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六章 ライブバンド
76 原点回帰
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トロフィーワイフという言葉がある。あまりいい意味ではない。
男性が社会的、経済的に成功した後に選んだ己のステータスシンボルにするため結婚した女性であるという。
おおよそは外見的魅力だけで、無知または純粋であり、容姿が魅力的であり続ける以外にはほとんど価値は無い女性を意味するらしい。
俊の母親はそこまでひどい条件ではなかったが、契約婚をしていた。
当時既に名声を得ていた父は、自分の音楽を表現する楽器として、俊の母を必要としていた。
有名な音大の声楽科でありながら、卒業の直前に父の会社が倒産し、音楽を続けていけなかったのだ。
生活力さえまともになかった母を、父は妻として迎える前に、歌手として使った。
両親の間には、愛情というほどのものはなかったと、今ならば思う俊である。
だが結婚という形で財産を上手く共有したし、俊も生まれている。
結婚というのは婚姻届を出す、言わば契約なわけである。
そして父は、母の声が時流に合わなくなると、他のシンガーをプロデュースすることとなった。
声楽の分野で、今さらながら母が活動していくのは、ここからである。
それは今も続いていて、世界中を飛び回っているというわけだ。
結局は離婚したわけだが、財産分与で得をしたのは明らかに、母の方であった。
普通に浮気などをしていた父だが、母はそれに対して嫉妬もしていなかったのではと思う。
このあたりの両親の関係性が、俊の恋愛観を醒めたものとさせた、一つの原因である。
もう一つは性質の悪い女に引っかかった、ということもあるが。
まだしも母は、俊が大学に入るまでは、それなりに家にいることが多かった。
だがとりあえず成人扱いとなってからは、完全に放任である。
18歳で成人扱いであるし、ハウスキーパーも週に三回は来てもらっているのだから、育児放棄ではない。
また俊としても、どちらかというと父の方に憧れのようなものを抱いていたのだ。
新しい曲を次々と生み出す父に比べると、母はそれを歌うだけ、という意識が昔はあった。
さすがに今は、誰が歌うかがどれだけ重要か、分かっている。
母に連絡を取るのは、ステージの月子のために、母のドレスを借りる許可を得たとき以来である。
バンドを組んだことなどについて、母は特に何も言っていない。
だがさすがに居候をさせることは、許可を得る必要がある。
この家は母の名義であるのだから。
そしてもう一つ、ボイストレーニングの件。
単純に上手く歌うことだけなら、既に出来ている。
また基礎の基礎なら、別に習わなくてもネットに転がっている時代だ。
そのあたりを話し合うべく、連絡を取ってみた。
ネット回線の向こうの母は、相変わらず年齢不詳。
もうアラフィフであるのに、少なくとも10歳は若く見える。俊と並ぶと母ではなく姉と思われるだろう。
美容のためには色々としているのだ。
一通りの事情を聞いた母は、わずかに考え込んだ。
『居候の件は直接面会して決めましょう。幸い近く、日本に戻る予定があるし』
今はウィーンにいるとのこと。
『あとはボイストレーニングだけど、この子の方は凄いわね。今からでも声楽をやらせてみたら面白いかも』
「いや、うちの大事なボーカルなんで」
それに月子の歌い方は、民謡がベースになっているのだ。
おそらくクラシックの声楽とは違うのではないか。
そして千歳の方は、歌声をそのまま録音した音源というものがない。
一応はフェスの時にイベンターが撮影したものと、マスタリングしたものはある。
だが色々といじっているので、直接聞かないと分からないという。
そもそも正式に声楽をやるなら、呼吸の仕方や筋肉の動かし方など、色々とやることはあるのだ。
『そちらの近くで、自宅で教えたりしている子がいるから、一緒に連れて行って一度見てもらうといいわ』
音大時代の知人であるらしい。
もっとも専門はピアノであったそうだが。
これは俊も久しぶりに、ピアノの方も見てもらえ、ということなのだろうか。
『ヴァイオリンも見てもらいなさい』
なんだか俊も、やることがどんどんと増えていくようである。
まだまだ酷暑が続くが、八月は終わって高校は二学期が始まる。
千歳はどうやら学園祭に関して、それなりに情熱があるらしい。
「でも部外者をステージに立たせるのはダメなんだって」
「まあそうだろうな」
最近はセキュリティもうるさいし、そもそも音響などがまともではない。
「でも設営とか機材の準備を手伝ってもらうのは許可が出たよ」
