色々なSF作品 短編集

原口源太郎

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僕は回る 2 (思わず悲しくなる結末)

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 ふと気が付くと、僕はくるくる回っていた。
 たくさんの星が流れていく。
 青くて大きな地球は、大きな弧を描いていったり来たりしている。
 僕はどうしたのだったっけ?
 確か宇宙ステーションの船外活動をしている時に激しい衝撃があった・・・・
 僕は腰についている命綱を見た。
 二メートルほど先で切れている。
 そんなにすごかったのか? でも、体のどこも痛むところがない。宇宙服も異常はなさそうだ。
 通信スイッチを入れてみたけれど、繋がらない。宇宙服に備え付けのコンピューターはイカレてしまったようだ。
 周りを見まわしてみても、青い地球のほかに見えるのは、小さな星々と輝く太陽、それに真っ黒な空間だけだ。
 ステーションが僕を回収してくれる見込みはなさそうだった。

 僕は宇宙服の腕に組み込まれた小さなタッチパネル式のサブコンピュータの電源を入れた。それは宇宙服を着た手で操作するのは至難の業で、本当に非常用でしかない。
 苦労してタッチパネルを操作し、酸素の残量を出した。
 残り三時間分。
 あと三時間の命だ。
 僕は手足をバタバタして、何とか体の向きを変えようとしたけど、くるくる回る自分の体を止めることさえできなかった。

 やがて虚しく三時間が経った。
 まだ僕の視界をたくさんの星が流れている。
 ちっとも息苦しくない。もしかしたら、酸欠状態で頭がマヒしてしまったのかもしれない。

 やがて五時間が経った。
 おかしいな。何かおかしい。僕はまだ全然平気だ。
 そういえば、お腹が減らないし、トイレに行きたくもない。
 僕はいつ食事をして、いつトイレに行ったのだろう。何も覚えていない。
 記憶を探ってみる。頭の中をずうっと調べてみる。
 すると、思考の片隅に、小さなボタンがあった。
 何だろう。
 押してみる。
 途端に、火山が噴火したように、ありとあらゆる記憶が僕の頭の中一杯に蘇ってきた。

 遠い昔、僕は瀕死の状態で病院に担ぎ込まれた。頭にも大きなダメージを負い、脳は人口のものに取り換えられた。当時は人間から機械への脳の中身の移植はまだ拙かったから、僕の人間の時の記憶は断片的にしか残っていない。
 その時に体のほかの部分も、使い物にならないところは機械に替わった。
 そして時を経るごとに、ダメになった人間の体の部分を機械に替えていき、やがて僕の全てが機械になった。
 人工頭脳も、今までに三回新型に取り換えられ、より人間的なものになった。
 感情や思考の仕方。必要なこと以外(時には必要なことさえ)忘れるようになった。しかし、それは表の記憶であって、意識の裏では日々莫大なデータが蓄積されていた。裏のデータは忘れることなどないから、全ての事柄が記録されている。
 僕はロボットだったんだ。道理で死なないわけだ。
 僕は残りの酸素量を確認した。
 三時間。
 やっぱりね。

 僕が宇宙ステーションからはぐれて一年と百二十七日と六時間と、おおよそ三十五分が経ったとき、腕のサブコンピュータから通信の合図があった。
 近くを通る予定の有人の人口衛星が、僕を拾えるかもしれないという連絡だった。
 よく見ると、小さな何かが徐々に近づいてくる。
 僕は今着ている宇宙服が船外活動用の簡単なもので、姿勢制御装置さえ付いていないと告げた。
 有人衛星はくるくる回る僕のすぐ近くを、すごい勢いで追い越していった。

 僕の宇宙服の背中には、太陽光の発電パネルがある。幸いそれは壊れていなかったようで、大きな動力を必要としなくなった僕に十分なエネルギーを供給してくれた。
 前回の失敗から五年と四十二日と十六時間と七分と五十一秒経った時に、また腕の小さなコンピュータが通信を傍受した。
 今度は無人の衛星だけど、一年かけて僕の軌道に衛星の軌道とスピードを合わせて、僕を救助するようにしてくれたようだった。
 後ろから近づいてくる衛星。スピードを落としたといっても、僕が衛星を掴むチャンスはほんの一瞬しかない。
 いよいよその時が来て、僕はタイミングを見計らって目いっぱい腕を伸ばした。

 僕は人間に似せて作られた、というか、0.0何秒とか、0.0何ミリとかが正確にわかるようには作られていない。時間的なものや距離的なもの、もっと言えば温度とか、思考的なものとか、そういったもの全てが人間並みにファジーに作られている。
 だからコンマ数秒、数ミリの単位で、衛星の部品を掴むなんてことは、普通のロボットなら楽勝なのだろうけれど、僕にとっては難しいことだった。
 予想通り僕は失敗した。

 それでまだ、僕は宇宙空間をくるくると回り続けている。
 一人ぼっちになってから十年が過ぎようとしている。
 僕はロボットだから、自分で自分を傷つけるようなことはできない。気が狂うということもない。
 だけど、毎日毎日十年間、同じ景色ばかり見続けるということはつらいことだと、最近になってやっと気付いた。
 そういうことに気付けるということは、まさに人間らしく作られた僕だからこそなんだけれど、そんなことは今さら自慢にもならない。
 だから僕のコンピュータにある消耗部品のどれかがいかれて、コンピュータが壊れてしまうことを期待した。
 早くどこかの部品が壊れてしまわないかな。

 さらに二年が経った。
 僕はまだ壊れていない。
 この頃、地球から多くの宇宙船が飛び去って行く。
 どうしたのかなと思っていたら、謎がやっとわかった。
 見たこともないようなバカでかい流れ星、正確には隕石がまともに地球へと突っ込んでいった。
 僕が見ていてもはっきりとわかるほど、地球の色がパーっと変わっていった。
 自身の三分の一ほどもありそうな大きなクレーターを刻み付けた地球は、地表の大気をたくさん宇宙に放出してしまったらしい。
 やがてあれほど美しかった地球は死の星となってしまった。
 僕は悲しい気持ちになった。

 それでもまだ、僕はくるくると誰もいなくなった地球の周りを回り続けている。
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