赤き破壊の魔女と踊れ

氷魚彰人

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別れの宴

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 別邸にアーク達が戻るとジェリドは帰り支度を終えていた。

「ジェリド、起きて大丈夫なのか?」
「大丈夫も何も現に起きているだろうが」

 そうは言うがどう見ても顔色は悪く、身体がふら付いている。
 もう少し休んでいった方がいいのではないかと提案するが「要らねぇよ」ジェリドに一蹴された。

「何処で寝てても変わらねーだろ。だったら家で寝るよ」
「でも……」
「世話になっといてあれだけど、人の家って気を使うからゆっくり出来ねーし」

 そう言われてしまうと引き止める事は出来ない。
 不安を拭い去れないが、ジェリドを見送る事にした。

「ちゃんと礼も言えなくて悪いが、赤毛の姐さんに宜しく伝えておいてくれ」

 そう言うと、別邸に着いたばかりの友人達を引き連れ帰って行った。





 アークはイグルと数人の使用人達と別邸を片付けると、数日振りに本邸に戻った。
 稽古の為だとヴェロニカによって別邸に拉致された息子の帰還を知るや否や、テールス・エス・ノエルは部屋を飛び出し、愛する息子を思いっきり抱きしめた。

「アーク。大丈夫だったかい? ヴェロニカに酷い事や痛い事や惨い事はされなかったかい?」

 涙目で訊ねる父にアークは笑顔で答える。するとテールスは一度離した息子の身体を再び抱きしめ謝罪した。

「不甲斐無い父を許してくれ! アークの為なら相手が国王でも何でも戦う覚悟だが、ヴェロニカだけは駄目なんだ。本当にすまない!」

 必死に謝る父を何とか宥めると、漸く、テールスはアークの隣に居る白銀の子供に気付き、洟《はな》を啜りながら「こちらのお嬢さんは?」と問うた。

「彼はイグル・ダーナ。私の親友です」
「彼?」

 肩下まである長い髪と肌理《きめ》の細かな真っ白な肌。人形の様に整った顔立ちした少年を驚きの表情で見る父に頷いて見せる。

「はい。彼です」

 驚きから早々に立ち直ったテールスは腰を落とし、イグルと目の高さを合わせ紳士らしく挨拶をした。

「見苦しい姿を見せて失礼した。私はアークの父でテールス・エス・ノエルだ」

 もと暗殺対象だった者を前に一切の動揺を見せずに、イグルは差し出されたテールスの手を握った。

「これからも息子を宜しく」

 アークに似た優しい笑顔を前にイグルは小さく「はい」と返した。





 父テールスにイグルの保護者が旅に出たまま暫く帰らない事。保護者が帰るまでの間ノエル家に寝泊りする事の許可を願い出ると、快く承諾してくれた。
 アークの部屋の隣をイグルの部屋と決め、数人の使用人とで必要な物を運び込み部屋を整えた。
 そうこうしている内に夜の帳がすっかり下りた頃。赤毛のメイドが戻り、明日ヴェグル国を出国する事を告げるとテールスは歓喜の声を上げ、ヴェロニカに尻を蹴飛ばされた。

 別れの宴だと祝いの時にしか並ばないご馳走をずらりと並べ、立食式パーティーというかたちで使用人も術師も関係なく皆一緒に食事をする事となった。
 無礼講だとあちらこちらで大きな笑い声が上がっている中、嬉しそうに笑っている父の顔が時折寂しさを滲ませているのに気付き笑ってしまった。
 何だかんだ言っても父もヴェロニカを好いているんだと。本当は出国などして欲しくない父の精一杯の強がりなんだと可笑しかった。

 アークは食事を終えると夜はこれからだと酒瓶を抱えている大人達を残し、イグルと共に退出した。
 扉の向こうから父やメイド達の楽しそうな声が聞こえる。別れの前日だ。幾ら語り合っても足りないだろう。
 今日は先生を放してもらそうもないと、夜の稽古を諦めた。
 それよりも明日からの事を話し合う必要がある。早めに風呂に入ろうと誘うと、一歩後ろに控えていたイグルは「お背中をお流しします」と答えた。
 その必要はないとアークが口にするよりも早く、それを断る声があった。

「いけませんわイグル様。お背中をお流しするのは私共メイドの仕事で御座います」

 見れば先程までヴェロニカの隣で食事を取っていたジェーンとリリンだった。
 自分付きのメイドがヴェロニカとの別れの宴よりも仕事を優先したのだと思い、宴に戻るように言うがメイド二人はそれを聞き入れなかった。

