おとどけもの

原口源太郎

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 僕はおとどけものを配達していた高級住宅地に広大な敷地を持つ家を訪ねた。
 インターフォンのボタンを押し、いつもと同じセリフを言う。
「お待ちください」
 聞き慣れた声が帰ってきた。
 しばらくして通用門の扉が開き、家政婦の小口が顔を出した。
「あの、今日は訊きたいことがあってきました」
「訊きたいこと? 配達の品はありませんの?」
「ありません」
 その言葉を聞いて小口は門の扉を閉めようとした。
 僕は慌てて手を出して扉を掴んだ。そして無理矢理中に入る。
「ちょっと、何をするのですか」
「お願いです、話を聞いてください」
 僕はすがるような気持ちで言った。
 小口は辺りを見てから扉を閉めた。
「なぜ配達の品が来ませんの?」
「品物は僕のところにも来ません。今までこのような事はありませんでした」
「どうしたのでしょう」
「それは僕が知りたい。今までと同じように品物を届けるには、色々な事を知る必要があります。知っていることを教えてもらえませんか」
「何も・・・・お教えできる事はありません。帰って下さい」
「お願いです。何か良くないことが起きつつあるような気がするのです」
「お帰り下さい」
 小口は冷めた口調で言った。
「お願いです」
「人を呼びますよ」
 小口はそう言って僕を見つめ、通りへと続く扉を開けた。

 繁華街のビルの前の通りに、黒塗りの高級外車が何台も停まっている。
 僕はエレベーターに乗り込むと、ボタンを押した。
 この配達先の不動産会社の社長は、実は社長ではなく、とある暴力団の組長だと知ったのはここを初めて訪れてから数カ月後のことだった。社員だと思っていたのも暴力団の構成員だった。といっても、初めてここに来た時からヤクザみたいな人達だと思っていたから、それを知っても驚きはなかった。
 組長はいつも高級そうなスーツをビシッと着こなして、俳優のように格好良くて、僕には優しかった。おとどけものが来なくてさぞかし心配しているだろうと思った。あの人ならきっと僕の知りたいことを教えてくれるだろう。
 エレベーターを降りると、廊下にいかつい男たちが立っていた。
「おう、ぼうず」
 光物を身にまとった年配の男が僕を見て言った。
「こんにちは」
 僕は男たちに頭を下げた。ある程度顔見知りになったとはいえ、やはりこの手の男たちには馴染めない。
「もう来んでええで」
 どすの利いた声で男が言った。
「え?」
「おやっさん、死んじまいなはった」
「え? どうしたんです?」
 組長は若く、とても元気そうだった。
「さあ、知らんな」
 そう言って男は僕を睨んだ。周りの男たちも僕を見る。
 僕に話をしていた男が横を向いた。もう話すことはないから帰れと告げているようだった。
 僕は男たちに頭を下げると、さっき出てきたエレベーターに戻り、階下へのボタンを押した。

 あの小さな四角い箱の中身は何だったのだろう。たった三つの品物を届けるだけで、百万円の報酬になった。僕におとどけものを届けていた男も同じだけのものを得ていたのだろうか。そうだとすると箱の中身はその何倍、何十倍も価値のあるものに違いない。それは一体どのようなものなのだろう。
 僕には皆目見当が付かなかった。
 配達先の組長は僕が行くと、いつも人懐こい笑みを浮かべておとどけものを受け取り、必ずこずかいだと言ってその場で財布からお札を抜いて僕に渡してくれた。僕はその人に秘かに憧れのような感情を抱いていた。
 その人が今はもういない。
 そんなことを考えていて、僕はハッとなり足を止めた。
 おとどけものを僕のところに届けていた河村という男は死んだのかもしれない。そしておとどけものの配達先の男も死んだ。もしかしたら何か関連があるのではないか。
 僕は胸騒ぎを覚えて、もう一軒の配達先へと向かった。
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