人間であったのか、あまり知らない俊である。
 改めて調べてみれば、既に死亡しているということもあるが、破天荒と言うよりは成金趣味とでも言うような、馬鹿なことを色々としている。
 まだ充分にCDの売上などで食えた時代なのに、巨額の財産をあっという間に溶かしていったのだ。
 正直なところ、そういった部分を調べていくと、反面教師にしかならない。

 正当な手段で大きなことをするなら、やはり事務所に頼った方がいいのだろう。
 阿部は当初から月子に関しては、相当に買っていた人間なのだ。
 ABENOレーベルはそもそもメジャー傘下のレーベルであり、普通に売り出していく予定であった。
 それを、金はかからないがちょっとマネージャーをしてもらって、あとは予定調整などもしてもらう、ということだけを期待していたのが俊である。
 もちろん勝手に動くにも、ある程度はちゃんと根回しはして、許可は取ってきた。
 MV作成なども自分でやってしまったり、レコーディングもほとんど自分でエンジニアの仕事をしたりと、好意的に見ればアーティストのこだわりと思えなくはない。
 だが俊が好きなように動いていた、というのはさすがに客観的な事実だ。



 他に俊が持っているコネクションは、去年の夏のフェスをやっていた、メタルナックルの袴田あたりだ。
 イベント屋である彼であれば、ノイズを上手く使ってコンサートをすることも、普通に考えてくれるだろう。
 だがそこまで事務所の力を使わないのは、あまりに不義理であるのではないか。
 もちろん事務所には、ちゃんと利益を出させてはいるはずなのだが。

「というわけでそろそろ、ライブの規模を大きくしたいな、と」
「その言葉が聞きたかった」
 何かのネタかな、と俊は自然と思ったが、特に反応はしない。
 阿部はわざとらしく咳き込んで、話を戻した。
「ちなみに他のメンバーは分かってるの?」
「そういえば聞いてないですけど、普通に説得できますよ」
 確かに文句を言いそうな人間はいない。

 八月の巨大なフェスに向けて、ここいらで大きなハコでワンマンをしたい。
 それは確かにこれまでとは、全く違うものである。
「出来るだけ金をかけずに、けれどお客さんが満足するように」
「また難しいことを……」
 ただ阿部も俊の志向については、かなり分かるようになってきた。
 それは虚飾を嫌う、ということだ。
 そもそも虚業である音楽業界で、何を考えているのかという話であるが、別に俊は難しいことを考えているわけではない。
 とりあえず金を稼がないと、自分も生きていけないし、周囲も動いてくれないのだ。

 ノイズの現在の知名度からして、1000人規模のハコで昼と夜の二回を行う、というぐらいが一番安全であろうか。
 チケットが全然買えなかった、というのはこの段階では問題ない。
 むしろ今までと同じように、プレミア感が増すのでいいだろう。
 重要なのはソールドアウトして、知名度を高めていくこと。
 ただ六月は祝日がないので、普通に土日の日程で行わなければ、さすがに昼のチケットを売るのは厳しいかもしれない。
 単純なファンの数だけで言うなら、関東圏内だけでも、1000人が二回の2000人ぐらいは、普通にいるとは思うのだ。
 もっとも土日が休みなファンだけではないと思うので、告知は早めに行った方がいい。

 全員の予定が合うことも、当然ながら必要だ。
 これは一度メンバーが揃って、話し合う必要があるだろう。
 俊はリーダーであるが、独裁者ではない。
 特に栄二などは他の仕事も頼まれることが多いため、その都合が大きいだろう。
 まずは全員を集めるか、リモートでも話し合える時間帯を作る。
「とりあえず今週末は千葉に行きますけど」
「こういうのは早ければ早いほどいいから」
 阿部としてもここは、勝負をかけるタイミングだと考えているのだ。



