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四章 ラストピース
56 Noise
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やらなくてはいけないことを整理しなくてはいけない。
ノイズがフェスに出るために必要なことだが、夏休みを逃してしまうと、学生組の行動が極端に制限されてしまうからだ。
俊自身はどうとでもなるのだが。
(バンドを組むのが同年代になりやすいのは、こういう事情からなのかもな)
箇条書きにして、整理していく。
・新曲の完成(暁や信吾のアレンジを含む)
・歌詞の完成(月子や千歳と調整する)
・新曲の練習
・レコーディング(シェヘラザードによるもの)
・ライブ(イベント会社に見てもらう)
・音源の作成と提出
ここまでは夏休みの間にしなければいけないことである。
そしてこの結果によって、フェスへの参加が決まる。
もしフェスに参加出来てさらに名前が知られれば、冬にでも地方ツアーが出来るかもしれない。
販促のグッズを作るかもしれないし、さらに大きなハコでワンマンライブが出来るかもしれない。
(その前に月子の問題か)
またレコーディングでプレスしたアルバムが、どれだけ売れるか。
それ以前にちゃんと、期待したレベルのアルバムが出来るのか。
俊はとりあえず、完成した新曲を三つ、暁と信吾に送った。
二人からギターリフとベースラインで、改善点などを見つけてほしかったのである。
この三曲には仮のタイトルもつけ、イメージも文章で伝えてある。
幻想世界の迷い、砂漠の旅、二人きりの旅路、という象徴となるイメージも伝えておいた。
だがどれもバラードではない。純粋なハードロックに近いというか。分類するならプログレか。
すると二人から、ギターリフにソロ、アレンジやベースラインが返ってきて、また曲を変えていくこととなる。
もっともその全てを採用するというわけではない。
最終的に決定するのは俊であるため、やはり作曲や編曲も俊となるのだが。
この作曲のクレジットについて、暁も信吾も自分の案が採用されても、それは俊の曲だと言ってくる。
(それは確かにそうなんだけど、印税の配分の問題は、どうにかしないとなあ)
今回のアーティスト印税は、10%である。
しかし作詞作曲の印税は6%となっている。
つまり他のメンバーは、人数で分ければ2%しかもらえない。
音楽性の違いから、確かに分裂するバンドはある。
バンド内恋愛で解散するバンドもある。
だがそれよりもはるかに俗な分裂の理由は、金銭的な問題であろう。
誰がどれだけ、バンドに貢献しているか。
今の時点では間違いなく、それは俊である。
ただ今後西園が加わった場合や、信吾がベースラインに積極的に意見を出してきた場合など、彼も伝手やコネは多い。
またわけの分からないギターリフを持ってくるという点では、暁も作曲の一部に大きな働きを示す。
驚いたことだが、暁は一般的ではない、自分だけのギターコードなどを作ったりもしていた。
天才と言うよりは、子供の発明に近いものだが、やはり才能という括りになってしまうのだろう。
西園はいない、また五人での俊の家での集合となる。
「新曲を三曲も入れるのか……」
既に存在するノイジーガールと、アレクサンドライト。
それに新曲を三曲に、既にサリエリ名義で出している曲から三曲。
それにカバーを二曲の10曲というフルアルバムになる予定である。
新曲三曲を、レコーディングまでにブラッシュアップし、完成形に持っていく。
それがまず無理のように思える。
あとはサリエリ時代の曲は、ノイジーガール以降のものと比べると、質が劣るとも言える。
「新曲の三曲も、悪くはないけどもっと完成度は高く出来るんじゃないのか?」
「その通りなんだけど、間に合わないんだよなあ」
妥協していてはいいものは作れない。
だが期限とリソースは考えないと、いつまでたっても終わらない。
なんなら俊はノイジーガールも、リマスターで作りたい部分があるのだ。
月子にはない表現の出来る千歳が入ったことで、曲に厚みが出る。
実際に現在の演奏では、千歳がコーラスで入ってもいる。
「インディーズでもスケジュールはしっかりとしてるもんだしな」
そのあたりの事情は、メジャーデビュー寸前で脱退した信吾の方が詳しい。
