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 僕は自分の体にアルコールが入っていることと、今が夜であることに感謝した。
 手や足らしきものはある。頭のあるべきところにもその存在を証明するだけの痕跡がある。
 それだけだった。
 余程高い所から飛び降りたに違いない。
「で、電話」
 僕はうろたえてそれだけのことを言った。手が震えて上手くスマホを操れない。
「俺が電話するよ」
 そう言って所はポケットからスマホを取り出した。
「救急車じゃ間に合わないよな」
 こんな時に冗談を言った所の声は、今までと同じように陽気だった。
 僕は体中の力が抜けて、そこに座り込もうとした。そして黒いアスファルトの上に飛び散った血飛沫に気が付き、十メートルほども後退ってからそこにぺたんと尻餅をついた。
 その人は僕たちの五メートルほど前に落ちてきた。
 僕は探偵社の社員だけど素行調査ばかりのロクでもない仕事をしている。こんな死体に巡りあうなんて、最初にして最後だろう。
 所は元の場所でスマホ片手にさっきまでの調子でぺらぺらと話をしている。首の体操でもするかのように盛んに上を気にしている。
 僕も所のように上を見た。
 この人はどこから飛び降りたのだろう。
 そこで僕は愕然とした。
 飛び降りられる場所がない。
 そこは僕たちが歩いてきた道を挟んで十階建て以上の立派なマンションが両側にそびえ建っている場所だった。左のマンションからは小さな植え込みに続いて車が一台ずつ停められる駐車場がある。駐車場は小さな柵を隔てて二車線の道につながっている。道の両側にはレンガ敷きの広く立派な歩道があり、僕たちはまさにその左側のマンション寄りの歩道にいた。
 右のマンションからこちら側は、建物に沿った地面を芝生が覆い、所々に樹木が植えられた公園のようになっている。芝生の間を縫うようにくねくねと小道が続き、ポツンポツンとお洒落な街灯が小道沿いに設置されたベンチを照らしている。さらにこちら側が僕たちのいる道になる。
 僕たちは両方のマンションの中間くらいの場所にいた。どちらからも十メートルほどの距離がある。
 強風が吹いているわけでもないから、屋上から飛び降りたとしてもこんな所まで来るわけがない。屋上から走り幅跳びのように大ジャンプしたとしてもオリンピック選手でもない限り無理だろう。
 時間が時間だけに、僕たち以外に人影はなく、車も一台も通らない。風もなく静かな夜だった。
「殺されたんだと思います。だからそれなりの人達を」
 不意に所の言葉が僕の耳に入った。
 殺された? まさか。どうやって?
 もう一度僕はマンションを見上げた。ポツンポツンと幾つかの部屋に明かりが灯っている。
 この人が突き飛ばされた(?)か、放り出された(?)可能性がある部屋がないかと順に見ていく。上の方の階はベランダの陰になってよく見えない。
 僕は急いで所のところへ行った。
 所は電話を終えてスマホをポケットに放り込むところだった。
「殺されたのか?」
 そう所に尋ねた僕の顔は真っ青だっただろう。所の顔色は暗くてよく見えなかったけれど、楽しそうに微笑んでいるのはただの酔っ払いだった。
「多分ね」
 僕の問いかけに所は陽気に答えた。
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