「裏方仕事か」
また考えることが出来てきた。
高校生の情報の拡散力というのは、損得を考えていないので、かなり強力なものである。
目に見える財産ではなく、とにかく自分の拡散力などを、価値として認めている。
ここを上手く使うのは、知名度を高めるためには悪いことではない。
「準備は少し手伝ってやれるが、二人でステージに立ってみるか?」
「立ちたい」
千歳の言葉に、思った以上の力があった。
「あのさ、ライブとかでは分からないだろうけど、学校でのアキって本当に、目立たないし友達もいないんだよね」
そうなのか。そういえば友達はいないと言っていたが。
「軽音部の人間は認めてるけど、なんていうかさ、あんな凄い人間が、まるでいない者として見られてるのって、腹が立つ」
ああ、これは才能を認められてない者を、見つけた時の反応か。
なんでこんな凄いのに、皆はそれを知らないのか。
ただ暁は小さい頃、父親がミュージシャンということで、変にからかわれたことがあったらしい。
それが距離を置いている理由と聞いたが、今ではもう本人が評価の対象となっている。
俊も昔は、複雑に考えたことがある。
自分を助けてくれる人間は、自分だからなのか、それともあの父の息子だからなのか。
「そこまで頑張ってる生徒がいたら、力になるのが先生の役目だろ」
岡町はそう言ってくれたものだが。
するとある程度は打ち込みで、あとはギター二本でやることになるのか。
なるほど、充分すぎる。
「軽音部じゃなくて、二人でやるんだな?」
「そうそう。で、打ち込みを俊さんに頼みたくて」
「何をやるんだ?」
「最初は誰でも知ってるような曲でかまして、そこからはさ――」
言われたことに、少し難しい点はある。
「ダメかな?」
「いや……いけるだろう」
確かVtuberがカバーしていた曲があったはずだ。あれを組み合わせればいい。
それはそれとして、千歳の方にはボイトレについて話しておくこともある。
もっともそれは月子と一緒に説明した方が、話は一度で済んでいいだろう。
ただ俊も一緒に行って、挨拶はする必要がある。
音大の中でも特にクラシック系で、ガチガチの古典技術を持っているという。
本当にそれがPOPSの成長の役に立つのか、というのは俊もちょっと分からないが。
今の大学はとにかく、大衆的というか、商業主義に流れているので。
もっとも日本においても、クラシックで食っていけないわけではない。
事実上はパトロンがいないと、かなり苦しいのも確かであるが。
マルチタスクでやることが多すぎる。
なので最近は、大学での知り合いの用事も、断ることが多い。
ただ顔が広くなっていると、情報の拡散は簡単になる。
月子を居候させるにあたり、もう一人女性の同居人がほしい。
浮いた噂のない俊だけに、それなりには信用されることとなる。
家賃自体はタダであるが、水道光熱費はそれまでとの比較から最低限は払ってもらう。
食費はかからないが、作るのは自分。
大学までの距離は、電車を使っても30分以内。
そんな条件なら自分が住みたい、などという人間も出てくるものだ。
家具などは意外と揃っていたりもする。
母の部屋は使うことが出来ないが、他の部屋は客室で、ベッドぐらいは置いてある。
クローゼットなどもあるので、収納もそれなりと言う事が出来るだろう。
もっとも実際に住めるかどうかは、俊の母の面接を受けなければいけない。
さすがに月子が住まないなら、意味もなくなってくるのだが。
同じ大学の中で、貧乏生活をしながら音楽をやっている、という人間はあまりいない。
なんだかんだ言って学費が高い大学なので、親は太いことが多いのだ。
ただ知り合いの芸大の人間などに、そういった条件の女性がいた。
複数いるので、そこから母に選んでもらえばいいだろう。
事前に俊も会ってみて、あまりにアレな人間は弾いたが。
九月の最初のライブは、ホライゾンで行われた。
このライブはなんと、全曲をオリジナルでやっている。
トリでもなかったので、アンコールもなし。
ただ終了後に書かれたアンケートなどを見てみると、少し残念なことが書いてあったりもする。
「やっぱりカバーバンドとしての認知度が高くなってるな」
一番多いのが「タフボーイやってくれ」であったので、さすがにへこむ俊である。
タフボーイは打ち込みでいいなら、既に月子が歌ってみているのだが。
ライブのテンションのタフボーイが聞きたいということなのだろうか。
ただ他にもカバーを待っているというか、次は何をカバーしてくれるのか、ということの期待が多いらしい。
「う~ん……」
前にカバーしたのもまたやってほしい、という意見もあったりする。
ちょっとこの傾向は困るかもしれない。
「でも洋楽でも、普通にカバー曲が一位になったりしたじゃん」
