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とある休日-1-

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 市街地から遠く離れた緑溢れる山の中腹にある川へ、術師学院の創立記念日を利用して少年二人は釣りに来ていた。
 一人は銀色のかおっぱに深く澄んだ青い瞳。目鼻立ちの整った可愛らしい顔は、知らないものがみれば少女にしか見えないが、今着ている物は術師学院の男子用の制服なので間違われる事は、まぁ、まずない。
 少年は何がそんなに楽しいのか聞きたくなるくらい上機嫌で、鼻歌を歌わんばかりの勢いで釣りを楽しんでいる。
 その隣には銀髪の少年とは対照的に漆黒の髪と瞳を持った恐ろしく無表情な少年が、何の感慨も無さそうに黙々と釣りを遂行していた。
 銀髪の少年イフは手応えを感じ立ち上が、リールを巻くと、バシャバシャと水しぶきを上げて魚は必死で抵抗した。
 負けないぞと呟くと、竿の角度を変える事はせずに、引きが弱くなった時に巻き取れるだけ糸を巻くを繰り返し、魚が疲れたところを透かさず引き上げた。

「やったー。三匹目ゲット!」

 イフはこぼれんばかりの笑顔で歓喜の声を上げると、嬉々として釣り上げた魚を自分のバケツに放した。
 喜びを分かち合おうと隣を見ると、漆黒の少年オズも何匹目かの獲物を釣り上げている最中だった。

「オズ。釣り上げたら『何匹目ゲット』って歓喜の声を上げようよ」

 二十センチの身長差があり、何時も見下ろされているイフだが、流石に相手が座っている状態であればイフの方が高くなる。慣れない見下ろす形で訴えると、漆黒の少年は顔を見上げ、無表情なまま抑揚の無い声で訊ねた。

「それは決まり事か?」
「う~ん。気分の問題かな?」
「命令なら善処するが」
「僕はオズの主人じゃないから、命令なんかしないよ」

 会話をしながらも一度も手元を見る事無く釣り上げた魚をバケツに放した手先の器用さと、会話の不器用さを面白く思い、笑った。

 その時だった。
 晴れ晴れとした青空に不似合いな、無様で情けない悲鳴を上げながら大柄な男が一人、岩場から転がるようにして現れた。

 少年二人は悲鳴の主を一瞥するが、すぐさまお互いに視線を戻した。
 漆黒の少年は犬が主の命令を待つが如く目の前の少年を静かに見たが、当の少年は「騒がれるとお魚が逃げちゃうね」などと言い、困ったような迷惑そうな顔をするだけだった。

「場所を変えよう」
「そうだね。そうしようか」

 少年達は場所変えのために、荷物をまとめ始めた。
 自分を無視し、何処かへ去ろうとしているのを感じた男は慌てて駆け寄り、熊のような巨体をつんのめらせながら自分の半分ほどまでしかない少年に泣きついた。

「たっ、助けてくれ!!」
「お断りします」

 男の必死な頼みを天使の微笑で瞬時に切り捨てた。
 予想外の少年の反応に、何を言われたのか一瞬理解が出来ず、男は言葉もなく少年を見つめてしまった。

「僕は友人との親睦を深めるのに忙しいのです。助けなら他を当たって下さい」

 少年の言葉で我に返った男は、困惑しながらも何とか言葉を発した。

「な……何を言っているんだ。お前達は術師だろうが!」

 一目でそれと分かる術師学院の紺色の制服を指差して怒鳴った。

「正確には、僕達は術師学院の生徒であり、術師になる事の適わない若輩者です。が、それがなにか?」
「術師でも見習いでも何でもいい。術師の端くれなら市民を助けるのが義務だろうが!


