雪の降り積もる夜に

原口源太郎

文字の大きさ
上 下
12 / 12

12

しおりを挟む
「出頭してきた女か」
 林が言った。
「はい。女はマンションに入る時に私と同じように四階の部屋に明かりがついているのを見ていると思います。きっと何階でもよかったのでしょう。誰か人のいる階にエレベーターを止めておけば」
「つまりどういうことだ?」
「計画されていた殺人だと思います」
 本田の脳裏に、か弱く美しい女の姿が浮かんだ。
「計画されていた殺人」
 本田の言葉を、林が小さな声で反芻した。
「ホステスの森さんが言っていました。被害者はモデルのような美人といちゃついていたって。多分、被害者はもっと以前に別れ話を女にしていたのだと思います。女の心理はわかりませんが、きっと被害者のことを恨んで殺してしまおうと思ったのでしょう。被害者の隙を突いて後ろからビンで殴った。丈夫なビンが割れるくらいですから、よっぽどの力で殴ったと思います。そのあとメッセージを書き、もう一度別のビンで殴る。ドアノブの指紋を消し、手袋を残したまま、部屋を出ます。一階に下りた女はエレベーターを四階に上げてマンションを立ち去り、やがて交番に出頭してきます」
「うむ」
 林は意味ありげに頷いた。
「被害者の傷を詳しく調べれば、一度殴られた後でもう一度殴られているということがわかります。そしてドアノブの指紋を消したこと、エレベーターを四階に上げておいたこと。これらは真犯人の存在を示しています。二度目に被害者を殴った人物。その人物を作り上げるために女が行った工作です。真犯人を作り上げることによって自分は罪から逃れようとしたのです。メッセージは女が被害者を殴った後もまだ生きていると思わせる必要があったから書いたのです。そうすることによって自分は被害者を殺していないと思わせようとした」
「おい、ここから交番までの女の足取りを追ってみてくれ。まだ雪の上に痕跡が残っているかもしれない。血痕のついたビンが見つかれば証拠になる。下で捜査している奴らにも手伝わせろ」
 林が松下たちに指示する。
 二人の刑事はエレベーターに向かって走った。
「このマンションの住人が犯人でないということはわかった。しかしまだ、ここの住人でも、出頭してきた女でもない、第三者が犯人という可能性は残っている」
 林が本田に言う。
「どういうことでしょう」
「犯人は、君が来た時、まだこの部屋にいて、窓から君の姿を見たのかもしれない。それで慌ててエレベーターに乗り込み、四階に逃げた。あるいは別の階に逃げてエレベーターだけ四階に戻しておいた。足跡のことがあるから、救急隊員が行ってしまうまでそこに隠れていたのだろう。そしてそのあとで私たちが到着する前に一階に下りて逃げた。そう考えられないか?」
「私もそれに似たことは頭に浮かびました。しかしそれは絶対にありません」
 本田はきっぱりと言った。
「なぜそう言える?」
 林は眉をひそめて尋ねる。
「私は被害者の生死を確認するためにほんの少しだけ部屋の中に入りました。そのあと私は現場保存のためにずっとここに立っていました」
「それで?」
「ここに立っている間中、エレベーターに注意を払っていました。救急隊員が帰ってから刑事さんたちが大勢来るまで、エレベーターは一度も一階から動きませんでした」
「ほう、素晴らしい。そんなところにまで気がまわっていたのか」
「いえ、わかっていたわけではありません。こんな夜中、同じ階に頭の潰れた男と二人きり。心細くて、早く誰か来てくれと祈っていました。エレベーターの階数表示の明かりをずっと見ながら」



                                   終わり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

連鎖 (T大法医学教室シリーズ)

桜坂詠恋
ミステリー
ゴールデンウィークの真っ只中、T大法医学教室に、美しい女性の遺体が運び込まれてきた。 遺体には幾つもの打撲痕と擦過傷が。 法医学者月見里は、解剖から死因を突き止めるが、彼女には悲しい秘密があった。 心優しきイケメン法医学者、月見里流星の法医学ミステリシリーズ第二弾! ※単体でお楽しみ頂ける「不動の焔」スピンオフです。 本編も是非よろしくお願い致します!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

貼りだされた文章

ゆうり
ミステリー
"安田栄一"が取引先へ向かう途中に、庭先に筆で書かれた文字を貼りだす不気味な家があった。 その文字は難解な四字熟語など一応意味のある言葉だったが、 ある日今までとは全く違う謎の文章を貼りだす。 意味不明な行動を繰り返すこの家を訪ねることになった栄一。 少しずつ家の主をことを知っていき、なぜこんな行動をするのかを推理していく。 その理由とは? そして庭先に貼りだされた文章には一体どういう意味があるのか?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

[百合]短編集

[百合垢]中頭[etc垢]
現代文学
百合の短編集です。他サイトに掲載していたものもあります。健全が多めです。当て馬的男性も出てくるのでご注意ください。 表紙はヨシュケイ様よりお借りいたしました。

処理中です...