暁としてはそういう知識があるし、そもそも「secret base~君がくれたもの~」もカバーされまくりの曲である。
俊もカバーが嫌いなわけではない。編曲の楽しみはある。
むしろ原曲よりカバーを有名にしてやろう、などという意地の悪いところはあるのだ。
「……そろそろ、あれをやっていくかな」
俊の言葉に、何か策があるのかと、メンバーの視線が突き刺さる。
「いや、月子はもうやってるだろ」
そうは言われても月子も、ちょっと分かっていないところがある。
「ボカロカバーだ」
それを聞いて、何人かは頷いた。
ボカロはそもそも電子音声なだけに、かなり上手く調声をしても、感情を表現するのは難しい。
だからカバーしたらかなり、個性が出てくるものなのだ。
最初に月子が歌ってみたでカバーした中には「フォニイ」がある。
それに俊としても何曲か、カバーしてみたいものはあったのだ。
「そういやお前、元々はボカロPだったんだよな」
信吾はそう思い出したように言うが、ノイジーガールとアレクサンドライトは、ミクさんに歌ってもらったバージョンも公開している。
ボカロカバー。
とりあえずやってみたいというか、当初歌ってもらうつもりであったのが「モザイクロール」である。
ボカロは既に、それなりの認知度が高くなって、そこから生まれたミュージシャンも多い。
本人が歌うのはともかく、楽曲提供などはかなり多くなっている。
ボカロの世界は基本的に、面白ければなんでもあり。
俊もそろそろ、あのネタ曲を集めたアカウントを、懺悔する必要があるかもしれない。
「じゃあ何をやるか、ちょっと皆でやりたいものを持ち寄って、話し合うか」
次の集まりは練習ではなく、そういうことになりそうである。
俊がやりたいものはいくつか決まっている。
人間では出来そうになり演奏などというのも、暁ならかなりやれてしまうはずだ。
もっともギター本体の特徴の限界があるので、そこは調整しないといけないだろうが。
エフェクターでどこまでカバー出来るものか、あるいはアレンジしてしまうか。
ベースラインが特徴的な曲や、ドラムがひたすら叩く曲などもある。
音のサンプルをどこから拾ってきたのだ、という曲もあったりする。
時代の流れとしては、今は確かにネットから出てきている時代なのだ。
ただその流れも、一時期ほどに活発ではない。
また人間が、生の音に飢えている時代がやってくるのか。
そのあたりのムーブメントは、本当にやってみないと分からない。
男性が社会的、経済的に成功した後に選んだ己のステータスシンボルにするため結婚した女性であるという。
おおよそは外見的魅力だけで、無知または純粋であり、容姿が魅力的であり続ける以外にはほとんど価値は無い女性を意味するらしい。
俊の母親はそこまでひどい条件ではなかったが、契約婚をしていた。
当時既に名声を得ていた父は、自分の音楽を表現する楽器として、俊の母を必要としていた。
有名な音大の声楽科でありながら、卒業の直前に父の会社が倒産し、音楽を続けていけなかったのだ。
生活力さえまともになかった母を、父は妻として迎える前に、歌手として使った。
両親の間には、愛情というほどのものはなかったと、今ならば思う俊である。
だが結婚という形で財産を上手く共有したし、俊も生まれている。
結婚というのは婚姻届を出す、言わば契約なわけである。
そして父は、母の声が時流に合わなくなると、他のシンガーをプロデュースすることとなった。
声楽の分野で、今さらながら母が活動していくのは、ここからである。
それは今も続いていて、世界中を飛び回っているというわけだ。
結局は離婚したわけだが、財産分与で得をしたのは明らかに、母の方であった。
普通に浮気などをしていた父だが、母はそれに対して嫉妬もしていなかったのではと思う。
このあたりの両親の関係性が、俊の恋愛観を醒めたものとさせた、一つの原因である。
もう一つは性質の悪い女に引っかかった、ということもあるが。
まだしも母は、俊が大学に入るまでは、それなりに家にいることが多かった。
だがとりあえず成人扱いとなってからは、完全に放任である。
18歳で成人扱いであるし、ハウスキーパーも週に三回は来てもらっているのだから、育児放棄ではない。
また俊としても、どちらかというと父の方に憧れのようなものを抱いていたのだ。
新しい曲を次々と生み出す父に比べると、母はそれを歌うだけ、という意識が昔はあった。
さすがに今は、誰が歌うかがどれだけ重要か、分かっている。
母に連絡を取るのは、ステージの月子のために、母のドレスを借りる許可を得たとき以来である。
バンドを組んだことなどについて、母は特に何も言っていない。
だがさすがに居候をさせることは、許可を得る必要がある。