 事務所に集まるのが一番近いため、まず学生組が集まった。
 今後の方針についてということだが、ここで千歳がうんうんとうなっている。
 何が悩んでいるのかというと、あまりにも普通のことで逆に俊は驚いた。
「進路相談?」
「文系は決めてるけど、そろそろどういう分野に進むかは決めないといけないし」
「いや、うちの大学に来いよ。千歳には一番合ってると思うぞ」
 俊としては大学とのつながりを残しておきたいのだ。
「そういう俊さんは?」
「まあ本格的に音楽活動に注力しようとは思うけど、一年留年する予定だって、前に言ったかな?」
 金持ちのボンボンの余裕である。

 暁も千歳も、通っている学校は音楽科などない、普通の高校である。
 そして暁はもう高校卒業後、音楽の世界に入っていくつもりになっている。
 彼女の持っているギター技術は、完全にプロの領域に入っている。
 それこそもう、ギター一本で生きていくという世界だろう。
 ただ俊としては、彼女には作曲の手伝いもしてもらいたいし、他にも選択はあると思う。
「ギターのクラフトとかリペアの店で働いてみないか?」
 ???という顔をする暁であるが、俊は考えて言っている。

 暁のギターはレフティであるため、故障したら誰かのギターを借りる、ということがしづらい。
 遠征などでは予備のギターも持っていくが、もしもすぐに直せる程度の技術があれば、そのまま直して使った方がいい場合もあるだろう。
「それに本当にギターにこだわっていたら、いずれはオーダーメイドではなく、自分でギターを作ることになるんじゃないかな」
「なるほど、レッド・スペシャルならぬイエロー・スペシャルと!」
 暁のテンションが途端に上がった。
 レッド・スペシャルというのはQUEENのギタリストであるブライアン・メイのギターのことである。
 これは後にコピーモデルが発売されたりもしたが、演奏のためにその都度、微調整をしているというギターだ。
 なんと父親と一緒に手作りで作ったギターで、他のギターにはない性能が色々と備わっている。
 他のギターに搭載された機能を、後から付け加えるということまでしていたりする。

 暁のギターを弾くスタイルは、あまりブライアン・メイに似たものではない。
 ただピックにコインを使うあたりは、ブライアンを意識したところがある。
 弦を切らないように、10年以上も昔に鋳造された、やや磨り減った五円玉を使っている。
 そんな暁が、オーダーメイドをさらに超えた、自分でギターを作るということ。
 ピックアップも自分で作ればいいし、後から昨日を付け足してもいい。
 ギタリストとギター職人としての腕は、また違ったものではあるが、自分の求める音を追及するためには、ギターの構造を知っていて損はない。



 千歳の場合はまだ、将来のことなどは考えられていない。
 恋バナを普通にしたい女子高生であるが、ミュージシャンはちょっと年上が多く、また俊たちのガードも固い。
 何よりルックス面でいうと、どうしても対バンなどをした相手などは、月子の方に行くことが多い。
 女子としてはかなり長身の月子に、苦手意識を感じる人間もいるのだろうが。

 なんとなく将来が分からないなら、それこそ俊のいる大学に来るべきだろう。
 コースによっては声楽やピアノの試験はなく、一般受験で入ってくることが出来る。
 偏差値などはちょっと高い程度で、それでいて業界の知識やコネクションを手に入れることが出来る。
 まだ一年以上も先の話であるが、候補として考えておいてもいいだろう。
 芸能界といっても、一般職というのは必ず存在する。
 またデザインなどの道に進むというのも候補の一つだろう。
 もっともこの大学は自由度が高いため、単純に遊んでしまう学生も多い。