俊のこれまでやってきたレコーディングは、演奏の音源は全て俊が作り、それに月子の歌を乗せるだけであった。
また配信で公開しているものと、ちゃんとした音源で差をつけるべきではないかと考えてもいる。
ノイズは順調すぎるぐらいに伸びているバンドだ。
だが展開が早すぎて、色々とやることが追いついていないのも確かなのだ。
特に女子三人は、事務的な仕事も出来ない、フリーターに高校生二人。
西園にこの段階で頼るのは間違っている。
信吾もアルバイトで忙しいが、それでも作曲には協力してくれるし、昔のコネや伝手を使ってくれる。
一番忙しいのは、俊なのは間違いないが。
ただバンド活動以外では、一番忙しいのは月子である。
アイドルのライブをやりながら、レッスンもしていて、アルバイトを二つも掛け持ち。
どうにかして稼がせないと、そのうち潰れるのは間違いないだろう。
素直にアイドルをやめるなら、それで充分に時間を使うことは出来るのだが。
現在では練習やライブに対して、俊が時間あたりのアルバイト代を払っている。
ノイズには幾つかのボトルネックが存在する。
まずは俊がリーダーであるのは仕方ないが、仕事が集中しているということ。
西園は正式に加入したわけではないので、練習や本番以外の仕事を頼むわけにはいかないということ。
経験の豊富な信吾が、生活のためにアルバイトに時間をかけなければいけないこと。
暁と千歳が高校生のため、ある程度の時間が束縛されていること。
何より月子の拘束時間が長く、本人の自由になる部分があまりにもないことである。
メジャーからからアルバムが出ても、15万円を五人で割ったら、三万円となる。
今回はインディーズなので、一人頭30万円となるが。
レコーディング費用なども出してくれるので、赤字にはならないのだが、かけた時間に相応しい金額と思ってもいいのだろうか。
もちろん高校生にとってみれば、30万円は大金である。
「演奏を打ち込みでやった、原曲に近いのをネットで配信して、それで月子には稼いでもらう」
当面はこれで、月子の金欠状態をどうにかするのだ。
「レコーディングやライブのバージョンは生演奏でするから、そういったものを聞きたい人はアルバムを買ってもらったり、ライブに来てもらったりする」
「ああ、ネットで導線を作るわけだな」
「そうそう。月子の歌までで満足しちゃうなら、それはそれで仕方がない」
「ううん、そういえば5000枚の中から、ライブ物販用に100枚ぐらいもらえないかな?」
「話はしてみる。そうか、手売りの方が利益は出るわけか」
「流通とか通さなくていいしな。あとはそろそろ、ノイズのロゴも考えた方がいいだろうし、物販も何か作りたいし」
「分かってはいるし、伝手もあるんだけど、俺の時間がない」
俊はとにかく、作曲と作詞をしなければいけないのだ。
いいかげんにノイズも、人気が定着してきたし、リピーターも新規の客も、かなり多くなってきている。
全然人気が出ないというのが、こういうバンド物のお約束なのだろうが、むしろそういった部分では全く問題がない。
ただ人気があっても、それを金に換えていくのが難しい。
せっかくライブはあるのだから、物販などは充実させたい。
「一応ロゴは考えてはいるんだ」
そして俊は、PCの画面を見せる。
そこにあるのはシンプルな「Noise」という文字。
ただ太いその文字が、あちこちからギザギザになっている。
「悪くないな」
「確かに雑音っぽい」
信吾と暁がそう評して、千歳が疑問を口にする。
「これも俊さんが作ったの? すげー」
「前からずっとイメージはあったからな。手書きを取り込んでPCで処理しただけだ」
シンプルでいい、という評価である。
「あと、これも今しか変更できないんだけど、バンド名はノイズのままでいいか?」
そこは何をいまさら、という視線を受ける俊である。
始めたのは俊で、最初に巻き込まれたのが月子だ。
それがノイズと名乗ったのだから、それでいいであろう。
「むしろセンスはいいと思う。音楽の中で、あえて雑音なんてバンド名にするんだからな」
「下手にかっこつけるより、いいんじゃないかな」
信吾と暁はそう言って千歳も告げる。
「小説家のフミちゃんもいいって言ってたから、そこは自信を持っていいんじゃないかな。歌詞とかも凄く誉めてたよ」
