少年少女たちの日々

原口源太郎

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 船の中央に置かれた小さな照明器具を囲むようにして皆が座っている。
 波の打ち付ける音さえかき消され、雨がテントを打つ音がますます大きくなってきた。二人の軍人以外の人間はみんな不安そうな顔をしている。
「お母さん怖いよ」
 母親に抱かれていた子供がべそをかきながら言った。
 嵐はよりきつくなり、強風と荒れる波にボートは激しく揉まれる。
「おい、シートを外せる用意をしておけ。咄嗟の時に外せるように」
 人々が山田を見た。
「ボートがひっくり返った時のためだ。自分の命は自分で守れ。俺たちはできるかぎりのことはしてやる。だが俺たちも第一に我が身を守る。それから次に弱者を助ける。それ以上の余裕はないと思え。わかるな。丁度、男と女、三人ずつだ。男は一人ずつ一人の女の子の身を守ってやれ」
 波がボートを大きく傾け、ボートの上に波がざばん、ざばんと降り注ぐ。そして幾つかの大きな波を乗り越えた後、より大きな波に、ボートはひっくり返った。
 ボートの中で人々は無様な格好でひっくり返り、海水がボートの中に入ってきた。
 暗がりの中で軍人が叫ぶ。
「外に出ろ!」
 俊輔たちはボートにくくり付けられたシートの紐をほどき、海中から顔を出した。
 俊輔はみゆきの手を握っていた。
 すぐに何人もの頭が海面に現れた。みんな波に揺られ、雨に打たれている。
「ボートに掴まれ! 捕まったら死んでも離すな!」
 山田が叫ぶ。
 俊輔はみゆきの背を抱き、ボートに必死なってしがみ付く。翔司は梨花を助けるようにボートにしがみ付き、修は真希を・・・・こちらはどっちが助けられているのかわからない。ボートにしがみ付いているのはそれだけだった。
 二人の老人は流されている。親子と二人の軍人の姿はない。
「一人でボートに掴まっていられるな」
 俊輔はみゆきを見つめた。
「うん」
 俊輔はみゆきから手を離した。
 ボートから離れていく老人へと向かう。
 二人の老人は寄り添うようにして水面から顔を出しているが、沈んだり浮いたりして今にも溺れそうだ。
「捕まって!」
 俊輔は叫んで一人の老人の服を掴んだ。海は大きく上下にうねり、時には波が顔を叩きつける。
 俊輔は片手で水を掻きながらボートを目指した。
 なかなか進まない。
 突然ふっと老人が軽くなった。びっくりして振り返ると翔司がいた。翔司が後ろから老人を押すようにしている。
 それでもなかなかボートは近付いてこない。
「くそ!」
 俊輔は夢中で老人を助けることしか考えていなかったが、その時になってはじめてボートにたどり着けないかもしれないという不安が頭をよぎった。
 その時に何かに肩を掴まれた。
「もういい、行け!」
 そう言って老人を引き寄せるようにしているのは山田だった。
 俊輔は山田を見た。
「死にたいのか!」
 俊輔は老人から手を離すとボートに向かって泳いだ。
 急激に体力が奪われていて、山田が来てくれなければボートに辿り着けなかっただろう。

 ひっくり返ったボートに親子の姿があった。修が子供を片手で抱きかかえている。
「大丈夫?」
 みゆきがボートに掴まった俊輔に声をかけた。
「うん。親子は無事だったか」
「軍人さんが助けたの」
 翔司も泳いできた。
 二人の軍人が老人を引っ張ってきた。老人は半ば意識を失いかけている。
 俊輔たちは手を伸ばして老人をボートに引き上げた。
 みんな青ざめた顔をしてぐったりしている。
「もう一度ボートをひっくり返すぞ。ちょっとだけボートから離れていてくれ」
 また海に行くことは怖かった。しかしボートに掴まっている手の力もなくなってきていて、いつまでも掴まっていられそうになかった。それは俊輔だけではないだろう。
 俊輔たちが老人と親子を助けながら船から離れ、軍人の山田と吉川が船の舷側に張り付いて揺らした。波が来て船が大きく傾いた時を利用してひっくり返った状態を元に戻そうとする。
 何度か失敗を繰り返したのち、やっと船はまた反転した。
 俊輔たちは残りの体力を振り絞って船に乗り込んだ。
 先に船に乗り込んだ俊輔と翔司が少女を引っ張り上げて船に乗るのを手伝う。
 二人の軍人は老夫婦を船に上げることに苦労していた。俊輔たちは続いて母親を船に引っ張り上げた。
「ミチは? ミチ!」
 母親が我が子を捜して叫ぶ。
 見ると、修と子供が流されていく。ボートに掴まっている間、修はずっと子供を抱えて苦しそうだった。
 俊輔が海に飛び込もうとするのを山田が遮った。
「もう止せ、今度海に飛び込んだら戻れなくなるぞ」
 確かに俊輔も翔司も体力の限界だった。
 二人の軍人が海に飛び込んだ。
 やがて二人は修と子供のところにたどり着き、山田が子供を抱えるようにして泳ぎ、吉田は修二を引くようにして泳いでくる。
 山田は子供を船から手を出す俊輔と翔司に預けると、力なく船縁に手をかけた。もう自力で船に上がる力は残っていないようだった。
 子供に続いて俊輔と翔司、それに少女たちが手を貸して山田をボートに引き上げた。
 その頃、吉川は気を失いかけている修に声をかけていた。
「おい、しっかりしろ」
 修はおぼろげに目を開いた。
「ボートはそこだ」
 修は無我夢中で近くのボートに手を伸ばして掴まった。
 修がボートに引き上げられた時、水面に吉川の姿はなかった。紐の解けたライフジャケットだけが波に揺られていた。
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