雪の降り積もる夜に

原口源太郎

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 男は死んでいた。
 椅子に座り、机に覆い被さるようにして死んでいた。
 頭から机へと幾筋も血の流れたあとを残す男の見開かれた目は微動だにしなかった。机の上に大きな血だまりができ、床にまで流れ落ちている。周りには割れたビンの欠片が散らばっていた。
 本田は恐々とではあったが、義務として男の生死を確認した。
 大村巡査部長に連絡をしながら、現場を保存するために部屋を出てドアの外に立った。すぐに刑事たちが駆けつけてくるだろう。
 寒々とした廊下に立つと、思わす体が震えた。それはもちろん寒さのためだけではない。このような状況で殺された人間の死体を見るのは初めてだった。
 生々しい赤い血。粉々になって飛び散った瓶の欠片。潰れた男の後頭部。
 男はペンを握りしめていた。机の上に開かれた雑誌の余白に、息も絶え絶えの弱々しい文字が並んでいた。
“冬美をつかまえ”
 メッセージは途中で途切れていた。最後まで書く力は残っていなかったのだろう。
 外には白く塗られたような家々の屋根が、雪あかりに浮かび上がっている幻想的な景色が広がっていた。
 廊下の突き当りにエレベーターがある。このマンションに部屋は廊下に対して片方にしかない。丁度表通りに面したほうだ。
 死んだ男の部屋は三階の一番奥にある。三階のフロアに見えるドアは五つだ。ということはこの階に部屋が五つあるというわけだ。前に送ってきたホステスの部屋は六階にあった。その階も同じような造りだったが、ドアの数は三つだった。多分一戸の部屋数が多いのだろう。
 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
 この静かな夜だ。きっと外でサイレンの音を聞いたら、けたたましく感じるに違いない。
 すぐにサイレンは鳴り止み、白いヘルメット姿の男たちがエレベーターで上ってきた。
 本田はぺこりと頭を下げる。
 隊員たちは部屋の中に入り、すぐに帰っていった。もちろん血を流す男はそのままにして。
 やがて警察の関係者が続々と到着し始めた。
「お、本田」
 本田に声をかけたのは本田の高校時代の友人の兄で、今は刑事をしている藤田だった。
「ご苦労様です」
 本田は藤田と、その隣に立つ怖そうな中年の刑事に挨拶した。
「初めてか? こういうの」
 藤田が親しげに声をかける。本田を気遣ってのことだ。
「はい」
「すぐに慣れるさ」
 そう言い、藤田は中年の刑事の後を追ってフラッシュの焚かれている部屋の中に入っていった。
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