「お、おおう」
専門家の賞賛を聞いて、さすがに嬉しくなる俊であった。
ノイズ。正式名称はNoiseでいく。
自分たちの音楽をNoiseと言ってしまうのは、どこか自虐的な気もする。
だが最初に作ったのはノイジーガールだ。
せめて「The Noise」にした方がよかったかな、という程度には思ったりもした俊である。
だが実はそれだと同じ名前のバンドが、既に存在していたりしたのだ。
こういったことは瑣末なことであると思えばいいのか。
「XもXjapanに名前変えてたっけ」
「BECKもモンゴリアンチョップスクワッドって名前あったしね」
俊の呟きに、最近BECKを読み出したらしい千歳が反応した。
バンドTシャツなどというのも、物販アイテムとしては重要なものである。
俊や信吾の伝手から、そういったものを作ってくれる業者は存在する。
だがそもそものアイデアをどうするのか。
こういったものはやはり、ある程度の専門家の助言が必要になるだろう。
本来なら広報担当をしてくれる人間などを、ある程度は雇うことになる。
しかしそういった人間に俊は伝手があって、それもまた彼の作業になってしまうあたい、本当に仕事が偏っている。
バンドとしてはまず第一に、作曲と作詞をやってくれなければ困るのだが。
ライブのチケットに関しても、幸いなことに赤字にはなっていない。
これはブログやSNSの告知によって、普通に売ることが出来ているからだ。
ワンマンライブで200人ほども集められるなら、立派なものと言えるだろう。
だが夏のフェスにもし参加出来れば、3000人のステージに立つことになる。
この規模のステージを経験しているのは、信吾と西園だけである。
レコーディングに関しては、四日間が予定されている。
リズム隊にシンセサイザーのリズム、ギター組にシンセサイザーのメロディ、そしてボーカルというものである。
基本的に三日であるが、予備日が一日あるのだ。
短時間で終わらせるものだが、それはあちらがレコーディング費用を出してくれるので仕方がない。
エンジニアなどもあちらの人員なのである。
正直なところそういった部分は、俊であっても出来る。
また表現したいことが正確に分かっているので、色々と口を出していくつもりではいる。
だがミックスからマスタリングにまで、全て口を出す暇なない。
とりあえず出来たデモ音源だけは、先に貰う予定である。
ただこのレコーディングの前に、ホライゾンというライブハウスでのライブがある。
最大で200人も入るというところで、機材を運ぶためにバンを出すことにもなる。
こういったハード面での貢献も、ほとんどは俊の役割となっている。
ホライゾンでのライブには、フェスの関係者も聴きにくるので、絶対に失敗は出来ない。
もっとも初めてのハコということで、トリではないのが幸いかもしれないが。
これまでずっと、ライブのたびに歌うカバー曲は少し変えてきた。
その中ではタフボーイが一番、評判がいいわけであるが。これは毎回やっている。
今回は練習時間もあまり取れていないので、新規に演奏するのは一曲だけとする。
「打上花火も上手くいってるし、これにオリジナル二曲か。新しいオリジナルはまだしないんだな?」
「そもそも新曲やるには、練習時間足りなすぎるような」
千歳はそういうが、単に彼女の基礎的なギター技術が拙いだけである。
夏休み中、千歳は暁以外にも俊と信吾から、ギターの練習を見てもらっている。
「しかしうちは俊がシンセ使えるから、出来る曲の幅が広いよな」
「いつかボヘミアンラプソディカバーしたいんだよなあ」
「それにはボーカル陣の英語力アップが重要になるかな」
千歳は意外と洋楽も歌える。
だが月子は難しいのは確かである。
海外で受けるためには、英語で歌えることが大前提だ。
日本の音楽市場だけでも、食っていくことは出来るだろう。
しかしより広く音楽を届けるためには、英語で歌うことが絶対に必要になる。
「洋楽の歌詞って、けっこう単純なものが多いんだよな」
「あ~、ボブ・ディランの風に吹かれてとか、反戦ぽいよね」
「いや、ボブ・ディランはさすがにノーベル文学賞取ってるから、別格だとは思うけど」
アメリカだとHIPHOPも人気であるが、基本的にノイズはやらない。
そもそもこれまで、ラップも入った曲はしていない。
千歳が入ったことで、歌える範囲が広がったことは確かだ。
