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八章 ツアー

118 二日目・京都

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 ノイズが盛大に盛り上げたハコを、セクシャルマシンガンズは見事にそのまま引き継いで、満足度の高いライブにした。
 打ち上げを合同で行うわけであるが、俊はぐったりしていた高校生二人は、先にホテルに送っていく。
 それから改めて打ち上げに参加したわけであるが、既に出来上がっていた。
「おい、明日もライブなんだぞ」
 しかも月子まで酒を飲んでいるではないか。
「おいこら未成年」
「もう19歳だろ? 俺たちだって普通にこのぐらいなら飲んでただろ」
 信吾が無責任にそう言って、栄二もそれに反対しなかったらしい。
 だがそれとこれとは話が違う。
「京都は月子の叔母さんが見に来るから、しっかりやらなきゃいけないんだよ」
 ただ月子自身は、酒を飲んでもケロリとしていた。
「山形だとお正月なんか、中学生でも普通に飲んでたよ?」
 う~む、田舎あるあるであるのか。

 ちなみに県別で酒飲みランキングを作った場合、山形はかなり上位に、アルコール耐性の強い人間が多いらしい。
 ともあれ俊は運転もあるため、月子を見張りながらソフトドリンクを飲むだけである。
 ロックスターなら酒を飲めないといけない、というぐらいに業界では浸透しているかもしれないが、俊は酒の力を借りて、作詞や作曲を行おうとは思わない。
 彼の作る曲にはかなり理論的な部分が多く、そこが逆に限界ではと思われたりもするのだが。

 薬物だの酒だのは、確かに脳の電気信号を狂わせるのだろう。
 そこから普段は生み出さないような、おかしな発想が生まれてきたりもする。
 だが俊は、いまだにメンバーにさえ公開していない、頭のおかしな曲をちゃんと作れた。
 受け狙いの曲を、ちゃんと作れることは証明している。

 インプットは、感性と理論の両方を行わなければいけない。
 過去に存在した頭のおかしな楽曲など、たとえばパンクの走りやサイケなど、それを理解するために理論があったりするのだ。
 これには限界があるのだと、俊は確かに思っている。
 だから他のメンバーの曲を聴いて、それをアレンジしていくのだ。
 特に暁などは、基本的な技術に優れたプレイヤーだが、ギターでは出せない音などを工夫して出している。
 エフェクターさまさまといったところだ。



 翌日、名古屋を発つノイズ一行の中では、特に信吾が潰れていた。
 アトミックハート時代の出来事について、マシンガンズの人間と話が弾んだらしい。
 栄二もそれなりに酔ったらしいが、今日もまたライブであることは、忘れていなかったらしい。
 なお月子は全く酒の影響を残していない。

 高校生組二人は、一晩寝て回復したらしい。
 さすがに若いなと俊は考えているが、俊もまた酒に潰れはしなかったが、かなり遅くまで起きていたことは間違いない。
 居眠り運転をしないように、後ろに千歳を置いて、歴代仮面ライダーの主題歌などを歌わせたりしている。
 時々宇宙刑事が混じったり、戦隊物が混じったりと、千歳は実はあまり、特撮系には強くなかったりする。
 あくまで強いのは、アニソンであるのだ。

 持って来ていたアコースティックギターを、車の中で暁が弾く。
 それに合わせてボーカルの二人が歌う。
 音楽が騒音となって、信吾の頭を苦しめる。
 そんな中でも新名神を使っておよそ二時間、ノイズは京都に到着した。

 名古屋はともかく、俊は以前に京都には来たことがある。
 だがそれは随分と前の話で、自分で車を運転する身ではなかった。
 京都という街はどうも、この京都市内に人口が集中しているのでは、と思ったりする。
 名古屋の方が、道路に関しては広かったようだ。
 もっとも京都は京都で、道には迷いにくいという長所もあったりする。

