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「二度目に被害者の頭を殴って息の根を止めた人物は、被害者と面識があったのはまず間違いない。問題はなぜその人物がこの部屋にやってきたかだ。偶然にしては出来過ぎているようにも思えるが、出頭してきた女と共謀でもしていない限り計画的犯行とは言えない。そこら辺に犯人を特定するカギがあるかもしれない」
三人の刑事たちを見ながら林が話す。本田も刑事なった気分で林の言葉に聞き入る
「さて。外部の者については明るくなってから調べることにして、ここの四人の住人についてちょっと検討してみるか。松下君、四人を訪問した時の様子はどうだった?」
林は白くなりかけた頭の刑事に尋ねた。松下という名前なのだと本田にもわかった。
「そうですね。まず502号室の女性です。名前は山口香陽、二十二、三歳でしょう。メガネをかけていて大人しそうな娘です。何度もベルを押して話を聞くまでが一苦労でしたが、顔を見せると素直にこちらの質問に答えてくれました。寝たのは十時。いつもそれくらいに寝るそうです。寝るまではパソコンで動画を見ていたとのこと。実家は近くにあるのですが、一昨年兄が結婚して家にいるのでなかなか帰りづらく、正月は大みそかと元旦だけ家に帰るつもりとのことです。被害者と面識はありません。特別マンション内に親しくしている人もいないとのことです」
そこで言葉を切って松下刑事が林の様子を窺う。
誰も何も言わない。
「では次に503号室の倉田勇介。一階にある会社の社員で営業をしています。六階の602号室の朝日という男も同じ会社の社員で営業課長をしていますが、今は実家の愛知のほうに帰省しています。倉田はこちらの出身で実家もそう遠くはないのですが、本人が言うには実家に帰っても面白くないから正月も家に帰るつもりはないとのことです。私達が訪ねた時はワインを飲んでいてかなり出来上がっていました。ワインが好きで毎日飲んでいるとのことで、玄関先にたくさんの空のビンが並んでいました。十時頃から一人でテレビを見ながらワインを飲んでいて、私達が訪ねた時もまだ起きていました。それ以前は九時頃までパチンコをしていて、買い物をしてからマンションに帰ってきたそうです。被害者と面識はありません。酔ってはいましたが怪しいそぶりを見せるといったことはありませんでした。な?」
松下は一緒に行動している頭の毛の薄くなりだした刑事に同意を求めた。
その刑事は黙って頷く。
「六階の601号室が田中夫婦です。田中敏雄と妻の由美。二人とも五十代くらいでしょうか。ただし妻は若作りといいましょうか、かなり若く見えます。実際本当に若いのかもしれません。旦那は恰幅がよく、会社を経営していると言っています。丁度寝込んだところだったようです。私達が話をしていると妻も現れ、寝ぼけている旦那と違って色々と話してくれました。このマンションの住人の事などです。どこから聞いてくるのか、どうやって調べるのか、とにかく詳しいですね。二人は十一時頃まで一緒にテレビを見ていて、その後妻は寝室に行き寝ました。旦那はそのままテレビを見ていて、うたた寝をしてしまったそうです」
「まあ、時間が時間だし、状況もこんな状況だから、はっきりとしたアリバイのある者はいないだろうな」
林が言う。
「それで夫婦の素振りはどうだった?」
「何かを隠しているようには見えませんでした。旦那は被害者の名前くらいは知っているが会って話をしたことはないと言っています。妻はマンションの中や外で顔を合わせて挨拶くらいはしたが、話をしたことはないと言っています」
「うむ」
林は小さく頷いて窓の外に視線を移した。何か考えているように見える。藤田は熱心にペンを動かしている。もう何ページ書いたことだろう。
「田中の妻が話してくれたのですが、被害者の尾形はいつも礼儀正しく、愛想もよくて見た目もいい男だったそうです。しかもあの若さで小さいながらも会社を経営していますからかなりモテたのではないかと言っています。被害者についてはそれ以上知らないとのことです。あと、山口香陽と倉田勇介についても聞かせてくれました。山口は普段から大人しく、物静かな女性ですが付き合っている男がいるらしく、夜遅くに人が訪ねてきたり、朝、男が部屋から出ていくことがあるそうです。このことは妻本人が見たわけではなく、あちこちからの世間話として耳に入ってきたものだそうです。山口の普段の生活は真面目で仕事が終わるとほとんどまっすぐに家に帰ってくるし、休みの日に出かけることも少ないとのことです。倉田については若いくせに酒癖が悪く、しかも毎日酒を飲んでいると言っていました。倉田のことは嫌っているらしく、良いことは言っていません」
「仮に犯人がこの四人の中にいるとして、誰が怪しいと思う?」
「さあ、まだ動機が全然わかりませんし、皆その時間のアリバイもない。田中夫婦にしてもお互いぐっすり眠っていたと言っていますから、一人がこっそり部屋を抜け出したとしても気付かなかったかもしれません。また、殺人の動機が夫婦共通のものなら共犯という可能性も考えられます。会って話した感じでは嘘を言っていたり、動揺している様子は見られませんでした」