 どんな進路を選ぶとしても、それはもちろん自由である。
 普通の大学に行って、軽音サークルにでも入って、俺TSUEEEの無双をしてもいいだろう。
 だがせっかく大学に行くだけの金があるなら、ある程度の将来を見越して入るべきだ。
 千歳の場合は両親の生命保険がそのまま残っているので、それで進学の費用は問題ない。
「とりあえず東京にいてくれないと、困ることだけは確かだけど」
「あ、ちょっと先だけど、あたしも家は出たいかな」
 暁がそう言うのは、父親の再婚の問題である。
 付き合っている相手がいて、それでもいまだに籍を入れていないというのは、暁に対する遠慮もあるのではないか。
「あたしも叔母さんの家は出ようかな……」
「じゃあいっそのこと、ルームシェアでもすればいいんじゃないか? ってちょっと話が脇に逸れすぎたな」
 高校生二人の未来は、まだまだ選択肢が色々とあるのだ。

 メンバー全員が揃うまでに、それぞれの予定を確認していく。
 高校生は五月こそ修学旅行があったが、六月には本当に何もない。
 なのでここでワンマンライブをすることは、むしろ大歓迎であるという。
 予定が詰まっていそうなのは栄二であるが、だからこそ逆に週末はしっかり休めたりする。
 そして月子と信吾に関しても、特に問題はない。

 週末に1000人規模のハコで、昼と夜の二回のライブを行う。
 実際には前日に、セッティングからリハまでをしっかり行いたい。
「例のMVはまだ出来てないの?」
「確認してみます」
 モニターにノイジーガールに加えて、霹靂の刻を流して、その間に休憩をするなり、盛り上げていったりする。
「なんだかすごく協力的ですね」
「いや、マネージャーは普通にこれぐらいするからね。プロデューサーに近いことになってるけど」
 阿部は本来、もっと口を出していきたかったのだ。

 ただ、彼女も大手レーベルの関係からコネクションを使うため、一つだけ条件を出してくる。
 前座となるバンドを、使ってほしいということだ。
「インディーズレーベルのバンドの前座に、メジャーレーベルのバンドがですか」
 なんだか少しおかしいな、と笑ってしまう俊であったが、これはノイズの存在がおかしいのである。
 もっともこれぐらいなら、特に問題はないだろう。



 1000人規模のハコでワンマン、ただし前座付き。
 あんまり空気を冷えさせてしまうのは困るが、阿部の話からして、そんなひどいものは来ないのだろう。
 あとは宣伝と、チケットの販売である。
 夜のほうはおそらく簡単に売り切れるだろうが、昼のほうは果たして大丈夫だろうか。
 また一日に二時間を二回というのも、ちょっと今までになかったことである。

「宣伝はブログとSNSと、あとはライブでの告知ぐらいね」
「雑誌には間に合いますか?」
「う~ん……告知ぐらいね。取材をもっと受けておけばよかったのかもしれないけど」
 ノイズは出来るだけ、流出する情報をコントロールしようとしている。
 それは良くも悪くも、知名度に関係してくるのだ。

 メジャーレーベルから単純に売り出したのであれば、今頃は普通にテレビにも出ていたかもしれない。
 ただインディーズレーベルから出したミニアルバムは、あちこちのCDショップで上位に入ったりもした。
 海賊版が流れているファーストやカバーのアルバムも、いまだにちょこちょこと売れている。
 しぶとくファンが増えているということだろう。

 人気のバロメーターをどこで見分けるのか、それは難しいところだ。
 だがMVの再生数はまだまだ安定しているし、CDの実物が売れているというのは、それだけコレクターのファンも増えているということだ。
 インディーズであるからこそ、出来る売り方というものだろうか。
 重要なのはミュージシャン自身に、ちゃんと金が入ってくること。
 ただそのプラットフォームを作っているショップなどにも、ちゃんと利益は出させないとまずい。

 通販よりも店で取り寄せた方が安いというルートは、残しておく必要がある。
 実体のある店というのは、そこでしっかりと個性が出せるのだ。
 コスパだけを考えていって、ネットのプラットフォームに依存する。
 それがやがて業界を縮小させるだろうと、俊はなんとなく気づいている。
 若者がそう考えるというのは、かなり珍しいことかもしれない。
 ともあれ六月に、ワンマンライブの手配を行わないといけない。
 そのあたりはもう、俊のコネクションだけでは、どうにもならないものである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...