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第一話

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「南くん、坂上さんと別れたの!?」

 行きつけのゲイバーのママ、ささみさんの素っ頓狂な声に店中の視線が俺に集まった。
 恥ずかしさのあまり、慌てて両手で顔を覆い、指の隙間から和服姿のママを睨む。

「ささみさん。声、大きい!」

 注意するとママはカウンターから身を乗り出し、囁くように謝ると心配二割、好奇心八割の顔で訊いて来た。

「何で別れたのよ。あんた、坂上さんにすっかりメロメロだったじゃない」
「坂上さんの事は今でも好きだけどさ……」
「けど、何よ?」
「……もがムリ」
「は?」
「子供が無理!」
「なぁに~、坂上さんのお子さんに嫌われてんの?」
「逆! 懐かれ過ぎて辛かった……」
「懐かれ過ぎて辛いとか、贅沢ね~」

 からから笑うママに堪らず、カウンターを叩き、立ち上がった。

「ママは分かっていない! 子供って、子供って、スゲー厄介なんだよ!!」

 俺はカウンターに置かれたグラスを煽り、烏龍ハイを一気に飲み干す。

「子供ってね。用もないのに名前呼ぶんだよ。最初はさ、返事するよ。けどさ、一時間も繰り返したらいい加減イラついてくる訳よ。んで、返事返すの止めると、ぐずるんだわ」
「へー……」
「へーじゃないよ! 付き合いたてのバカップルがお互いの名前呼び合ってむふふってなっているのは、脳内麻薬が出ているからで、結婚して三年以上経った夫婦のどちらかが、用もないのに名前呼び続けたら喧嘩になるよね? いや、絶対になる!」
「まぁ、夫婦ならそうなるかもね」

 いまいち辛さが伝わっていないママにどう説明すればいいか、考え。

「確か、水滴を一定のリズムで頭に落とすって拷問があったはず! たいした事ないものでも永遠にされると辛いみたいな!」
「子供の呼びかけに、そんな大げさな」
「大げさじゃない! 舌足らずで何喋っているか分からない話を永遠聞かされたり、意味不明な遊びに付き合わされたり……」
「別に百メートルダッシュ百本とかじゃないんだからいいじゃない」
「黙れ、体育会系! 俺は理数系だ! 理論だっていないものは辛いんだ!」

 ラグビーで培ったゴリマッチョな身体を和服で誤魔化すママを指差すと、そっと指を払われた。

「もう、南ちゃんてば、真面目に相手し過ぎなのよ。適当に相手してればいいのに~」
「こっちが適当でも、相手は本気なんだぞ! 疲れたと横になれば腹の上に乗っかってくるし、座っていれば身体をよじ登り始めるし、俺はお前のジャングルジムかーーって何度となく叫びたかった!」
「う~ん」
「鼻水や涎をしょっちゅう垂らしてて、タオルでもなんでも拭くものあるのに、わざわざ俺の肩や胸に顔を擦り付けて拭くんだよ。しかも嬉しそうにケラケラ笑うし。何? 嫌がらせ? 嫌がらせなの?」
「子供的には愛情表現なのよ」
「鼻をほじった指で摘んだお菓子を食えって強制して来るし。もう、さぁ、何の罰ゲームなの?」
「三歳じゃ汚いって概念がまだよく分かってないからね~」
「それに、無駄に高いキーキー声。一日に二、三回聞くくらいなら我慢するけど、ずうっとて、何? 何かの修行? もしくは、見えない何かと戦っているの?」
「あの声は辛いわね」
「それもこれも、坂上さんがデートに子供を連れて来るから悪い! マスターおかわり!」

 空のコップを突き出すと、既に作ってくれていたのか、マスターからママへ烏龍ハイが手渡され、目の前に置かれた。

「そんな事言ったって、坂上さんが子持ちなのは初めから分かっていた事でしょ?」
「分かっていたよ。分かっていたさ! けど、二人の距離を縮めるのが先でしょ? なのに最初から子供同伴とかないよね?」
「まぁ、ケースバイケースと言うか……」
「坂上さんか手が放せない時に、子供のトイレやお風呂の世話をしたら、俺じゃないと嫌だって駄々こねて、デート中ずっと世話させられるし! しかも坂上さんてば『マーくんはパパが二人で幸せだね』って、俺はパパじゃねぇーーーーーーし! ベビーシッターでもねぇ!」
「まっ、まぁまぁ。家族になろうって事なんだから……」
「付き合って三ヶ月。エッチ二回。恋人らしいイベントも何もなく、いきなり家族とかハードル高過ぎ! 大体、子供が隣の部屋で寝ているのに、エッチとか無理過ぎる! 何かの拍子に目を覚まして情事を見られたらって思うと、勃つものも勃たないから、拒否すれば『冷たい』って。俺のせい? 俺が悪いの?」

 この三ヶ月、溜めに溜めた愚痴を吐ききり、カウンターに突っ伏すと優しく暖かい手が俺の背中を摩った。

「気持ち、分かるよ! 俺も前に付き合っていた男が子持ちでさぁ」

 見れば店の常連で、確か名前は佐藤さんだっけか?
 さわやかスポーツマン風の笑みを浮かべ、俺の肩を抱いた。

「子供って自分の思い通りにならないと直ぐぐずるからさ、どうしていいのか分かんないよな」
「そうそう。優しく駄目って言っているのに、聞いてくれないしさ」
「ちょっとでも強めに言うと、わんわん泣くし」
「マジで、子供辛いよ!」
「本当に、そう!」
「よし、今日はとことん飲もうぜ!」
「おう!」

 嫌な事。辛い事はアルコールで流す。それが大人だと、佐藤さんとグラスを合わせた。
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