彼女はHIPHOPもラップもこなせるので、その部分を千歳が歌って、メインの部分を月子が歌うという手段が取れる。
ツインボーカルでハーモニーがしっかりと合うのに、それぞれの長所が違う。
「月子の三味線もそろそろ、何か出番があってほしいよな」
俊はそう言うが、月子はぶんぶんと首を振る。
千歳のギターに比べれば、はるかに上手いので問題はないと思うのだが。
自分の下手さは自覚しつつも、千歳はボーカルでは存在感を発揮する。
打上花火も確かにツインボーカルを活かしたものであるが、他にもツインボーカルを活かした曲をやりたい。
ただ新曲でギターの部分までやるには、千歳のギターとしての能力が足りない。
オリジナルなどにおけるギターは、かなり弾けるようになってきた千歳である。
だが即興で知っている曲を弾くような力は、まだまだないと言える。
「まあこの曲なら、歌自体はそれほど難しくもないし、なんとかなるか」
俊の選んだ曲に、メンバーは頷く。
西園もそれなら問題はないな、と言ってくれた。
俊はそのうち、もっとシンセサイザーを全力で使った曲もやってみたい。
だが暁のギターを上手く活かすには、アレンジが必要となる。
とりあえずはツインボーカルを活かす曲を選んできた。
「しかし、俺らもう、ロックバンドっていう感じじゃなくなってきてる気がするな」
「本家のハードロックだってたくさん、バラード歌ってるからいいだろ」
「ライブでは勝手にアレンジしたソロ入れていいんだよね?」
「そうしないとアキは満足しないだろ」
「ジャニーズの曲でも、いいものはいいからなあ」
演奏の人間はそう言っているが、ボーカルの二人は微妙な感じである。
本来なら男性ユニットなのである。
「でも普通に女性でカバーしてるのあるぞ。それこそメロスもそうだったろ」
「あ~、もっと気軽に歌える曲がほしい」
千歳は苦労しているが、その点では月子は、アイドル系の歌も平気で歌う。
何を歌っても自分の歌にしてしまうのが、月子の力である。
「ライブまでもう時間ないから、張り切っていくぞ」
そして練習が終わった後、作詞作曲に励むのが俊であるあたり、本当にノイズのリーダーというのは大変なものなのだ。
ノイズがフェスに出るために必要なことだが、夏休みを逃してしまうと、学生組の行動が極端に制限されてしまうからだ。
俊自身はどうとでもなるのだが。
(バンドを組むのが同年代になりやすいのは、こういう事情からなのかもな)
箇条書きにして、整理していく。
・新曲の完成(暁や信吾のアレンジを含む)
・歌詞の完成(月子や千歳と調整する)
・新曲の練習
・レコーディング(シェヘラザードによるもの)
・ライブ(イベント会社に見てもらう)
・音源の作成と提出
ここまでは夏休みの間にしなければいけないことである。
そしてこの結果によって、フェスへの参加が決まる。
もしフェスに参加出来てさらに名前が知られれば、冬にでも地方ツアーが出来るかもしれない。
販促のグッズを作るかもしれないし、さらに大きなハコでワンマンライブが出来るかもしれない。
(その前に月子の問題か)
またレコーディングでプレスしたアルバムが、どれだけ売れるか。
それ以前にちゃんと、期待したレベルのアルバムが出来るのか。
俊はとりあえず、完成した新曲を三つ、暁と信吾に送った。
二人からギターリフとベースラインで、改善点などを見つけてほしかったのである。
この三曲には仮のタイトルもつけ、イメージも文章で伝えてある。
幻想世界の迷い、砂漠の旅、二人きりの旅路、という象徴となるイメージも伝えておいた。
だがどれもバラードではない。純粋なハードロックに近いというか。分類するならプログレか。
すると二人から、ギターリフにソロ、アレンジやベースラインが返ってきて、また曲を変えていくこととなる。
もっともその全てを採用するというわけではない。
最終的に決定するのは俊であるため、やはり作曲や編曲も俊となるのだが。
この作曲のクレジットについて、暁も信吾も自分の案が採用されても、それは俊の曲だと言ってくる。
(それは確かにそうなんだけど、印税の配分の問題は、どうにかしないとなあ)
今回のアーティスト印税は、10%である。
しかし作詞作曲の印税は6%となっている。
つまり他のメンバーは、人数で分ければ2%しかもらえない。