 男の勝手な言い分に、少年は小さなため息をしつつ答えた。

「警察や軍隊じゃあるまいし、術師に市民を助ける義務なんてないですけど?」
「ええい。屁理屈はいい! とにかく助けろ! 俺は魔物に襲われているんだ!」

 屁理屈は一体どちらの方だろう? そして、どうしてこんなに偉そうなんだろうと少年は苦笑した。

「だから、お断りしているでしょ? どうして伝わらないかな、これ?」

 イフは分からないと言う顔で首を捻るが、それはこちらの台詞だと男が喚こうと口を開いた時、それを邪魔するかのようにそれまで無言で居た漆黒の少年が言葉を発した。

「イフ。昼食の時間だ」

 場違いな発言に、男は口を開けたまま絶句した。

「え、本当? 今日のお弁当は初のオズお手製だから、昨日から楽しみにしていたんだよね」

 両手を胸の前で叩き、心から浮かれている少年の姿を見て、男は今度こそ叫んだ。

「何、のんきな事を言っているんだ。俺は魔物に襲われているんだぞ。昼飯なんぞ放っておけ!」

 大人が聞き分けのない子供に対してするように、イフはわざとらしい溜息をついた。

「あのね、おじさん。尽く勝負事で負けっぱなしの僕が、やっとの思いで負かして作ってもらったオズの手作り弁当だよ。僕の夢と希望をおじさんに奪う権利なんかないでしょ?」
「何が夢と希望だ! 魔物に襲われている市民を見殺しにして弁当を食おうというのか? お前の良心はどちらの方を向いている!」
「僕らに良心を諭すより、おじさん自身の道徳観を問いかけたらどう?」
「何だと?」
「だって、いい大人が十歳の子供に助けを求めるなんて、道徳的におかしいじゃない? こと、魔物が相手なら『助けて』じゃなくて『逃げろ』というのが立派な大人のあり方だと思うんだけど?」
「うるさい! お前達は子供でも術師だ。だからいいんだ!」

 なんとも勝手な言い分である。

「あくまで僕達を術師として扱うわけ?」
「ああ」
「なら、魔術師を動かす為の手続きを要求するよ」
「何?」

 男が困惑の表情を示したその時だった。漆黒の少年が再び言葉を発したのである。

「警告。半径二百メートル圏内に魔物が接近」

 オズの無感情な警告を聞き、男は恐怖に引きつった顔を忙しなく動かし、辺りを探るが、魔物の姿は確認できなかった。

「おい、近くまで来ているんだろ? 逃げなくていいのか?」

 そわそわと落ち着きなく辺りに目を遣りながら問うが、少年二人は男の事など無視して遠くを見ている。無視をするなと怒鳴ろうとした時だった。銀髪の少年が小さな声を上げた。

「タチュランだ。珍しいね。オズ」
シー

 男は恐る恐る少年達の視線の先に目を遣った。すると全長二メートル程の蜘蛛型した魔物がゆっくりではあるが確実にこちらに向かって来ていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 叫ぶが早いか、魔物の姿を見た途端男は手足をバタつかせもがくようにして走り出していた。

 慌てふためく男とは対照に、視認出来る距離まで魔物が近づいているというのに少年達は落ち着いていた。
 イフはバケツに入っていた魚を川に放ち、空になったバケツと釣竿、そして大切なお弁当の入ったリュックサックを集めて置くと、オズは制服の上から纏っていた外套代わりの布を外すと集められた荷物の上を撫でるように滑らせ、荷物を一瞬で消した。

 魔物はガツガツと川沿いの小石を六本の足で砕くように迫ってくる。距離が百メートルまで縮まり、漸く少年達は走り出した。

 人間の、ましてや子供の足とは思えない速度で走る二人は、先行していた男に直ぐに追い付いた。

「さて、おじさん。どうする?」
「な、な、何が?」

 既にバテ気味の男は、息も絶え絶えである。

「あの魔物、とにかく硬くって退治するのは中級術師でも難しいくらいなんだけど、足は時速四キロ程度で遅いから、結界の張ってある市街地まで走って逃げる事が出来れば助かるよ」

「バ、バカ野郎! ここから市街地まで何十キロあると思ってんだ!」
「三十キロ位かな」
「走れるか! いいからアレを退治しろ!」
「術師を動かしたいなら、手続きをどうぞ」

 そう言ってイフが胸ポケットから取り出したのは手帳サイズの携帯端末機だった。

「タチュラン退治の最低金額は三十万ですから、それでいいですよ」
「金を要求するのか!」
「当たり前じゃないですか。術師を動かせるものなんて、一にも二にもお金だけですよ」
「お前、子……子供の癖に、困っている貧乏人から金を取る気か!」
「別に無理に払えとは言いません。僕達もおじさんを無理して助ける必要が生まれなくて助かりますし」

 それでは、と軽く手を振り、速度を上げ走り去ろうとする少年達の背中に向かって男は叫んだ。

「ま、ま、待て――! 術師! 払う。払うから助けろぉぉぉぉぉ!」

 投げやり気味な男の乞いに、少年達は顔を見合わせた。イフは苦笑し、オズは無表情なまま立ち止まり、男が追い付くのを待った。
 もはや走っているのか、歩いているのか定かでない男は少年達に追い付くと、奪い取るようにして携帯端末を受け取るり、クレジットカードを取り出して三十万を渋々振り込んだ。
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