 バンの中では熱いアニソンメドレーで、どうにか眠気を払っていた俊。
 だがライブハウスに到着して、さすがに限界を迎えた。
 基本的に俊は、寝落ちするほど遅くまで起きていたとしても、そこからはしっかりと睡眠時間は取るのだ。
 それに比べるとこのツアーのスケジュールは、かなり辛いものがある。



 京都は学生の街である。
 もっとも名所旧跡が多い街でもあるが、案外道路を走ると時間がかかる。
 ライブハウスに到着したが、本日もまたツーマンライブ。
 ただセクシャルマシンガンズと比べると、地元のバンドはそれほど強力ではない。
 もっとも東京もそうであったが、大学生によるバンドというのが多い。
 層が多ければ、そうなるのは当たり前のことだ。

 挨拶をして最低限のセッティングをしてから、俊はダウンする。
 バンの座席を一つ倒し、そこでぐっすりと眠ってしまったのだ。
 季節的に可能なことではあるが、インターネットカフェなりを利用した方が良かったのではないか。
 だがそこに移動することも限界で、他のメンバーはセッティングなどに入る。
「栄二さんが運転してたら良かったのに」
 暁がもっともなことを言うが、俊はなかなか限界まで、己の弱みを見せないところがある。
 そして信吾は完全に二日酔いであったので、車の運転などは任せられなかった。

「わたしが免許取れればいいんだけど……」
「そればっかりはしゃーないよ」
 月子の場合は運転免許自体が取れない。
 テストの問題が読めないからだ。
 読解障害については、色々なフォローも存在はする。
 だが東京にいる分には、車の運転もそれほど必要ではない。
 メンバーに三人、免許持ちがいれば充分なのだ。

 もっとも暁はバイクの免許がほしいな、などと思っていたりする。
 今時バイクは危ないからやめろ、と周囲は言っているのだが、暁は案外形から入るタイプである。
 ガンガン稼ぐことに興味はないが、BMWなりポルシェなりに乗る、自分の姿というのは想像するらしい。
 車なら国産一択だろうと、俊ならば言うだろうが。
 このあたり性格の違いがよく見える。
 俊としては自分ではなく、他の誰かに運転してもらう方がありがたい。
 そんな俊がここまで、運転をしてきた弊害が出ている。

 距離的にも時間的にもそれほどではないはずだが、運転は交代した方がいい。
 俊の場合は打ち込みの操作が多いので、コンディションが演奏には、あまり影響しないので、自分のことを後回しにしていたわけだが。
 セッティングからリハまで終わって、あとは開場を待つのみ。
 そこでようやく俊が、仮眠から起き上がってきた。
「あ~」
 普段と違い、スタイリッシュさが抜けているように見えるが、だいたい寝落ちするまで曲を作っていたら、その次の朝はこんな感じである。



 俊のシンセサイザーのセッティングは、基本的に普段と変わらない。
 状況に応じて色々と微調整するその技術は、才能ではなく経験の蓄積だ。
 このハコでは一時間を、最後の順番に貰っている。
 地元の強力なバンドと、ツーマンが組めなかったというのが大きい。
 だが基本的にノイズの音楽は、若者向けである。
 おっさん連中であっても分かる、古い曲も色々とカバーしているのだが。

 200人のハコを、埋められるのかどうかという問題。
 それに関してはあまり心配していなかった。
 なぜならば俊は、シェヘラザードに頼んで、自分たちのCDがどこで売れたのか、チェックしていたからだ。
 地方の一店舗が、100枚だの200枚だの、そういう注文をしていたりする。
 データを元にして、どこでどれぐらい売れたのかを考えれば、チケットがどれぐらい売れるかも考えられる。
 200人ならば単独で呼べる、と判断してハコのサイズを選んでいるのだ。