音楽性の違いから、確かに分裂するバンドはある。
バンド内恋愛で解散するバンドもある。
だがそれよりもはるかに俗な分裂の理由は、金銭的な問題であろう。
誰がどれだけ、バンドに貢献しているか。
今の時点では間違いなく、それは俊である。
ただ今後西園が加わった場合や、信吾がベースラインに積極的に意見を出してきた場合など、彼も伝手やコネは多い。
またわけの分からないギターリフを持ってくるという点では、暁も作曲の一部に大きな働きを示す。
驚いたことだが、暁は一般的ではない、自分だけのギターコードなどを作ったりもしていた。
天才と言うよりは、子供の発明に近いものだが、やはり才能という括りになってしまうのだろう。
西園はいない、また五人での俊の家での集合となる。
「新曲を三曲も入れるのか……」
既に存在するノイジーガールと、アレクサンドライト。
それに新曲を三曲に、既にサリエリ名義で出している曲から三曲。
それにカバーを二曲の10曲というフルアルバムになる予定である。
新曲三曲を、レコーディングまでにブラッシュアップし、完成形に持っていく。
それがまず無理のように思える。
あとはサリエリ時代の曲は、ノイジーガール以降のものと比べると、質が劣るとも言える。
「新曲の三曲も、悪くはないけどもっと完成度は高く出来るんじゃないのか?」
「その通りなんだけど、間に合わないんだよなあ」
妥協していてはいいものは作れない。
だが期限とリソースは考えないと、いつまでたっても終わらない。
なんなら俊はノイジーガールも、リマスターで作りたい部分があるのだ。
月子にはない表現の出来る千歳が入ったことで、曲に厚みが出る。
実際に現在の演奏では、千歳がコーラスで入ってもいる。
「インディーズでもスケジュールはしっかりとしてるもんだしな」
そのあたりの事情は、メジャーデビュー寸前で脱退した信吾の方が詳しい。
俊のこれまでやってきたレコーディングは、演奏の音源は全て俊が作り、それに月子の歌を乗せるだけであった。
また配信で公開しているものと、ちゃんとした音源で差をつけるべきではないかと考えてもいる。
ノイズは順調すぎるぐらいに伸びているバンドだ。
だが展開が早すぎて、色々とやることが追いついていないのも確かなのだ。
特に女子三人は、事務的な仕事も出来ない、フリーターに高校生二人。
西園にこの段階で頼るのは間違っている。
信吾もアルバイトで忙しいが、それでも作曲には協力してくれるし、昔のコネや伝手を使ってくれる。
一番忙しいのは、俊なのは間違いないが。
ただバンド活動以外では、一番忙しいのは月子である。
アイドルのライブをやりながら、レッスンもしていて、アルバイトを二つも掛け持ち。
どうにかして稼がせないと、そのうち潰れるのは間違いないだろう。
素直にアイドルをやめるなら、それで充分に時間を使うことは出来るのだが。
現在では練習やライブに対して、俊が時間あたりのアルバイト代を払っている。
ノイズには幾つかのボトルネックが存在する。
まずは俊がリーダーであるのは仕方ないが、仕事が集中しているということ。
西園は正式に加入したわけではないので、練習や本番以外の仕事を頼むわけにはいかないということ。
経験の豊富な信吾が、生活のためにアルバイトに時間をかけなければいけないこと。
暁と千歳が高校生のため、ある程度の時間が束縛されていること。
何より月子の拘束時間が長く、本人の自由になる部分があまりにもないことである。
メジャーからからアルバムが出ても、15万円を五人で割ったら、三万円となる。
今回はインディーズなので、一人頭30万円となるが。
レコーディング費用なども出してくれるので、赤字にはならないのだが、かけた時間に相応しい金額と思ってもいいのだろうか。
もちろん高校生にとってみれば、30万円は大金である。
「演奏を打ち込みでやった、原曲に近いのをネットで配信して、それで月子には稼いでもらう」
当面はこれで、月子の金欠状態をどうにかするのだ。
「レコーディングやライブのバージョンは生演奏でするから、そういったものを聞きたい人はアルバムを買ってもらったり、ライブに来てもらったりする」
「ああ、ネットで導線を作るわけだな」
「そうそう。月子の歌までで満足しちゃうなら、それはそれで仕方がない」
