雪の降り積もる夜に

原口源太郎

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 部屋に入ったところで、刑事たちが話している。声は戸口に立つ本田の耳にまで聞こえてきた。
「女が被害者の頭を何度も殴ったとしたら、雑誌に書かれていた文字の説明がつかなくなります。あれだけの傷を負ってまだ生きていたとは思えません」
「やっぱり女が被害者の頭を殴って逃げた。被害者は生きていて、自分を殺そうとした女の名前を書いた。そこへ別の人物がやってきて被害者にととどめを刺した」
「女がととめを刺したかもしれませんよ。忘れた手袋を取りに部屋に戻ってみると、男はまだ生きていた。そこで慌ててまた何度も殴ってとどめを刺した」
「でも指紋のことがある。女がやったんならドアノブの指紋をわざわざ消したりはしないだろう。それに雑誌に書かれたメッセージもある。女がもう一度とどめを刺したのなら、当然それが目に入っただろうし、隠そうとするだろう。なにしろ自分の名前が書かれているんだから」
「取りあえずこのマンションの住人を調べてみてくれ。応援を呼ぶからそいつらにマンション周りを調べてもらう」
 その声は先ほど本田にあれこれ尋ねた刑事の声だった。
 二人の刑事がバタバタと部屋を出ていった。

 すぐに藤田ともう一人の刑事も部屋から出てきた。
「もう少し色々と訊きたいことができた。藤田君とは知り合いらしいね」
「はい」
「私は林だ。よろしく」
「本田巡査です」
「本田巡査がここへ駆けつけた時、誰かいたかね。あるいは誰かいたような形跡があったかね」
「いえ。気が付きませんでした」
「この部屋に来た後、他の部屋を見たり、別の階に行ったりしたかね?」
「いえ。ずっとここにいました」
「そうか。じゃあ言うが、被害者は出頭してきた女以外の人間に殺された可能性がある。それを頭に入れて考えてみてくれ。このマンションに来た時、外から見てこの部屋の窓に人影がなかったか。マンションの周りに怪しい人影を見なかったか。マンションに入って誰かを見なかったか。覚えている範囲でいい」
 本田はまた考えてみる。
「私が来た時、三階の一部屋、つまりこの部屋に明かりがついていました。人影があったかどうかまではわかりません。あと四階に一つ、五階に一つ、六回にも一つ明かりがついている窓がありました。それからこのマンションの入り口周辺の雪に足跡は一組しかありませんでした」
「雪がやんだのは十一時過ぎだったな」
「はい。十一時半頃でした」
「ではその足跡は出頭してきた女のものになるな」
「そうだと思います」
 点々と続く小さな靴の跡。
「それではその女以外に十一時半を過ぎてこのマンションに出入りした者はいないというわけだ。巡査が駆け付けるまでの間だが」
「よく見たわけではないので、気が付きにくい足跡か何かがあったかもしれません」
「それはいい。調べさせるから。他に何か気が付いたことはあるかね?」
「他には別に」
 本田は考えながら言う。
「わかった。交番に来た時、女は返り血を浴びていたかね」
「いえ、それらしいものはありませんでした」
「よし。後でまた協力してもらうかもしれないから」
「あ、一つ気になったことがあります」
 背中を向けた林に本田が慌てて声をかける。
「何だ?」
「私が来た時、エレベーターは一階ではなく、四階に止まっていました。下りてくるまでがすごく長く感じたのを覚えています」
「ほう。ありがとう」
 林は本田に対して礼を言ってから部屋に戻っていった。先ほどとは違い、藤田は小さなメモ帳に一生懸命何かを書いていたが、慌ててそれをポケットに入れると本田に手を振って林の後を追った。
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