この家は母の名義であるのだから。
そしてもう一つ、ボイストレーニングの件。
単純に上手く歌うことだけなら、既に出来ている。
また基礎の基礎なら、別に習わなくてもネットに転がっている時代だ。
そのあたりを話し合うべく、連絡を取ってみた。
ネット回線の向こうの母は、相変わらず年齢不詳。
もうアラフィフであるのに、少なくとも10歳は若く見える。俊と並ぶと母ではなく姉と思われるだろう。
美容のためには色々としているのだ。
一通りの事情を聞いた母は、わずかに考え込んだ。
『居候の件は直接面会して決めましょう。幸い近く、日本に戻る予定があるし』
今はウィーンにいるとのこと。
『あとはボイストレーニングだけど、この子の方は凄いわね。今からでも声楽をやらせてみたら面白いかも』
「いや、うちの大事なボーカルなんで」
それに月子の歌い方は、民謡がベースになっているのだ。
おそらくクラシックの声楽とは違うのではないか。
そして千歳の方は、歌声をそのまま録音した音源というものがない。
一応はフェスの時にイベンターが撮影したものと、マスタリングしたものはある。
だが色々といじっているので、直接聞かないと分からないという。
そもそも正式に声楽をやるなら、呼吸の仕方や筋肉の動かし方など、色々とやることはあるのだ。
『そちらの近くで、自宅で教えたりしている子がいるから、一緒に連れて行って一度見てもらうといいわ』
音大時代の知人であるらしい。
もっとも専門はピアノであったそうだが。
これは俊も久しぶりに、ピアノの方も見てもらえ、ということなのだろうか。
『ヴァイオリンも見てもらいなさい』
なんだか俊も、やることがどんどんと増えていくようである。
まだまだ酷暑が続くが、八月は終わって高校は二学期が始まる。
千歳はどうやら学園祭に関して、それなりに情熱があるらしい。
「でも部外者をステージに立たせるのはダメなんだって」
「まあそうだろうな」
最近はセキュリティもうるさいし、そもそも音響などがまともではない。
「でも設営とか機材の準備を手伝ってもらうのは許可が出たよ」
「裏方仕事か」
また考えることが出来てきた。
高校生の情報の拡散力というのは、損得を考えていないので、かなり強力なものである。
目に見える財産ではなく、とにかく自分の拡散力などを、価値として認めている。
ここを上手く使うのは、知名度を高めるためには悪いことではない。
「準備は少し手伝ってやれるが、二人でステージに立ってみるか?」
「立ちたい」
千歳の言葉に、思った以上の力があった。
「あのさ、ライブとかでは分からないだろうけど、学校でのアキって本当に、目立たないし友達もいないんだよね」
そうなのか。そういえば友達はいないと言っていたが。
「軽音部の人間は認めてるけど、なんていうかさ、あんな凄い人間が、まるでいない者として見られてるのって、腹が立つ」
ああ、これは才能を認められてない者を、見つけた時の反応か。
なんでこんな凄いのに、皆はそれを知らないのか。
ただ暁は小さい頃、父親がミュージシャンということで、変にからかわれたことがあったらしい。
それが距離を置いている理由と聞いたが、今ではもう本人が評価の対象となっている。
俊も昔は、複雑に考えたことがある。
自分を助けてくれる人間は、自分だからなのか、それともあの父の息子だからなのか。
「そこまで頑張ってる生徒がいたら、力になるのが先生の役目だろ」
岡町はそう言ってくれたものだが。
するとある程度は打ち込みで、あとはギター二本でやることになるのか。
なるほど、充分すぎる。
「軽音部じゃなくて、二人でやるんだな?」
「そうそう。で、打ち込みを俊さんに頼みたくて」
「何をやるんだ?」
「最初は誰でも知ってるような曲でかまして、そこからはさ――」
言われたことに、少し難しい点はある。
「ダメかな?」
「いや……いけるだろう」
確かVtuberがカバーしていた曲があったはずだ。あれを組み合わせればいい。
それはそれとして、千歳の方にはボイトレについて話しておくこともある。
もっともそれは月子と一緒に説明した方が、話は一度で済んでいいだろう。
ただ俊も一緒に行って、挨拶はする必要がある。
音大の中でも特にクラシック系で、ガチガチの古典技術を持っているという。
本当にそれがPOPSの成長の役に立つのか、というのは俊もちょっと分からないが。
今の大学はとにかく、大衆的というか、商業主義に流れているので。
もっとも日本においても、クラシックで食っていけないわけではない。
事実上はパトロンがいないと、かなり苦しいのも確かであるが。
マルチタスクでやることが多すぎる。
なので最近は、大学での知り合いの用事も、断ることが多い。