「意地悪を言わないで下さいませ。さぁ、アーク様。イグル様と裸のお付き合いをなさいませ」
「裸の付き合いは大切です」

 怖いくらい真剣な眼差しで鼻息を荒くしているメイド二人がジリジリとにじり寄ってくる。

「ジェーン。リリン。風呂くらい自分で入れる。手伝いは無用だ」

 顔を引き攣らせながら断るが、メイド二人は妙な熱を帯びた笑顔で受け流す。

「いけませんわアーク様。お風呂場とは以外に危険な場所です。のぼせて倒れたり、足を滑らせ頭を打ち付けたりと何かあってはいけませんから、ね」
「はい。何があっても対処出来るように待機します」

 どうあっても同行すると言い張る。
 ノエル家に仕え始めて直ぐに自分の世話をしてくれていた二人だ。裸など幾度となく見られている。通常なら同行されても問題ないが、今は胸に絶対服従の術式が刻まれている。
 例え気心が知れているメイド達であってもそれを見られる事に抵抗を覚えるアークはメイド二人を退ける為に意を決する。

 ――これしかない!

 そう自分に言い聞かせると、一歩後ろに控えたイグルを振り返り、思いっきり抱きしめた。

「私は彼と二人《・・》っきりで入りたいんだ」

 訴えると、メイド二人は顔を赤らめ慌てて謝罪した。

「もっ申し訳御座いません。私とした事が至りませんで!」

 メイド二人は何度となく頭を下げて謝るが、その顔は笑みで歪んでいる。
 頭を上げるように言われ、メイド二人は顔を上げるがその目は何処か遠くを見詰めていた。

「二人っきりでないと出来ない事もありますわよね」
「裸、密室、二人きり……」
「うへへ」
「ぐふふ」

 奇妙な笑いを漏らす二人が何を想像しているか、ここ数日で色々な経験をしたアークにも想像がついたが、あえて考えないようにした。
 せめて風呂場まで見送らせて欲しいと言われ、それくらいならと同行を許し脱衣所にイグルと共に入るとメイド達は意味ありげに微笑む。

「お二人が出てくるまでは何人《なんぴと》たりとも近付けさせません。ですからごゆっくり楽しまれて下さい」
「アーク様ご馳走様です」

 妖しげな笑みをより一層深め扉を閉めるメイド二人にかける言葉をアークは持ち合わせていなかった。

 妙な想像に拍車をかけないよう早々に風呂場を後にし、イグルを連れて自室に戻ると明日からの事を話し合った。
 まずはアークを主や様付けで呼ばない事。
 魔術師学校内ではジェリド達を頼る事。
 まだイグルを狙っている者が居るかもしれないから注意を怠らない事。
 何かあった場合の対処法や連絡方法などを取り決めると、イグルを隣の部屋へ返した。






 別れの宴が終わり屋敷の者が寝静まった頃。イグルは部屋を抜け出し風呂場へと向かった。
 これまで主は二度代わった。
 そのどちらの主も勤めのを遂行するのに支障がないか、確認の為に具合を確かめると定期的にイグルの身体を使った。
 現在の主、アーク・エス・ノエルが具合を確かめる事をするか疑問に思ったが、直ぐに考える事を止めた。それは道具である自分が判断する事ではないからと。
 後ろの処理を済ませ、主の眠る部屋を訊ねると気配でか直ぐにアークは目を覚まし上半身を起こした。

「部屋を間違えたのか?」
「いえ」

 間違いでなければ意思を持って訪ねた以外にない。
 何か相談があるのだろうかとアークはチェストに置かれているランプの明りを点けた。
 窺い見るとイグルは逡巡しているのか直ぐに口を開く事はしなかった。

「イグル?」

 呼びかけるとおずおずと口を開いた。

「これまでの主は私の具合を確認する為にと、夜は部屋に呼んでいました」
「具合?」
「はい」

 アークはイグルを頭の天辺から足のつま先までを見てから手招きした。
 目の前まで来たイグルをベッドに座るように指示するとその顔を両手で包んだ。
 そして両下瞼を引き下げた。

「上を見て」

 言われた通りにすると、続いて左右そして下を見るように言われその通りにした。

「舌を出して」

 舌を出して見せると仕舞うように指示される。今度は両手を出すように言われ、差し出すと両手の脈を診られた。

「うーん。異常がある様に見えないが何か体調面で気になる事はあるか? 例えば持病があるとか?」
「……いえ」
「そうか。私は医術の心得は無いので詳しくは分からないが、ざっと診たが気になるところはなかった」

