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 寒々とした空気に、僕は思わず身震いした。星が瞬いている空はあと数時間で白んでくるだろう。六月とはいえ、この時間の寒気は僕の酔いを吹っ飛ばすのに十分だった。
 隣を歩く所はさっきから何やら難しいことを喋り続けている。僕は適当に相槌を打って誤魔化していた。どうせ真面目に聞いたってわかりっこない。どこかの大学の先生でも連れてきて聞かせてやったら面白そうな話なんだろうけど。
 僕たちはマンションが立ち並ぶ中を歩いていた。所の住むマンションはもうすぐで、僕は夜が明けるまで所のところで時間を潰してから一番電車か二番辺りで帰るつもりだった。
 昨夜(もう日付が変わっている)5年ぶりに高校時代の悪友六人が集まり近況報告をしながら一杯やった。二次会三次会四次会と進むたびに人数が減っていき、最後に残ったのが僕と所だった。最終電車の時間が過ぎているのに気が付いてから、僕は最後まで所に付き合うことにした。そしてこの時間だ。
 所は僕の一番の親友であり、僕の知っている一番の変わり者でもあった。
 僕といえば一流商社に就職しながら半年で仕事の激務で嫌になり、ネットの求人広告で見つけた訳の分からない探偵社に転職して、仲間内じゃ変わり者扱いされている。でも所は僕が一般常識を持ち合わせている人間だと証明してくれるのに十分な男だった。僕より所の方がよっぽど変わり者だからだ。
 二十三歳で豪勢なマンションに一人暮らし。高校を卒業してからもたびたび行き会っている僕でさえ、所が今どんな仕事をしているのか知らない。東京大学に現役で入学しておきながらほんの数カ月で辞めてしまった。
 普段は全く無口な男で、一緒にいても一言もしゃべらない。こっちが話しをしていても、ろくに返事もしない。一日中口から言葉を発しない日の方が、一言でもしゃべる日より多いのは間違いないだろう。所がまともに一般社会の中で生きていられることが不思議なくらいだ。不思議といえば、僕が何で所と馬が合うのかも全く不思議なことで、自分でもよくわからない。
 そんな所も酒が入ると人格が変わる。泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸。人は酒が入ると変わるけれど、所のそれは他人の比じゃない。ぺらぺらとあることないことよく喋りだす。
 だから僕は所についてあることに確信を持っている。それはアルコールの入っていない時の所の脳みそは99パーセントが眠っているということだ。アルコールに刺激されると99パーセントが活動を始める。医学的に説明が付かなくても僕はそう考える。
 そんな訳で明け方に近づこうという深夜のビルの群れの中を、僕たちは所のマンション目指して歩いていた。疲れを知らない所の頭と口は今や絶好調だ。僕の聞いたことのない言葉を次から次へとポンポン吐き出しては道端に放り投げていく。
 突然に僕たちの目の前にそれが降ってきた。
 グシャだか、ベチャだか、ドカッだか、とんでもない音がして僕は心臓が止まりそうになった。
 街灯の明かりに照らされて僕たちの目の前でぺしゃんこになっているのは、人間だったものに違いない。
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