雪の降り積もる夜に

原口源太郎

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 程なくして見知らぬ背広姿の男たちがエレベーターから現れ、どかどかと廊下を走ってきた。
「林さんは中か?」
 先頭の男が本田に尋ねた。
「はい」
 緊張して本田が答える。
 ろくに返事を聞かずに男は部屋に入っていった。
「ご苦労さん」
 次に来た男は本田に声をかけて部屋に入っていった。男たちは多分応援に駆け付けた刑事だ。
「外部の者の可能性も・・・・・」
「・・・・・目撃者は・・・・・」
「・・・・・建物の周りをよく・・・・・」
 いくらか林の声が部屋の中から聞こえてくる。奥で話をしているらしく、内容はよく聞き取れない。今来た刑事たちに状況を説明し、指示を与えているのだろう。
 来た時と同じように男たちがどかどかと部屋から出てきた。その中の一人が本田の前で立ち止まる。
「君が最初に現場に来たのだね?」
「はい」
「現場に来た時、このマンションの入り口付近にあった足跡は一人分のものしかなかったと聞いたが」
「はい、そうです」
 マンションの入り口は通りから少し奥に入ったところにある。通りにはいくつも足跡があったが、そこからマンションの入り口に続く雪の上には一組の足跡しかなかった。
「マンションの周りは見てないね?」
「はい。通りからすぐにマンションに入りましたから」
「その足跡はどのような感じだったか、描いてみてくれる?」
 男がメモ帳とペンを本田に渡した。
 本田はかじかむ手に四苦八苦しながら簡単に図を描いた。
「ありがとう」
 本田からメモを受け取ると、男は待っていたもう一人と一緒にエレベーターへと急いだ。
 先ほどまでごそごそと動きまわっていた鑑識員もいなくなっている。他の場所でも調べているのだろうか。なんだか急に静かになってしまった。
 動く物のない夜の雪景色を見ながら、本田は事件について考えてみた。
 あの女の人が殺人者にならないのはよかった。しかしそれならどんな人物が殺したのだろう。何度も頭を殴っているということは、完全に息の根を止めるのが目的だったわけだ。部屋の中は荒らされていなかったから、物取りの犯行ではない。
 なぜ人はそんなにも残酷になれるのだろう。どうしても殺してしまいたいと思ってしまうときがあるのだろうか。
 本田の心は重くなった。こんなひどい死に方をする人間もいるのだ。そしてそれを行った人間も。
 そんな狂った人間がこのマンションにいる。もしかしたらもう逃げてしまったか? このマンションに来た時、雪の上の足跡は派出所に来た女の人のものだけだった。今、刑事たちが調べている。かなり踏み荒らされてしまっただろうけれど、まだはっきり女の人のものとわかる足跡は残っているはずだ。
 犯人がどこか物陰に潜んでいて、自分が来た後で外に逃げ出したとすれば、捕まえるのは容易ではないかもしれない。でも、まだこの建物の中にいるのなら。
 その時、本田は別の事に気が付いた。
 何で犯人は男が頭を殴られて瀕死の状態でいることを知ったのだろう。女の人が立ち去った後、たまたま男の元を訪れた人物がいるのだろうか。こんなに遅い時間に? それとも男が頭を殴られた時、その部屋に別の人物がいたのか? しかし女の人はそんなことは言っていなかった。それに第三者がいる前で別れ話などするだろうか。
 どっちにしろ、犯人は殺された男と親しい間柄だったのだろう。そう決めつけてしまうわけにはいかないが、可能性としては十分にある。もしかしたら同じ階に住んでいる人物かもしれない。同じ階にいれば、おかしな物音を聞きつけて男の部屋にやってくることもあるだろう。
 そんなことまで考えていた時、林が部屋から出てきた。先ほどまでと違い、険しい表情をしている。窓際まで歩いていくと、外の景色を無言で見つめた。
 藤田もすぐに来たが、ちらりと本田に視線を向けただけで、やはり無言で廊下に立っている。
 刑事たちに続いて検視官と共に死体が運び出されてきた。
 本田は思わす顔をそむけた。男の姿は覆い隠され見えないが、それでもそれが先ほど自分が見た血だらけで白目をむいた男だと思うと、目を逸らさずにはいられなかった。

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