「ううん、そういえば5000枚の中から、ライブ物販用に100枚ぐらいもらえないかな?」
「話はしてみる。そうか、手売りの方が利益は出るわけか」
「流通とか通さなくていいしな。あとはそろそろ、ノイズのロゴも考えた方がいいだろうし、物販も何か作りたいし」
「分かってはいるし、伝手もあるんだけど、俺の時間がない」
俊はとにかく、作曲と作詞をしなければいけないのだ。
いいかげんにノイズも、人気が定着してきたし、リピーターも新規の客も、かなり多くなってきている。
全然人気が出ないというのが、こういうバンド物のお約束なのだろうが、むしろそういった部分では全く問題がない。
ただ人気があっても、それを金に換えていくのが難しい。
せっかくライブはあるのだから、物販などは充実させたい。
「一応ロゴは考えてはいるんだ」
そして俊は、PCの画面を見せる。
そこにあるのはシンプルな「Noise」という文字。
ただ太いその文字が、あちこちからギザギザになっている。
「悪くないな」
「確かに雑音っぽい」
信吾と暁がそう評して、千歳が疑問を口にする。
「これも俊さんが作ったの? すげー」
「前からずっとイメージはあったからな。手書きを取り込んでPCで処理しただけだ」
シンプルでいい、という評価である。
「あと、これも今しか変更できないんだけど、バンド名はノイズのままでいいか?」
そこは何をいまさら、という視線を受ける俊である。
始めたのは俊で、最初に巻き込まれたのが月子だ。
それがノイズと名乗ったのだから、それでいいであろう。
「むしろセンスはいいと思う。音楽の中で、あえて雑音なんてバンド名にするんだからな」
「下手にかっこつけるより、いいんじゃないかな」
信吾と暁はそう言って千歳も告げる。
「小説家のフミちゃんもいいって言ってたから、そこは自信を持っていいんじゃないかな。歌詞とかも凄く誉めてたよ」
「お、おおう」
専門家の賞賛を聞いて、さすがに嬉しくなる俊であった。
ノイズ。正式名称はNoiseでいく。
自分たちの音楽をNoiseと言ってしまうのは、どこか自虐的な気もする。
だが最初に作ったのはノイジーガールだ。
せめて「The Noise」にした方がよかったかな、という程度には思ったりもした俊である。
だが実はそれだと同じ名前のバンドが、既に存在していたりしたのだ。
こういったことは瑣末なことであると思えばいいのか。
「XもXjapanに名前変えてたっけ」
「BECKもモンゴリアンチョップスクワッドって名前あったしね」
俊の呟きに、最近BECKを読み出したらしい千歳が反応した。
バンドTシャツなどというのも、物販アイテムとしては重要なものである。
俊や信吾の伝手から、そういったものを作ってくれる業者は存在する。
だがそもそものアイデアをどうするのか。
こういったものはやはり、ある程度の専門家の助言が必要になるだろう。
本来なら広報担当をしてくれる人間などを、ある程度は雇うことになる。
しかしそういった人間に俊は伝手があって、それもまた彼の作業になってしまうあたい、本当に仕事が偏っている。
バンドとしてはまず第一に、作曲と作詞をやってくれなければ困るのだが。
ライブのチケットに関しても、幸いなことに赤字にはなっていない。
これはブログやSNSの告知によって、普通に売ることが出来ているからだ。
ワンマンライブで200人ほども集められるなら、立派なものと言えるだろう。
だが夏のフェスにもし参加出来れば、3000人のステージに立つことになる。
この規模のステージを経験しているのは、信吾と西園だけである。
レコーディングに関しては、四日間が予定されている。
リズム隊にシンセサイザーのリズム、ギター組にシンセサイザーのメロディ、そしてボーカルというものである。
基本的に三日であるが、予備日が一日あるのだ。
短時間で終わらせるものだが、それはあちらがレコーディング費用を出してくれるので仕方がない。
エンジニアなどもあちらの人員なのである。
正直なところそういった部分は、俊であっても出来る。
また表現したいことが正確に分かっているので、色々と口を出していくつもりではいる。
だがミックスからマスタリングにまで、全て口を出す暇なない。
とりあえず出来たデモ音源だけは、先に貰う予定である。
ただこのレコーディングの前に、ホライゾンというライブハウスでのライブがある。