 そう告げると何時もの無表情だが、困惑の色をにじませている事に気付き、アークは謝った。

「すまない。不確かな見立てで。心配なら医術の心得のある者を起こして診てもらうか?」
「……いえ。それには及びません」

 何かを言いたそうにしながら口を開こうとしない友人の姿から、絶対服従の術式の副作用を心配し心細くなっているのかも知れないと判断したアークは何か自分に出来る事は無いかと考え、ある提案をした。

「今日は一緒に寝よう。有難い事にこのベッドは身体の小さな我々が一緒に寝ても余りある広さだ」

 アークはベッドの奥へ身をずらすと空いたスペースをポンポンと叩いた。

「さあ」

 再度叩いて見せる。
 具合の確認を体調管理と勘違いした主から一緒に寝ろと指示されどう行動するのが正解なのか分からないイグルは、取り合えず寝巻きの上を脱ぎ捨てた。次いで下を脱ごうと手を掛ける。

「何故寝巻きを脱ぐんだ? もしかして裸でないと眠れない性質か?」

 どうも主の望まない行動を取ってしまったのだとイグルは下ろし掛けていたズボンを引き上げた。

「いえ。そう言う訳ではありません」
「なら寝巻きは着ておいた方がいい。身体を冷やしてしまうぞ」
「はい」

 イグルは足元に落とした寝巻きを拾い上げるとそれを着直し、ベッドへ上がり込んだ。
 どうすればいいのか次の指示を待っていると、手を差し出された。

「手を」

 指示に従い左手にそっと手を重ねる。

「痛いとか苦しいとか何か異常があれば私の手を握ればいい。直ぐに高位の魔術師か医者を連れて来る」

 優しく微笑むアークに釣られる様にして頷いた。

「夜も遅い。もう寝よう」

 主の言葉に従い身体を横たえると、ふかふかの布団がかけられた。
 これまで床や地面で寝る事の方が多く、ロロ・ダーナに拾われてからは上等なベッドで眠ってはいたが、それはとても冷たかった。
 アークの体温で温もった布団に違和感を覚えながら瞼を閉じる。
 するとアークの気配をより強く感じた。
 主だった二人は身体を使いはしたがコトが終わればベッドを追い出され、一緒に眠る事はなかった。
 他人と一緒に眠った事のない自分が眠る事など出来るだろうかと考え、そっと瞼を開き隣にいるアークを盗み見ると、目を閉じ規則正しい穏やかな呼吸を繰り返していた。
 もう眠ったのだろうかと、僅かに手に力を入れてみると、アークは瞼を開きイグルを見た。

「眠れないのか?」
「いえ」

 分かりやすい嘘を吐くとアークは微笑を浮かべた。

「眠れないなら星の話をしてあげようか?」

 主の申し出を断るべきなのか、受け入れるべきなのか分からない。
 これまで主からかけられる言葉は強制であり揺ぎ無い決定事項だった。
 道具であるイグルの意思など問われた事など無い為判断に迷い、主に決めてもらうのが妥当だと黙って見詰めた。すると沈黙を容認と判断したアークは星の話を始めた。
 夜空に浮かぶ光の点が星だという事は知っていた。
 だが、その星一つ一つに名前があり物語があるとは知らなかった。
 正直、星に興味はなかったが、アークがあまりにも楽しそうに話すのでイグルは黙ってそれを聞いていた。






 温かく重い感触に目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。
 アークの星の話を子守唄代わりに寝てしまったのかと驚きながら見れば、胸に金色の柔らかな髪があった。
 察するに、枕の代わりにかアークが胸にしがみ付いて来たのだろう。
 主を起こしてはいけないと微動だにせずそのままでいたが、暫くして二人分の足音が近付いて来た。
 足音は部屋の前で止まるとノックがされ、扉が開かれた。

「失礼します。アーク様、朝で…す……」

 呼びかけに目を覚ましたアークは一瞬状況が飲み込めず、混乱した。
 何故イグルの胸で眠っていたのか?
 枕の代わりに頭を預けていたイグルの胸元を見ればしっとりと濡れている。
 慌てて口元を拭い、謝った。

「すまない涎を垂らしてしまって」

 顔を真っ赤に染めるアークとは対照的にイグルは冷静だった。

「問題ありません。それよりも入り口でメイド二人が呼吸困難を起こしているようですが、どう処理しましょうか?」

 見ればジェーンとリリンがゼェーハァーと荒い呼吸を繰り返しながら蹲っていた。
 何かあったのだろうかと心配するもののジェーンとリリンが零した「萌え」「ご馳走様です」との言葉に何の問題もない事を確信した。

「ああ。うん。放っておいて大丈夫だから」

「ははっ」と乾いた笑いを零し、朝から脱力するアークであった。
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