 もっともやはり、この規模でのライブをしても、採算は取れない。
 ワンマンで300人を満員にした時は、かなり稼げたものであるが。
 ならばチケットの代金を高くしろという話だが、それは対バンがいる場合、それが強力でなければ成り立たない。
 1000人以上の会場を、ある程度の金額のチケットで売り切らないと、やはり大きな商売にはならないのだ。
 その規模を満員にするには、もっと土台をしっかりしなければいけない。

 学生バンドが前座をやってくれた後、ノイズの出番となる。
『え~、こんばんわ、はじめました、ノイズです』
 いきなり噛んでいるのは、調子が上がっていない俊に代わって、その役割を担った千歳であったりする。
 信吾もまだ本調子でないし、月子も暁もそういったものには向いていない。
 栄二はあくまで裏方として演奏してきたので、慣れていないものは仕方がない。
 ただ、だからといって暁と並んで最年少の人間に、こんなことをやらせるのか。
 ツアー二日目にして、既にグダグダ感が出てきている。

『普段MCやってるリーダーが今日は調子悪いので、あたしが今日はMCやりまっす。ギターボーカルのトワです』
 律儀な挨拶のようなものであるが、考えてみれば残りのメンバーの中では、一番普通のコミュニケーション能力を持っているのが千歳かもしれない。
 二日酔いがまだ覚めない信吾や、裏方に徹するリズム隊の栄二に、月子もは話下手だし、暁も会話はギターでするタイプだ。
 そもそも千歳は、いきなりノイズのアンコールに参加させて、ちゃんと歌えるようなメンタルをしているのだ。
 この中では一番、メンタルは強いのかもしれない。
『そんなわけで、MCやってもグダグダになりそうなんで、もう歌にいっちゃいます!』
 今日もカバー曲から、演奏は開始される。
 困った時のタフボーイである。



 この日の演奏は、ひょっとしたら今までのノイズの演奏の中で、一番まとまりが悪かったかもしれない。
 何よりリズム隊のうち、信吾のベースラインが弱かった。
 だが栄二はひたすらリズムキープに徹し、曲が分解しないようにする。
 俊もまた調子は悪かったが、最低限の演奏はする。

 そしてそれぞれがバラバラであっても、バンドというのはリードギターとボーカルの突破力で、どうにかなったりするものだ。
 特に月子の歌唱力に、一点特化して突破していくような感じがした。
(立派になったね……)
 いまだに仮面をつけながらも、月子はその歌唱力を暴力にして、オーディエンスを圧倒している。
 それを聴きにきていた叔母の槙子も、音楽の出来はともかく、月子のボーカルの力ははっきりと感じていた。

 ギターとボーカルだけの曲をカバーしたりして、とにかく声の力で一点突破。
 出来が悪いのであれば、それはそれなりに出来るだけのことをして、客を満足させないといけない。
 演奏するメンバーは色々と思うところがあるかもしれないが、今はライブを成功させて、客を楽しませることが第一。
(いかんなあ)
 日程を詰めていたということもあるが、それよりも体調管理の問題だ。
 俊としてはやはり、少しでも運転を代わってもらって、自分の調子にも気をつけるべきであった。
 だが今日のような調子では、ドラムが崩れていたら、本当に全てが崩れていたと思う。

 初めてのツアーであるのだから、試行錯誤の途中なのだ。
(ただ、次の大阪はちょっと特別だからな)
 事務所の方からも、ここは特に失敗してはいけないと言われている。
 今日のステージに出ながらも、次のことを心配しているため、集中できていない。
(それでもボーカルだけでステージが成立するんだから、やっぱりとんでもないな)
 あの日、月子を見つけてから、まだ一年も経過していない。
 それでこのそれなりの大きさの、地方のハコを埋めることが出来るようになっている。

 遠い果てにある目標。そこに至る道。
 蛇行しながらも続いていくその道が、はっきりと見えている。
 ラストとアンコールはどうにかしっかりと終わらせて、どうにか京都でのステージはこなしたのであった。
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