「うむ。じゃ、まず被害者の人間関係、住人の人間関係を詳しく調べる必要がある。それから朝になったらここの住人で犯人を匿っている者がいないか、あるいは空き部屋に潜んでいる者がいないか調べる必要があるな」
林が言った。
三人の刑事たちを見ながら林が話す。本田も刑事なった気分で林の言葉に聞き入る
「さて。外部の者については明るくなってから調べることにして、ここの四人の住人についてちょっと検討してみるか。松下君、四人を訪問した時の様子はどうだった?」
林は白くなりかけた頭の刑事に尋ねた。松下という名前なのだと本田にもわかった。
「そうですね。まず502号室の女性です。名前は山口香陽、二十二、三歳でしょう。メガネをかけていて大人しそうな娘です。何度もベルを押して話を聞くまでが一苦労でしたが、顔を見せると素直にこちらの質問に答えてくれました。寝たのは十時。いつもそれくらいに寝るそうです。寝るまではパソコンで動画を見ていたとのこと。実家は近くにあるのですが、一昨年兄が結婚して家にいるのでなかなか帰りづらく、正月は大みそかと元旦だけ家に帰るつもりとのことです。被害者と面識はありません。特別マンション内に親しくしている人もいないとのことです」
そこで言葉を切って松下刑事が林の様子を窺う。
誰も何も言わない。
「では次に503号室の倉田勇介。一階にある会社の社員で営業をしています。六階の602号室の朝日という男も同じ会社の社員で営業課長をしていますが、今は実家の愛知のほうに帰省しています。倉田はこちらの出身で実家もそう遠くはないのですが、本人が言うには実家に帰っても面白くないから正月も家に帰るつもりはないとのことです。私達が訪ねた時はワインを飲んでいてかなり出来上がっていました。ワインが好きで毎日飲んでいるとのことで、玄関先にたくさんの空のビンが並んでいました。十時頃から一人でテレビを見ながらワインを飲んでいて、私達が訪ねた時もまだ起きていました。それ以前は九時頃までパチンコをしていて、買い物をしてからマンションに帰ってきたそうです。被害者と面識はありません。酔ってはいましたが怪しいそぶりを見せるといったことはありませんでした。な?」
松下は一緒に行動している頭の毛の薄くなりだした刑事に同意を求めた。
その刑事は黙って頷く。
「六階の601号室が田中夫婦です。田中敏雄と妻の由美。二人とも五十代くらいでしょうか。ただし妻は若作りといいましょうか、かなり若く見えます。実際本当に若いのかもしれません。旦那は恰幅がよく、会社を経営していると言っています。丁度寝込んだところだったようです。私達が話をしていると妻も現れ、寝ぼけている旦那と違って色々と話してくれました。このマンションの住人の事などです。どこから聞いてくるのか、どうやって調べるのか、とにかく詳しいですね。二人は十一時頃まで一緒にテレビを見ていて、その後妻は寝室に行き寝ました。旦那はそのままテレビを見ていて、うたた寝をしてしまったそうです」
「まあ、時間が時間だし、状況もこんな状況だから、はっきりとしたアリバイのある者はいないだろうな」
林が言う。
「それで夫婦の素振りはどうだった?」
「何かを隠しているようには見えませんでした。旦那は被害者の名前くらいは知っているが会って話をしたことはないと言っています。妻はマンションの中や外で顔を合わせて挨拶くらいはしたが、話をしたことはないと言っています」
「うむ」
林は小さく頷いて窓の外に視線を移した。何か考えているように見える。藤田は熱心にペンを動かしている。もう何ページ書いたことだろう。
「田中の妻が話してくれたのですが、被害者の尾形はいつも礼儀正しく、愛想もよくて見た目もいい男だったそうです。しかもあの若さで小さいながらも会社を経営していますからかなりモテたのではないかと言っています。被害者についてはそれ以上知らないとのことです。あと、山口香陽と倉田勇介についても聞かせてくれました。山口は普段から大人しく、物静かな女性ですが付き合っている男がいるらしく、夜遅くに人が訪ねてきたり、朝、男が部屋から出ていくことがあるそうです。このことは妻本人が見たわけではなく、あちこちからの世間話として耳に入ってきたものだそうです。山口の普段の生活は真面目で仕事が終わるとほとんどまっすぐに家に帰ってくるし、休みの日に出かけることも少ないとのことです。倉田については若いくせに酒癖が悪く、しかも毎日酒を飲んでいると言っていました。倉田のことは嫌っているらしく、良いことは言っていません」
「仮に犯人がこの四人の中にいるとして、誰が怪しいと思う?」
「さあ、まだ動機が全然わかりませんし、皆その時間のアリバイもない。田中夫婦にしてもお互いぐっすり眠っていたと言っていますから、一人がこっそり部屋を抜け出したとしても気付かなかったかもしれません。また、殺人の動機が夫婦共通のものなら共犯という可能性も考えられます。会って話した感じでは嘘を言っていたり、動揺している様子は見られませんでした」
「うむ。じゃ、まず被害者の人間関係、住人の人間関係を詳しく調べる必要がある。それから朝になったらここの住人で犯人を匿っている者がいないか、あるいは空き部屋に潜んでいる者がいないか調べる必要があるな」
林が言った。
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