ただ顔が広くなっていると、情報の拡散は簡単になる。
月子を居候させるにあたり、もう一人女性の同居人がほしい。
浮いた噂のない俊だけに、それなりには信用されることとなる。
家賃自体はタダであるが、水道光熱費はそれまでとの比較から最低限は払ってもらう。
食費はかからないが、作るのは自分。
大学までの距離は、電車を使っても30分以内。
そんな条件なら自分が住みたい、などという人間も出てくるものだ。
家具などは意外と揃っていたりもする。
母の部屋は使うことが出来ないが、他の部屋は客室で、ベッドぐらいは置いてある。
クローゼットなどもあるので、収納もそれなりと言う事が出来るだろう。
もっとも実際に住めるかどうかは、俊の母の面接を受けなければいけない。
さすがに月子が住まないなら、意味もなくなってくるのだが。
同じ大学の中で、貧乏生活をしながら音楽をやっている、という人間はあまりいない。
なんだかんだ言って学費が高い大学なので、親は太いことが多いのだ。
ただ知り合いの芸大の人間などに、そういった条件の女性がいた。
複数いるので、そこから母に選んでもらえばいいだろう。
事前に俊も会ってみて、あまりにアレな人間は弾いたが。
九月の最初のライブは、ホライゾンで行われた。
このライブはなんと、全曲をオリジナルでやっている。
トリでもなかったので、アンコールもなし。
ただ終了後に書かれたアンケートなどを見てみると、少し残念なことが書いてあったりもする。
「やっぱりカバーバンドとしての認知度が高くなってるな」
一番多いのが「タフボーイやってくれ」であったので、さすがにへこむ俊である。
タフボーイは打ち込みでいいなら、既に月子が歌ってみているのだが。
ライブのテンションのタフボーイが聞きたいということなのだろうか。
ただ他にもカバーを待っているというか、次は何をカバーしてくれるのか、ということの期待が多いらしい。
「う~ん……」
前にカバーしたのもまたやってほしい、という意見もあったりする。
ちょっとこの傾向は困るかもしれない。
「でも洋楽でも、普通にカバー曲が一位になったりしたじゃん」
暁としてはそういう知識があるし、そもそも「secret base~君がくれたもの~」もカバーされまくりの曲である。
俊もカバーが嫌いなわけではない。編曲の楽しみはある。
むしろ原曲よりカバーを有名にしてやろう、などという意地の悪いところはあるのだ。
「……そろそろ、あれをやっていくかな」
俊の言葉に、何か策があるのかと、メンバーの視線が突き刺さる。
「いや、月子はもうやってるだろ」
そうは言われても月子も、ちょっと分かっていないところがある。
「ボカロカバーだ」
それを聞いて、何人かは頷いた。
ボカロはそもそも電子音声なだけに、かなり上手く調声をしても、感情を表現するのは難しい。
だからカバーしたらかなり、個性が出てくるものなのだ。
最初に月子が歌ってみたでカバーした中には「フォニイ」がある。
それに俊としても何曲か、カバーしてみたいものはあったのだ。
「そういやお前、元々はボカロPだったんだよな」
信吾はそう思い出したように言うが、ノイジーガールとアレクサンドライトは、ミクさんに歌ってもらったバージョンも公開している。
ボカロカバー。
とりあえずやってみたいというか、当初歌ってもらうつもりであったのが「モザイクロール」である。
ボカロは既に、それなりの認知度が高くなって、そこから生まれたミュージシャンも多い。
本人が歌うのはともかく、楽曲提供などはかなり多くなっている。
ボカロの世界は基本的に、面白ければなんでもあり。
俊もそろそろ、あのネタ曲を集めたアカウントを、懺悔する必要があるかもしれない。
「じゃあ何をやるか、ちょっと皆でやりたいものを持ち寄って、話し合うか」
次の集まりは練習ではなく、そういうことになりそうである。
俊がやりたいものはいくつか決まっている。
人間では出来そうになり演奏などというのも、暁ならかなりやれてしまうはずだ。
もっともギター本体の特徴の限界があるので、そこは調整しないといけないだろうが。
エフェクターでどこまでカバー出来るものか、あるいはアレンジしてしまうか。
ベースラインが特徴的な曲や、ドラムがひたすら叩く曲などもある。
音のサンプルをどこから拾ってきたのだ、という曲もあったりする。
時代の流れとしては、今は確かにネットから出てきている時代なのだ。
ただその流れも、一時期ほどに活発ではない。
また人間が、生の音に飢えている時代がやってくるのか。
そのあたりのムーブメントは、本当にやってみないと分からない。
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