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「出頭してきた女か」
林が言った。
「はい。女はマンションに入る時に私と同じように四階の部屋に明かりがついているのを見ていると思います。きっと何階でもよかったのでしょう。誰か人のいる階にエレベーターを止めておけば」
「つまりどういうことだ?」
「計画されていた殺人だと思います」
本田の脳裏に、か弱く美しい女の姿が浮かんだ。
「計画されていた殺人」
本田の言葉を、林が小さな声で反芻した。
「ホステスの森さんが言っていました。被害者はモデルのような美人といちゃついていたって。多分、被害者はもっと以前に別れ話を女にしていたのだと思います。女の心理はわかりませんが、きっと被害者のことを恨んで殺してしまおうと思ったのでしょう。被害者の隙を突いて後ろからビンで殴った。丈夫なビンが割れるくらいですから、よっぽどの力で殴ったと思います。そのあとメッセージを書き、もう一度別のビンで殴る。ドアノブの指紋を消し、手袋を残したまま、部屋を出ます。一階に下りた女はエレベーターを四階に上げてマンションを立ち去り、やがて交番に出頭してきます」
「うむ」
林は意味ありげに頷いた。
「被害者の傷を詳しく調べれば、一度殴られた後でもう一度殴られているということがわかります。そしてドアノブの指紋を消したこと、エレベーターを四階に上げておいたこと。これらは真犯人の存在を示しています。二度目に被害者を殴った人物。その人物を作り上げるために女が行った工作です。真犯人を作り上げることによって自分は罪から逃れようとしたのです。メッセージは女が被害者を殴った後もまだ生きていると思わせる必要があったから書いたのです。そうすることによって自分は被害者を殺していないと思わせようとした」
「おい、ここから交番までの女の足取りを追ってみてくれ。まだ雪の上に痕跡が残っているかもしれない。血痕のついたビンが見つかれば証拠になる。下で捜査している奴らにも手伝わせろ」
林が松下たちに指示する。
二人の刑事はエレベーターに向かって走った。
「このマンションの住人が犯人でないということはわかった。しかしまだ、ここの住人でも、出頭してきた女でもない、第三者が犯人という可能性は残っている」
林が本田に言う。
「どういうことでしょう」
「犯人は、君が来た時、まだこの部屋にいて、窓から君の姿を見たのかもしれない。それで慌ててエレベーターに乗り込み、四階に逃げた。あるいは別の階に逃げてエレベーターだけ四階に戻しておいた。足跡のことがあるから、救急隊員が行ってしまうまでそこに隠れていたのだろう。そしてそのあとで私たちが到着する前に一階に下りて逃げた。そう考えられないか?」
「私もそれに似たことは頭に浮かびました。しかしそれは絶対にありません」
本田はきっぱりと言った。
「なぜそう言える?」
林は眉をひそめて尋ねる。
「私は被害者の生死を確認するためにほんの少しだけ部屋の中に入りました。そのあと私は現場保存のためにずっとここに立っていました」
「それで?」
「ここに立っている間中、エレベーターに注意を払っていました。救急隊員が帰ってから刑事さんたちが大勢来るまで、エレベーターは一度も一階から動きませんでした」
「ほう、素晴らしい。そんなところにまで気がまわっていたのか」
「いえ、わかっていたわけではありません。こんな夜中、同じ階に頭の潰れた男と二人きり。心細くて、早く誰か来てくれと祈っていました。エレベーターの階数表示の明かりをずっと見ながら」
終わり
林が言った。
「はい。女はマンションに入る時に私と同じように四階の部屋に明かりがついているのを見ていると思います。きっと何階でもよかったのでしょう。誰か人のいる階にエレベーターを止めておけば」
「つまりどういうことだ?」
「計画されていた殺人だと思います」
本田の脳裏に、か弱く美しい女の姿が浮かんだ。
「計画されていた殺人」
本田の言葉を、林が小さな声で反芻した。
「ホステスの森さんが言っていました。被害者はモデルのような美人といちゃついていたって。多分、被害者はもっと以前に別れ話を女にしていたのだと思います。女の心理はわかりませんが、きっと被害者のことを恨んで殺してしまおうと思ったのでしょう。被害者の隙を突いて後ろからビンで殴った。丈夫なビンが割れるくらいですから、よっぽどの力で殴ったと思います。そのあとメッセージを書き、もう一度別のビンで殴る。ドアノブの指紋を消し、手袋を残したまま、部屋を出ます。一階に下りた女はエレベーターを四階に上げてマンションを立ち去り、やがて交番に出頭してきます」
「うむ」
林は意味ありげに頷いた。
「被害者の傷を詳しく調べれば、一度殴られた後でもう一度殴られているということがわかります。そしてドアノブの指紋を消したこと、エレベーターを四階に上げておいたこと。これらは真犯人の存在を示しています。二度目に被害者を殴った人物。その人物を作り上げるために女が行った工作です。真犯人を作り上げることによって自分は罪から逃れようとしたのです。メッセージは女が被害者を殴った後もまだ生きていると思わせる必要があったから書いたのです。そうすることによって自分は被害者を殺していないと思わせようとした」
「おい、ここから交番までの女の足取りを追ってみてくれ。まだ雪の上に痕跡が残っているかもしれない。血痕のついたビンが見つかれば証拠になる。下で捜査している奴らにも手伝わせろ」
林が松下たちに指示する。
二人の刑事はエレベーターに向かって走った。
「このマンションの住人が犯人でないということはわかった。しかしまだ、ここの住人でも、出頭してきた女でもない、第三者が犯人という可能性は残っている」
林が本田に言う。
「どういうことでしょう」
「犯人は、君が来た時、まだこの部屋にいて、窓から君の姿を見たのかもしれない。それで慌ててエレベーターに乗り込み、四階に逃げた。あるいは別の階に逃げてエレベーターだけ四階に戻しておいた。足跡のことがあるから、救急隊員が行ってしまうまでそこに隠れていたのだろう。そしてそのあとで私たちが到着する前に一階に下りて逃げた。そう考えられないか?」
「私もそれに似たことは頭に浮かびました。しかしそれは絶対にありません」
本田はきっぱりと言った。
「なぜそう言える?」
林は眉をひそめて尋ねる。
「私は被害者の生死を確認するためにほんの少しだけ部屋の中に入りました。そのあと私は現場保存のためにずっとここに立っていました」
「それで?」
「ここに立っている間中、エレベーターに注意を払っていました。救急隊員が帰ってから刑事さんたちが大勢来るまで、エレベーターは一度も一階から動きませんでした」
「ほう、素晴らしい。そんなところにまで気がまわっていたのか」
「いえ、わかっていたわけではありません。こんな夜中、同じ階に頭の潰れた男と二人きり。心細くて、早く誰か来てくれと祈っていました。エレベーターの階数表示の明かりをずっと見ながら」
終わり
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