最大で200人も入るというところで、機材を運ぶためにバンを出すことにもなる。
こういったハード面での貢献も、ほとんどは俊の役割となっている。
ホライゾンでのライブには、フェスの関係者も聴きにくるので、絶対に失敗は出来ない。
もっとも初めてのハコということで、トリではないのが幸いかもしれないが。
これまでずっと、ライブのたびに歌うカバー曲は少し変えてきた。
その中ではタフボーイが一番、評判がいいわけであるが。これは毎回やっている。
今回は練習時間もあまり取れていないので、新規に演奏するのは一曲だけとする。
「打上花火も上手くいってるし、これにオリジナル二曲か。新しいオリジナルはまだしないんだな?」
「そもそも新曲やるには、練習時間足りなすぎるような」
千歳はそういうが、単に彼女の基礎的なギター技術が拙いだけである。
夏休み中、千歳は暁以外にも俊と信吾から、ギターの練習を見てもらっている。
「しかしうちは俊がシンセ使えるから、出来る曲の幅が広いよな」
「いつかボヘミアンラプソディカバーしたいんだよなあ」
「それにはボーカル陣の英語力アップが重要になるかな」
千歳は意外と洋楽も歌える。
だが月子は難しいのは確かである。
海外で受けるためには、英語で歌えることが大前提だ。
日本の音楽市場だけでも、食っていくことは出来るだろう。
しかしより広く音楽を届けるためには、英語で歌うことが絶対に必要になる。
「洋楽の歌詞って、けっこう単純なものが多いんだよな」
「あ~、ボブ・ディランの風に吹かれてとか、反戦ぽいよね」
「いや、ボブ・ディランはさすがにノーベル文学賞取ってるから、別格だとは思うけど」
アメリカだとHIPHOPも人気であるが、基本的にノイズはやらない。
そもそもこれまで、ラップも入った曲はしていない。
千歳が入ったことで、歌える範囲が広がったことは確かだ。
彼女はHIPHOPもラップもこなせるので、その部分を千歳が歌って、メインの部分を月子が歌うという手段が取れる。
ツインボーカルでハーモニーがしっかりと合うのに、それぞれの長所が違う。
「月子の三味線もそろそろ、何か出番があってほしいよな」
俊はそう言うが、月子はぶんぶんと首を振る。
千歳のギターに比べれば、はるかに上手いので問題はないと思うのだが。
自分の下手さは自覚しつつも、千歳はボーカルでは存在感を発揮する。
打上花火も確かにツインボーカルを活かしたものであるが、他にもツインボーカルを活かした曲をやりたい。
ただ新曲でギターの部分までやるには、千歳のギターとしての能力が足りない。
オリジナルなどにおけるギターは、かなり弾けるようになってきた千歳である。
だが即興で知っている曲を弾くような力は、まだまだないと言える。
「まあこの曲なら、歌自体はそれほど難しくもないし、なんとかなるか」
俊の選んだ曲に、メンバーは頷く。
西園もそれなら問題はないな、と言ってくれた。
俊はそのうち、もっとシンセサイザーを全力で使った曲もやってみたい。
だが暁のギターを上手く活かすには、アレンジが必要となる。
とりあえずはツインボーカルを活かす曲を選んできた。
「しかし、俺らもう、ロックバンドっていう感じじゃなくなってきてる気がするな」
「本家のハードロックだってたくさん、バラード歌ってるからいいだろ」
「ライブでは勝手にアレンジしたソロ入れていいんだよね?」
「そうしないとアキは満足しないだろ」
「ジャニーズの曲でも、いいものはいいからなあ」
演奏の人間はそう言っているが、ボーカルの二人は微妙な感じである。
本来なら男性ユニットなのである。
「でも普通に女性でカバーしてるのあるぞ。それこそメロスもそうだったろ」
「あ~、もっと気軽に歌える曲がほしい」
千歳は苦労しているが、その点では月子は、アイドル系の歌も平気で歌う。
何を歌っても自分の歌にしてしまうのが、月子の力である。
「ライブまでもう時間ないから、張り切っていくぞ」
そして練習が終わった後、作詞作曲に励むのが俊であるあたり、本当にノイズのリーダーというのは大変なものなのだ。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
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